1 殺戮の戦鬼
主人公の俺TUEEです。
新世歴215年11月、大陸中央の大国ラードと西方の大国シュルトの3年にも及ぶ戦いは“殺戮の戦鬼”の投入によりラード側の勝利に終わった。
シュルトは国土の1/3を割譲する屈辱的な講和条約を受け入れ戦乱は終息するかに見えた。
しかし、その“殺戮の戦鬼”により一夜にしてラード王城が壊滅しシュルトは急遽講和条約を破棄、王や上級貴族を失い混乱を極めるラードに侵攻を開始した。
1ケ月という短期間でラード全土を掌握したシュルトは大陸随一の超大国になっていた。
意気上がるシュルトは大陸統一の野望を抱き、周辺各国に覇権を求め始めた。
東方の大国トーアと南方の大国シュナはこの動きに危機感を覚え2国間で軍事同盟を結び旧ラードの国境を挟んで軍事的緊張が高まりつつあった。
大陸の戦乱は拡大の様相を孕みまだ収まる気配は見えなかった。
荒野に風が吹いた。
一人の男が砂塵舞う中進んでいた。
手には抜き身の剣が握られておりそれをだらりと垂らしている。
その前方には一万を越える軍勢が待ち構えるように布陣していた。
「“殺戮の戦鬼”を確認しました」
斥候が東方の大国トーアの一軍を率いる見事な軍馬に騎乗した将軍に報告した。
「ウムッ、準備に抜かりはないな」
「はい、魔導士二百名、配置も完了済みで何時でも斉射可能です」
将軍の確認の声に副官が答えた。
「ククッ、先遣隊の壊滅は痛かったが奴を倒せるなら安いものだ。シュルトの間抜け共と違うことを教えてやろう」
小高い丘の上に本陣を構え軍勢の正面に近づく小さな黒い点を見下ろしながら将軍は余裕綽綽で構えていた。
先遣隊の僅かな生き残りからの報告から“殺戮の戦鬼”の動きは確かに速いのだろう。
先遣隊に随伴していた5人の魔導士達は奴の速さに追いつけず魔法攻撃は全く当たらず瞬時に距離を詰められ斬り伏せられていったそうだ。
かつて奴と戦ったシュルトの軍も同様であったのだろう。
もとより攻撃魔法は動く目標を捉えにくいという問題点がある。
数百人単位の足並みを揃えるために動きの鈍い敵軍勢を遠距離から大雑把に削り取るのが本来の役割だ。
近距離ならともかく自由に高速移動する単一の目標を遠距離から狙い撃つのは至難の業といえる。
ならば発想を変えればよい。
点を狙うから当たらないのだ。
始めから面で攻撃すればよい。
対軍用の一定間隔で攻撃位置をずらした範囲攻撃をすればよいのだ。
幸い奴は数万のシュルト軍相手でも正面から突っ込み撃破していったそうだ。
進行ルートが分かっているなら予めヤツを中心に最速の軍馬ですら逃げきれない攻撃範囲を決めておき二百名の魔導士達で一斉攻撃すればいいのだ。
それで奴は仕留められる。
将軍は確信を持って“殺戮の戦鬼”とおぼしき黒い点を見下ろしていた。
やがてそれが小さな人影に見え始めた頃、予定の位置に来た。
「撃てー!!」
魔導部隊を指揮する将校の声が響き、魔導士達が一斉に 火弾を放った。
業火の雨が戦鬼を中心に広範囲に降り注いだ。
爆炎がその姿を覆い隠す。
「やったか!」
将軍はフラグを立てた。
お約束通り爆炎が晴れた後には戦鬼の健在な姿があった。
「ば、馬鹿な!」
将軍の驚愕の声が上がった。
戦鬼は猛烈なダッシュを行い前衛の騎士達に突っ込んでいった。
攻撃範囲に収めるため引き付け過ぎたのと攻撃魔法は次弾までの魔力収束に時間が掛かり一斉発射したのが仇となり次弾を発射する間もなくあっさりと距離を詰められてしまった。
そこからは戦鬼の独壇場であった。
次々に馬上の騎士達は小回りの利かない状態で神速で縦横無尽に跳ね回る戦鬼に次々と斬り倒されていった。
あっという間に前衛に穴が開き、魔導部隊が無防備に曝け出された。
戦鬼はそこに突っ込み屠殺を始めた。
帯剣もしていない魔導士達に抵抗する術はない。
時偶 火弾を放つ者もいたが神速で動く戦鬼に苦し紛れの一撃が当たることもなく乱戦状態で敵味方入り乱れるというよりほとんど味方しかいない状態で放たれたそれは当然味方を巻き込みいたずらに損害を増やしていった。
周囲の魔導士達を殺し尽くし追いすがる騎士達もバックステップで少し戻って瞬殺しながら本陣目指して突き進んで来る。
本陣前を守る直衛の騎士達も果敢に阻もうとするが鎧袖一触で打ち倒されていった。
「あわわッ・・・」
将軍は本陣の最後の防衛ラインが破られそうになって慌てて馬首を後ろに巡らせた。
「後退、いや転進だ!一旦後方に下がり体勢を立て直す。直衛の騎士は10騎ばかりは付いて来い!後は奴を足止めしろ!!」
将軍は猛然と後方に向けて軍馬を走らせ始めた。
しかし戦鬼の実力を間近に見て浮き足立っていた騎士達に一目散に逃げているとしか見えない将軍の命令は効果なく僅かに将軍に随伴する騎士達を除いて我先に四方八方に逃げ始めた。
それが切っ掛けとなって戦鬼に中央突破されながらも軍勢としての辛うじて体裁を保っていたトーア軍は総崩れを起こした。
恐怖が伝染し誰もが戦鬼から距離を取ろうと死にもの狂いで逃げ出した。
戦鬼はそれらを放っておいて将軍の追撃を始める。
軍馬の力で急速に戦場から遠ざかりつつあった将軍は少し余裕が戻って来て振り向いた。
しかしそこには悪夢が具現化していた。
自らの脚力だけで戦鬼が迫りつつあったのだ。
「ひぃ・・・」
将軍は恐怖に顔面を凍りつかせ随伴していた僅かな騎士達に命令した。
「奴の足止めをしろ!命を惜しむな!」
完璧に命惜しさに逃亡している将軍の無茶な命令にそれまで従っていた騎士達も唖然とし次の瞬間ばらけて逃げ始めた。
「おい!お前ら命令違反は重罪だぞ!極刑だぞ!」
将軍の叫び声が空しく響くが騎士達は振り返りもしないで逃げていった。
敵前逃亡も極刑なのだから将軍の言っていることに説得力がなかったのも事実だがなにより1万の軍勢を正面から討ち破った戦鬼に対する恐怖が勝っていたのだ。
一人になった将軍に戦鬼が距離を詰めて来た。
将軍は恐怖に駆られながら辛うじて腰の剣を引き抜くと間近までに接近していた戦鬼に後ろ向きに振り下ろした。
当然あっさりと躱され逆に剣ごと腕を斬り飛ばされる。
「ギャー!」
将軍は苦痛の悲鳴を上げ馬上から転げ落ちゴロゴロと転がっていった。
騎馬はそのまま逃げていった。
戦鬼は将軍の前で立ち止まり剣を突き付けた。
「ま、待ってくれ。命だけは・・・」
転がり立派な鎧をボコボコにした将軍は右腕があった傷口を抑えながら命乞いをした。
「我がトーアは貴様と敵対していた訳ではない。我が軍を攻撃したことも王に取り成して不問に付す。だから命だけは・・・」
「この近くの国境沿いに小さな村があったろう。そこを焼打ちして皆殺しにしたのは何故だ」
戦鬼は見苦しい命乞いをする将軍を見下ろしながら問い掛けた。
「村だと?ああ、あの村か。あれは我が軍の軍事行動をシュルトに悟られないために口封じしただけだ。平民の命など知ったことではないだろう。何の関係がある」
「そうか・・・、あの村にはお前達が焼打ちする前日に一泊しただけだ。別段親切にされた訳でもなかったが一生懸命日々を生きていた。手前らの勝手な理屈で殺されるいわれはないだろう」
「馬鹿な、そんな理由で我が軍を襲ったのか。馬鹿な、馬鹿な・・・」
信じられないという顔で呻き続ける将軍の首をあっさりと刎ねる。
「まあ、俺もお前らの命なんぞ知ったことではない。だから俺に殺されてもいいだろう?」
戦鬼はそう言い残し去っていった。
後には将軍の転がった首と首なし胴体が残るのみであった。
まださわり。