プロローグ
俺は死んだ。
もしかしたら夢かもしれないし、超高性能のゲームの中かもしれない。
しかし取り合えず死んだということにしておこう。
なぜなら、俺が今、異世界にいるという事実は変わらないのだから。
しかし異世界に転生したのも悪いことばかりじゃない。
生前の俺は、頭が良く、運動神経が良く、歌が上手く、料理が上手く、友達が多くて、親が金持ちで、しかし顔が悪くて彼女はいないし、入社した大手企業が倒産するという絶妙に悲しい状態だった。
だがこの世界の俺は、イケメンとまではいかなくともフツメン以上だし、会社は一からやり直せる。運動神経も悪くない。
素晴らしい。
更に素晴らしいことがある。
この世界には魔法があり、それだけでも充分に嬉しいというのに、俺には特殊な鑑定魔法の才能があった。鑑定魔法は人間や魔族や道具の情報を観る魔法だ。本来これは、人物鑑定、モンスター鑑定、道具鑑定の三種類があり、使い分けなければならない。しかし俺の『鑑定』は人間や魔族や道具をすべて鑑定でき、しかも通常の鑑定魔法よりも細かく優秀なデータを教えてくれる上に、独唱無しで使用可能だ。そのお陰で俺は自分のジョブが魔王であると知ることができた。最初は何故、親はともかく他の村人達は俺を追い出さないのかと疑問に思ったこともあった。しかしその疑問はすぐに晴れた。
ジョブ決定薬という薬がある。
これは職業を決めてくれる薬とのことだが、実際は違う。通常の人物鑑定で見たときにジョブを表示する薬らしい。一五歳の誕生日、成人式と称してこの薬を飲むのだが、俺の『鑑定』で戦士と出ていた三つ上の兄貴が、薬の結果、戦士になったと喜んでいた。
馬鹿らしい。
しかしいざ自分が飲むとなるとまた問題だ。俺のジョブが魔王だと知られてしまうのだ。するとどうなるか。もしかしたら人間にも魔王というジョブがあるのかもしれないが、おそらくは魔族の長のことだろう。追い出される、最悪殺されるかもしれない。嫌だ。
しかし結局解決策は見つからず、ジョブ決定薬を飲んで、俺が魔王ということが知られてしまった。村人達はやはりというべきか、薄情というべきか、俺を殺そうとしてきた。しかし親父が頑張ってくれたお陰で、布の服だけを装備した状態で追放というかたちになった。
ほとんど死刑じゃねぇか。
追放される当日。凶日だとかなんとか言っていたが、魔王にとって凶日は吉日と同義では無いだろうか。
それはともかく、俺は渡された布の服を着て、コツコツと貯めた財産――金貨五枚と魔力の指輪と革の靴を隠し持って、村を出た。取り合えずジョブを確認される危険がある、関所や大都市に行くのは問題外である。しかしこのままでは一週間で人生が詰む。神様が「王手」とか「チェックメイト」とか言ってるのが聞こえる気すらする。
生き残る為に使えるものが無いか、『鑑定』を使用してみる。
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│フェル=V=ヒューズ(人間族・男)
│ジョブ/魔王(LV.5)
│スキル/鑑定
│装備品/布の服、革の靴、魔力の指輪
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こんなときなのに、いやこんなときだからこそ思うのだろうが、俺のミドルネームはいったいなんというのだろう。もしかして本当にVがミドルネームなのだろうか。
もう一度、今度は少し離れたところを鑑定してみる。
┌────────────
│アルタイル=ブラック(悪魔族・男)
│ジョブ/親衛隊長(Lv.35) 2nd.ジョブ/冒険者(Lv.12)
│装備品/ダマスカス鋼の剣、革の服、革の靴
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│ゴビー(コボルト族・男)
│ジョブ/兵士(Lv.42)
│装備品/青銅の槍、青銅の鎧
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│タイソン(ゴーレム族・男)
│ジョブ/兵士(Lv.40)
│装備品/巨大な鎚
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あ、詰んだ。
誰だか知らないけど、アルタイルさんバグってるよ。
ジョブが魔王でも、旅出たばっかの剣も無い人間が相手できるわけ無いじゃん。
2nd.ジョブとか初めて見たわ。
逃げようとして、偶然か必然か木の枝を踏み、魔族連中に居場所がばれてしまった。一瞬でゴビーに追い付かれ、喉元に槍を突きつけられる。万事休すと思ったその時、救いの声が聞こえた。
「待て、ゴビー。もしもそいつが魔王様だったらどうするのだ」
「まさか、こんな小汚い青年が魔王の器だとは到底……」
「もしもだと言っただろう。念には念を押せ」
良く言ったぞ、アルタイル。さっきはバグってるとか思ってすまなかった。
ゴビー、もしも俺が本物の魔王だったら絞める。
「聖なる神、邪なる神、双方が分けたる存在の、真の価値を示せ――人物鑑定」
そう言葉にし、アルタイルは黙り混む。
うわー、死刑を待つ囚人てこんな気分なんだろうなー。
「すみませんでした、魔王様。部下がとんだ失礼を」
アルタイルが頭を下げる。つまり、俺が魔王として認められいるという認識で良いのだろうか。
疑問が沸き上がった為、俺は口を開く。
「魔王って、俺は人間なんだけど……」
「存じております。しかし過去にも人間の魔王は、数えるほどではありますが存在しました」
「つまり、どういうことだ?」
「はい、つまり――」
ドンと腹の底に響くような音がする。
音がした方を向くと、ゴビーがタイソンに追い詰められていた。
「……ゴビー、魔王様ニ失礼」
「ちょ、俺が悪かったから、魔王様すいませんでしたー」
見なかったことにしよう。
俺は再びアルタイルに向き直る。
「失礼しました。つまり、我々の新たな王となっていただけないでしょうか」
「今はいないのか」
「はい。魔王が死に、数日立つと次の王が生まれるとされています。今回は探すのに一五年もかかってしまいましたが――引き受けていただけないでしょうか」
魔王といえども王だ。魔族の王になるといえども、そもそも今の俺には、人間が納める土地に拠り所は一切無い。ならば迷うことは無い。
しかし相手に流されたと思われないように、即答しないのは取引の常套手段だ。俺は数秒黙り混み、答えた。
「わかった。やろう」
この日から、俺は魔族として生きることを決めた。
作品の質向上の為、感想や指摘をくださるとありがたいです。