第七幕 私だけが居ない世界
No.79
林の中。舞台上中央で、斜めに大きな布で仕切られている。
その布に対して、上手側は、第一幕の舞台と同じである。下手側には、それに比して、自然的な林がある。土があり、雑草が生えている。
上手の木の根元に、下手を向いて、首の無い、黒い男が座り込んでいる。その隣に、ビニール傘がある。黒い男は、骨になっている。
雨の音響が流れ、下手は照明が当たらず、暗い。上手は、薄暗い照明である。
女の子 (ふらふらしながら、上手から登場する。黒い男が座っている木の根元で、座り込む)
……何も、変わらなかった。
また、同じ、同じようになる。あの時と、同じ。同じ事を、延々と繰り返していくんだわ。同じ苦しみ抱えたまま、また、同じ道を、ぐるぐると、回り続けるんだ。何も変わらない。何も、何一つ変えられなかった。
(泣き出す)
ねぇ。
(黒い男の袖を引っ張る)
ねぇ。
(黒い男の袖を引っ張る)
ねぇ。
(黒い男の袖を引っ張る。黒い男、その方向に倒れる)
(笑いだす)
本当の、本当に死んでる。頭も無ければ、肉も無い。本当に死んでしまったの?
ねぇ、なんで、死んだの? なんで、死んでまで、あの、世界を、あの、人たちを見せたかったの? 何の為? 何の意味が在るの?
(黒い男にしがみ付いて、大声で泣く)
間があり、舞台全体に、照明が付く。少し、明るくなる。
女の子が泣いている中、下手から、女性が、赤い傘を差して、登場する。猫が、後ろから、歩いて来る。猫は、木の陰に隠れてしまう。
女性 (舞台中央の布まで歩いて行く。女の子の方を見て)
昔の私、まだ、何も知らなかった頃の私。疲れ切った私。絶望に打ちひしがれた私。先の見えなかった私。苦しみだけが、世界の全てだと思っていた私。
女の子 (顔を上げて、女性を見る。驚いて)
私がいる。大人の私。
女性 そう。未来の私。現実の私。大人の考えが出来る私。
女の子 (泣き出す)
もう、帰りたい。本当の世界に帰りたい。私を受け入れてくれる、本当の世界に帰りたい。私の心が安らぐ、優しい世界に帰りたい。
女性 帰れるのよ。あなたが、そこから、踏み出す、勇気さえ有れば。あなたが、本当の世界を望むなら、変える事が出来るのよ。
女の子 ……でも、まだ約束を果していないわ。
女性 大丈夫よ。あなたは、もう十分頑張ったじゃない。あなたは、彼の魂を取り戻しに、必死に、あの世界の心無い人たちと、話し合って来た。もう十分。十分よ。
女の子 私だってもう、帰りたい。帰りたいけど……。
(横たわった黒い男を見る)
女性 もう、死んだ人に、こだわるのは、止めなさい。その人は、もう死んだのよ。もう、居ないの、この世界も、もう無くなってしまうわ。
……ねぇ、本当に、そんな、そんな事で、その死人を、納得させる事が、出来ると思っているの?
女の子 (黒い男の手を握る)
だって、まだ、生きているかもしれない。
女性 その男は、もう肉も無い、首も無い。魂も無い。何も、何も、何も、何一つ無いのよ。
女の子 それでも、まだ、骨が在る。形が残ってる!
(握っていた、手の骨が取れる)
女性 ほら、手が取れたわよ。
女の子 (泣きだす)
女性 それは、もぅ、唯の骨でしょ。現実を、見なさいよ。
その人は、もう死んでいるの! お墓でも、作って、諦めなさい。
女の子 嫌だ!
嫌だ! 嫌だ!
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
(手の骨を、女性に向かって投げる。布に当たる)
女性 此処まで、その骨が、届くとでも、思っているの? 此処は、現実よ。心の理なんて、何の意味も、持たないの。此処は、唯、物が、物として存在するだけの世界なのよ。心のイメージなんて、唯の作り物でしょう。
女の子 (黒い男の骨を掴んで、投げる)
うるさい!
(黒い男の骨を掴んで、投げる)
うるさい!
(黒い男の骨を掴んで、投げる)
うるさい! うるさい!
(黒い男の骨を掴んで、複数投げる)
(大声で泣く)
女性 (溜息をつく)
乱暴だし、聞きわけがないわ。私じゃないみたい。私は、もっと冷静で、私は、もっと現実的だわ。
心の些細な出来事にこだわったりなんかしない。
女の子 誰だって、心の内の約束を守る為に、必死になって生きているんだ!
私が、私の約束を守ることについて、誰にも、誰にも、何かを言われたくない!
(間)
あなたは、何を守っているの? あなたは、本当の気持ちを、知りたくはないの? 好きな人のことを、思ったことはないの? 何でも、自分で自由に生きられると、思っているの? 誰かの為に、祈ることも、出来ないの?
女性、何も言わず、立ち去って行く。退場。女の子、泣いている。しばらく経過する。
女性 (下手より登場)
私、あなたの事、覚えているわ。ずっと、ずっと、覚えている。そして、忘れてなんかいなかった。覚えていた。思い出したのよ。
これ、
(中央の布の付近に、傘を閉じて、置く)
使って。風邪ひくわよ。
あなた、傘持ってないようだから。挫けないでね。本当に。
女の子 ありがとう。
女性 さよなら。
女の子 さようなら。
女性 (下手に向かって歩いて行く。退場)
女の子、中央の布を手で触るが、出る事が出来ない。下手の木の陰から、猫が歩いて来る。
猫 (猫、中央の布を口で銜え、傘が上手側に入るようにする)
女の子 (猫に気づき)
あ、あの猫?
……違うか。でも、何で、何を銜えているんだろう?
(傘の存在に気づき、近づいてしゃがむ。傘を取り、向こう側の猫に)
ありがとう。
猫 (女の子の方を見ている)
しばらくして、猫は、元来た道を帰って行く。退場。下手の照明が消え、上手も、元の照明に戻る。
女の子 (向こう側を見ていたが、やがて、傘を眺めて)
また、誰も居なくなった。何も無い。誰も居ない。本当の私も、居なくなった。
心が重たい。苦しい。
(間)
あっ。
骨、集めなきゃ。
女の子、傘を置き、散らばった骨を拾い集めるが、途中で座り込む。
女の子 もう、疲れた。疲れたよ。
(黒い男の服に)
もう、いいでしょ。もう十分だよね。ここまで、したよ。
(間)
ねぇ。
(間)
ねぇ。
(間)
何も、言ってくれない。
何も答えてくれない。
少しずつ、雨が強くなっていく。女の子、残りの骨を集めて、黒い男の服の上に置く。そして、傍に、座り込む。
女の子 (しばらくして、立ち上がり)
この人を、埋めて、お墓を作らなきゃ。誰も、祈ってあげる人が、いないから。私しか、祈ってあげられる人が、いないから。
舞台中央の木まで歩き、木の根元に手で穴を掘り始める。
女の子 (泣きながら)
急がないと。ずぶぬれに、なっちゃう。
女の子、地面を掘っている。段々と照明が落ちて行き、暗転。しばらく、雨の音が続く。
再び照明が付く。第一幕と同じ舞台設定になっている。黒い男も同じ位置に立っている。
女の子 (誰ともなく語りだす)
四年前、私の飼っていた猫が死にました。私は、この木の根元に猫の死骸を埋めて、お墓としました。今日が命日です。私は、ここに、花を置き、お供えをします。そして、彼が、安らかに成ることを、祈っているところです。
ところで、私は、いつまで祈り続けていいのかわかりません。私は、彼が今どのような状態にあるのかが、一考にわからないのです。彼は、どこに行ってしまったのでしょうか? 彼は、今どのような気持ちでいるのでしょうか?
それとも、それとも、本当にいなくなってしまったのでしょうか。私が今、こうして祈ることは、また、何かを捧げ続けることは、彼の死にとって、正しいのでしょうか?
また、このような行為に意味は、あるのでしょうか?
(右後ろを振り返って)
あなたは、いつも、私の斜め後ろから、私を見張っていますね。今日は、こういう日は、一人で居させて下さい。
彼は、人見知りなんです。家から、外に出したことがないから。何故って、体がとても弱かったから。
黒い男 傘を、差した方がいいよ。濡れるから。
女の子 後で、差すことにします。差すことは、雨を防ぐことは、できます。ただ、邪魔なだけです。ここでは、どんな様式も意味が無いのです。意味だけが、向こう側へ届かないのです。
徐々に照明落ちて行き、暗転。
照明元に戻る。
女の子 (誰ともなく語りだす)
五年前、私の飼っていた猫が死にました。私は、この木の根元に猫の死骸を埋めて、お墓としました。今日が命日です。私は、ここに、花を置き、お供えをします。そして、彼が、安らかに成ることを、祈っているところです。
ところで、私は、いつまで祈り続けていいのかわかりません。私は、彼が今どのような状態にあるのかが、一考にわからないのです。彼は、どこに行ってしまったのでしょうか? 彼は、今どのような気持ちでいるのでしょうか?
それとも、それとも、本当にいなくなってしまったのでしょうか。私が今、こうして祈ることは、また、何かを捧げ続けることは、彼の死にとって、正しいのでしょうか?
また、このような行為に意味は、あるのでしょうか?
(右後ろを振り返って)
あなたは、いつも、私の斜め後ろから、私を見張っていますね。今日は、こういう日は、一人で居させて下さい。
彼は、人見知りなんです。家から、外に出したことがないから。何故って、体がとても弱かったから。
黒い男 傘を、差した方がいいよ。濡れるから。
女の子 後で、差すことにします。差すことは、雨を防ぐことは、できます。ただ、邪魔なだけです。ここでは、どんな様式も意味が無いのです。意味だけが、向こう側へ届かないのです。
徐々に照明落ちて行き、暗転。
照明元に戻る。
女の子 (誰ともなく語りだす)
六年前、私の飼っていた猫が死にました。私は、この木の根元に猫の死骸を埋めて、お墓としました。今日が命日です。私は、ここに、花を置き、お供えをします。そして、彼が、安らかに成ることを、祈っているところです。
ところで、私は、いつまで祈り続けていいのかわかりません。私は、彼が今どのような状態にあるのかが、一考にわからないのです。彼は、どこに行ってしまったのでしょうか? 彼は、今どのような気持ちでいるのでしょうか?
それとも、それとも、本当にいなくなってしまったのでしょうか。私が今、こうして祈ることは、また、何かを捧げ続けることは、彼の死にとって、正しいのでしょうか?
また、このような行為に意味は、あるのでしょうか?
(右後ろを振り返って)
あなたは、いつも、私の斜め後ろから、私を見張っていますね。今日は、こういう日は、一人で居させて下さい。
彼は、人見知りなんです。家から、外に出したことがないから。何故って、体がとても弱かったから。
黒い男 傘を、差した方がいいよ。濡れるから。
女の子 後で、差すことにします。差すことは、雨を防ぐことは、できます。ただ、邪魔なだけです。ここでは、どんな様式も意味が無いのです。意味だけが、向こう側へ届かないのです。
徐々に照明落ちて行き、暗転。
照明元に戻る。黒い男、仮面を被っていない、顔が無い。赤い傘をさしている。
女の子 (誰ともなく語りだす)
七年前、私の飼っていた猫が死にました。私は、この木の根元に猫の死骸を埋めて、お墓としました。今日が命日です。私は、ここに、花を置き、お供えをします。そして、彼が、安らかに成ることを、祈っているところです。
ところで、私は、いつまで祈り続けていいのかわかりません。私は、彼が今どのような状態にあるのかが、一考にわからないのです。彼は、どこに行ってしまったのでしょうか? 彼は、今どのような気持ちでいるのでしょうか?
それとも、それとも、本当にいなくなってしまったのでしょうか。私が今、こうして祈ることは、また、何かを捧げ続けることは、彼の死にとって、正しいのでしょうか?
また、このような行為に意味は、あるのでしょうか?
黒い男 もう、いいんだ。もう、いいんだよ。もう、行く必要はない。
帰って来たんだ。一緒に、元の世界に帰ろう。
女の子 (振り向く)
女の子、仮面を被っていない。顔が無い。
女の子 何で、何でなの?
(大声で)
何で今更戻って来たのよ!
黒い男 君に会いに来たんだ。
女の子 (立ち上がり、服を払う。黒い男の顔を見ずに)
もう、遅いわよ……。皆、終わってしまったの。もう、二度と帰る事は出来ないわ。
黒い男 それじゃあ……。
女の子 もう、入り口も、出口も、消えてしまったの。もう、この場所から、溶けて、白く成って行く。もう、虚無しか残らない。もう、私たち、何も、何も、何にも、無いの。
黒い男 そうか……。
(項垂れる。)
黒い男上手側に歩きだす。退場。
女の子 (傘を拾う)
ちょっと、待ってよ。何処行くの?
女の子後ろから男を追いかける。上手舞台の端まで来た処で立ち止まり、客席の方を向く。退場。
幕が下り、劇終。
『七幕の旅(猫と髑髏)』終わり