通路
俗に、魔族達からは通路と呼ばれている場所は、クライタムから歩いて体感時間一時間程で到着した。実際の時間は知らないし、この世界は砂時計程度しかない。
「少し早くつきすぎましたかね。まだ通路が開いて無いです」
アルタイルが言う。確かに空はまだ藍色で、決して黒とは言えない。西と思われる方角の赤らみが美しく雲を照し、幻想的な風景を造り上げている。しかし、それすら忘れさせるような、信じられない光景を俺達は見ていた。この場合の俺達とは、俺とセイラのことである。
空間が歪んでいる。触れられない、しかし感じることはできる虚空がそこにはあった。それは魔界との不完全な繋がり――通路ができる前段階である。
「――、……じゃあ待っている間、飯食って良いか?」
それを見て、最初に出た言葉はそれだった。決して余裕なのではなく、疑問が多すぎて思考を放棄しただけなので、今の俺は難しいことを考えられない。
返答を待たずにビスケットと干し肉を貪る。普通ならばあれだが、どう見ても一〇人×一年分はあるので、一切気にしない。溜め息をつくアルタイルを後目に、ゴビーもやって来たので干し肉の塊を投げ付ける。剣を使って無駄にカッコよくキャッチされた。チッ。
タイソンはなんか、岩を吸収してる。いや、欠けた部分を補修している。ゴーレムって魔族じゃなくて魔物の類いじゃないの、分かれ目は知らないけど。
一分後、セイラも食べにきた。同じく思考を放棄したようで、しかし俺より重症なようで、少しボーとしている。可愛い。――この瞬間全てが吹き飛び、正気に戻ったのは俺の名誉の為に永遠の秘密とする。
ガサッという物音で、俺の脳は完全に覚醒する。
「ッ――兎? ……いや、ニードルラビットか!」
現れた動物は、モンスター鑑定で情報が出る、歴としたモンスターである。基本的にモンスター鑑定で情報が出ない場合は、モンスターではない。
ニードルラビットは名前の通り、一角獣な兎である。鋭い角と俊敏なフットワークを武器とする、低級モンスターだ。肉は美味い。
ニードルラビットは、一直線にこちらにたいして走ってきた。その走りは俺、いやその前にいるセイラに向かっている。アルタイルは間に合わず、ゴビーとタイソンは気づかず、セイラはそもそもから論外だ。そんな思考を回すより先に、俺は魔術を放った。
独唱は無い。軽く念じて、額金のスキルである『真炎魔導』を発動させ、それを魔導師の首飾りのオートスキル『魔導補助』で補強する。独唱が無いのは、道具スキルは魔石や魔方陣により発動するからである。
爆発的な炎が発生し、しかしそれはニードルラビットだけを的確にとらえる。兎の断末魔が聞こえる。炎は消えた。
さてこの世界では、魔法攻撃力=MPの方式が成り立つ。魔力を限界ギリギリまで使いきった為に、心身ともにダルさが襲う。俺は椅子代わりの木に腰を下ろし、 暗くなった空を見上げる。その色は藍から黒に変わっていて、予想通り魔界との通路が開いていた。
「開いた、のか?」
思わず問いかける。返事は多分肯定だろう。
「魔界と人間界は今、完全に繋がっています。開いたみたいですね」
「幻影ではなく、本物ですよ」
アルタイルが肯定し、ゴビーが補足する。
まあ、しかし、魔界などという単語のせいで、ニードルラビットで多少なりとも覚醒した、セイラの脳が再びフリーズした。まだわからないのか、無理も無いが。
「そうか、では行くぞ」
「え? ……?」
多少強引にセイラの手を引き、先に進んでいたゴビーの次、二番目に魔界に入った。