9 弱肉強食
この章はエグイです。グロイです。倫理的にもヤバイです。
耐性がない人は飛ばしてください。
「勇者殿、此度の魔物討伐、誠に感謝致します」
レインディア女王が俺に謝辞を述べた。
ここはレインディア王国王都の王城。
雪男討伐祝いのささやかな晩餐の宴が催されていた。
騎士団に大きな損害を受けているため国を挙げての祝賀とはいかないとルシア王女が申し訳なく言っていた。
レインディア女王は経産婦にしては姉妹でも通用しそうなほど若くルシア王女によく似た美女であった。
夫である先王が若くして病死し即位して十年以上になるとのことである。
似た容姿であってもルシア王女が清楚な感じなのに較べ女王はシオンに負けず劣らずのスタイルで妖艶な美女と対照的だ。
「しかし王国騎士団二千名でもまったく歯が立たなかった魔物をたった一人で討伐した武勇、誠に感服致しました。どうです?娘のルシアと婚姻を結び次期国王として末永くこの国に留まってはいただけませんでしょうか?」
同席しているルシア王女は柔らかく微笑みライザ王女はハッとした表情でレインディア女王を見た。
因みにシオンは気にせず豪華な宮廷料理の数々に舌鼓を打ちながら美酒を飲んでいる。
「俺はこの危機が去ったら元の世界に帰る身だ。婚姻は元より国を治めようもない」
「勇者殿の子種をルシアに残してくれるだけでも構いませんよ?その子を次代の王とすればこの国も大いに栄えましょう」
「種馬になるつもりもないし、国を治められるほど優秀な子供が生まれる保証もない。その申し出は酒宴の上での戯言としておけ。ライザ王女も睨んでいるぞ」
俺は素っ気なく断った。
俺をレインディアが婚姻で絡めとることはトーアとの外交問題に発展しかねないしライザ王女が約束した他国の干渉を極力排除することにも抵触する。
ライザ王女の個人的想いにも引っ掛かる。
俺としても余計な厄介ごとは引き込みたくない。
「フフッ、そうですね。この場は冗談としておきましょう」
含みのある言い方だ。
早めにこの国から出た方が良さそうである。
「時に 雪男の被害調査に向かった者達から報告が入ったのですが最初に被害を受けた村の近くで妙なものを見つけたとのことです」
「妙なもの?」
「はい、山脈の直ぐ麓の村なのですが。村から少し離れた山腹に大きな洞窟を発見したとのことです。過去の領土調査では確認されておらず見逃すような大きさでもなく入り口に最近崩れた跡もあるとのこと。これは件の 雪男が出てきた穴ではないかと」
「中の調査は行ったのか?」
「はい、三日前に騎士五人と魔導士一人とで調査に向かわせました。本日帰投予定だったのですが今のところ帰還しておりません。元々一日程度の遅れは予定の内だったのですが明日の朝までに戻ってこなかった場合捜索隊を出します」
そして懇願するような目でこちらを伺っている。
雪男との遭遇の可能性を考えれば俺の助力が欲しいが具体的な脅威がはっきりしていない状況では躊躇われるといったところか。
俺としても脅威の完全排除が必要な以上協力して早期にケリをつけた方がいい。
「俺も捜索隊に同行しよう。現地までの案内人を用意しておいてくれ」
ルシア王女をつけられるんだろうなぁと思いながら相手の思惑に乗った。
「さて今度こそ 迷宮探索かな」
峻嶺が遠く空の彼方に望む山脈の麓の山腹に巨大洞窟があった。
確かにあの巨大 雪男が通り抜けられる大きさで周辺には最近崩れたらしい岩塊が転がっていた。
周囲をレインディア王国騎士団五百と魔導士五十が固め巨大 雪男の再来襲を警戒していた。
再来襲があった場合騎士団が時間を稼いでいる間に魔導士達が洞窟の上部を土魔法で崩落させて防ぐとのことであった。
先の王国騎士団二千の壊滅が応えているのだろう。
犠牲覚悟の悲壮な決意が垣間見える。
真似はしたくないがその勇気は素直に賞賛しておこう。
ここまで同行したルシア王女達とライザ王女一行は洞窟の中の状況が不明で危険過ぎるので今回は入り口前で待機だ。
今回の探索は俺とシオン、レインディア王国騎士五人で行うこととなった。
前回の洞窟は力押しで探索フラグを叩き折ったのだが今回は無理そうだ。
土魔法で魔力を流し込みエコーのように奥を探ってみたが俺の魔力量でも届かないほど奥が深い。
先に調査に入った連中も見当たらず鼠のような小動物の反応があったのみだ。
幸い前回の黒い悪魔は見当たらない。
シオンによるとヤツラは低温下では活動出来ずこの辺りには生息していないそうだ。
不幸中の幸いである。
「ユウキ殿、準備が整いました」
随行する王国騎士の隊長格が報告してくる。
洞窟は十分広い一本道となっていたが入り口から十メートル程度が急な下り勾配になっているため調査隊は徒歩で入っていったそうだ。
魔力での感知では下の方で下り勾配が終わり緩やかな上がり勾配の一本道が続いている。
今回は俺の土魔法で下り勾配を彫り込むように緩やかなスロープを造成し馬を連れていくことにした。
行けるところまでは馬で進み後は臨機応変で対処する。
食料は其々一週間分を携行し水については俺とシオンが水魔法で供給する。
行動方針は先行した調査隊を見つけた場合は一旦引き返し見つからなかった場合は戻り分の食料が危うくなる前に折り返すこととした。
「出発!」
俺達は未知の洞窟を進み始めた。
洞窟の中をカンテラの光で照らしながら進んでいく。
地面には 雪男のものと思われる巨大な足跡とその歩幅の間に点々と先行した調査隊の靴跡が洞窟の奥に続いていた。
洞窟は魔力での感知通り一本道となっており下りの勾配が終わると緩やかな上がり勾配となっていた。
上がり勾配を上っていくと何の動物か分からないが白い骨の破片が散らばっておりその中に錆びて苔むした曲刀らしきものや腐食してボロボロになった鉄の筒のようなものが転がっていた。
何らかの文明を持った存在が過去ここに踏み込んだのは間違いなさそうであった。
更に暫く進むと道が水平となった。
洞窟の道が水平となった途端ひやりとした空気がいきなりムッとした熱気に変わった。
周囲に熱源は見当たらなかったので奥の方から伝ってきていると思われる。
そこで俺達は先行した調査隊が異変にあった痕跡を発見した。
調査隊の靴跡が乱れ人の2倍くらいの大きな靴跡に囲まれていた。
ここで未知の勢力と接触したようだ。
「あれは!」
更に暫く進むと最悪の痕跡を発見した。
騎士の皮鎧が散乱しており一体の死体が転がっていた。
レインディアの騎士の皮鎧は北方の寒冷地用の軍装で他国の騎士達の 金属鎧より保温性が高い独特のものだ。
死体に手足はなく胸部から腹部まで切り開かれており内臓が露出していた。
臓器の幾つかは無くなっている。
簡易な竈があり手足の肉が焼かれて齧りとられた骨が転がっていた。
「調査隊の隊長です」
隊長格の騎士が残っていた頭部を確認して言った。
顔が青ざめている。
何人かの騎士は嘔吐いて口を押えていた。
「急ごう」
他に痕跡がないか確認して取り敢えず遺体はそのままで俺達は馬を急ぎ足で走らせた。
暗い洞窟内で速度を出すため威力を最小限まで抑え火力を弱めた 火弾を前方に一定間隔で次々と放って照明代わりとした。
普通の魔導士なら十発も撃てば魔力切れだが俺にとっては何発撃とうがどうということもない。
やがて第二の凶行の痕跡を発見する。
又一人喰われていた。
徒歩で歩いて一日一体のペースで喰われているようだ。
既に先行した調査隊が入って三日が経過している。
予想通り三人目の遺体を発見した時前方から微かな物音が聞こえた気がした。
「ユウキ?」
一旦馬を止め耳を澄ます俺にシオンが声を掛ける。
俺はシオンを手で制止し集中する。
遠く微かに何かの音がしていた。
「ついて来い!」
俺は馬を再度走らせた。
進むにつれ音が大きくなっていった。
ドーン!ドーン!とどこかで聞いたことのあるような音だ。
やがて前方が明るくなり開けた場所に出た。
目の前のやや下に密林が彼方まで広がっており天蓋があるべき場所には青い空が広がり太陽に模した発光体が中天にあった。
「シオン、あれが何か分かるか?」
俺は発光体を指差して聞いた。
「あれは魔結晶だな。太陽の光りを吸収して増幅し放出する性質がある。おそらく山脈の頂から太陽光を取り込んでいるのだろう。周りの空に見えるヤツは青い苔だな」
魔結晶の増幅率が高くこの熱気となっているようだ。
下の密林の方に目を向けると先ほどからの音が大きく連続して鳴り響いていた。
音源を追うと密林の中に黒い巨大 雪男が三体おり何者かと戦っていた。
シオンが連れてきていた使い魔のツバメを放った。
シオンが差し出した左手を右手で握り魔力の 経路を通す。
ツバメが見ている光景がシオンを通じて流れ込んでくる。
雪男の相手は約三百門の大砲と無数の大口径のマスケット銃を使っていた。
雪男は砲弾の広範囲攻撃と間断なく発射される銃弾を受け避けることもままならないようだ。
大砲を操っているのは人間の二倍はありそうな直立した大トカゲ達であった。
「シオン、あれは何だ?」
「神話の時代に滅びたとされる トカゲ人だな。魔法は使えないが知能は人間並みに高く力や運動能力は遥かに上らしい」
大砲もマスケット銃も先込め式で連射はきかないが数と時間差攻撃で賄っている。
砲弾も銃弾も鉄球で射程や命中精度は低いが範囲攻撃を仕掛ける分には問題なさそうであった。
「あれはユウキが使った大砲とかいうヤツじゃないのか」
「ああ、非常に原始的な先込め式だが技術レベルが低くても造れるし信頼性も高い。威力も岩石の比じゃない。火炎耐性は高いが物理攻撃が通用するヤツとの相性もいい」
そのまま静観していると 雪男は後退して逃走を始めた。
トカゲ人達はマスケット銃隊が先行し大砲隊が車輪付の大砲を押しながら追従し追撃していく。
大砲や砲弾が入っているトロッコを押しているのは粗末な腰布のみを纏った人間達であった。
大砲一門につき数十人の人間が集まり懸命に押していた。
トカゲ人達は見ているだけだ。
明らかに協力関係にあるようには見えない。
主人と奴隷若しくは家畜の関係のようである。
シオンは使い魔を戻し周辺探索に切り替えた。
ここら辺りも激戦があったのだろう。
無数の砲弾や銃弾の跡と 雪男の足跡があった。
いた!
それ程離れていない場所に縛られた三人の人間とそれを囲むようにして進んでいる三十人程度の トカゲ人達が見えた。
三人の人間は魔導士一名と騎士二名で間違いない。
「ヤツラを殲滅して調査隊の生き残りを助ける!」
俺は馬を駆け出させた。
茫然と 雪男と トカゲ人の戦闘を見ていた騎士達も俺の声に我に返り慌ててついてくる。
「でも、ここは・・・」
追随しているシオンが珍しく躊躇っている。
シオンの懸念も分かる。
調査隊もそうだが俺達がヤツラのテリトリーに侵入してきたのだ。
ヤツラが自分らのテリトリーを守るために侵入者を排除するのは正当な行為ではある。
しかし追跡の途中でヤツラの死体は一体もなかった。
つまり数の差もあったろうが調査隊は抵抗もせずに大人しく捕まったということだ。
対話にも尽力したろう。
しかしヤツラはその相手を構わず喰ってしまった。
相手がこちらを尊重しないならこちらも尊重する必要はないだろう。
元より俺自身がこちらに多少の非があっても大人しく喰われてやるつもりもないのだから見過ごすつもりもない。
俺とクラスメート達がこっちの世界に召喚されてラードの連中に好き勝手にされたのと捕らわれている調査隊の生き残りがヤツラに好き勝手にされているのが被って見えることもある。
ごちゃごちゃ考えても仕方ない。
こういう時は勘を信じてなるようになれだ。
洞窟は崖のようになっている中腹に口を開けており崖に沿って広い下り坂が密林まで続いていた。
俺達は一気に密林まで降り 雪男がこちらに来る時に通ったと思しき木々が押し倒され開けた道を通って進んだ。
やがて トカゲ人一行が見えてきた。
「お前達は後方待機! 火弾のような遠距離攻撃が来るから両側に寄って密林に入り射線から外れろ!」
俺は騎士達に指示した後、手綱をシオンに預け馬から飛び降りその疾走速度を上回る速さで トカゲ人達に近づいていった。
トカゲ人達は俺を確認し三列横隊になり前列がマスケット銃を向けた。
使い魔の偵察でマスケット銃を持っているのは確認している。
銃口の向きと引き金が引かれるタイミングを計って射線外に横跳びで回避する。
銃声が鳴り響くがヤツラの狙った場所には既に俺はいない。
狙っていたヤツには俺が消えたように見えたことだろう。
そしてヤツラの二列目が銃を構えるよりも早く肉薄した。
トカゲ人達は接近戦を仕掛けた俺に反応出来ず瞬時に十体が斬り倒される。
銃を捨て辛うじて腰の曲刀を引き抜いた残りの トカゲ人達が俺に挑んでくる。
人間よりは遥かに速いが俺に匹敵するほどじゃない。
多少の抵抗は見せながらも次々に斬り倒していく。
数十秒で決着がついた。
接近戦になりヤツラが曲刀を抜いた時点で密林から出て俺を追いかけてきた騎士達が到着した時には最後の一体の両腕を斬り飛ばし足で押さえつけていた。
情報収集のため一体だけ残した。
調査隊の生き残りは仲間の騎士達の姿を見ると一瞬安堵の表情を浮かべた。
だが直ぐに苦悶の表情になり涙を流し始めた。
嬉し涙のようには見えない。
「おい!?どうした?助かったんだぞ?」
救援に来た騎士が戸惑って声を掛ける。
「俺達はもう駄目だ。皆に合わせる顔がない」
一人が泣きぶせびながら言葉を漏らす。
「何があったんだ」
「・・・洞窟に入って半日、上り勾配が終わったところでヤツラに囲まれた。ヤツラの数も多く身体もでかかったし言葉も意味は分からなかったが話し掛けてきたから交渉出来そうだと隊長が判断し大人しく捕まった。・・・しかしそれが間違いだった。あの場で皆殺しになっても抵抗するべきだったんだ。ヤツラは洞窟を暫く戻って休憩を始めた。そしてあっさりと隊長が殺されヤツラに喰われ始めた。そしてヤツラはその肉を俺達にも食わそうとしたんだ。初めは当然拒否した。でも一日二日と歩かされ続け調査隊の仲間は一人ずつ喰われていき俺達は精神的にも肉体的にも限界に達した。空腹に耐えかねて喰っちまったんだよ、仲間を。俺達は・・・、俺達はもう終わりだ。終わりなんだよ!!」
号泣した。
「お、俺なんか弟がこの調査隊にいたんだ。ヤツラは三日目に弟を殺し肉を俺に差し出した。俺が顔を背けると何かを察したのか笑いながら俺の顎を掴んで無理矢理こじ開け肉を押し込みやがった。俺は弟を喰っちまったんだよ!母さんに合わせる顔がない。いっそ殺してくれ!」
悲惨な体験を語りながら泣き崩れる男達。
魔導士だけは泣いてはいるが何故か喋っていない。
「彼は隊長が殺された時、魔法を使って抵抗しようとした。呪文を唱えかける途中でヤツラに殴られ気絶し舌を切られて傷口を火で焼かれた。だから喋れない」
泣いている騎士の一人が説明した。
救援に来た騎士達は肩を抱いたり背中を叩きながら慰めていた。
「jd;そう;おsdjf」
尋問用の トカゲ人が何か言っている。
さっぱり意味が分からない。
「シオン、分かるか?」
「うーん、古代の少数民族の言語に似ているな。試してみる」
シオンは トカゲ人に話し掛けた。
「dmv@おえいkfgw@」
「khglkdkgd;:sfk」
トカゲ人から返答があった。
どうやら通じるようだ。
「よし、ユウキ、ちょっと動くなよ」
シオンが俺の額に自分の額を合わせ魔力の 経路を通した。
流れ込む魔力と共にシオンが古代の少数民族の言語を覚えた時の記憶そのものが流れ込んでくる。
「お、おい・・・」
「お前達を召喚した術式に共通語記憶も組み込まれているがそれと同じようなもんだ。何も問題はない」
「たく・・・」
相変わらず説明より行動の方が早い。
『オマエタチハ何者ダ?』
トカゲ人の言葉が理解出来る。
おー、ファンタジーだ。
俺は自分でも魔法を使えるようになっているがこの魔法には感心した。
『外の世界の者だ』
こちらの言葉が通じるか試してみる。
『外ノ世界ダト。本当ニアルノカ』
おー、通じる。通じる。
『ここの何千倍も広い外の世界はある』
『バカナ、コノ世界ハ俺達ガ端カラ端マデ行クノニ百日ハ掛カルンダ。外ノ世界ガソンナニ大キイハズガナイ』
いや、 トカゲ人の体躯が人間の二倍で歩幅が広いといっても歩いて大陸を端から端まで横断しようとしたら何年も掛かるだろう。
『信じようが信じまいがどうでもいい。それよりこちらの質問に答えろ』
『断ル』
『大人しく喋れば俺はお前を殺さない』
『・・・何ガ聞キタイ』
『何故調査隊を襲った。何故喰った。何故喰わせた。お前達と同じように知能があるのも言葉を話しているのも、対話を求めていたのも分かっただろうに』
『 家畜ト何ヲ話セト言ノカ。珍シイ服ヲ着タ 家畜ガイタカラ掴マエタ。腹ガ減ッタカラ喰ッタ。雄ノ肉ハ雌ヨリ固イガ干シ肉ヨリハ新鮮ナ方ガ美味イ。 家畜ノ餌ガナカッタカラ共喰イサセタ』
『何故洞窟に入ってあそこまで行った?何故引き返した?』
『帰ラズノ洞窟ニ逃ゲタ 雪男ヲ追ッテイタ。アソコマデ行ッタラ急激ニ気温ガ下ガッテ動キガ鈍ッタ。アレ以上進ムノハ無理ダト判断シテ珍シイ獲物モ手ニ入ッタノデ引キ返シタ』
『先程 雪男と戦っていたのはお前の仲間か?』
『ソウダ』
『お前達と 雪男との関係は?』
『アレハ狩リノ獲物ダッタ。遥カ昔ニハ火デ狩ッテイタ。イツ頃カ火ガ通ジナクナッタ。偉大ナ先祖ガ大砲ト銃ヲ造ッタ。俺達ハ大砲デ 雪男ヲ狩リ続ケタ。暫ク前ヤツラハ毛ガ黒クナッテ凶暴化シソレマデ大砲ト銃ヲ怖レテ逃げ回ルダケダッタノガ俺達ニ襲イカカッテキタ。動キモ速クナッテ俺達ハ辛ウジテ大砲デ撃退シタ。襲ッテキタ五体ノ内一体ハ殺シタ。一体ハ帰ラズノ洞窟ニ逃ゲ込ンダ。俺達ハソノ一体ヲ追ッテ洞窟ヘ入ッタ。残リノ三体ハモウ直グ仕留メラレルダロウ』
『仕留めた一体の頭部から黒い液体状の生物が出てこなかったか?』
『出タ。襲イ掛カッテキテ仲間ガ何人カ身体ヲ奪ワレ他ノ者ニ襲イ掛カッテキタノデ憑リツカレタ奴ゴト焼キ殺シタ』
『お前達 トカゲ人と 家畜の総人口は?』
『聞イテソノ厖大ナ数ニ恐怖シロ。我ラ全氏族ハ五十万ヲ越エル勢力ヲ誇ル。 家畜共ハオヨソ百万匹ダ』
『お前達 トカゲ人全ての代表・・・、統率者はどこにいる?』
『大氏族長ノコトカ。大氏族長ハ黒イ 雪男討伐軍ノ指揮ヲトッテイル』
『特徴は?』
『俺達 トカゲ人ノ中デ最強ノ勇者ダ。身体ガ最モ大キク額ニ刀傷ガアル』
『これが最後の質問だ。何故アイツの弟を無理矢理喰わせた?』
『時々ドンナニ腹ガ減ッテモ 家畜ノ肉ヲ喰ワナイ 家畜ガイル。大概親ヤ子兄弟姉妹ヤ番ダ。ソレヲ無理矢理喰ワスト普通ノ 家畜ニハ見ラレナイ奇妙ナ行動ヲスル。俺達ニハソレガ面白イ』
「・・・」
俺は トカゲ人の顔を睨んだ。
その顔は確かに笑っていた。
シオンに同時通訳されていた騎士達の内弟が殺されたと言っていた男の顔を見る。
その顔は衰弱してやつれ果てていたが憤怒で目が血走り歯を食いしばり過ぎて砕けそうな表情をしていた。
俺はその男に剣を差し出した。
男はヨロヨロと歩いて来ると剣を受け取った。
『何ヲスル。大人シク喋ッタラ殺サナイト言ッタロウ。止メロ!』
トカゲ人が危険を察知して喚いた。
『俺は殺さないと言ったが他の者が殺さないと言った覚えはない』
『ソンナ!止メロ!止メテクレ!』
トカゲ人はジタバタと暴れるがヤツの身体を固定している足はウエイト差も無視してピクリとも動かない。
実は地面についている方の足を土魔法で固定して万力のようにしているのだ。
トカゲ人に両腕があったとしても俺の膂力の方が勝っている。
そして トカゲ人の顔目掛けて男は剣を振り下ろした。
『ギャー!』
トカゲ人は悲鳴を上げるが男が衰弱しているため一撃では致命傷にならない。
男はよろけながらも何度も何度も剣を振り下ろした。
『止メテクレ!止メテクレ!止メ・・・、止・・・』
トカゲ人の声は小さくなっていきやがて途絶えた。
男は尚も剣を振り下ろし続けた。
トカゲ人の顔が原型を留めなくなってやっとその剣が止まった。
そして男は倒れそうになる。
俺は男を抱き支えた。
息はまだある。
体力の限界を越えて気絶したようだ。
これで男の心の負担が少しでも減れば生きていけるかもしれない。
俺はらしくもないことを考えながら男の険が少し減った顔を黙って見ていた。
消耗し衰弱しきっている調査隊の生き残り三人を救援に来た騎士四人が連れ帰りこれまでの情報を報告してもらうことになった。
途中で調査隊の遺体を回収しながら戻ってもらう。
俺とシオン、そして隊長格の騎士の三人はこの大空洞の調査をすることとした。
はっきり言って隊長格は足手纏いだ。
「ついて来たら死ぬ確率が高いぞ。俺もお前の面倒を見てやる余裕がなくなるかもしれん」
俺は警告した。
「構いません。危なくなったら見捨ててください。助力してもらっている貴方方に全て押し付ける訳にはいきませんし我が国の誰かが最後まで見届け情報を持ち返らなければ死んだ者が浮かばれません」
引くつもりはないようだ。
レインディアの騎士はどうしてこうも捨て身なのかねぇ。
北方の厳しい環境で民と共に生き抜いてきたレインディアの騎士特有のものでそうでなければ逆に生き残れなかったのだろう。
「分かった。命の保証はしないからな」
俺は諦めて了承した。
シオンのニヤニヤしている顔が気に障る。
取り敢えず 雪男ロードを進む。
使い魔の偵察情報から トカゲ人達もそうやって追撃をかけているのが分かった。
あっちは人手があるので密林や障害物が邪魔で通れないところは切り倒したり除けたりして進んでいる。
こちらは俺が土魔法で排除しながら進む。
まずヤツラに追いつき トカゲ人の攻撃を上手く使って黒い 雪男達を始末する。
その後人間を家畜化している トカゲ人達には臨機応変に対処することとした。
暫く進むと 雪男に踏まれ更に砲撃で壊滅した村に行き着いた。
転がっている死体から人間の村だと分かる。
数人の老人と子供達が生き残っており辛うじて損壊を免れている簡素な木製の小屋からこちらを伺っていた。
『言葉の分かる者はいるか?』
トカゲ人の言語で語り掛けた。
『はい、分かりますです』
一人の老人がおずおずと出てきた。
『ここはお前達の村か?』
『そうでございますです』
『ここはどうしてこうなった?』
『暫く前に トカゲ人様と黒い 雪男との戦いがあり巻き込まれましたです』
『若い男と女の生き残りはどうした』
『皆に トカゲ人様に連れていかれました。男達は人足として女達は食料としてです』
老人は疲れたように言った。
『何故抵抗しない?』
『・・・畏れ多いです。我らにこの森に住まうことを許し野獣を含むあらゆる危難から守ってくださる トカゲ人様に逆らうなど』
『酷使され喰われる家畜としての扱いでもか?』
『それが我らの宿命で御座います。それに力においても知恵においても トカゲ人様には敵いません。呪術師の中には持って生まれた力に溺れ偶に逆らう者も出ますが全てその場で殺されるか舌を切られて拷問の末焼き殺されていますです』
道理で魔法使いへの対処を トカゲ人達が知っていた訳だ。
『俺は トカゲ人より強い。ヤツラが幾千幾万で掛かってきても皆殺しに出来る。それでもヤツラに逆らわないか?』
『止めてくだされ!今までも呪術師の甘言に騙されて反逆者になった者もいましたが皆殺されましたです。 トカゲ人様には絶対に勝てないのです』
老人は本当にそう思っているようだ。
「・・・分かった」
俺達はその村の残骸を通り過ぎた。
それから幾つかの村を通り過ぎたが皆似たよう返答だった。
人間は良しも悪しくも環境に適応する。
元の世界でもこの世界でも醜悪な権力者を盲信し奴隷や家畜のように扱われ殺されたり餓死したりしても逆らわない者は多い。
寧ろ同族同士でやっている分ここより質が悪いともいえる。
まあここの人間がどう思っていようが トカゲ人達が俺の前に立ち塞がるなら叩き潰すだけだ。
全滅したか トカゲ人全員徴発されたかして完全に無人となった村に辿りついた頃夜が来たのでそこで休息することとした。
魔結晶の光りは日が沈み消えた。
暫くすると天蓋の青苔が薄く発光し出し細い光の線が波のように流れていく。
幻想的な淡い光の波のベールが地上を薄暗く照らしていた。
魔結晶の光源が消え暑さはやわらぐが肌寒いほどではない。
俺達は比較的損傷の少ない家を今夜の塒とすることにした。
皮鎧と服と下着を脱ぎ村の井戸から汲んできた水で汗を流す。
シオンも平然と服と下着を脱ぎ同じように身体を清め始める。
豊かな双丘が汗を流す手で揺れているが隊長格の騎士は顔を赤らめ顔を逸らしていた。
凄い精神力だ。
意志薄弱な俺は繁々と目の保養をする。
別に俺は純情系のウブな主人公ってやつじゃない。
シオンが心を入れ替えお淑やかにくるなら据え膳を食うのもやぶさかではない。
とはいえこんなところで盛っている場合ではないので大人しく就寝した。
日が昇り魔結晶が発光し始めた。
追跡を再開する。
やがて トカゲ人達と 雪男達の戦場についた。
見つからないよう距離を取って観戦する。
雪男達は大砲の側面に移動して襲いかかろうとするが大口径のマスケット銃の無数の銃弾に阻まれ足を止められその間に砲身を向けられ追い立てられていた。
その内 雪男一体の目の部分に砲弾が命中し巨体が倒れ伏した。
息の根を止めるべく砲撃がその 雪男に集中する。
他の二体はその隙に大砲隊に近づこうとするが又マスケット銃の銃弾に阻まれ足止めされている。
やがて倒れていた 雪男の頭部が破壊され黒い寄生体が飛び出して来た。
砲撃は残り二体の方に目標を切り替え今度は銃撃が黒い寄生体を襲った。
あっさりズタズタに引き裂かれた黒い寄生体の破片に人間達が松明を持って駆け寄り燃やしていく。
サンプルでの実験の結果から人間の脳以下の大きさになると寄生が出来なくなり動きも極端に鈍くなるのが分かっているので方法としては正しい。
ただし残り二体を狙った砲弾が飛び交う中でそれを行っているのだ。
当然幾つかの流れ弾が人間達を襲い吹き飛ばす。
それでも犠牲を顧みず焼却作業は続けられていた。
砲撃と銃撃が残り二体に集中し圧倒的不利を悟った二体は撤退を開始した。
砲撃と銃撃が暫く続いていたがやがて止み本日の戦闘は終了した。
後には破壊し尽くされた 雪男と何十人かの人間の破片が残っているだけだった。
今回は追撃せずここで休息するようだ。
簡易な竈が作られ 雪男と人間の肉片が集められ炙られていく。
周囲に肉が焼ける臭いが漂い隊長格の騎士が口を押えて顔を青くしている。
更に人間の重傷者が集められ首を刎ねられ血抜きされていく。
隊長格の騎士が助けようと飛び出しそうになるが俺は押さえつけ口を塞ぐ。
ジタバタ暴れるが力で押さえ込んだ。
こいつの正義感は立派だろう。
しかし実力が伴わないから無駄死にするだけだ。
こいつには無理だが俺なら助けることは出来る。
だが自らを家畜と考え殺されて喰われても仕方がない思っている者を助けてどうなる。
重傷者達は縛られもせず抵抗らしき抵抗もしていない。
喜びもしていないが悲しそうにもしていない。
ただ暗い目をして無表情に死んでいく。
今は無理だ。
俺は目を逸らさず歯を食い縛って動かなかった。
シオンはそんな俺に声も掛けずじっと見ていた。
夜が来てヤツラは食事をしていた。
隊長格の騎士は自分の任務を思い出し大人しくなっていたが食事風景からは目を逸らしていた。
トカゲ人は 雪男と人間の肉を喰い人間は 雪男の肉だけを喰っていた。
トカゲ人が人間に配慮した訳ではなく単純に人間の肉の方が美味いかららしい。
群れの中で上位の者が優先的に人間の肉を喰っている。
その中で一体の巨体の トカゲ人がいた。
他の トカゲ人と較べても頭二つ分でかく顔に刀傷があった。
あれが トカゲ人の勇者である大氏族長のようだ。
それを確認すると俺達は移動を開始した。
夜の密林を静かに迂回し 雪男の痕跡を追っていった。
深夜になって 雪男達に追いついた。
休息状態のようだ。
寄生体自体は寄生状態では眠らないが宿主の身体は休息を取らなければ急速に疲弊するためある程度の休息を取ることがサンプルの実験で分かっていた。
シオン達に俺の馬を預け十分安全な距離まで下がらせる。
そして 雪男達の周辺を静かに回りトラップを仕掛けていく。
トラップを仕掛け終わると二体が寝転んでいる中間位置に 火弾を放り込んだ。
途端にその巨体からは考えられないスピードで立ち上がった。
周囲を警戒するように見回す。
仕掛けたトラップを起動する。
しならせた木の先端に蔦で編んだ籠を結えつけ大石を乗っけただけの簡易的なトラップだ。
夜の暗闇の中大石が二つ其々の 雪男に向かうがあっさりと躱された。
第二弾を放つ。
これは見当違いの方向に飛んでいくが気にしない。
第三弾も続ける。
雪男達は周囲を見回し続けるが何も見つけることが出来ず混乱している。
仕込みが済んだ俺は速やかに後退した。
一夜明け トカゲ人の討伐隊は追撃を再開した。
昨々日と同じ陣形で軽量なマスケット銃隊が先行し大砲隊が続く。
使い魔でそれを遠くから監視しシオンが魔力の 経路を通して伝えてくる。
半日ぐらい進み密林がない少し開けた広場に出た。
討伐隊は無造作に進んでいく。
広場の中央に到達した瞬間ヒュっと音がした。
ドコーンと大砲隊の一部が岩石に吹き飛ばされた。
第二、第三の岩石が続くが鈍重な大砲は避ける術もない。
雪男達が少し離れた密林の両側から立ち上がり投石を続ける。
雪男達は昨日の俺の攻撃からヒントを得て迂回して待ち伏せ投石攻撃をすることにしたのだ。
猿真似大作戦は成功した。
マスケット銃隊が応戦しようとするが射程が届かない。
止むを得ず二手に分かれて両側の 雪男に向かっていった。
雪男達はマスケット銃隊に標的を変更し投石を続ける。
マスケット銃隊の一部にも被害が出るが構わず進んでいく。
しかし射程に入る寸前で後ろに跳んで距離を取り再度投石を続け削っていく。
マスケット銃隊が森に入った途端跳躍して広場に戻り一気に大砲隊に向かっていく。
大砲隊はまだ砲身の方向転換が終わっていなかった。
雪男達は大砲隊を薙ぎ払い踏み潰し蹂躙していく。
マスケット銃隊が戻ってきた時には半分以上の大砲隊が潰されていた。
雪男達は横跳びでマスケット銃隊から距離を取り密林の中に逃げ込んだ。
マスケット銃隊が大砲隊を守るか追撃するかで迷っている内に又岩石が大砲隊に向かって飛んでくる。
いたちゴッコである。
指揮官である大氏族長が止むを得ずマスケット銃隊を大砲隊の周囲に集め前方の密林の中に逃げ込むように指示を出した。
今度はマスケット銃隊に投石が集中し戦力が更に削られていく。
そして大砲隊が密林の中に逃げ込む寸前 雪男達は勝負に出た。
投石を止め一気に突っ込んできたのだ。
マスケット銃隊が懸命に銃撃するが数の減った弾幕では抑えきれず突破を許してしまった。
後はひたすら蹂躙戦である。
散発的なマスケット銃の銃撃はあったがドンドン潰されていき討伐隊は壊滅状態になっていた。
雪男の方も最後の突撃の時と近距離からの散発的なマスケット銃の銃撃で多少ダメージを受け動きが鈍くなっていた。
“今だ!”
俺は両手のワイヤーを魔力で操作し 頭上に伸ばした。
雪男の足元からワイヤーが伸びその身体を絡めとる。
普通の状態なら避けられただろうがダメージで反応が遅れたのだ。
ワイヤーに絡めとられた 雪男が横倒しとなった。
俺は大地の 下から飛び出した。
使い魔からの情報で 雪男達の待ち伏せポイントを確認し気付かれないように広場に接近し土魔法で穴を掘ってシオンと一緒に隠れていたのだ。
隊長格の騎士は俺達の馬を預かり離れた場所で待機している。
そして使い魔で常時戦況を確認しながら土魔法で地面の下を掘り進み最後の突撃ポイントを確定しタイミングを計って仕掛けた訳である。
漁夫の利大作戦も成功である。
さて最後の仕上げだ。
俺は比較的無事な砲弾が充填されている大砲に近づき抱え上げた。
全滅を待つばかりの状態からいきなり 雪男達が拘束され呆然としていた トカゲ人達が地面から現れた小柄な 家畜が自分達でも持ち上げられない大砲を軽々と持ち上げ運んでいく姿を見て驚いている。
俺は トカゲ人達には構わず一体の 雪男の顔の前に移動すると威嚇して開いている口に砲身を突っ込み発射した。
雪男の頭部が中の寄生体と一緒に弾け飛んだ。
俺は 火裂弾で周囲に飛び散った寄生体の破片を全て焼き払った。
それが終わると大砲を持ってもう一体の 雪男に近づいた。
雪男は警戒して口を開かない。
俺は大砲を棍棒代わりにしてその頭部を滅多打ちにした。
暫く大砲で殴っていると頭蓋が割れ中から寄生体が飛び出してきた。
俺は大砲を離し後ろに飛び退くと 火弾を放ち寄生体を焼き尽くす。
これで本来の俺の仕事である巨大 雪男退治は終了である。
これからは俺の自己満足、ストレス解消をさせてもらう。
俺は生き残っていた尻尾が根元から千切れ左腕が変な方向に曲がり顔から血を流している大氏族長の元に向かった。
他の生き残った トカゲ人達は俺が 雪男を始末した手口を見て怯え後退っていた。
『お前が大氏族長か?』
『ソウダ。オ前ハ何者ダ』
『俺は外の世界から来た人間の勇者だ』
『外ノ世界カラ来タ 家畜ノ勇者ダト。バカナ』
『事実だから仕方がない。俺はお前達が壊滅させた 雪男を一人で退治した。俺はお前達より遥かに強い』
俺の入知恵で 雪男達が トカゲ人達を壊滅させたのは内緒だ。
『ここでお前達を皆殺しにして大洞窟内の トカゲ人を全て滅ぼすのは容易いが一つチャンスを与えよう。俺の要求に応じれば見逃してやる』
『・・・何ヲ求メル』
『お前達が家畜化している人間をお前達と対等に扱え。それだけだ』
『バカナ! 家畜ヲ俺達ト対等ニ扱エダト。アンナ虚弱ナ生キ物ニソンナコトハ出来ナイ。弱イモノハ強イモノニ従イ喰ワレテイレバイイノダ。ソレニヤツラ自身モ自ラ家畜デアルコトヲ認メ平等ニ扱ワレタイナドト思ッテハイナイ』
『俺はお前達より強い。お前達は俺に従い喰われるべきではないのか?それに俺の同族である人間がお前達のような脆弱な種族に家畜とされているのが気に入らないだけで家畜化された人間の意志など知ったことか』
『・・・』
『まあいい。直ぐに返答しろというのも酷だし、こんな社会の大変革をお前の一存で決めるのも無理だろう。一週間待ってやろう。その間に全氏族で協議して結論を出せ』
『・・・分カッタ。一週間後ダナ』
『ああ、一週間後にこの場所に戻って来る。その時に返答を聞かせてもらう』
俺は背中を向けその場を立ち去った。
一週間経ち魔結晶の光りが辺りを照らし出す少し前の薄暗い中 雪男との最後の戦場跡に 俺は向かっていた。
既に大氏族長とその後ろに トカゲ人の屈強な戦士数百人がマスケット銃を片手に銃口は下げて待ち受けていた。
大氏族長の両脇には 雪男のものらしい皮布が被せられた不自然な盛り上がりが横に広く並んでいた。
『止マレ!』
俺はその声に従い立ち止まった。
『返答を聞こう!』
声を響かせる。
『フフッ、答エハコレダ!』
大氏族長の合図と共に皮布が取り払われ中から俺の周囲に照準された大砲が現れた。
あの戦いで僅かに無事だったものと氏族中の大砲を掻き集めたのだろう。
同時に後ろの トカゲ人の戦士達が一斉にマスケット銃を 俺向けて構える。
『イカニ強クテモコレダケノ大砲ト銃ノ一斉射撃ニハ敵ウマイ。我ラヲ侮辱シタコトヲ後悔シナガラ死ネ。何ナラ発射ヲ少シ待ッテヤッテモイイゾ?ソノ間ニ命乞イナリ逃ゲルナリスルガイイ。逃サナイガナ』
余裕を見せる。
踏み躙られたプライドを嬲ることで少しでも回復したいのだろう。
『これがお前達全体の総意か。愚かな選択だな。その程度の人数と大砲や銃で己の力を過信するとは。その程度の武力など外の世界ではたいしたことはないぞ』
『苦シマギレノ嘘ハ止メテオケ。我ラ五十万ノ全氏族カラマダマダ戦士ヲ召集出来ル。オ前ハ帰ラズノ洞窟ヲ通ッテココニ来タノダロウ?イズレソコカラ外ノ世界ヘ出テ我ラノチカラヲ以テ征服シヤル。外ノ人間モ 家畜ニシテヤロウ』
『井の中の蛙だな。そんなことが出来ると思っているのか』
『蛙ナドトイウ下等生物と我ラヲ一緒ニスルナ!我ラニハチカラガアル!我ラニ敵ワヌ弱キモノハ我ラニ従イ喰ワレレバイイノダ。ソレガ世界ノ摂理ダ!』
『蛙よりお前達の方が下等生物だと思うがな。まあいい。お前達の非力な武力が俺に通じるか試してみろ。通じなければ俺がお前達より強いということでお前達の生殺与奪権をもらうぞ』
『抜カセ!イツマデモ時間稼ギニ付キ合ッテイラレルカ。死ネ!』
俺から予想通りの反応が引き出せずしびれを切らした大氏族長は攻撃の合図を出した。
砲弾と銃弾が降り注ぎ 俺の身体は引き裂かれ粉々になった。
『クククッ、肉片モ残ラナカッタカ。命乞イヲスレバ四肢ヲ千切リ存分ニ嬲ッタ後生キナガラ喰ッテヤロウト思ッテイタノニ残念ダ』
言葉とは裏腹に鬱憤は晴れたようだ。
しかし次の瞬間驚きで凍りつくことになる。
『クククッ、その程度で俺を殺せると思ったのか?』
俺が立っていたところからよく通る俺の声が響き渡る。
『バカナ。アレダケノ砲撃ト銃撃ヲ受ケテ生キテイルハズガナイ。避ケル暇モナカッタ。ヤツガ粉々ニナッタノモコノ目デ見タ。生キテイルハズガナイ』
『現にこうして話しているではないか。この場でお前達を皆殺しにするのも容易いのだぞ。だが強者に逆らったお前達にはもっと大きな罰を与えてやろう』
その声にその場の全ての トカゲ人が身構えた。
しかし待てど暮らせど攻撃は来ない。
『フ、フフッ、ハッタリダ。何モ起ラナイジャナイカ』
『いや罰はもう下した。どんな罰か直ぐに分かるだろう。お前達の憐れな姿を見るために一週間後に又ここに来てやる』
そして声が消え静かになった。
『フ、フフッ、ニ、逃ゲタナ。我ラニ敵ワナイカラ逃ゲタニ違イナイ。我ラノ勝チダ!』
無理矢理こじつける。
自分の頭で理解出来ない不合理な現象は例え目の前で目撃しても受けられないのは人間も トカゲ人も同じようだ。
只歩いて俺の停止信号で止まるだけの単純な構造のウッドゴーレムを俺の似姿で作って薄暗い中を歩かせヤツの制止の声に合わせて止めただけだ。
声は風魔法で音源を偽装しウッドゴーレムの位置から喋っているようにみせかけた。
本来は打ち倒されたウッドゴーレムを詳細な魔法知識がないヤツラが確認したら変わり身の術とか言って煙に巻くつもりだったがヤツラが原形も留めず粉々にしたため不発に終わってしまった。
原形も留めず粉々にしたはずの相手が平然と話しを続けた方が恐怖感を煽り冷静な判断が出来なくなるから結果オーライである。
俺は最初から動かずに隠れていた密林の高い木の上から静かに撤退した。
更に一週間経ち 寒風吹きすさぶ中俺は約束の場所に到着した。
そこには毛布で着膨れている大氏族長が一人と 寒さに震えながらそれを支える五人のやつれた 家畜の男達が焚火の前にいるだけだった。
家畜達の顔にははっきりと飢餓の表情が浮かんでいた。
『貴様!何ヲシタ!』
大氏族長が食って掛かった。
『別に・・・、宣言した通り罰を下しただけだな』
俺は飄々と答えた。
『罰ダト?急激ニ気温ガ下ガッタノハヤハリ貴様ノ仕業カ!イッタイドウヤッテ』
『お前達が帰らずの洞窟と呼んでいるアレな。出口側は窪んでいて外気よりこの空洞内の空気を遮断していたのさ。俺がそこに薄い壁一枚を残して外気が入り込める大穴を通した。その薄い壁を一週間前にお前達に罰を与えると言った瞬間に壊しただけだ。後は勝手に熱い内気が外に逃げ冷たい外気が入り込んできて気温が下がったのさ』
実際にはシオンを待機させ使い魔を通じて壊させたのだがそこまで説明する必要もないだろう。
『キ、貴様!貴様ノ所為デコノ一週間デ氏族ノ半数ノ者ガ凍テツク夜ニ凍死シタ。生キ残ッテイル者モ日中デモウマク動ケナクナリ衰弱シテイッテイル』
『罰だから当然の結果だな。言ったろう?蛙よりお前達の方が下等生物だと。蛙の方が上手く現状に適応しているぞ。だが罰はこれで終わりじゃない』
『ナ、何ダト!コレ以上ナニカヲスルツモリダ!』
『お前達はすでにこの空洞世界の強者ではない。今度は弱者になったお前達に相応しい境遇を与えてやろう』
『ソ、ソンナコト出来ルモノカ!』
『簡単な事さ』
俺は 家畜達に目を向けた。
『おい、お前達、なんでそんなにやつれている?』
声を掛けられるとは思っていなかった 家畜達はおどおどしながら答えた。
『それが・・・、この寒さで草木が枯れ動物達も見なくなり狩猟や採取の量が激減しているのです。飢えは 家畜の全部族に広がっていますです』
『おい、大氏族長。こういう時なんとかしてやるのが主の務めと 家畜達から聞いているぞ。なんとかしてやれ』
『抜ケ抜ケト・・・』
『共喰いさせるか?しかしそいつらの数が減るとお前を支えることも出来なくなるよなぁ』
『・・・』
大氏族長は沈黙した。
そう簡単に問題解決の方法を思いつくはずがない。
『おい、お前達の主人は責任を放棄したぞ。もはや主として敬う必要はない。動きも鈍くなってお前達よりずっと弱い。そいつは“弱キモノハ我ラニ従イ喰ワレレバイイ”と言っていた。だったらソイツより強いお前達はそいつを好きにしていいってことだ』
俺の指摘に 家畜は戸惑いの表情を見せている。
長年の洗脳は飢餓という切実に身体に働き掛ける衝動であっても容易く解けない。
更に一押しする。
『お前達が元主人に手を出しにくいというなら今回だけは俺が捌いてやろう。押さえていろ』
俺は一歩前に出た。
『ヤ、止メロ!』
身体を 家畜に掴まれ支えられていた大氏族長は俺の言葉にその手を乱暴に振り払い腰の曲刀を抜くが重さに耐えられず手から取り落とす。
そのまま後退ろうとしたがヨロヨロと無様に尻餅をついてしまった。
既に一人では立っていることすらままならなくなっているのだ。
そこにこの世界の覇者の貫録はなく弱弱しい大トカゲの姿があるのみであった。
家畜達は自分らを信じず手を振り払い醜態を晒す主人を茫然と見ているだけだ。
『止メロ!助ケテクレ!』
ゆっくり近づく俺に恐怖し尻餅をついたままでズルズル後退る。
大氏族長としての面子もかなぐり捨てて見苦しく命乞いする姿に嘗て トカゲ人最強の勇者と呼ばれた威厳はなかった。
それを見る 家畜達の目が周囲に吹きすさぶ寒風のように冷たくなっていく。
それを横目で確認し剣を抜き打ち様に大氏族長の首を刎ねた。
首は転がっていき身体からは血が噴き出た。
両腕も切り落とし近くの木の下までその巨体を引き摺って運び両足に紐を結び吊るし血抜きする。
両腕も血抜きして分割した後木の枝に刺して焚火で焼く。
『喰え』
程よく焼き上がったところで 家畜達に命令する。
最初は躊躇っていたが肉の焼けるいい匂いと空腹に耐えかねて一人が手を伸ばし恐る恐るかぶりついた。
その瞬間目を見開き夢中になって喰らいつき始めた。
他の仲間達もその様子を見て肉に手を伸ばし一口目以降は同じように夢中になって喰らっていく。
『肉ならまだあるぞ。お前達の村や他の村の仲間達に持っていってやれ』
一通り喰らい終わった男達が協力して大氏族長の大きく重い曲刀を持ち上げ木に吊り下げている肉を捌き始めた。
トカゲ人の身体は大きい。
凍死した個体だけでも 家畜達全ての飢えを満たすことが出来るだろう。
だがそれだけで済む訳もない。
『他の生きている トカゲ人は直ぐに喰うなよ。まずは凍死したヤツから喰え。生きているヤツは今までお前達がされていたように家畜として飼って増やしながら喰っていけ。そうすればもう共喰いする必要も無くなる。皆殺しにはするなよ。食料が無くなって共倒れになるぞ』
男達は肉を捌きながらうなづいていた。
これでこの男達が人間の村々に トカゲ人の家畜化を伝播していく。
これで人間がこの大空洞の主となるだろう。
ここでの仕事が終わった俺は目に輝きが戻り活き活きしだした人間達をみながらその場を立ち去った。
「しかしこれでよかったのですか?」
一部始終を見ていた隊長格の騎士が声を掛けてきた。
シオンは黙って見ている。
「さあな。俺は俺の出来ることをやっただけだ」
これが最善の結果ではない。
トカゲ人と人間の立場を入れ替えただけだ。
俺が人間だったから人間に肩入れしたが本当の勇者なら共存共栄を目指すべきだったろう。
種族が違っても意志疎通が出来る相手を一方的に家畜化する傲慢さはこれから外の世界と接触が始まればマイナスとなる。
もっとも外の世界も優しくはない。
従順な奴隷のままだったらいい様に食い物にされたことだろう。
レインディアも甘くはない。
これだけの天然の温室で豊かな土地とこれまでと同数の民が新たに手に入るのだ。
国に組み込むことは間違いない。
大空洞の住民もこれまで大きな共同体の運営なんてしたこともないのだ。
トカゲ人に大氏族長がいたように全体の統制をとる者と運営組織が必要になる。
それが出来なければ各部族が角突き合わす混乱状態になってしまう。
最悪群雄割拠で殺し合いだ。
一夜の無政府状態よりは、独裁政権の方がマシというアラブの格言もある。
全体の行政経験のある優秀な人材をレインディアから派遣してもらった方が人死には少なくて済むだろう。
それに今は大空洞の住民に民族意識も権利意識もないのでレインディアに取り込むことも容易だ。
洞窟に外気が入り込める大穴を通した時にそれまでの情報とこれからの計画をレインディア側に伝えておいた。
既に救援物資と行政官、治安維持部隊の騎士が編成されこちらに向かっている頃だ。
俺が頼んだのは救援物資だけだが後は好きにするように伝えていたので勝手にやることだろう。
大空洞の生態系は著しく被害を受けているがエコロジーなんて知らないこの世界の人間は気にもしない。
それは異世界人である俺が良心の呵責として背負っていけばいい。
大分心が壊れているので大した負担にはならない。
トカゲ人達については滅びるかもしれないしいつの日か家畜化から逃れられるかもしれない。
少なくとも大空洞の人間達が耐えていた期間ぐらいは耐えるべきだろう。
外の世界では人間の方が遥かに多いのだ。
外の世界と接触が始まった以上融和しないと生き延びられない。
家畜化で完全洗脳されなければ自力で立ち上がる機会が来ることもあるかもしれない。
大氏族長自体は大したことはなかったが次の トカゲ人の勇者にでも救ってもらうのもありだろう。
俺は人間の勇者だからそこまで知ったことではないが出来れば共存共栄の未来が訪れることを祈っておこう。
ここまでやった俺が言えたことではないけれど。
細かいプロットも着地点も考えず気のむくまま書いているのだけど トカゲ人がいつの間にか極悪非道に。
どうしてこうなったのだろう。