68 白竜は招くⅢ
本当はこの章は短くするつもりでしたが・・・。
「フワァ!これがユウキ様の御主人様なのですか!?」
ツォウリが竜の鎧を見上げながら驚きの声を上げた。
「違う。これの主人が俺だ」
勇気はツォウリの足の捻挫や他の怪我人も治癒魔法で治し皆を引き連れて竜の鎧が横たわる場所まで戻っていた。
兎人は雑食性で肉食獣の肉でも大丈夫との事だったので血抜きをした肉を食料として提供する事にしたのだ。
まともに調理した食事を作ってもらうという打算もあった。
身体強化による消化吸収能力向上により栄養補給に支障がないとはいえ無理に不味いものを食い続けたい訳でもない。
因みに天使達のぶつ切りの方が味は良さそうだったが人型の知性体を喰らうというのは倫理的に問題があるので止めておいた。
「この立派な竜がユウキ様の従者様なのですか。私達が思っていたよりユウキ様は上位の竜の眷属様なのですね」
「だから俺は竜の眷属じゃないと・・・、まあいい、これは今死んでいるからただのハリボテに過ぎない。コイツが生きていて俺の魔力が十分だったら白竜族の領域とやらまで一っ飛びだったんだが仕方がないな」
勇気は竜の鎧の側面を軽く蹴って上に跳びあがっていく。
ツォウリ達も同じようにして付いてきた。
ここまでのジャングルの移動で動きだけなら兎人の身体能力が野生動物並に高いという事が分かっていた。
天使達が本気を出していなかった事もあるが勇気の助けが入るまで生きていられたのも境界線近くまで逃げ延びて来られたのもそのお蔭であろう。
勇気は血抜きし魔法で凍結しておいた肉を調理に丁度いいサイズに切り分けてツォウリ達に渡していく。
天使の光槍すら打ち払う竜牙の小刀も勇気にとっては便利な肉切り包丁に過ぎない。
刀に拘りがあった紗耶香が見たら泣きそうな使用法である。
ツォウリ達は食材となる凶暴な肉食獣が大量に積み重なっている状態に多少顔を引きつらせていたが手早く役割分担をして調理を始めていく。
ジャングルを移動中に採取していた木の実や食べられる根菜や茸などを提供した肉と合わせて使い手際よく調理していた。
最弱の従属種族である兎人は幼年期から各種奉仕技能を仕込まれ成人までには全ての技量を習熟するのだそうだ。
そしてその殆どは天使などの御使いと呼ばれる大きな力を持つ神族直属の中位種族に仕え子を残す事もなく一生を終え集落に残ったほんの一部のものが次世代を繋いでいく。
その僅かな芽すら摘まれるのであれば幾ら主人に対して従順である彼らであっても逆らいもするだろう。
天使から奪った記憶で奉仕に出ていた者達は全て粛清され集落から逃げ延びた者もほんの僅かである事を勇気は知っていた。
足手纏いを抱えた年長組は逃げ切れずここにいるのが兎人の最後の一団である可能性が高かった。
見た目はともかく五歳程度の子供達が種族最後の生き残りとなっているかも知れない状況で一回成り行き上助けただけで放り出すというのも流石に忍びなかった。
それで本来なら完全回復を優先し暫く安静にしなければならないところをツォウリ達が安全な場所に辿り着くまで面倒をみる事にしたのだ。
魔法で炊事に必要な水や火を提供していく。
料理のいい匂いが流れてきて少なくとも嗅覚的には兎人と種族的に差異がなさそうなのを確認してほっとした。
他種族に奉仕を行う種族であれば当然のような気もするし天使や兎人は人括りで考えていいと事なのかもしれなかった。
美味そうと認識出来る匂いであれば味もほぼハズレがないのは異世界に来て初めて知った事である。
勇気は美味い飯が食えるだけでもツォウリ達を助ける事に意味があると思う事にした。
木の実を細かく擦り潰し搾った甘い果汁と混ぜ焼いて作ったナンのようなパンと筋を叩いてほぐし砕いた胡椒の実のようなものを振り掛け獣脂で焼き上げたステーキ、根菜との肉炒め、すっぱ系果汁をドレッシングとしたサラダと焼き芋や焼きバナナ、そのままかじれる果実も皮を剥かれて大きめの木の葉の皿に添えられこの状況では考えられる限りの贅沢な食事が出来ていた。
ツォウリ達はここまでやっても十分な調味料や調理器具がないため出来合いのものしか作れなかったと申し訳なさそうにしていたが勇気としては十分満足な出来であった。
食事も後から取ると言うので効率が悪いと黙らせて一緒に食べ全員満腹した後は竜の鎧の中で就寝した。
一時的とはいえ強大な力を持つ勇気の庇護に入りほっとしたのかツォウリ達はここまでの逃走の疲れも出てぐっすり寝ていた。
互いに寄り添いスースーと寝息を立てる彼女達は実年齢を知る勇気から見ると歳相応の幼子に見えてくる。
長い耳やお尻に生えている小さく丸いふわりとした尻尾が時折りピクピク動き中々キュートであった。
僅かに開けてある搭乗口の隙間から射し込む月光の薄明かりの中に浮かぶその姿に勇気は癒しを感じていた。
惑星壊滅が掛かった敵母船の破壊とその後の生死の境からの強引な生還で限界を越えて酷使してささくれ立っていた神経を落ち着けるのには程よい癒しといえるだろう。
ツォウリ達の怪我の治療のドサマギで遺伝子を簡易解析したところゴルシェ方式ではないが人間をベースに他の生物の特性を組み込んで作られた生物である可能性が高い事が分かっていた。
天使達も同様だがあっちは身体能力ではなく魔力強化を主体として飛行や攻撃をこなす事が出来るように造られていた。
どちらもかなり前の世代で手が入れられ現在では一つの種として安定している。
神と名乗っている連中が造物主であるのだろうが生物デザインを見る限り美的感覚はそう悪くないのだろう。
ただ直属の中位種族である天使達の精神的歪みやその記憶にある姿からはかなり高慢な連中と伺い知れた。
ツォウリ達にはこの惑星全体の状況は理解出来ず自分達の周りの事しか分かっていなかったが天使の知識は中位種族だけあってそれなりに充実していた。
現在この惑星では巨神と巨竜の二大勢力が覇を競い合い熾烈な闘争を繰り広げ最終段階の総力戦に向かっているようであった。
それはあの奇妙な夢で見た巨神と巨竜との大戦そのものであり終末戦争そのものであった。
人間と呼ばれる種族はいるようだがツォウリ達も言うように簡単な石器を使い少数の群で穴居生活を営む原始的な種族に過ぎなかった。
つまりこの世界は勇気が戦っていた異世界ではないという事である。
天使の記憶からあの奇妙な夢に出ていた体色が黒でない巨竜や翼竜や他にも伝説とされている生き物が現存している事が分かっており勇気が戦っていた異世界と関係のある異世界、恐らくはあの異世界の太古の世界ではないかと考えられる。
どうりで敵母船破壊による破片落下による影響が見られなかったはずである。
言語知識付与から考えて勇気がこの世界に現れたのも偶然ではないと見るべきであろう。
だとするならば・・・。
遠く肉食獣の犠牲になった獣の断末魔の鳴き声が聞こえた。
「ううん・・・ッ、ユウキ様?」
その声に反応したツォウリが目を啜りながら勇気を見上げていた。
強大な力を持つ勇気がその場にいるのを見て安心したのかその目に活動中であろう肉食獣への怯えの色は見えない。
「お眠りにならないのですか?」
「見張り番が必要だからな。この中にいればまず安全だがそれでも絶対ではない」
「それなら私が見張りに立ちます。戦いは出来ないですがそのぐらいならお役に立てます」
「今はいい、もう少し眠れ。明け方に頼む」
「そんな、それではユウキ様の負担が大き過ぎます」
「構わない。明日からは強行軍だ。休息が不十分で足手纏いになられる方が困る」
「・・・やはり私達は御迷惑でしたでしょうか」
「そうでもない。美味い飯が食えるだけでも気力の回復が大きく違ってくる。どの道情報収集のため知性が高いという白竜族にも接触する必要もあった。それに・・・」
「それに?」
「いや、なんでもない。とにかく寝ろ。命令だ」
「・・・分かりました」
ツォウリは寝転がり目を瞑った。
「・・・ユウキ様」
「なんだ?」
「夜伽の御用命があればいつでも仰って頂ければ・・・」
「いいからとっとと寝る」
「はい・・・」
シュンとした返答をした後ツォウリは押し黙った。
やがて微かな寝息が漏れてくる。
勇気はこれもモチベーションの維持のためとその寝顔を飽きる事なく眺めていた。
それから一週間ジャングルを日に百キロ以上走破して前方に巨大な山脈が見え始める位置まで移動してきていた。
天使の知識でその麓が白竜族の拠点である事が分かっていた。
勇気にとっても何処かで見た事があるような山脈の形であり予想が的中している可能性が高まったがそれについては当面は放置していた。
思い込みで決め付けるのも事実を見誤る元であるからだ。
高温多湿は変わらないがいままではジメジメとした泥地であったのがゴツゴツとした岩石地帯に変わりつつあり植生もどっしりとした大木が増えてきつつあった。
その中を勇気を先頭にしたツォウリ達が進んでいく。
つと勇気が立ち止まりツォウリ達の動きも止まった。
「そこで止まれ」
「止まっているが?」
「・・・」
勇気の返しに言葉が詰まったのか無言のまま少し離れた木々の間から声が掛かり人間の二倍はありそうな直立した大トカゲ達がぞろぞろと現れた。
かつて大空洞で見たトカゲ人達とそっくりな連中であった。
手には抜き身の曲刀が握られている。
「兎人を率いる見知らぬ竜の眷属よ。ここは我らが主、白竜族の領域と知って入ってきたのか?知らずに入ってきたのなら直ちに引き返せ。分かっていて入ってきたのなら理由を聞こう。ただし理由の如何によっては命がないものと思え」
リーダーらしきトカゲ人の一体が前に出てきて口上を述べた。
勇気も一歩前に出た。
「俺は竜の眷属ではない。しかし白竜族に用があってここまで来た。こいつら兎人族が白竜族の庇護に入りたいそうだ。俺はそれまでの護衛と俺自身も白竜族に聞きたい事があってここまでやって来た。それと白竜族から俺のような者について何か通達は来ていないのか?」
「!?まさか貴様が?」
トカゲ人達がざわつく。
どうやら当たりのようである。
「・・・確かに白竜王様よりここ暫くの間見知らぬ力ある者が現れたなら種族を問わず丁重に扱い案内するよう命令されている。だが貴様のようなひ弱そうな小人だとは思ってもいなかった。本当にそうなのか?」
「フーン、見た目で判断するのもどうかと思うがこれでどうだ?」
勇気は前方に右手を上げ掌を向けた。
対峙する中間位置に白熱化した魔力球が発生する。
それは変形しながら膨れ上がり表面の色は赤熱に濃く実体を持つかのように変わっていき全長五mの四足の大トカゲとなる。
「サ、火竜を瞬時に生み出すだと!!」
「これで手形にはならないか?なんならこの辺り一帯焼き払おうか?」
「分かった!いや、分かりました!十分です。御無礼のほど平に御容赦を!」
自らに倍する疑似火竜にのしかかるように睥睨されその焼けつく放射熱に炙られてトカゲ人達は這い蹲って謝罪する。
「そうか、じゃあ白竜王とやらの元に案内してくれ。俺の連れの兎人にも粗相のないようにな。今は俺の庇護下にあるからな」
「承知致しました!それではこちらに」
トカゲ人のリーダーが少しでも機嫌を損なわないようにと慌てて先導を始めた。
「行くぞ。皆付いてこい」
勇気は疑似火竜を瞬時に消してツォウリ達に声を掛けた。
トカゲ人達がいきなり消えた疑似火竜に又ビクリと反応する。
彼らには勇気が瞬時に生命を生み出し消し去っているように見え恐れ慄いていた。
機嫌を損なえば自分達すら同じように消し去られるのではないかと。
魔力が十分回復した今の勇気にとって確かにそれは造作もない事ではあったが白竜王に会う必要がありトラブルを起こすつもりもないから杞憂といえよう。
勿論庇護対象に手を出せばその限りではない。
いきなり現れて消えた疑似火竜に呆気に取られポカーンとしていたツォウリ達もトカゲ人のリーダーに付いていく勇気の後を慌てて追っていく。
その他のトカゲ人達はその集団から少し離れ恐るおそる付いていった。
まだ続きます。