12 契約
この章で一番悪どいのは主人公(笑)
小雨がしとしと降っていた。
焼け落ちた家屋の残骸が風化し崩れ始めていた。
建ち並んでいた家々の跡もやがて炭の塊のみとなってこの廃村も忘れ去られていくことだろう。
村の周辺にあった農地も荒れ果て枯れた作物も雑草に呑まれて見えなくなっていた。
廃村の横の共同墓地に簡単に石を積んだだけの墓石が並んでいる。
俺は小雨の降る中そこに佇み大きめの石と小さめの石が並んで置かれている墓石をぼんやりと眺めていた。
「特別な場所なのですか?」
デリラが問うた。
「いいや、一年ぐらい前かな。トーアへ入国する前に一泊しただけの村さ」
木陰に停めた荷馬車の幌を被せた荷台にシオンと双子メイドは雨を嫌って籠っており側にいるのはデリラだけである。
俺もデリラもフード付外套を羽織って小雨に打たれていた。
「村人達はその日その日を懸命に生きていた。宿屋には若い母親の女将さんとその手伝いをしていた小さな女の子がいた。女の子はちょっとしたサービスでもお駄賃をねだっていた。行商人からお菓子を買うんだって言っていた。宿屋の一階は酒場になっていて仕事帰りの農夫達が一日の疲れを癒すために一杯やっていた。気軽に声を掛けてくる気のいい連中だった。泊まった次の日にトーア軍に襲撃された。近くの街で侵攻準備をしていたシュルト軍に奇襲を掛けるためにトーア軍の先遣隊が露払いをしていたんだ。国境でそれを知った俺は急いで村に戻ったが間に合わなかった。怒りに任せて先遣隊や奇襲部隊の本隊を壊滅させ指揮官の首を刎ねた」
村の方に目を移してあの日のことを思い出していた。
俺を一言呼んで事切れた名も知らぬ小さな女の子。
家屋を焼く炎が周囲の村人達の死体を照らし出していた。
「・・・貴方はラードの人間全てを憎んでいる訳ではないのですね。今ラードの民はシュルトの暴政で苦しんでいます。彼らにもこの村の人々と同じように情けを掛けては頂けないのでしょうか」
「俺がトーア軍に噛みついたのはこの村のためじゃない。自分自身の怒りのためさ。今回の件もシュルトが殴ってきたから殴り返しただけだ。俺は勇者と名乗っているし“世界の危機”に立ち向かうがそれもこの世界の人間のためじゃない。俺が元の世界に帰るために必要だからだ。俺は世の中の理不尽を正して歩く正義の味方じゃない。只の個人主義者さ」
「ではどうあってもラードの民を助けて頂けないのですか」
「肩入れする理由がない。お前も俺に理由を提供出来ないのだろう?」
「確かに私は何も持っておりません。この身すら既に貴方のものなら私に捧げられるものは隷属の首輪ですら縛ることの出来ない最後に残ったこの心しかありません」
「心だと?」
「はい、私は心の底から貴方に従います。お父様を殺された恨みも忘れます。貴方が愛せというなら愛します。貴方が死ねと言われるのならば喜んで死にます。だからどうかラードの民をお救いください」
「それこそ無意味な提案だ。お前の価値はラード王の血族が俺に苛まれて苦しむというところだ。苛まれても俺の全てを受け入れ肯定するのであれば苦しまなくなり価値はなくなる」
「それでは私にはどうあってもラードの民を救えないと」
「そう、その絶望こそが俺がお前に求めること。しかし手段がない訳じゃない」
「!?それはどのような方法なのです」
「ラード王族とお前自身の名を徹底的に貶めその悪名を歴史に刻み込むという方法でならラードの民を救うのもやぶさかではない。具体的には・・・」
俺は最後の部分だけぼやかして具体的な手段を説明した。
「貴方が心を砕いた人々の墓石の前で平然とこんな卑劣な方法を話す。本当に貴方は悪魔のような方ですね」
「それがお前の父親が俺にしたことの結果だよ。まともな人間に無理矢理数百、数千の人間を殺させ続けさせれば心なんてあっさり壊れる。既に俺にはあらゆる禁忌が意味をなさない。俺が無暗に人を殺して歩かないのはその理由がないからであって良心などというあやふやなものが抑制しているからではない。まあそれ故にどんな下劣な方法も考えつき実行に移せるのだがな」
「・・・分かりました。ラードの民の窮状はラード王であったお父様が招いたことでもあります。お父様の子として、ラード王族の一人としてどんな汚名を被っても外道に墜ちても責を果たしましょう」
デリラ王女はしっかりと俺を見てくる。
その瞳からは憎悪の色が消えこれからの困難に立ち向かう覚悟が見えていた。
ガイエス辺境伯領。
旧ラード王国においては東方に位置しトーア王国と国境を接する広大な領域でありシュルト侵攻によるラード王国崩壊の際には逃げ延びてきた王太子を差し出し所領を安堵してもらったガイエス辺境伯が支配する地でもある。
その辺境伯領の国境に程近い街にガイエス辺境伯は居城を構えていた。
先のシュルト王国によるトーア王国侵攻の折にはシュルト軍の集結地点ともなった街であった。
元々トーア王国に対する旧ラード王国の防衛拠点である城郭都市で堅牢な城壁に囲まれ都市の後方には巨大な城塞が築かれ都市の最終防衛ラインを形成していた。
その城塞の開かれた大きな正門の前に貴族用の豪奢な馬車が停まり中から異様な風体の大男と貴族用の上等だが華美に着飾ってはいないドレスに身を包んだ少女が降りてきた。
男は黒い全身甲冑に包まれた巨漢であったが頭部の二本の大角と両肩にやや小振りの角が生え全体的に武骨な印象はあるものの重量が増し動きも制限される実用性のなさそうな間接部の追加装甲がゴテゴテとついている演劇に出てくる黒騎士のような風体であった。
「こちらはラード王国第十王女デリラ姫殿下であらせられる!ガイエス辺境伯に重大な用件があってお越しになられた!至急面会してもらいたい!」
黒騎士は城塞中に響き渡る大声で口上を述べた。
黒騎士の異様な風体とデリラ王女の華麗な姿に戸惑っていた正門の警備兵がその声に慌てて駆け寄ってくる。
「申し訳ありませんが本当にデリラ姫殿下であらせられるか証明して頂きたい」
警備兵が困惑顔で話し掛けてきた。
ガイエス辺境伯は既にラード王家を裏切りシュルトに王太子を差し出し所領を安堵してもらっているのだ。
そんなところにラード王家の王女がノコノコ現れて面会を求めてくるなど怪し過ぎる。
「ウムッ、これを辺境伯に渡してくれ。王城の国庫と宝物庫の件と言えば直ぐに面会に応じるはずだ」
黒騎士は小さいが重い皮袋を渡した。
警備兵が中を確認して顔色を変えた。
「分かりました!直ぐにお取次ぎ致します!」
警備兵は慌てて城塞内に駆け込んでいった。
デリラ王女と黒騎士は貴人用の面会室に通された。
そこにはソファに座ったでっぷりと太った男とその後ろに立つ屈強な騎士二名が待っていた。
「これはこれはデリラ姫殿下、ようこそお越しくださいました。私がガイエス辺境伯で御座います。後ろの二名は我が騎士団の大隊長と副官です」
「私はラード王国第十王女デリラです。この者は私に仕えるもっとも信頼する騎士です。兜を取らない非礼をお許し願います。酷い傷跡があります故」
黒騎士もソファに座ったデリラ王女の後ろに立った。
「さてそれでは御用件ですがこれのことで宜しいですか」
挨拶もそこそこにガイエス辺境伯は用件を切り出す。
「はて?これとはなんのことでしょう」
「お渡し頂いたこれのことです」
テーブルの上に先程渡した皮袋から中身を丁寧に取り出してきた。
ラード王家の紋章が刻まれた金の延べ棒と大きな金剛石が十個程出てきた。
「この紋章は国庫に納められていた金塊に刻まれていた正規のものに間違いない。それに金剛石は国宝級の大きさ、まず王家の宝物庫にあったものに違いない」
「これが何か分かるのなら話しが早いですね」
「ええ、王城が壊滅したあの日、国庫の大量の金塊と王家の宝物庫から消えた国宝級の宝物の数々。“殺戮の戦鬼”が持ち去ったともいわれていますが個人が持ち出せる量ではなく不明のままでした。それをごく一部とはいえデリラ姫殿下がお持ちとは・・・、残りの行方に関しても御存じなのでしょうか?」
ガイエス辺境伯は欲望にぎらつかせた目で問い掛けてくる。
「さあ、どうでしょう」
デリラ王女はするりとはぐらかす。
「それではこれはどういったつもりでお見せ頂いたのでしょう?」
「これはラード王国再興のための軍資金の一部です。王国再興に協力頂けるならその度合いに応じて対価を払いましょう」
「成程、そういう事ですか。それならもっと楽に手に入れる方法を取らせて頂きましょう」
後ろの二人がスラリと剣を抜きデリラ王女と黒騎士に突きつけた。
「さあ、吐け!国庫の金と王家の宝物はどこにある!それさえ分かればお前だけは儂の妾として生かしておいてやる」
デリラ王女の美しさに性欲も出てきたらしい。
「クククッ、色と金か。欲張りなことだな」
黒騎士が嘲るように言った。
「黙れ!そのようなまともに動けもしない虚仮脅しの甲冑で我らが怯むとでも思っているのか!」
騎士団の大隊長が叫んで斬り掛かろうとした。
「暗黒傀儡掌」(笑)
黒騎士が右手の掌を突き出すとピタリと大隊長の動きが止まった。
「なんだと!う、動けん!何をした!」
身体が動かなくなった大隊長が叫んだ。
副官も慌てて黒騎士に斬り掛かるが同じく掌を向けられ動きが止まった。
「ばかな!え、衛・・・」
「黙れ」
衛兵を呼ぶため叫ぼうとしたガイエス辺境伯の声が途絶えた。
大隊長と副官の声もピタリと止まった。
ガイエス辺境伯はその太い図体からは考えられない動きで脱兎のごとく逃げ出そうとしたが同じように掌を向けられ動きが止まる。
身体の筋繊維全てを支配されているのか口すらも自由に動かせない。
それでも衛兵達が不審な物音に面会室に雪崩れ込んできた。
「聞けい!ガイエス辺境伯はデリラ姫殿下の御言葉によってこれまでの所業を恥じ改心なされた!よってこの場よりラード王国再興のためデリラ姫殿下に王陛下より賜りし領地も騎士団も返上し辺境伯の地位も降りられるとのことだ!」
衛兵達は逃げ込んできた王太子をシュルトに差し出し安堵された所領で民から情け容赦なく重税を搾り取っていたこれまでの辺境伯の所業とあまりにもかけ離れた話しを不審に思い辺境伯の方を見た。
しかし姿勢を正した辺境伯は顔を歪んだ表情で凍りつかせたまま重々しく頷き肯定するのみであった。
衛兵達はその表情を苦渋に満ちた選択によるものだと勘違いした。
「これより騎士団に拝謁の儀と王国再興に向けた宣誓式を行う!騎士団の各中隊長宛に伝令を走らせ騎士団員全てに至急城塞の中広場に集まるよう伝えよ!」
黒騎士の言葉に衛兵達は戸惑いながらも動き始めた。
城塞の中広場に辺境伯領の騎士全てが集い各中隊毎に雑然と立っていた。
その数およそ五千、彼らは一様に不安げに話しをしていた。
「辺境伯様が領主の座を降りられるらしい」
「ではどなたが跡を継がれるのだ?世継ぎの御長男はまだ十歳、いくらなんでも今時期尚早だろう」
「いや、それがラード王家のデリラ姫殿下という方が後事を託されたということだ」
「しかしラード王家の方々は皆処刑されたと聞いているぞ。特に王太子殿下については辺境伯様自身が切り捨てられたのだ」
「それが只一人生き残られていたらしい」
「王太子殿下すら旗頭として立とうとしなかった辺境伯様が今更生き残りの姫殿下に後事を託すなどおかしいではないか」
「それが姫殿下が説得なさって辺境伯様が改心なされラード王国再興のために全てを差し出すとのことだ」
「あの辺境伯がか。民から搾り取って贅沢をすることしか考えていない御方だぞ」
「いったいデリラ姫殿下は伯をどの様に説得なされたのか」
「それが不思議な話しよ。姫殿下と護衛の黒騎士の二人に面会室で会われてものの10分で改心なされたそうだ。おかし過ぎるだろう」
全てを要約すればこのような会話が交わされていた。
そこに異様な風体の巨漢がガイエス辺境伯と大隊長とその副官を伴って現れた。
巨漢は武骨な印象はあるもののおよそ実用性がなさそうな装飾でゴテゴテした黒い全身甲冑に包まれていた。
四人は騎士団の前に作られている壇に向かっていく。
「ラード王国第十王女デリラ姫殿下がおなりになられる。一同整列し臣下の礼を以てお迎えしろ!」
壇下で立ち止まった黒騎士とガイエス辺境伯達が片膝をつき頭を下げた。
それを見て集まった騎士達も慌てて中隊毎に整列し臣下の礼を取っていく。
全員がその姿勢を取り終えデリラ王女が入場し檀上に上がっていった。
「皆さん、面を上げてください」
デリラ王女の澄んだ声が黒騎士の拡声魔法によって増幅され騎士団の隅々まで届けられる。
面を上げた騎士達はデリラ王女の類い稀な美しさに息を飲んだ。
金髪碧眼で淡麗な気品溢れる顔立ち。
触れば滑らかであろう白磁のような肌。
見事に結い上げられた豪奢な長い髪が美しさをより際立たせている。
ふくよかな胸と引き締まった腰の括れと完璧な容姿を華美過ぎない優雅なドレスに包んでいた。
「勇壮なる騎士団の皆さん、私がラード王国第十王女デリラです。今ラードの民はシュルトの暴政により塗炭の苦しみを味わっています。先にガイエス辺境伯に貴族としての矜持を説き道理を尽くしてお話ししたところ辺境伯はこれまでの己の所業を恥じその地位を降り領地と騎士団を王家直轄としてラード王国再興のために役立ててほしいと申し出られました。そして騎士団の大隊長と副官とともに自裁されるとのことです。その見識や経験を惜しみこれからのラード王国再興のために尽力して頂きたいとお願いしたのですがその意志は固くこの場で自刃して果てるとのことです。騎士団の皆さんは王国再興のためその身を捧げる英霊としてその最後を心に刻み付け見届けてあげてください」
その声に合わせて辺境伯と大隊長と副官は腰の剣を抜いた。
辺境伯は己の胸に、大隊長と副官は互いの胸に剣を当てる。
その顔に表情はなかったが目だけがキョロキョロと助けを求めるように動いていた。
しかし騎士団にそれを気付く者はいなかった。
次の瞬間剣が一気に突かれ三人は声も立てずに倒れ伏した。
「彼らは自らの責任を果たし見事自裁なされました。これより残された私達は王国再興のために自らの義務と責任を果たさなければなりません。勇壮なる騎士団の皆さん、私はここに王国再興のためこの地より決起することを宣言します!皆さんも祖国のため故郷を守るために奮起してください!」
ガイエス辺境伯達の自裁からデリラ王女の宣言までの一連の事態の展開の速さについて行けず呆然とし静まりかえっていた騎士団の中から動きが出始めた。
「デリラ姫殿下万歳!王国再興万歳!」
最初は点々と数人が両手を上げて叫んでいただけだったがそれにつられるように何人かが手を上げ叫び始めると後は連鎖的に広がっていきデリラ王女と王国再興を称える声が城塞の中広場中に満ちていった。
その中に最初に両手を上げた数人の騎士達は不思議そうに己の両手を見ていたがやがて周囲の熱狂に呑まれていった。
既に彼らには壇下に転がるガイエス辺境伯達の遺体は目に入っていなかった。
デリラ王女はそんな騎士達を檀上から見下ろしながら手を振って彼らの声に応えていた。
「吐き気がしそうです」
デリラ王女はガイエス元辺境伯の執務室の机の上に両肘をついて掌で目を覆っていた。
騎士団の支持は得たので行政を司る文官達をデリラ王女の元に従わせるのも容易であった。
一部逆らう者も出たが腐敗文官は見せしめに斬って捨て見どころのありそうな者は投獄しておいた。
その内役に立つだろう。
元より辺境伯より王族であるデリラ王女の方が身分が高いため大体の者は従うのにあまり違和感がなかった。
「そりゃあ人の全てを奪って踏み躙り命まで取って平然としているヤツがいたら人間のクズだろ」
俺はソファに腰かけ双子メイドが出してくれたお茶を啜った。
最初の頃は慣れておらず薄かったり濃かったりしていたが最近ではいい味を出すようになっていた。
シオンの指導の賜物である。
デリラ王女の方はあまり腕は上がらなかったがお茶一杯でも美味いものを煎れるのに苦労があるのを理解してくれれば今後にプラスとなるであろう。
「他人事のように仰いますね。貴方ご自身がされたことなのに」
「俺はラードの貴族や騎士どもには幾らでも冷酷非情になれる。俺や俺の仲間達にされたことをそっくり返してやっているだけだからな。これが酷いというのならお前の父親がなんの縁も所縁もなかった俺達にやったことはなんだ?報復という理由があるだけ俺の方がマシだな」
俺は平然と責任転嫁する。
「それにこれはお前とラード王家の名を貶めることに繋がる。これは契約の内だぞ」
「それはそうですが・・・」
それでも感情的に納得出来ないのであろう。
その感性は正しい。
願わくば最後までその感性を失くさないでいて欲しいものである。
でなければこっちも面白味がなくなる。
「計算が終わったぞ~」
今まで黙々と必要物資の計算をしていたシオンがペンを投げ出すように伸びをした。
領土奪還軍は明日にでも出陣の予定である。
辺境伯領の納税倉庫から食料など補給品を出し残りをデリラ王女の名で領民に返還し国の納税倉庫の方は脱走農民などの流民に回すよう既に文官に指示している。
今後、他領の奪還が進み足りなくなる必要物資もレインディア王国から輸入しガイエス元辺境伯が貯め込んでいた私財で支払うことで話しはつけてある。
ルシア王女からの密書には大空洞からの農作物の本格的な搬出が始まり価格低下を起こしレインディア国内の他所の農家の生活を圧迫し始めていたので丁度いいとのことであった。
シュルト王国の悪政に苦しんでいる元ラードの民を救えとキャンペーンもやって農家以外の民が農作物の価格が低下しないことへの不満にも理解を求めるそうである。
とはいえこれらの会計はどんぶり勘定でやる訳にもいかずシオン先生に文官から上がってきた数字のまとめをお願いしていたのである。
俺はいきなり人が入ってくる可能性を考え黒騎士の仮装を解けず手伝いさえ出来ないしデリラ王女の方も経験がないので止むを得ないことであった。
デリラ王女の方は最高責任者でありそれでは済まされないので今後シオンが仕込んでいく予定である。
「で足りそうか?」
「一ケ月でケリをつければ問題ない。それ以上掛かると軍資金が足りなくなってくる。足りない分は又ユウキが強制労働をやらされることになりそうだ」
「・・・なるべく一ケ月以内にケリをつけよう。本業の方もいつ再開するか分からないしな」
「貴方が持ち出したラードの財宝は使えないのですか?」
デリラ王女が尋ねてきた。
「・・・今手持ちは見せ金に使ったあれだけだ。残りは王都解放時に放出する」
「だよなぁ、クククッ」
財宝の隠し場所を知っているシオンが含み笑いをした。
以前シオンが仕掛けてきた悪戯に引っ掛かったことを思い出し俺は不機嫌になった。
「?」
デリラ王女は不思議そうに俺達を見ていた。
「敵影発見!敵シュルト軍約二万!こちらに向けて進軍中です!」
斥候から報告が上がってくる。
広がる平原の彼方から滲み出す水滴のように現れた敵影が増水した大河に育ちこちらに向かってきていた。
待ち受けるこちらは進撃の最中に各地から参集してきた元騎士達によって膨れ上がってきていたが一万しかいない。
シュルト側は数の利で一気に蹴散らすつもりなのだろう。
あれから辺境領周辺の少数の駐屯軍しか置いていないシュルト直轄地に攻め込み次々に制圧し王都に向かって進撃していた。
辺境領や占領した各地では警備兵や文官の急募を掛け即戦力になりそうな元警備兵や元文官達は即占領地に投入していき平民出身者でも使いものになりそうな者は手伝わせながら教育と訓練を施している。
国の納税倉庫も現地の住民にデリラ王女の名でどんどん解放していって支持を集めている。
噂が広まりシュルト直轄地では住民達による反乱の火の手が上がり始めていた。
シュルト側も各地に散らばる駐屯軍をこちらの撃破のため急遽旧ラード王都に集結させたため反乱の動きは加速しつつあった。
各地のシュルトに帰順していた諸侯は様子見の姿勢であった。
そして今王都直前の平原で本格的な戦闘に入ろうとしていた。
「皆の者、よく聞け!これより王都奪還の最後の合戦になる!これに勝利すれば王都奪還は叶う。各地の静観を決め込んでいる諸侯も再び帰順してくるだろう。そうなれば国土の大部分が我らラード王国の元に戻り王国再興はほぼ果たされることになる。諸君らの奮戦に期待する!」
その激励に味方の陣営からは天も割れよと喚声が上がる。
「まずは我黒騎士が敵中央に打撃を与える!その後、浮き足だった敵軍に全軍突撃を掛け蹂躙する。ラードを勝利に導く我が力をしかと見よ!」
そういうと敵軍に向けて掌を向けた。
魔法を使うにしても遥かに射程外であった。
天地爆砕
その呪文と共に敵軍中央の大地が爆裂して吹き飛んだ。
明らかに射程外からの魔法攻撃、しかも火弾のように火線が見えない未知の火炎系の魔法である。
敵軍は大混乱に陥った。
「全軍突撃!蹂躙せよ!」
黒騎士の号令一下、全軍が突撃して行く。
黒騎士の力によっても一割も削られていない敵軍だったが中央部が吹き飛んだため損害を何倍にも感じしかも怯んだところを戦意溢れるラード軍一万の総突撃を受け総崩れとなった。
その中にあってシュルト軍先鋒三千が奮戦を続けていた。
「まだだ!敵は我軍よりまだまだ寡兵。我らがここで踏み止まれば体勢を立て直して反撃も可能だ!シュルトの騎士の意地を見せてやれ!」
激しく嘶く騎乗している軍馬を力で押さえ込み檄を飛ばす百戦錬磨の老将の心中は、しかし絶望に彩られていた。
ここで彼らが踏み止まれば確かに体勢を立て直して反撃も可能だろう。
しかし先程の未知の魔法攻撃に対処出来なければ同じ結果になるのは必定。
前戦で次々に諸将が討ち取られとっくに予備役であった彼にまで召集が掛かる原因となった“殺戮の戦鬼”のことが脳裏をちらつく。
彼が復帰した頃には“世界の危機”とかに対処するため勇者と呼ばれ戦場に出てこなくなっていたがヤツも未知の大魔法を使ってシュルト軍二万を瞬く間に殲滅したと聞く。
それに較べれば威力が弱いとはいえこんな常識外れに強力な魔法を使う相手に対処する方法などない。
老将はそれでも自分も前面に立って敵兵を捌いていた。
そこに異様な風体の黒騎士が現れた。
黒い全身甲冑に包まれた巨漢であったが武骨な印象はあるもののおよそ実用性のなさそうな間接部の追加装甲がゴテゴテとついている。
「既に戦の趨勢は決まった。王都はラード王家の手に戻り王国再興は成る。ここは降るか逃げるかしてくれないか。逃げるのであれば王都方面以外の方向に逃げる部隊は追撃しないぞ?」
「その言い様、その異様、貴様がラード軍の指揮官の黒騎士か!貴様さえ討ち取れば今のラード軍は所詮烏合の衆。反撃しても十分勝機がある!」
老将は軍馬を走らせ黒騎士に挑み掛かってくる。
「ここで死にたいというのであればその願い叶えてやろう」
黒騎士は手にしていた長大な斬馬刀を無造作に振り下ろした。
老将はそれを剣で受け懐に潜り込もうとした。
しかしその剣はあっさり叩き折られ老将は軍馬ごと袈裟切りになった。
それを見た老将の部隊も一気に崩れ戦いは追撃戦に移った。
「この世界の人間が正面から挑んで俺に敵うなら俺がここにいる必要もないのだろうがな」
黒騎士は老将の遺体を眺めながら一人呟いた。
ラード王城。
本日は新ラード女王の即位と王国の再興が宣言される日であった。
先の戦いに勝利したラード軍は王都に迫り追撃戦で千名以下の少数に減らされ逃げ込んできたシュルト軍はこれまでの仕打ちに怒り心頭の王都住民に襲われ全滅した。
王都住民はラード軍を喜んで向かい入れ王都はラード軍に奪還された。
決起から丁度一ケ月経っていた。
各地の諸侯も帰順して王都に集まっていた。
「それで私とラード王家の名はいつ貶められるのでしょう?」
シオンのコーディネートで双子メイドが忙しく動き回り着付けをしている。
デリラ王女、戴冠後は女王となる少女は鏡で装いを確認しながら静かに聞いてくる。
「まだシュルト王国から反乱鎮圧という名目で再侵攻がある。それを潰して契約は終了だがな。こっちの話しは今日から始める」
「民には被害は出ないのですね。それに私が死んだ後の国政はどうするのです?」
「死んだ後?別に殺しはしないよ。寿命を全うしてくれ。民にも多少の影響は出るだろうが被害は出ないだろう。国政は引き続きデリラが執ればいい。これよりは熱狂して心酔していた民はお前とラード王家を侮蔑と恐怖の対象と見ることになるし国政を取るのも針の筵になるだろうが逆らう者はいないだろう」
「いったい何をするつもりです」
「それは見てのお楽しみだ」
そして戴冠式が始まった。
参列する諸侯の間に赤い絨毯が敷かれデリラ王女がゆっくりと歩いていく。
周囲の諸侯はその美しさに溜息を吐く者、欲望に澱んだ目を向ける者と様々だが沈黙して礼節を守って控えている。
デリラ王女が向かう先には壇が設けてありその上には黒騎士が控えていた。
「これより戴冠式を執り行う」
デリラ王女が目の前で傅いたのを確認し黒騎士が宣言した。
本来なら前国王や近縁の目上の者が戴冠式を取り仕切るのが常であったがラード王族はデリラ王女を残して皆処刑されており王家と血縁関係にある一部の諸侯も帰順したばかりで憚りがあり苦肉の策として決起から王都奪還までの立役者である黒騎士に御鉢が回ってきたのであった。
「汝はラード王家第十王女デリラ姫で間違いないか」
「はい」
「それではこれより先、汝はこの国の女王としてこの国を愛し守り育むことを誓うか」
「はい」
「国難にある時も女王としての義務と責任を果たし己が命を以てしてもそれを克服することを誓うか」
「はい」
「参列する諸侯よ。彼女が新女王たるを承認するか」
「「「「はい」」」」
一斉に声が上がった。
「では汝にこの王冠を与える。以後、第十三代ラード女王とし臣下と民を愛し正しく導かんことを切に望む。汝の未来に栄光があらんことを」
黒騎士がデリラ王女の頭に王冠を被せた。
この瞬間彼女はラード女王となった。
彼女は諸侯に振り向き語り掛けた。
「これより第十三代ラード女王である私は王国の再興を宣言します」
「ラード女王陛下万歳!ラード王国万歳!」
彼女の宣誓に諸侯は喜びの声を上げる。
一頻り歓声が収まるのを待って黒騎士がラード女王の前に出てくる。
諸侯はラード女王と自分達の間に割り込むように立つ黒騎士に不快な視線を向けた。
戦功第一で戴冠を取り仕切ったとはいえ素性が定かではない人物に大きな顔をされる謂れはないと感じたのだ。
しかし彼らは次の言葉に凍りつくこととなる。
「さて、女王陛下の即位も終わり王国再興の宣誓もなされた。次になされるのはシュルトに一旦帰順し趨勢が定まってから再びこちらに帰順した恥知らず共の処分である」
諸侯の間に緊張が走った。
彼らは帰順し支持さえすれば確たる後ろ盾もない新女王が自分らを処罰することは出来ないと思っていたのだ。
更には小娘である新女王に取り入って操り権力を得ようと思っていた者ばかりであった。
「ばかな!貴様になんの権限があってそのような事を」
「我らを処罰すれば又王国が分裂することになるぞ!」
「貴様、この国を乗っ取る気か!」
諸侯は口々に非難の声を上げた。
「ラード女王陛下、これが契約の代償です。よろしいですね?」
「はい・・・」
ラード女王は小さく頷く。
諸侯は驚きに目を見張った。
これは自分らが支持した新女王も承知していることだと。
そしてそれはここが敵地であることを示していた。
彼らは一斉に逃げ出そうとしたが身体が動かせなくなり声も出せなくなっているのに気付いた。
「ちょっと遅れたが暗黒傀儡掌」(笑)
黒騎士が後出しジャンケンのように遅れて掌を突き出す。
明らかに呪文も動作も関係なかった。
「さて諸侯の護衛を入れてくれ」
侍女姿のシオンと双子メイドが入り口の大扉を開き諸侯の護衛達を招き入れる。
奇妙な静寂に不審げな様子で護衛達が入ってきた。
「ラード新女王陛下の即位と王国再興の宣言は無事終了した」
黒騎士は周囲を睥睨して宣言した。
「新女王のこの国を愛し守る宣誓を聞き各諸侯はこれまでの所業を恥じ改心なされた。よって新女王に先王陛下より賜りし領地も騎士団も返上しその地位も降りられるとのことだ。更に禍根を残さぬため自裁して果てるとのこと。まったく天晴な覚悟である。諸君らが証人である。諸君らの今までの主人の最後をしっかり見届けてもらいたい」
シオンと双子メイドが手早く短剣を諸侯に配っていく。
護衛達はあまりの事の成り行きに茫然としていた。
「それでは諸君らの死が礎となり王国に繁栄をもたらすことを願う!」
その声を合図に諸侯は一斉に自らの喉を突き倒れ伏していった。
王城の戴冠式場の床は諸侯の血の海に沈みラード女王が歩いてきた赤い絨毯と区別がつかなくなっていた。
それはこれからの彼女の道行を不吉に暗示しているようだった。
いったい彼はどこに向かうのでしょう。
それはまだ作者も知らない(まだ考えていない)。