【ホラー】知らない村で
会社の用事でいった先は、妖怪の村だった。
拙著『みじかい鼻血』所収の一編です。
これはな、まだ誰にも話したことがない、ちょっとした恐怖体験談じゃ。その時わしはまだ社会人になりたての、そうじゃなあ、二十五歳くらいじゃったかなあ。当時は仕事に燃えていてな、モーレツ社員なんて言葉が流行っていたけど、わしはその典型じゃった。
ある日な、上司に呼ばれて、「おまえ、クレーム処理に行ってこい」って言われてな。「はい、行ってまいります!」って返事して、ソフト帽とコートを手にとると──二月じゃったんで寒かったんじゃ──威勢よく会社を飛び出したんじゃ。
そこまではよかったんじゃが、客先の最寄の駅で電車を降りてから、しばらく歩いていたら、道に迷ってしまっての。どういうわけか、駅前通りを行ったり来たりして、抜け出せないのじゃよ。でな、あれよあれよというまに夕方になってしまった。行きかう人に道を尋ねようにも、みんな忙しげに歩いていて、つかまらなくてな。まずいなこりゃあ、とあせってな、電話ボックスをさがしておったらの、どこからともなく聞こえてきたんじゃ。
なんだとおもう? ──豆まきの声じゃよ。ああ、今日は節分か、とおもって耳を澄ますと、なんだかおかしい。
「ひとは~そと! 福は~うち!」って言っとる。へんだろ?
たたずんで首をかしげていると、サラリーマン風の男がわしの前で突然立ち止まっての、わしの顔に鼻を近づけるなり、クンクンやりだしたんじゃ。
「おまえ、ひょっとして、人間じゃねえのか?」
「………?」
見ると、男の頭からはニンジンが二本、いや、ツノだ、ツノがはえている。こ、こいつは……。
「黙ってねえでなんとか言え!」
男が怒鳴ると、道行く人が足を止め、こっちを見たんじゃ。あっ! その人たちの頭にも、ツノが一本または二本、はえているじゃないか。
「おまえ、人間だな。ウハ。ひさしぶりのご馳走だ」
そう言って男は、わしにおそいかかってきたんじゃ。わしはとっさに自分の頭を両手でかばった。するとその拍子に愛用のソフト帽が脱げて、地面に落ちたんじゃ。
「あれ。なんだおまえ、河童じゃねえか」
「そ、そうだ……おれは河童だ」
「しょぼくれ妖怪の河童が、なんで鬼の村をうろちょろしてんだ?」
「ちょっと道に迷ったんだ」
「しょうがねえやつだなあ」
それでな、わしはその鬼に道を聞いて、なんとか仕事を済ませて会社にもどったんじゃ。
「へえ~、父さん、むかしっから髪が薄かったんだあ」
「そうじゃよ」
「でもよかったねえ。そのおかげで命拾いして」
「うん、まあ、そうじゃなあ」
「やーいやーい! 若ハゲ父さん。やーいやーい!」
「こらあ! カツオ!」