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第二幕 作られた世界

No.74

第二幕 作られた世界



 室内。舞台中央の手前に、丸い台の机が置いてあり、老人と壮年の二人の男たちが椅子に座り、向かい合っている。間には丸い台があり、台の上には幾つかの、大き目の駒が置いてある。互いにゲームに興じている。

 舞台奥には、巨大な歯車があり、回転している。その歯車と連動して、無数の歯車が、舞台奥の壁一面に広がり、一様に回転している。

 舞台下手の壁に、大きな鉄製の直方体があり、更にその上に、一回り小さな直方体が置かれ、更にその上にも、同様に一回り小さな直方体が積み上げられている。

 この直方体は、錆びていて、三つ目の辺りで、舞台上からは、見えなくなっているが、ずっと上まで続いている様だ。

 歯車の回り続ける音が、音響として、流れている。


猫 (上手より登場。周りを見回して)

 何だか、騒がしい所だ。それに、人が居る。

女の子 (手に頭蓋骨と赤い傘を持って登場。歯車を見ている)

 すごい。大きな歯車が、回転している。中心から、外へ、回転を伝えている。ただ、回っている。

 (奥の壁の、上方を見上げて)

 ずっと上の方まで続いている。何を動かす為の、回転なのだろう。

初老の男 (盤上から駒を取り、少し前に進めて)

 後、一万六千七百九十三手だな。

壮年の男 そうです。その通りです。私の方は、後一万六千七百九十二手です。

 (盤上の駒を取り、置く)

猫 (女の子に)

 二人は、盤上でゲームをしている。

女の子 (歯車に近づき、間近で見て)

 寸分の狂いもなく、ずっと同じ回転をし続けるということが、あるのかしら。

 これを動かしている動力は、何なのだろう。不思議と、この様な、機構が在ることは、落ち着いた気持ちにさせる。

猫 そうかい。私には、どうも、そうは思えないな。

 (ゲームに興じている二人に近づいて行く)

 もしもし、そこのお二人さん。私の質問に答えて貰えるだろうか? ここは、一体何処ですか? そして、ここに魂はありますか?

二人 (ゲームを続けながら)


    ここは何時でも、

    積み重ねられ、

    或いは、また、

    作られ続ける空間だ。

    始まりの部品から、

    少し小さな、次の部品へ、

    そしてまた、

    次の、少し小さな部品へと、

    広がりつつ、

    確実に、

    そして着実に、

    組み立てられ、

    完璧を目指している、

    知的な遊戯空間だ。


猫 ここでは無い。だが、まだよくわからないな。

女の子 (歯車を見ながら)

 ここには、目的のものは、無いのでしょう? 次の場所に行く?

猫 そうしたいのは、山々だが、何しろ、

 (下手端の直方体の塔を差して)

 あれが邪魔をして、通れないと思うのだ。

女の子 (直方体を見て)

 あ、あの錆びた箱? 鉄の塔のつもりかな? 確かに、頑丈そう。

壮年の男 (盤上を見つめながら)

 そうだ。確かにそうだ。四角く頑丈な物こそ、素晴らしい構造物になる。あの形なら幾らでも積み重ねられる。

 全ては自動的に、安心と安全を供給されるべきだ。その為の硬い鉄こそ、素晴らしく、褒め称えるべきものだ。その為の直方体的な、記念碑であり、その喜びの為、更に、更に大きく積み上げられて行く。

初老の男 ふむ。

 (駒を一つ、動かす)

 あと、一万六千七百八十九手だな。君も、中々言うようになった。わしも、この世界を作り上げたことを、誇りに思っている。

 (壮年の男が、一手指す)

 うむ、しばし待て。

 (立ち上がって、客席を向く)

 お集まりの皆さん。

 (間)


      完全や完璧、

      というものが在る。

      今はまだ、

      一つの概念に過ぎないが、

      我々は、

      いずれ、

      それらが完成した真の姿を、

      目の当たりにするだろう。

      我々は、

      被造物ではなく、

      造物主たることを、

      強く望む。


      そうだろう。

      我々は、

      まだ、多く、

      諸々の、

      不自然なるものの、

      支配下にある。

      我々は、

      征服者の常として、

      あらゆる困難に、

      立ち向かわなければならない。


      例えば、

      『信仰』というものがある。

      この様なものは、

      既に、

      前々世紀的な遺物で、

      我々は、

      新しい土地を、

      見つけなければならない。

      そこでの生活は、

      我々の作り上げた、

      完全なる世界の下、

      理想郷の如く、

      永遠に、在り続けるだろう。

      そこに、信仰は無く、

      我々は、

      互いの信頼に依って、

      生きることができる。

      我々の中に、

      確かな、揺ぎ無い信念がある。

      我々の生きる道筋、全てに、

      あらゆる学問が及ぶだろう。

      我々は、

      全てを知り尽くし、

      知性と言う、

      巨大な書物を、

      全て、読んでしまうだろう。


      わしには、想像できる。

      ありありと、

      眼前に浮かぶのだ。

      人に、区別無く、

      完全な世界という、

      理想郷の基、

      皆が、その正しき判断の下に、

      行為し、また、思考する。

      今までの、

      全ての過ちは、

      全て訂正され、

      間違った信仰の代わりに、

      全ての存在を網羅した、

      一冊の本が、側らに在る。


      うむ。

      「それは、信仰ではないか?」

      とあなたがたは、

      訊ねるであろう。

      だが、

      それは、信仰では無いのだ。

      果たして、

      学問や知識、

      そして書かれた文字が、

      人を動かすことがあろうか?

      そうだ、

      それらは、唯の記号である。

      我々は、

      好きな時に、

      好きなものを学び、

      好きな時に、

      望むように行動すればよい。

      ただ、

      その本に、

      書いてある事が、本当で、

      それを認めさえすればよい。


      何故なら、

      その本は、

      あなたがたと同じ理想。

      あなたがたと同じ人々が、

      苦しみながら、

      発見した真理であるからだ。

      そこに、

      嘘の書いてあるはずがない。

      そこには、

      明解な言葉、

      あらゆる方法、

      正しい道筋、

      現実的な人間性、が在る。


      あと、

      何百年もすれば、

      あらゆる知の上に、

      新しい人々と世界が、

      誕生し、

      ああ、

      素晴らしい。

      うむ。


 (席に戻る)

壮年の男 (感激して、拍手をする)

猫 (つられて、拍手をする)

女の子 (直方体の塔を触っている)

 何かなぁ……。錆びてざらざらしている。

壮年の男 何時もながら―――。

 素晴らしいお言葉です。我々の事業は、いずれ、完全なる世界を作り上げられますね。誤解や偏見が消滅した、人間の人間による善良な人間の為の世界。

初老の男 (髭をさすり)

 ふむ。そうだろう。そうだろう。

 (一手指し)

 後、一万六千七百八十八手だ。

猫 (腹を押さえて)

 何だか、胃が痛いな……。消化不良気味だ。いてて。

 (二人に)

 あなたがたは、何時までこの遊戯に没頭しているのですか? このゲームも直に、終りますよ。

壮年の男 (猫を一瞥して)

 まだ、次のゲームがあるのだ。我々は、次から次へと、戦略を練り続けなければならない。

初老の男 ふむ。君も、大分心得てきたと見える。新しい戦略こそ、必要不可欠、一大事なのだからな。

猫 (盤上の駒を見ながら)

 それは、何の為に。

壮年の男 (駒を取って)

 新しい大地と、そこに作られるべき新しい国の為に。

 (駒を置き)

 後、一万六千七百八十五手です。

初老の男 うむ。しかし、近頃は、猫も思考する様に、成ったのかな? うむ、どうも、我々の世界は、近づいていると言わなければ、ならんな、君。

 (笑う)

壮年の男 (笑いながら)

 猫も思考するのですね。これは、きっと愉快な考えが有るに違いない。

 (猫の方を向き)

 どれ、君も一つ、君の思想を披露してみないか?

猫 う~ん。

 (女の子の方を見る)

 まだ、かな。わかりました。この動物であるところの私の考えを、ここで披露してみましょう。

女の子 (急に後ろを向き、三人を見る)


     ここには、誰もいない。

     生き物がいない。

     無駄な言葉と、

     無駄に使われた、材料が在るばかり。

     大きな音を立てて、

     歯車が回る。

     力を伝え続けて、

     少しずつ狂っていく。

     歪んでいく。

     心の形を模倣して、

     計算することを、

     計算しない。

     すべての先に、

     透明な歯車が、

     音も立てられず、

     回っている。

     何も動かせず、

     伝えられない。

     とても小さな、

     空気のような、

     歪んだ歯車が、この空間に在る。


壮年の男 (聞いていなかった様に、駒を指す)

 後、一万六千七百八十三手です。

初老の男 (駒を手に取り、思案する表情をする。猫の方を向き)

 ところで、君たちは、誰なのかね?

猫 私たちは、旅行者です。ぶらぶらと、歩いて来ました。旅には、目的があるのです。こんな感じの。


   単純なはずの心は、

   今では、

   随分偉くなった。

   小さな空間に在るものが、

   想像の力を与えられ、

   随分大見得を切るようになった。

   二、三の出来事が重なり合い、

   先も見えない大きな力を、

   生み出して行く、

   不思議な機構を身に付けた。


   私たちは、旅に出た。

   数えられる、

   限定された心象。

   人間や、物にしても、

   世界の場所は、

   一つしか無い。

   小さな、

   とても小さな、

   あの部屋の事だ。


   魂は、

   心には居ない。

   今は、

   遠くに在って、

   私たちを待っている。

   良く透る声が、

   あのケーブルを辿り、


   何処かで途切れているのが、

   私には、

   分かる。

   私には、

   死んでも尚、

   魂の声が、聞こえないのだ。


   あなたがたは、

   知っている。

   既に心は、

   心では無い事を。

   魂は既に、

   此処には無い事を。

   皆、それぞれに、

   旅をしなければならない。

   自らの死と、

   別れて、

   自らの幸福とも、

   手を切って、

   きっと、

   味気の無い、

   髑髏の様な、

   魂が、

   その黒い眼窩から、

   何かを見ているのを、

   見た事がある。


   動物といえど、

   同じ構造だ。

   別の身体に宿る、

   別の理。


   あなたがた、

   私の魂の在処を、

   ぜひ、教えてくれ。


初老の男 (無言で立ち上がる。後ろに回り、下手端まで歩く。女の子の隣で、鉄の塔の上方を見上げる)

 もう、わしの理解出来ない所まで、高くなってしまった。だが、何時でも、同じ力が働いているという事は、全てが、単純な法則で動いている事に、気づくべきだ。

 (後ろを向き、猫に向かって言う)

 どんなに、複雑に見える、現象も、本を正せば、単純な力からの派生に過ぎない。単純な法則の組み合わせで、世界は成り立ち、整っている。

 その、聖なる力の法則こそ、個に於いても、作用する、身体器官に於ける運命であり、人生というものだ。魂、また心という概念など無くとも、我々は生き、また死ぬ。

 ……。偶には、旅行もしてみるものなのだろう。特に、君たちの様に若い年頃であれば、色々な場所にでも、行ってみたいと思うのだろう。

 (歩いて行って、客席を向き椅子に座る。前屈みになり、膝に腕を載せ、うつむく)

      

      最後に近づく、

      押し寄せる様に、

      私たちが、

      話し合う。

      活発な議論。

      気の利いた批判。

      新しい鉱脈。

      豊かな実り。


      憧れていたものが、

      この先には在る。

      閉ざされた空間にも、

      希望は、

      幾つも在り、

      膨らませる事も出来た。

      一つの機関は、

      複数の関係を生み、

      一定の力は、

      永久の動きを、約束する。


      いつの間にか、

      色褪せてしまった。

      まだ、

      計算上は、

      積み上げられる。

      ただ、

      何時まで経っても、

      私の時は来なかった。

      誰も居なくなっても、

      全てを知っても、

      また、

      あの一番最初の、

      訪れの時、

      それが、唯の、

      高価な宝石であっても、

      私の作った物は、

      唯、動いていた。


      もう、

      誰も訪れては、来ない。

      夢を見た。

      昔の夢だ。

      私より昔の。

      そして、

      それは、派生していた。

      鏡の様に、

      未来と同じ様に、

      派生して、

      木々の、生い茂る様に、

      存在していた。


女の子 あなたは、務めを果たした。あなたは、まだ、若いはずなのに、そんなに老けてしまった。正直に在るだけでは、軌道は変えられない。

 繰り返すだけでは、生まれ変われない。鏡のように生きても、映るものに成ることはできない。反射する光は、己には届かない。

 (歩いて、猫の隣に行く。頭蓋骨に、手を入れ、顎の骨を動かしながら)

 あなたは、此処に居るべきでは無く、私たちと共に、この旅に出るべきだ。まあ、それに、言っていいのか判らないが、

 (壮年の男に)

 君が決める事だろう。君の意義は、くたびれている。もう休ませた方がいい。

 君の世界もくたびれている。もう離れた方がいい。まさか、君一人だけ、此処にしがみ付いて居るつもりではなかろうな?

 もう、誰も訪れては来ない。一人で、ゲームを続けるのは、健康に良くない。きっと全てが、君が作り上げた物を、押し流してしまうだろう。

壮年の男 確かにそうだ。この御老人は、私が、退屈紛れに作った物だ。当人は、未だに魂が宿って居ると考え、動いている。

 そして、彼が居なくなれば、また新しいルールとゲームと、相手を作り出すまでだ。そのついでに、世界も、作り上げよう。私は別に、此処が壊れ様と、幾らでも、そして、どんな物でも、完璧に存在させる事が出来る。

 動物風情や、死に掛けの骨、成り損ないの人間には、この在り様は、解かるまい。知らない事こそ、幸せなのだ。

初老の男 (立ち上がる。舞台前面の端を、上手方向に歩いて行く)

      

      人々が、わしを見ている。

      憐れんで、眺めている。

      しかし、

      此処は何て暗いのだ。

      余りにも、暗い。

      目玉ばかりが、

      光を反射して、

      ギラギラとしている。無数の目。


      老人という役割を与えられ、

      僅かな、期待を、

      信仰する。

      何かをする度に、

      何かを纏い、

      勝ち続ける度に、

      はっきりと、

      崖が見える。

      私は、此処の住人では無い。

      だが、

      そちらにも、

      私が幾ら望もうとも、

      行く事が出来ぬ。

      全てが平等であると、

      信じた時もあった。

      私たちは、

      互いに、行き来出来ると、

      試した事もあった。

      役である私は、

      何時もこの様に見られ、

      決して、止まれない機関を、

      作り出したのだ。


      私もまた、

      期限の迫った一つの機関だ。


      (上手の端に辿り着く)

      

      この様に在る。

      そして、

      また、この様に成る。

      私の足は、

      何て、弱く、細く、脆く成ってしまったのだ。

      何て、小さな物を、動かし、僅かな糧で、生きて来たことだろう。

      貧しい、とても貧しく、

      飢えている、私の胃。


      (上手から退場)


猫 何処かに、行ってしまいましたよ。

壮年の男 (大きく欠伸をする)

 どうでもいいだろう。あれは、ああいった役割なのだ。最後まで、舞台上の役者で在ったという事だ。それだけだ。

女の子 なんだか、かわいそうな人。向こうに行っても、何も無いかもしれない。

 (上手に向かって歩く)

猫 行かない方がいい、とは思うが。それよりあなただ。取りあえず、私たちは、ここから、先に行かなくてはならない。通り道を、教えるんだ。

壮年の男 さあな、俺には、さっぱり分からんね。何しろ、向こうに通じる道の前には、ほら、あの厚い壁が在る。それに、あの高さだ。錆びているとはいえ、頑丈な分厚い鉄で出来ている。

猫 それでは、あなたが来る前は、どうだったのか? 始めから、この歯車と鉄の壁は、在ったのか?

壮年の男 いや、何も無かった。始めに在ったものは―――。

女の子 (悲鳴)


 猫と壮年の男、上手方向を向く。しばらくして女の子が、初老の男の衣服を持って登場する)


女の子 あの人、消えてしまった。

壮年の男 (卓に向き直り)

 まあ、そうだろう。消えるしかあるまい。

女の子 何故、そうなのですか? 彼は何処に行ったのですか?

壮年の男 彼は、歯車の一部に成ったのだ。そして私も、直に成るだろう。此処は、そういう空間なのだ。

猫 先程、あなたが、あの老人を作り上げたと、聞きましたが?

壮年の男 私は、延々と、同じ様に、作り続けるつもりでいた。また、その為の理論も、また、その為の力も、多分に有る事も知っていた。

 だが、もう、必要無いのだ。君たちは、あの鐘の音を聞いたか? あの、荘厳な、悲痛な鐘の音を。

女の子 知っている。聞いたような、気がする。お祝いの様な鐘の音。

猫 私には、何の事だか、さっぱり解からないな。それは、何処に在る鐘のことかな。

女の子 (歩いて行って、初老の男の着ていた衣服を、椅子に掛ける)

 死んだ訳ではなく、歯車として、何かを回転させる一部として、居なくなった。

 彼もまた、何処かで、何かの一部に成っているのだろうか?

猫 (女の子に)

 ここから先には、行けないらしい。

壮年の男 何、歯車の回転を停止させれば、行けるさ。停めてしまったら、どうなるかは、分からんがね。せっかく俺が、蓋をして置いて、おいたのに。

猫 残念だが……。

女の子 (歯車の方を指して)

 それって、こっちに行けってこと? あれを、動かしている所に?

壮年の男 勿論だとも。向こう側以外行く所など、ありはしないのだ。

猫 それでは、停めていただきましょう。

壮年の男 (立ち上がり、客席に向かって)


      世界を動かす、

      無数の歯車が在る。

      段々と、

      小さくなり、

      そして、

      目には見えなくなる。

      私たちは、

      自ら望んで、

      その一部に成って行く。

      世界を動かす為に。

      その、

      動かしている、

      動力を信じている為に。

      大きな力、

      始まりの力が在る。

      それを一本の軸が、

      太い、

      硬い軸が、

      巨大な歯車を回し、

      一定の回転を持続させる。

      途方もない回転数、

      何を動かす物かは、

      此処では、

      語る事が出来なかった。


      あなたがたは、

      聞こえたか。

      あの音が。

      ひび割れた、古よりの、

      鐘の音。


      私たちは、何処に行くのだろう。

      何者に成れるのだろう。

      何が、私を回転させるのか?

      辛く長い時間。

      ただ、

      その動きだけを見て来た。

      何時までも、

      停まる事の無い。

      世界が在った。


      (女の子と猫に)

      さあ、準備はいいか? 一番大きな歯車の前に立っていてくれ。


 女の子と猫、中央に在る巨大な歯車の前に立つ。


壮年の男 (片手を出し)

 止まれ。


 歯車が徐々に回転数を落とし、停止する。壮年の男が歩いて行く。巨大な歯車の背後に回り込む。


壮年の男 (女の子と猫を招き寄せ)

 此処に、小さな入口がある。もう、歯車は、停まっているから、押し潰される事は無い。君たちは、体が小さいから、這って行けば、通れるであろう。

 (女の子に)

 それを、持っていくのかい?

女の子 これは、持って行くの。

壮年の男 では、猫にでも、持たせておけ。あまり、趣味の良い物でもないしな。

 (歯車の前に出て来る)


 女の子と猫は、入口へと入って行く。客席からは見えない。壮年の男は、二人が入ったのを確認して、客席に向かって語る。


壮年の男 お集まりの皆さん。

 退屈ではないですか? これは、ありふれた話の、他愛も無い出来事のようです。

 私は、良く知っています。私もまた、動かされ続け、演じ続けなければならない、或る者で在るという事を。

 一体、抽象的な、世界というものは、在るのでしょうか?

 もし在るとするなら、それは、この様な舞台ではなく、最も素晴らしい、世界の一つと言えるでしょう。

 何故かって?

 (間)

 私は、彼女たちが、心配です。無事に、あの場所まで、辿り着けるでしょうか? そして、私は、少々古くなったようです。きっと、少し狂って来てしまったのでしょう。計算だけが、数字の如き正確さだけが、正しさでは無いのです。軋んで、撓み、歪む事。また、錆びて、朽ちて行く事。

 (歩いて行って、椅子に座り、もたれ掛かる。しばらく考え込む風を見せ、上手に向かい)

 あ、閉めてくれ。うん、幕だ。

 (客席に)

 すっかり忘れてました。頃合い良く、幕を閉めなくては、ならないのに、私としたことが、一体、そもそも、この頃合いというものは……。(話し続ける)


 幕が閉まる。


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