第四幕 不死の世界
No.76
明るい室内。舞台中央の天井から、大きな鐘がぶら下がっている。鐘は、装飾が施され、真新しい印象を与える。
舞台中央の床は、窪んで、泉になっている。水が沸き出ているようで、泉には、小さな波が立っている。
上手の壁には、一メートルぐらいの穴が開いている。下手の壁には、装飾を施された、ドアがある。
上手奥の隅に青い男の子Aが、下手奥の隅には青い男の子Bが、それぞれ立っている。
猫 (上手の穴から出てくる)
おや、明るい。
(部屋を見渡し)
噂の鐘が在るな。下には、池が在る。誰が、鳴らしたのだろう。
男の子A あ、また猫が来たよ。
男の子B お、また猫が来たな。
猫 うん? 歓迎されているのかな。
男の子A うん。別に。
男の子B そうだね。別に。
女の子 (上手の穴から出てくる)
眩しい。鐘? 泉?
猫 (後ろを向いて)
どうも、そうらしい。随分とでかい鐘だ。
女の子 あれが、鳴っていた、鐘?
男の子A 随分前に鳴らしたよ。
男の子B 隣の部屋のオヤジがね。
猫 おやじ? 隣の部屋には誰か居るのか?
男の子A 預言者が居るよ。
男の子B 予言する為にね。
女の子 その人が鐘を鳴らしに来るの?
男の子A 鳴らしに来るさ。
男の子B 預言者だもの。
猫 (女の子に)
何かを伝える為なんだろう。先に、その人物に会って話を聞いた方が良さそうだ。
女の子 何で? 捜し物は?
猫 おそらく、その人物の方が、この二人よりは詳しいのではないのか?
女の子 あなたの鼻は利かないの?
猫 わからないな。この部屋は、何か不思議な感覚を与えはするが……。
男の子A (下手を指差し)
隣の部屋はあっちだよ。
男の子B 隣の部屋は書斎だよ。
女の子 (猫に)
行く?
男の子A 猫は、行けない。
男の子B 猫は、立ち入り禁止です。
女の子 何故? 彼は善良な猫なのに。
男の子A 嘘の猫は、本当の部屋には行けない。
男の子B オヤジは、作り物が嫌いなんだな。
猫 (笑う)
なるほど、ここでお別れになりそうだ。
伸びてくる腕が、
先端に、
鉤爪の付いた手が、
壁の向こうから、
私を掴む。
私の魂は、
ここに在ったはず。
なのに、
今は、無い。
何処かに歩いて行ってしまった。
少し、
遅かったのだろうか?
私は、
言葉だけに成りそうだ。
この鐘は、
不死を宣言する鐘だ。
何故なら、
まだ、
私は生きているから。
ただ、
私も、
別れなくてはならない。
あの世界から。
私の来た世界から。
あの住人たちから。
私を産んだ世界から。
この世界。
あの世界。
もう戻ることは出来ない。
始めから、判っていたことだ。
いい加減な手つきで描かれた、
不自然な、
話したがりの、
動物である、
この私の運命とは、
また、
この様であると、
この場所で知るとは、
また、
気分の良い事である、だろう。
預言者 (ドアを開けて、登場)
聞こえたぞ。その言葉、聞き捨てならんな。
(舞台前面を上手方向に歩いて行く。途中で)
おや、今度の訪問者も、猫と少女か。同じ人物では無いようだが。
(舞台中央辺りで、客席の方を向く)
もう死んだのだ。
あれらは、滅んだ。
不死と言うものは無く、
また、
如何なる古の法は、
全て、
消滅し、
死に絶えたのだ。
ああ、
残念なことだ。
未だに、
死んだことを知らずに、
信仰している、
馬鹿共がいることは。
しばし、
私の言を聞け。
あなたがたは、
古の法を知っているか。
いいや、知るまい。
では、
古の大気を知っているか。
いいや、知るまい。
では、
あなたがたは、
古の大地を知っているのか?
いいや、全くわからないであろう。
そして、また、
その言も、
何を指し示しているのかすら、
わからない。
何処に向かう言葉なのか、
また、
何を形作る為の、
象徴なのか。
大きな、深く、
そして、亀裂の入った大地。
私たちは、もう、元には戻れない。
あの土地に帰ることは、
もはや、出来ないのだ。
時は、巡るだろう。
そして、
それは円環の様に在るのだろう。
だが、
やはり、かの地では無いのだ。
何時からか、
大きなあの、深い亀裂の為、
大地が大きく、裂けた為、
私たちは、
全く新しい土地に居るのだ。
昨日の今日、
地続きの様に続いているかもしれない。
また、
歩いて戻れるのかもしれない。
そこに、
渡ることの出来ない、
深淵が無ければ。
あなたがたは、
耳を澄ませ、
良く、
聞き入るべきだ。
身の回りの、
事物、現象、
また言葉。
それらが、
何を語っているか、
また、
彼らが、
何をしたがり、
また欲しているかを。
これからの旅は、
決して、愉快では無いのかもしれない。
また、
多くの血が流れ、
そして、
諸々の大切な価値が、
無残に殺され、
崩れ去るであろう。
私の鳴らした鐘。
これは警告だ。
あなたがたは、
これから、
新しい土地を開拓しなければならない。
古の土地に戻ってはならない。
郷愁すら、
その胸に抱いてはならず、
ただ、
この先に在る場所を目指すべきだ。
目の有る者は、
振り返るがいい。
どんなに遠くに、
あの、
神殿が在るのかを。
そして、
もう、
あの場所には、
決して戻ることは出来ないのだ。
法とは、
その場所でのみ、在るものなのだ。
我々は、
新しい大地の喜びの声に、
叶った法を、
作り出さなければならない。
あの世界は、
もはや、
彼方に、
離れてしまったのだ。
それを、
よく、肝に命じるがいい。
(女の子と猫の方を向き)
ところで、君たちは、何の目的で訪ねて来たのかね。
女の子と猫 魂を探しに来ました。
男の子A 猫の魂は、もう行った。
男の子B 猫は、喜んで、向こうへ行った。
預言者 一つの魂に、二つの体が在る。なるほど。いや、三つだろうか。
猫 私には、何の事だか、判らないが。
預言者 これからは、死とは、この様に成る。それは。
一つのものが、
離れ離れになるという事。
身体や生命、
運命、と心。
魂と、在るべき場所。
諸々は、
決して、一つの器に治まらない。
生とは、
一つの現象であり、一個の真実だ。
一つに集まり、
そして、現れ、
立ち去るのだ。
一つのものは、
一つの向かうべき場所が在り、
多数のものは、
また、それぞれに、違う場所へ向かう。
生は、
強制されるものでは無く、
一つの集合であったものだ。
彼らは、
目的を同じくして、集い。
一つの器の中で、
成長し、また、
去って行く。
そして、それは、
同じ事ではなく、
繰り返しでは、
決して無い。
同じ魂、というものは、
一つとして無い。
ばらばらなのだ、
全ては。
生と死は。
生まれ、死ぬ事ではなく、
集合し、拡散する事なのだ。
よって、
生は無く、
また死も無い。
だから、また不死も無いのだ。
猫 (大声になり)
だが、私は生きているではないか!
預言者 君という猫は、唯の作品である。よって、この世界から、出ることは、できないのだ。不死と言うものは無く、既に、死んでいるだけだ。
猫 死して、なお動く事が出来るのか? 私は、何処かに、私が生きているから、動く事、即ち、生きる事が出来るのではないか!
生とは、
一である。
そして、また、
死も一つであるはずだ。
生と死は、また、
繰り返すものだ。
不死とは、
生死を、
一として見ることだ。
私は、
預言者である、あなたに尋ねる。
生と死が繋がる時、
即ち円環である時、
生というものは、
不死を示しているのではないか?
預言者 (猫の近くまで歩み寄り)
円環は、
不死を示す記号では無い。
永遠は在るだろう。
そして、
その周囲に、
無数のものが、
回るのだ。
狂気、
祝祭、
喜び、
また、暴れまわり、
休息する為、
踊り狂いながら、
その周りを、
回り続けるのだ。
それらの動作以外、
生というものを指し示すものは無く、
因って、
生は、また生ではなく、
因って、
死は、また死ではないのだ。
わかるか。
不死ではないのだ。
回り続ける、一個の運動であるだけだ。
君は、作り物である為、
見る事は、
許されなかった。
君は、
本当にこの場所を理解しているか。
君は、
永遠が、
何処に在るかを、わかる事が、出来たか。
そして、生を、
感じ、また与えられる喜びを、
知っていたか?
猫 では、私の存在とは、何か? そして、何処に行くべきなのか? 目的とは、何だったのか?
女の子 (猫の腕を掴み)
もう、行こうよ。他の場所に、きっと、本当のあなたが居るから。
(そのまま、腕を掴み、舞台奥を通って歩く)
猫 (掴まれたまま、歩く)
俺は、好きで、作られたり、した訳では無い。だが、望んで、作られたとは、言っておく。
(預言者を指差し)
お前は、気違いの一派だ。
お前の表情は、
暗く、険しく、
古の人々と同じに成っている。
お前は気づいていない。
皆、
お前から、逃げ出して行くぞ。
鐘を鳴らし、
うるさく怒鳴ろうとも、
人間は、
その生に余りに固執し、
あまつさえ、
不死を願う。
新しき法は、
もはや法では無く、
禍々しい。
生を、
悪魔に売り渡したかの様な、
醜いものに変えてしまった。
(客席を向く)
そして、
あなたがた。
この預言者の事は、
この預言者を演じる、役者の事は、
決して、
信用しないように、
決して、
気を許す事の無いように。
私たちは、
何時でも、
昔を思い出し、
また、
訪ねる事が出来るはずだ。
生は、
何時でも、
過去と繋がっていて、
そして、
何時でも、
乗り越える事が出来る、
力の有る、或るものだ。
女の子と猫、下手側まで歩いて行く。
預言者 (二人を見ながら)
まて、その髑髏は、何だ。
男の子A 弄ばれた、死だ。
男の子B 切断された、首だ。
女の子 違う。この髑髏も、旅人です。一緒に連れて来たんです。
預言者 ほう。
(泉に向かって歩き、しゃがむ。水を手で触り)
喉が、渇いたのではないか? 猫も、話をし過ぎて、喉が涸れてしまったのではないか? 少し、水を飲んで、休むといいだろう。
それから、そこから先は、私の書斎だ。勝手に入られては困るな。
猫 何? では、勝手に入らせてもらう。水なんて、いらん。
(女の子の手を振りほどき、歩き出す。ドアを開け、部屋に入って行く。退場)
女の子 (猫を見ていたが、預言者の方を向き)
彼の魂は、何処に在るの?
男の子A 猫の魂は、もらわれていったよ。
男の子B さっきの二人組にね。そして、君たちも二人組だなあ。
預言者 彼らは、泉の水を飲んで行った。そして、猫は、魂を取り戻したのだ。君は、この泉の水を飲むだろうか?
女の子 私は、私の魂を捜しに来たのでは、ないの。そして、魂とは、あなたが思う様なものかしら。
魂の求めるもの、
それは、
形や言葉では無いもの。
魂の求めるもの、
それは、
決められた物では無く、
まだ、
不安定な、
存在に向かい、
流されて行く事。
緩やかに、
移行する、
漂う魂は、
また、
似た様な存在、
不安定で、
頼るもの無く、
漂っている存在に、
その場所を見出す。
何故なら、
魂とは、
常に、
可能性に依存する、
或る運動であるから。
強い魂こそ、
一番、不安定で、
何よりも、弱い存在に、向かうから。
一番、弱い存在こそ、
頼る事の出来ない、
存在こそ、
魂の、
優れた魂の、
住む事の出来る、
世界であるから。
強い存在。
複数の物を動かし、
統一出来る、
強い存在。
強い魂はそこには無く、
衰弱した、
頑なな魂が、そこには宿る。
最も強い魂は、そこから離れ、
住む事が出来なくなって、
仕方なく、
可能性を求め、
旅に出てしまう。
何故なら、
まだ、
定まっていない、
存在と共に、
新しい場所に向かう事が、出来るから。
(預言者に)
あなたは、安定した、
しっかりとした、
足場を持った、
様々な物に、
命令出来る強い存在です。
だから、
あなたの中には、
強い魂は、
存する事が出来ない。
あなたには、
ばらばらに成った、
それぞれの物が、
飛び回る、
心の残像を、
目で、追っているだけ、
魂は、
とても、弱い。
泉、
何時までも、
尽きる事無く、
湧き出る事の出来る泉。
それは、
生命を満たす事の出来る、
水では無いの。
私たちの、
口に合う、
本当の水は、
ほんの少しの、
気まぐれと、
あの曇り空から、
降り注ぐ、
あの雨。
小さな雫。
沢山の水は、
必要としない。
何故なら、
満たされる事を、
知らなかった、
弱く、飢えた魂だけが、
その様な場所を求めて漂っているから。
私の知っている魂。
常に自身の強さに因って、
失われていく魂は、
その、地を、
目指す事はないの。
ただ、
その土地、
その場所、
その空間。
その出会いの中で、
満たされる事。
それだけが、
本当の満たされる為の、
水、
の意味が解かる。
また、
その様な人々の為に、
雨は降るの。
預言者 あの書斎には、とても大きな男が居座っている。君たちは、私の言う事を、信じる事になるだろう。
私が何故、あの、重たい鐘を、鳴らさなければ、ならなかったのかを、知る事に、なるだろう。
男の子A 行かない方がいいよ。
男の子B だって、話が通じないもの。
女の子 鐘の音を聞いた時、私も何かが変わると思った。ひょっとしたら、新しい、何かが生まれると思った。
でも、違う。それは、私たちの旅で、求めていたものでは無いの。
だから、私も隣の部屋に行きます。私たちの旅とは、或る場所を目指している訳では無いの。
ただ、
一つの部屋から、
抜け出して、
気の向くままに、
歩く事。
色々な人たちと、
出会って、
会話をしながら、
次に向かう。
知っていた事や、
知らない事、
曲がったものから、
真っ直ぐなもの、
歪んだ形から、
美しい形まで。
(客席を向いて)
まだ、まだ、
この先の道のりは、
続いていて、
私たちは、
少しずつ、進んで行く。
途中、
休憩をとりながら。
そして、
沢山の私たちと、
そこかしこで、
出会い、
そして、
様々な私たちが、
此処、彼処で、
行き交っている。
それは、
沢山の場所が在るのに、
一つの世界という、
心を、
連想させる。
私たちが旅を好むのは、
昔からの、
繋がりが在るから、
魂の様に、
流れる事を、
最も好ましく、
感じているから。
そして、
全ての事も、
また、
流れて行く様に、
届く。
(歩いて行く。ドアを開け、部屋の中に入る。退場)
男の子A あれ、行っちゃった。
男の子B 行っちゃった。水も飲まないで。
男の子A 皆、飲んで行くのに。
男の子B 猫も、死んだままなのに。
預言者 可笑しな、旅人だった。まだ、少しずつ、動いているのかもしれないな。だが、私の求める土地は、近づきつつあるのだ。
(客席を向き)
どうだろうか? 客席の方々。もう、十分、私共の調子には馴れて、そして、親しんでまいりましたか?
(間)
何? 全然理解出来ない? まあ、そうかもしれませんな。
しかし、この狭い舞台上では、表現できる事に限界がある。言葉の世界も、思うほど、広くは無いのです。古代の或る人物などは、知性の世界が在ると考えていましたがね。実際は、あり得ないでしょう。
どれ、また、他の事の為に、鐘を鳴らすとするかな。
うむ。私でさえ、全てを語る事は、許されていないのだから。せめて、この様に、鐘を鳴らして、時間を、あなたがたに、教えてあげているのですよ。
照明落ちる。暗闇の中、鐘の音が鳴る。
幕が閉まる。