80 終焉の先 Ⅴ
こんなに長くするつもりはなかったのですがいつの間にか・・・。
遠く街明かりが見えた。
近付くにつれ視界いっぱいに明かりが広がっていく。
この世界で中央とだけ呼ばれる白竜族が住まう巨大都市。
この世界の中心都市だけあって辺境の街々と違って夜間でも煌々と照明の魔道具が点灯し道路や家屋内を照らしていた。
天人が白竜族の傘下に入って三百年、この都市の規模は十倍になり食料を含む各種生産能力や流通も効率化されて活発となり辺境地区の開発も大きく進み従属種族の生活水準も向上していった。
幼い頃にはトランも同じ天人として世界への貢献を誇らしく思う事もあったが天人の共同体から排斥され続けた今の彼にとっては何ら感慨を抱かなかった。
この一週間、昼夜分かたず殆ど休みなく飛び続けていた。
勇気により膨大な魔力を圧縮譲渡された事で肉体強化や神経系の強制活性化を常時発動してなんとかここまで辿り着いたのであった。
後で無理した反動が身体にくるだろうが今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
都市上空に入り高度を落とす。
都市中央の白竜族の居城は敵性勢力からの攻撃は考慮されていないが上空監視は行われているため勇気の言に従い秘密裏に白竜族に接触するなら闇夜に紛れて低空から白竜族や天人だけが利用する飛翔場に接近するのがベターであった。
その近くに隠れて待ち出入りする白竜族があれば接近して話しを聞いてもらう。
大まかなプランだが飛翔場や地上出入り口などの出入りの要衝には全て警備の天人が詰めており無断で城内へ侵入する事は不可能であるためやむを得ないところだった。
城の近くの家屋の陰に潜み様子を窺う。
飛翔場は直に見えないが白竜族の者が出入りする時には警備が慌ただしくなるのでその気配を探りながら待機する。
辺境での異変に対応してか以前より警備の数が多くピリピリした感じが伝わってくる。
だが城内の人員の入れ替わり自体は少なく白竜族が事態を正確に把握しているのか怪しいものであった。
やがて飛翔場が騒がしくなり微かに白竜王の名が聞こえた。
予定を遥かに超える大物である。
トランは少し迷った。
千年前の大戦を戦い抜き現在のこの世界の礎を築き上げた生きた伝説。
千年を経た今でも白竜王はこの世界の要として厳然と存在し続けていた。
白竜王を首長とする白竜族を中心に各従属種族によって世界は運営され発展してきた。
この世界で最も重要な存在であり不用意に近付けば護衛の天人に問答無用で攻撃され処断されるのは目に見えていた。
しかし一番話しを通したい相手でもあった。
千最一隅のチャンスでもあるのだ。
トランは覚悟を決めた。
護衛の百体以上の天人達が飛翔場から白い翼を羽ばたかせ夜空に舞い上がっていく。
その後に更に大きな白い影を見た瞬間トランは飛び出していた。
勢いよく白竜王に向けて突っ込んでいく。
護衛の天人達は些かの躊躇もなく光槍を放ってきた。
無数の光槍が弾けトランの姿は爆炎に包まれて見えなくなった。
次の瞬間爆炎を突っ切って淡い魔力光を放つ防御膜に包まれたトランの姿が現れた。
「白竜王様!話しを・・・」
一瞬呆気に取られていた護衛達が直ぐに攻撃魔法を再開し言葉を遮った。
護衛達の攻撃は全て防御膜に弾かれているがトランの声も激しい攻撃音に阻まれて白竜王に届かなかった。
「皆の者、攻撃を止めよ」
全ての攻撃を凌いでいるトランの防御膜に疑問を覚えた白竜王が攻撃中止を命じるが護衛達はたった一人の相手に自分達の力が一切通用しない事でムキになって聞こえていないのか攻撃を止めなかった。
徐々に勇気から圧縮譲渡された魔力も減っていきトランは防御膜の維持が難しくなっていく。
「こら!止めろと言っている」
白竜王が更に制止の声を上げるが護衛達は聞く耳持たずのように攻撃を続けていった。
トランの防御膜の光が急激に薄れていった。
『『『止めんか!!ゴラァ!!』』』
声と言うより暴風と言ってよい白竜王の物理的圧力と轟音を伴った怒声に前方で攻撃を続けていた護衛達が耳を押さえてバタバタと墜落していった。
城の方にもその轟音は響き渡り蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
飛翔場の警護の天人もトランへの護衛達の攻撃に駆けつけてきていたが城内の白竜達も慌てて次々に飛び出してくる。
続々と白竜王の周辺を警護の天人と白竜達が固めていくが攻撃を続けていた護衛達達は皆墜落し一旦攻撃が途絶え白竜王の命もあってたった一人のトランとの間に奇妙な均衡状態が発生していた。
「下で話しを聞こうか」
白竜王は仕切り直しも兼ねそう声を掛けると飛翔場に降下していき周囲の者もそれに従い降りていく。
トランも後に続き飛翔場の広い石畳の上で待つ白竜王の前に降り立った。
「機会を与えていただき感謝します、白竜王様。私は辺境の街で働いていたトランと申します。話しというのは現在辺境地域で・・・」
「お待ちください!白竜王様!このような不逞な輩の話しなど聞く必要はございません!」
たった今城内から出てきた豪奢な礼服を身に着けた天人が白竜王とトランの間に割り込み話しを止めようとした。
「行政長官か。よい。聞く必要があると我が判断した」
「なりません!悪しき前例となります、お考え直しを!」
行政長官は詰め寄り翻意を促した。
「くどい。この世界の行政を任せてはいるが我の意志を曲げる事など許してはおらぬぞ」
「しかし・・・」
「お主達天人は我が意に従うと誓って傘下に入ったはずだ。その逆ではない。我に従えぬというのであればいつでも種族ごと出ていってよいのだぞ?我が傘下にいるかどうか自体は自由意志だ」
「それは・・・」
行政長官は言葉を途切れさせた。
白竜王の元にいるなら制止が許されず出ていけば制止すら出来ない。
「では黙っておれ。さて待たせたな。続きを聞こう」
白竜王はトランに向き直った。
「・・・はい。現在辺境地域では巨大な原形質状の怪生物の襲撃により二週間ほど前に自分が住んでいた街を含む二つの都市が壊滅、伝聞では百以上の都市が既に呑み込まれたとの情報を得ています。文明圏外縁の辺境領域全体が同様の怪生物に襲撃を受けていた場合被害は千を超えると思われます」
「そのような事が・・・。行政長官、そんな話しは聞いておらんぞ」
「で、デタラメでございます。仮にそのような怪生物による襲撃があったとしてその者が住んでいた都市や近隣の都市はともかくその他の百以上の都市の壊滅を誰から聞いたというのです。その者は世を騒がすために嘘偽りを白竜王様に吹き込もうとしているのです。そのような大事が本当に起こっているなら行政の長たる私が知らぬはずがございません」
「フム、確かにな。他の都市の情報は何者から聞いたのだ?」
「襲撃で片翼を失い住んでいた街の生き残りの住民と逃避行中に怪生物に囲まれあわやという時に伝説の黒き龍鱗の勇者様が現れ救われました。その時勇者様からその他の百以上の都市の壊滅と更なる被害予想を聞きました。中央の白竜族の元に直接事態を伝えるよう指示されたのも勇者様です」
「あり得ない!彼の勇者は千年前の大戦は別にして私達を助けるような存在ではないはず。寧ろ逆の存在だ。白竜王様が一番その事実を御存じのはず。この男の言っている事は全てデタラメです」
行政長官もトランと同様に白竜達から勇者の実態を聞いていたのだろう。
トランが勇気と相対した時に思った事を口にしていた。
「襲撃の事実は辺境地域に白竜族の方々による調査隊を送っていただけたら直ぐに分かる事です」
「フム・・・、己の同族たる天人は信用出来ぬか?」
「はい、辺境地域で幾つもの都市が壊滅しているのです。例え通信用魔道具で連絡を入れる暇もなく壊滅したとしても連絡が途絶えた事自体が異変の起こった事を示しています。それに飛行能力や各種魔法が使える天人である自分が生き残ったように同じ天人なら他の都市でも生き残りがいるはずです。彼ら彼女らが近くの無事な都市に辿り着けば通信用魔道具で情報は中央まで上がってくるはずです。それなのに行政長官が全く知らないと言うのであれば・・・」
「天人達が意図的に隠蔽しているという事か」
「はい、しかも襲撃が突如ほぼ同時多発的に起こり怪生物自体に高い知能が感じられない事を考えればこの事態を仕掛け操っている者がいると考えられます。となればこの事態は天人による策謀の可能性が高いと考えるのが妥当です」
「フム、しかしそれなら何故同じ天人であるお主が独自に行動している?天人全体で仕掛けた策謀なら何故お主は事前にそれを知らされず同族に協力もしない?」
「私ははぐれですので。私を排斥し見捨てた同族に協力する義理もありません」
「そうか・・・」
天人の生態を知っている白竜王は納得したように頷いた。
「・・・だそうだ。行政長官、反論はあるか?」
「その者の言っている事は全てデタラメです。私達が事態を隠蔽していったい何の得があるというのです。そんな事が起こっているのなら事実が知れ渡るのは時間の問題です。それに私達天人がこの社会にしてきた貢献の数々をお忘れですか。この社会で重責を担い確固たる地位を占めている私達が今更謀叛を起こす必要などありません。そんな世を拗ねたはぐれ者の戯言など信用に値しません。永くお側に仕え忠義を尽くしてきた私達とそのような今日初めて会ったはぐれ者の言い分とどちらを信用なされるのですか」
「フム・・・」
白竜王は思案深げに両者を見比べる。
信用というものは一朝一夕で築き上げられるものではない。
ここ二十年以上行政長官を勤めてきた天人は多少偏狭で形式や先例に拘り他の従属種族を見下す傲慢さもあるが概ね行政運営は堅実で種族間でも分け隔てなく采配を振るい社会の発展と生水準活向上を実現してきた。
能力や適性を重視するため行政運営を行う官吏には天人ばかりが登用されているが発展し複雑に高度化しつつある社会を運営するには天人が一番向いているため当然の結果といえるだろう。
天人達が傘下に入る前の非効率な行政運営を識る白竜王としては天人達の優秀さは理解しているし長年に渡り成果を出し続けている彼らは信用に値するだろう。
一方トランと名乗った若い天人については初対面であり何も知らず信用するに値する材料は何もない。
普通に考えればどちらを信用するかは歴然である。
「もう好奇心は満足なされたでしょう?この男は拘束し白竜王様の行幸を妨害した罪で処刑します」
行政長官が警備の天人にトランを拘束するよう指示を出した。
ある一つの事実がなければこれ以上白竜王が口を出す事もなかったろう。
「待て、まだその男には聞く事がある」
故に白竜王は問う。
「先程の無数の攻撃魔法を凌いで見せた防御膜はどうやって得た?普通の天使達には伝わっていなかったはずだ。それにあれを起動するための魔力はいったいどうやって賄った?」
「勇者様から防御膜の知識と使い方、そして起動するための圧縮された魔力を譲渡されました」
「そういう事か。ならばお主を信用するしかあるまい」
「白竜王様!何故そのような事を」
「神族が絶対防御と呼んだ防御膜の知識と使い方については元々神族の魔法技術であるから伝わっていてもおかしくはない。しかし魔力圧縮などという元となる膨大な魔力を必要とする我々白竜族すら知り得ない魔法技術を使いこなせるのは勇者殿しかおるまい。つまり天人の魔力容量で防御膜を使えたこの者は勇者殿が信用し状況を伝えるために力を託し我ら白竜族に送り出した者ということになる。言っている事に疑議は挟めまいよ」
「そんなバカな!そのような事で!」
「行政長官、お主を解任する。天人達よ。元行政長官の企てに加わっていないならその身柄を拘束せよ。もしトランを除くこの場全ての天人が反逆するというなら我ら白竜族が相手をしよう」
白竜王の声に警護の天人達の多くが戸惑い内数名が元行政長官を守るように傍らについた。
「白竜王様!お考え直しください!そのような不逞の輩の妄言に踊らされて天人との信頼関係も社会秩序も台無しにされるつもりですか!」
その言葉に戸惑っていた他の天人達は更に判断に迷い動けなくなった。
「往生際が悪いなぁ。いい加減に観念したらどうだ?」
突如虚空から声が響き闇の中から黒い龍鱗の竜人の姿が現れた。
続けばいいなぁ。