83 終焉の先 Ⅷ
次の次の話が難産で・・”。
「勇気さん、お帰りなさい」
加奈が白竜王らと共に竜の鎧改から降りてきた勇気を飛翔場で出迎えた。
白竜王の手配で待機していた場所から合流したようだ。
「ンッ、待たせた」
千年前の戦いから時間遅延状態とはいえ地上に補給や調査に降りる時以外はずっと一緒に竜の鎧改の中で過ごしてきた仲である。
百万年後の未来にいた時よりも気安くなっていた。
あちらで最後に会った時には比護対象に過ぎない少女だったが勇気がいなくなり一人矢面に立たざるをえなくなった紗耶香を少しでも支えるために必死に努力して魔導師として力をつけ幾度かの戦いを経て成長した今では背中を任せる事の出来る存在となっていた。
勇気は宙での戦いが終わり夜明けの中央都市に戻っていた。
今回の戦いは加奈にとっては辛いものがあっただろう。
前回の戦いは大空洞とトカゲ人と人類の原種を守りこの世界を百万年後の未来に繋げるための意味があったが今回はその逆の行為だ。
白竜族には百万年後の世界で人類が繁栄するまでには消えてもらわなければならない。
もしここで白竜族の滅びが正史であったのなら致命的な過ちを冒した事になる。
しかし加奈は微笑んで勇気を出迎えていた。
加奈は体感時間で一ヶ月以上、辺境での原形質の怪物の被害を最小限に抑えるために超時間加速下で勇気と互いに交代して仮眠を取りながら怪物の掃討と避難民の救護活動を文句も言わず続けていた。
中央都市に移動して城の近くの家屋の屋根の上に降ろされ一晩中都市外縁部に防御膜を張り巡らすなどの裏方をやっていたのだがさすがに心細かったに違いない。
敵が時間加速を使う事を想定して戦闘は出来るだけ大気圏外に誘き出して行うと勇気から伝えられてはいた。
音速を遥かに越え下手をしたら光速に近い領域での戦闘を行えばどれだけ地上に被害が出るか分からなかったし中央都市を攻撃され揺さぶりを掛けられるのを避けたかったためでもある。
ただその領域での戦闘は通常の時間感覚の世界にいる者にとっては一瞬で終わってしまうはずなので一晩経っても勇気が帰ってこなかったため最悪の事態も考えない訳にはいかなかったからだ。
実際には魔力量に余裕はあったが体感で長時間に渡る時間加速戦闘での精神的疲弊を回復させるため戦闘終了後は通常時間状態で地上に戻ってきたため時間が掛かったのだった。
「いろいろ悪かったな。俺の我儘につき合わせて」
「いえ、私の無茶に勇気さんを巻き込んでいるんですもの。このくらいは・・・。それに私もあそこでトランさん達を助けたいと思いましたから」
加奈にとっては紗耶香と再び会う事が絶対の願いである。
そのために彼女は元の世界に帰る機会と肉体さえも捨ててここまで来たのだ。
生半可な覚悟ではない。
しかしトランはあの絶体絶命の危機にあって自らの命を賭けて仲間を逃がそうとしていた。
あれは加奈達を元の世界に戻そうとして死地に赴いた勇気の姿であり最後まで戦い敵の首魁と相討ちになった紗耶香の姿でもあった。
その捨て身の覚悟が勇気の心の琴線に触れ行動を促したのなら勇気達の決死の行動で生き延びてきた加奈にはそれを止める事は出来ない。
ましてやあの時トランを心配して畏怖の対象である勇気に食って掛かってきた兎人の少女の姿に自分を重ねてもいた。
だから勇気の行動を加奈は否定出来ない。
いずれ彼らの子孫を見捨てなければならないとしても・・・。
「・・・今回も世話になったな。勇者殿」
白竜王が声を発した。
「構わんさ。俺が助けたいと思ったヤツがいて俺がその場にいて助けないならその方が不自然だ。これも必然ということにしておくさ」
「ウム、とはいえ我が頭の固い判断をしてトランを切り捨てていたら大天使の奇襲の時、我らを見限ってトラン以外を見捨てるつもりだったのだろう?」
「そりゃあそうだ。トランに言ったように原形質の怪物の掃討と黒幕の処分までは面倒をみるがそれに白竜族を助ける事までは含まれてはいない。白竜族が助けたくなるところを見せてくれなければトラン達だけ助けて大天使に白竜族を滅ぼさせた後に手の内を晒し消耗した大天使を始末するのが俺にとってのベストな選択だ。トラン達だけならその子孫も白竜族の庇護がなければ百万年も存続する可能性は低いだろうから今助けても問題はない。俺はお前達にとって救いの手ではなく寧ろ逆の存在だからな。次回はないし巨竜族や巨神族と同じように傲慢さ故に暴走すれば先送りせず直接手を下すかもしれないと思ってくれ」
「ウム、重々承知している」
「それで天人達の処分はどうするんだ?」
勇気は白竜王の周囲にかしずいている天人達を見回した。
元行政長官は勇気が大天使を倒した同時刻に卒倒していた。
治療院に運び込まれ最後まで従っていた連中も抵抗を諦めて拘束されていた。
感覚同調している相手側が死亡した場合もう一方は死の苦痛を味わう事になり普通なら精神に異常を来したり下手をすればショック死してもおかしくなく表面上は多少のダメージで済んでいるように見えるシオンや勇気の方が異常なのであった。
元行政長官が連れて行かれこの場にいた天人達の大部分は一連の企てに直接関与はしていなかったため大人しく白竜王の裁定を待っていたのだった。
「天人達よ。今回の災禍によって千三百以上の辺境の都市と一千万人以上の我が民が失われた。勇者殿の力添えがなければ我が白竜族を含む全ての種族が滅ぼされていただろう。千年の昔お主らの祖先が天使と呼ばれ巨神族に仕えていた頃にも多くの力無き従属種族の者が無茶な参戦要求に逆らい天使達に粛清された。そして三百年前に隠れ潜み困窮していたお主達の先祖から我が白竜族に降り従属種族達の営む社会に加わりたいとの申し出があった時多くの元神族系の種族から反発があった。当時白竜族の側に侍っていた多くの兎族の者達も千年前の遺恨を忘れた訳でも許した訳でもなかった。しかも知性や魔力が高く各種魔法が使え千年前には中位種族として多くの従属種族を統轄していた管理能力に長けたお主達が加わればあっという間に社会の重要な地位を占め自分達に取って替わる事も分かっていた。だがその兎族の者達はお主達が社会の発展に必ず役に立つと過去の遺恨に目を瞑り受け入れる事に賛同した。千年前には直接矛を交えた事もある我が白竜族もお主らの能力を惜しみ恭順し社会に尽くすならばと受け入れたのだ。しかしその思いは裏切られた。今回の企てが一部の上位の者のみが企て多くの天人に直接の関与がなかったとしても他族にここまで大きな犠牲を出せばお主達天人達を許す者はいまい。千年前の粛清を鑑みれば首謀者だけではなく全ての天人を同様に極刑に処すべきである」
頭を垂れる多くの天人達が肩を震わせていた。
彼らとて千年前に天使達が為した虐殺行為とその理不尽な理由は知っておりそれに照らし合わせば天人全てが処刑されても文句の言えない立場であるのは理解していた。
そして白竜族の傘下に入って三百年、上層部が機密保持として真意を秘したために多くの天人は白竜族を主と仰ぎ忠誠を誓っておりその命であれば如何なる事であっても従うのが当然と考えるようになっていた。
とはいえ従容として自らの死を受け入れられるほど達観も出来ず厳しい裁定に動揺しているのだった。
「辺境の民を献身的に救ったトラン達とその他のはぐれの天人達には新たな族名を与え今の天人達に代わって社会の運営を担ってもらう。天人の名は天使と同様忌み名としてここに途絶える事になる。又トラン達には民を救った褒賞を与えるものとする。以上だ」
「お待ちください!白竜王様!」
他の天人と同様頭を垂れていたトランが面を上げ叫んだ。
「フム、なんだ、トラン?」
「今回の企みに加担した天人を極刑に処すのは当然の裁定でありましょう。しかしそれ以外の天人についての処罰は今一度お考え直し頂きたい。私に褒賞をお与えくださるというのなら彼らの減刑をもってそれとさせてください」
「フム、本当にそれでいいのか?お主達はぐれを排斥し辺境へ追いやったのは指導層の煽動があったとはいえこの者達も同罪であろう。今更情けを掛ける筋合いもなく寧ろ厳罰を下し復讐心を満足させたいのではないか?」
「彼らに蔑まれ辺境へ追いやられた事を恨んでいない訳ではありません。しかし私は他者を蔑み見下して自分が高みにあると虚栄心を誇るより己の高い能力を発揮する事で誇り高くあろうとしてきました。彼らを蔑み見捨て復讐心を満足させるのは容易いでしょうがそれはこれまでの自分の信念や生き方を否定する事になります。そんな自分であれば最初から命を賭けて辺境の民を助けようとは思いませんでした」
「フム・・・、そのトランの働きがなければ勇者殿も動かず我らも滅ぼされていたか。その功績は大きく当人が望むものを褒賞として与えるのも理に適っておる。よかろう、直接今回の企てに関与した者以外の天人達の処罰を減じよう。これより先はぐれの者を除く全ての天人について同族同士で子を生す事を禁じる。これにより”純血の天人”は滅びさる事になる。今のはぐれの天人と次世代の者は天人の名と共に罪を背負い子々孫々まで語り継ぎ他族に贖罪の心をもって接し引き続きこの社会を導いていけ。よいな」
「はい、御温情、感謝致します」
トランは返礼し周囲の天人達も一層深く頭を垂れた。
「これでよろしいか?勇者殿」
白竜王が勇気に向き直った。
「裁定内容自体に口を挟む気はないさ。辺境の民一千万の犠牲に生き残った同族の者達が堪えられるかどうかだろ。トランほど高潔じゃない俺は復讐や報復を否定しないさ。俺は誰であろうがやられたらやり返すだけだからな。ただ裁定の結論は今後のこの世界の進む方向を左右する重大な要素だから聞いただけだ。さて、余計な干渉はここまでとして俺達はさっさと宙に戻る事としよう。脅かすような事も言ったがここより先は滅びの未来に至るまではお前達の時間だ。未来の滅びを見据えて運命に抗うのも運命として受け入れ先を考えず今だけを生きるのもありだろう。自由に選択すればいいさ。それが生きるって事だろうし。トラン、白竜王、もう会う事もないだろうが精一杯自分達の時を生きる事だ。さらばだ」
加奈を乗せ最後の挨拶を送ると勇気は竜の鎧改を直ぐに飛び立たせた。
竜の鎧改は膨大な魔力光を振り撒きながら天空に駆け上がっていく。
「ウム、そうさせてもらおう」
白竜王はその軌跡を目で追いながら呟いた。
トランも天を見上げながら感謝の念と共に勇気達が無事旅路の果てに目指す場所に辿り着く事を願った。
白竜編は次回で一応、決着予定です。