67 白竜は招くⅡ
ありがちな展開でしょうか。
肉食獣の肉は硬くて臭い。
サーベルタイガーを喰ってみた勇気の感想だった。
筋張っており血抜きも十分ではなく異様に獣臭い。
熟成させる時間もなく臭い消しの香草の類いも調味料もない。
しかし皮を剥いで喰えそうなところを切り取って魔法で火を起こし炙ってどんどん喰らっていく。
身体が失った滋養を求めているのだ。
元の世界にいた頃の自分では考えられないワイルドさであった。
元の世界で妹が作った煮込みが不十分な硬い肉が入ったカレーを食って消化不良を起こし酷い目にあった事があるが今では魔力の体内循環をコントロールして身体強化が出来るので胃の消化吸収能力を上げれば少々筋張って生焼けの肉でも消化可能であった。
今の自分なら妹のあのカレーでも難なく消化出来るだろう。
多分。
たとえ腹を壊したとしてもあのカレーをもう一度食べてみたいものだ。
シオンには元の世界に戻る事自体重視していないかのように語ったし嘘を吐いたつもりはなかったが生命の危機のぎりぎりのところにあってしがみついたのは元の世界に帰るという思いだった。
頭で考えていたより本心は遥かに元の世界に帰る事を求めていると思い知らされた。
自分自身の本音は案外分からないものである。
勇気は暫し郷愁の思いに捉われていた。
血の臭いに誘われてあれから何頭かの肉食獣が襲ってきたが全て返り討ちにした。
その内ここがデッドゾーンであると理解したのか寄って来なくなった。
味はともかく食糧のストックは出来たし水も魔法で空気中から集められるので当面はここで体力と魔力を回復させてその後周辺探索を行い文明圏に戻るという簡単な方針を立てた。
竜の鎧については再生可能な細胞すら残っていないので文明圏に戻って何処かの錬金術師の工房で自分の血肉から龍鱗に適合する因子を組み込んだ細胞を作成して再生するしかないだろう。
帝国の工房が無事なら残してきた細胞が使えるので再生は容易くなるが敵母船の破片落下の被害状況次第では勇者排斥が始まり回収不能になっているかもしれない。
助けられた側のそんな身勝手な反応に紗耶香達は憤慨するかもしれないが勇気は最初からそんなものだと思っているので怒りはしない。
ただ切り捨てるのみである。
元より助ける義理もなく今回命を賭けたのも自分が守りたい人間のためであってデマに踊らされて崖っぷちで自分の足下を堀り崩すような愚か者達のためではないのだから。
ついでに助かる分には構わないが邪魔までするというならこちらは手を引いて残敵の戦力評価のための囮となってもらおう。
最低限大空洞を守りきって残敵を殲滅出来ればこちらの勝ちだ。
紗耶香達だけでは荷が重いかもしれないが自分が戻って加われば何とかなるだろう。
シオンに示唆した過去の改変は肉体を持たない精神体状態で自我を維持しある程度自律的に動け記憶を蓄積出来る加奈の特殊性と送還魔法の自由度から思いついた手だが不確定要素が多過ぎて求める結果に辿りつける可能性は限りなく低いと見ている。
あれは最終決戦で敵を殲滅しても犠牲があまりにも大き過ぎてどうにもならなくなった時に僅かな可能性であっても状況をひっくり返す事が出来る手段だが加奈がその選択をするのは紗耶香が敵と相討ちになって倒れた場合だけだろう。
そんな悲惨な事態に陥って殆ど自殺行為のような無謀な賭けをさせる事は避けたいところだ。
出来うる限り早く彼女達の元に戻る。
それが肝要である。
身体の維持再生にまわしていた魔力も内臓系の強化のみに絞り徐々に回復しているので一週間もすれば全快する。
その間魔力を無駄遣いする行為は避けねばならない。
勇気がそこまで考えた時遠く彼方でドンという爆発音が微かに響いた。
「今は厄介事を避けたいんだが・・・」
勇気はジャングルの遥か彼方でチカチカと瞬く光りを見ながら呟いた。
白い翼を羽ばたかせ天使達が天空を乱舞していた。
ケラケラと嘲笑の声を上げながら地上に向けて光槍を放っている。
地上のジャングルの中では何人かの人影が逃げ惑っていた。
密に生い茂る木々の隙間からその姿が見え隠れしており天使達はそれ目掛けて光槍を射的ゲームに興じるように放っていた。
本気を出していないのか狙いが甘く懸命に逃げるジャングルの人影は辛うじてかわしていたがいずれ力尽きて動けなくなれば簡単に仕留められるだろう。
人影の一つが疲労で集中力が落ちたのか樹木の太い根元に躓いて転んでしまった。
見た目は人間の少女に見える。
少女は足首を痛めたのか必死に立ち上がろうとするがよろけて直ぐに転んでしまう。
それに気付いた天使の一体がその少女に狙いを定め光槍を撃ち下ろした。
光輝く槍が少女に迫る。
バチッという音と共に光槍が弾け火花が舞い散った。
そこには振り抜かれた大剣と黒い鎧を纏った男の姿があった。
勇気である。
勇気は光槍を斬り払って救った少女を背に中空の天使を睨んでいた。
「貴様、何者だ!」
狩りの邪魔をされて気に障ったのか天使が怒声を上げた。
周囲の天使も何事かと集まってきた。
天使達は皆一様に端整で中性的な顔立ちをしており薄紫の緩やかなトーガを纏い身体付きもほっそりしていて性別不明であった。
「・・・一つ聞きたいんだがどういう理由でこの娘達を襲っているんだ?」
「聞いているのはこちらだ!地上を這いずり回るだけのムシケラはただ答えればいいのだ!」
天使は返答を待たず光槍を放ってくる。
狙いは勇気の足元、脚を潰して口だけきければいいという判断であった。
しかし光槍は射線上に現れた球体に吸い込まれ消えてしまった。
球体は白熱化して光輝く。
「なんだと!?」
「明確な敵対行動だな。返すぞ」
白熱球が収縮し光度を増し次の瞬間そこから発せられた細い光線が天使の片翼を切り裂いた。
バランスを崩した天使は絶叫しながら落下していく。
「貴様!?竜の眷族か!」
他の天使達が一斉に光槍を放ってきた。
「学習能力がないのか?今の状態ならその方が楽で助かるが」
勇気の周辺に無数の球体が浮かび上がりその全てを吸収していく。
魔力力場の維持だけで攻撃に使う力は相手持ちという省エネモードである。
再び白熱化した球体から無数の光線が伸び天使達を薙ぎ払っていった。
天使達の血と臓物がばら撒くかれ切り裂かれた身体各部と混じって降り注ぎ周囲を赤く染めていく。
「身体構造は翼が生えている以外中身は人間とそう違いはないようだな」
勇気は自分が造り上げたその慘状を冷徹に眺めそう呟いた。
「お助け下さいまして有難う御座いました、竜の眷族様!!」
少女は平伏して感謝を述べた。
金髪に健康そうな褐色の肌、出るとこは出ている胸と腰に毛皮だけを巻いている。
平伏する前に見た顔の造形は整っていて年の頃は十五、六歳ぐらいに見える美少女だ。
そして頭の上に長く伸びた二本の耳。
周辺から集まってきた同族と思しい十数人の男女の頭にも同様の長い耳が生えていた。
天使との会話の時に気付いていたが異世界に来てから使っている共通語ではない。
初めて聞く言語だ。
しかし意味は分かる。
「竜の眷族?いや、俺は人間だ」
「いえ、そんなはずはございません!その立派な龍鱗、御使いを一撃で滅ぼしたあの御力、まさに噂に聞く竜族の御力そのもの。色合いや姿形が些か違うので眷族様ではありましょうがそれほどの力を御持ちならさぞかし名高き御方でございましょう。粗野で下等な人間などであろうはずがございません」
勇気は自分も同じ言語が自然に出てくる事に気付いた。
それはそれとして勇気は自分が着用している龍鱗の鎧を確認して竜の眷族とやらと勘違いされた理由はなんとなく理解したが人間が粗野で下等というの意味について考える。
異世界の人間社会は中世の文明レベルで元の世界に較べれば野蛮で遅れているといえなくもないが胸と腰に毛皮を巻いているだけの兎人に下等呼ばわりされるほど劣っているとは思えなかった。
さっきの天使といい目覚める前に見た奇妙な夢と合わせて一つの可能性に思い当たる。
確認のため最初に墜とした天使のところに向かった。
そいつは墜落してズタボロになりながらもジャングルの木々がクッションになって取り合えず生きてはいた。
「おい、起きろ」
「グハッ!」
うつ伏せになって呻き声を上げている天使の横腹を蹴り上げて仰向けにした。
天使は吐血し苦痛にのたうった。
どうやら落下の衝撃で内臓も損傷したようだ。
「お前には二つの選択肢がある。一つは俺の知りたい事を洗いざらい話し傷を治してもらう事。もう一つは俺に協力せず命を含む一切合財を奪われる事だ」
勇気は天使の胸元を掴み問うた。
「・・・誰が下賤な竜の眷族などに従うものか。・・・我ら御使いの大神様への絶対の忠誠心を舐めるな」
天使は絶え絶えの息でしかし憎悪を込めて睨みつけながら拒絶した。
「そうか、じゃあ勝手にやらせてもらう」
「なにを・・・、あゥ・・・」
首筋に手を当て急激に魔力を吸い上げていく。
天使の憎悪に歪んだ顏があっという間に恍惚の表情に変わった。
「こういうところの反応も人間と変わらないようだな。人間の他者に対する愛憎などの感情は結局のところ脳にとって快か不快かの感覚で決まっている。強い崇拝や忠誠心などもそれが脳により心地よいからそう感じているに過ぎない。つまり魔力吸収により快楽中枢を刺激されているこの状態ならどんなに憎悪している相手でも心を開かせ魔力的な経路を通し易くなる。そうなれば・・・」
勇気は経路を通しそこから記憶中枢に潜り込み必要な情報を浚い上げていく。
天使は恍惚とした表情を浮かべたまま抵抗のそぶりも見せない。
狂信的な連中にありがちな一方向的な価値観に固執し多面的な価値観を知ろうともしなかったために未知の快楽に抵抗出来ないのだ。
勇気は必要と思われる全ての情報を手に入れ幾つかの処置を済ませた後天使から離れた。
天使はボーとしたまま身動きしない。
勇気は天使の切り落とした片翼を拾ってきて治癒魔法で接合し他の負傷も一通り治していった。
全ての治癒が済むと天使は立ち上がりフラフラと飛び立って行った。
「あのまま行かせてよろしいのですか?」
それまで勇気の天使に対する一連の行動を黙って見ていた兎人の少女が聞いてきた。
「大丈夫だ。あれの頭の中は弄っておいた。上位者には当たり障りのない報告をするから追手が掛かる事はない。ここらは竜族の領域との境界で小競り合いも多い。不審に思われる事もないだろう」
「そ、そうですか」
頭の中を弄ったという部分に顏をひきつらせ少女は少し後退った。
「大丈夫、大丈夫。俺を騙そうとしたり危害を加えようとしたりしない限りそんな事はしない。さて今度は君らの話しを聞かせてもらおうか。嘘偽りなく頼むね」
勇気は少女の手を素早くガシリと掴んでにこやかに希望を述べた。
兎人の少女はツォウリと名乗った。
その可愛い顏をひきつらせながら必死に彼女達が襲われていた事情を説明してくれた。
どうやら繋いだままの手が嘘発見器の機能を担っていると思っているらしい。
実際魔力的な経路は繋いでいないので心の裏表まで探る事は出来ないが微弱な魔力による体内モニタリングで似たような事をしているからあながち的外れでもない。
彼女が話してくれたところによると兎人の一族は大神と呼ばれる巨神族に従属種族の一つとして創造され永く仕えてきたとの事だ。
巨神族は巨竜族を頂点とする竜族と敵対関係にあり兎人という種族が誕生する遥か以前から抗争に明け暮れていたそうで近々大戦の予兆があり一族を上げて先鋒に加わるように命が下ったそうだ。
巨神族の従属種族の中でも戦闘能力が最弱であり竜族の従属種族に対しても劣っている兎人にとってそれは滅びろというのと同義であった。
これが総動員でなかったなら涙を飲んで犠牲を受け入れただろうが一族全てであれば従いようもなく再考を懇願したがそれが巨神族の勘気に触れ兎人の全集落が天使達によって焼打ちされた。
散り散りになって僅かに生き延びる事が出来た兎人達も巨神族の領域内では他の従属種族からも追われ続けツォウリ達の一団は竜族の領域に逃げ込む事にした。
竜族の中でも高度な知性を有するといわれる白竜族が敵対関係のあるなしを問わず他種族を受け入れているとの噂がありそれに縋る事にしたのだ。
しかし竜族の領域との境界近くまで辿りつく寸前で天使達に見つかり襲撃を受けたとの事だった。
「あのまま追い立てられていたら私達も全滅していました。重ね重ね有難う御座いました。これも何かの御縁、是非私達を貴方様の僕として召し抱えて頂けませんでしょうか?戦いとかは無理ですがきっと御役に立ちます!」
「いや、だから、俺は竜の眷属じゃないんだが」
いつの間にか掴んでいた手を握り返され顔が目いっぱい近付けられている。
話していて自分達が相変わらず拠るべのない窮地にあるのを思い出し多少恐くても勇気に縋るべきだと判断したようだ。
「炊事や掃除洗濯等の御身の回りの家事全般、狩猟や採取等の食料確保、住居設営等の土木建築作業、着の身着のままで逃げ出しジャングルの中でもあるのでこんな姿ですが被服縫製等もこなせます。御要望があれば夜伽もさせて頂きます。御子を成す事は出来ないでしょうがどんな交尾にも耐えてみせます。私がお気に召さないなら他の者でも構いませんしこの中にいなければこれから生まれる娘達の中から何人でも召し上げて頂いても構いません。兎人は多産で早熟です。数年もすれば今の十倍の人数で御奉仕出来ます。どうか御願いします!」
「御願いします!」
「御願いします!」
他の兎人の娘達も勇気に縋りついて懇願してくる。
いずれもツォウリと同年代の美少女ばかりである。
さりげに周りを警戒しながら期待を込めて様子を見守っている男性陣も十五、六歳ぐらいの美少年ばかりであった。
「・・・一つ聞くがお前ら年は幾つだ?」
「はい、大体は五歳で四歳の者が一人です。成長の早い兎人は五歳で成人して子を成せるようになります。集落脱出の時年長組は三歳以下の幼子を連れ私達を先に逃がしたのでここには若年組しかいません」
「・・・取り合えず僕として召し抱えるのはなし。その代わり白竜族とやらのところまで送ってやるし庇護に入れるよう交渉もしてやる。それでいいか」
勇気は溜息を吐いて妥協した。
まだ続きます。