ダンディとBarもみじ
セクハラ的な表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
俺の名は牧田誠也。男の中の男。そう、ダンディだ。
世の中、ナヨナヨした奴ばかりでいけねぇ。男は渋く深く、そして強くなくちゃあいけねぇ。
チッ……切れた唇を夜風が虐めやがる……
こんな冷たい夜は、やっぱりあそこしかねぇな……
煙草が丁度1本尽きた頃、馴染みのバーに到着した。
『Barもみじ』
相変わらず、今にも降ってきそうな看板だぜ。
俺はいつものようにボロボロの扉を開くと、そこには――
「なんなのよ、この店!サイテー!」
そこには、女性客に酒をぶっかけられるバーテンダーがいた。
「で、今日は何やらかしたんだ?」
怒り心頭の女性客がドカドカと出て行った後、俺は先程まで彼女が座っていた席に着きながら訊ねた。あ、ほんのり温かい……
店内にはびしょ濡れのバーテンダーと、ダンディな俺しかいない。いつもの事だ。
「何もしてねぇよ。オレはただ酒を振舞っただけだ」
びしょ濡れのバーテンダー、河西千秋は、俺の認める数少ないダンディズムある男である。
「あーあー、タバコの火も消えるし、一張羅はビショビショのペタペタ……どうしてくれんだよ」
「おめぇの一張羅なんざ、濡れたところで大差ねぇよ」
千秋は普通のバーテンダーとは、違う。
まず、見た目がだらしない。例え酒をかけられずとも、着崩したワイシャツに緩いネクタイ、無精ひげに、男にしては長めの髪。
スーツでピッシリと構えた他の日本のバーテンダーと比べ、異質だ。
「ったく……なあ、誠也。1本タバコくれよ」
そして、勤務中であれ、ずっと煙草を口にしているヘビースモーカー。
「ほらよ。その代わり、ダーティー・マザーと、つまみに今の女性と何があったのかを聞かせてくれよな」
「ずいぶん高いタバコだな……まあいいか。ダーティー・マザーね」
はいはい、と後ろの酒瓶が陳列されている棚から取り出したブランデーとカルーアを、ダバダバとグラスに注いでいく。
「ほれ、ダーティー・マザーだ」
最後にちゃぽんと氷をグラスに落として、俺に差し出した。ステアすらしていない。
他のバーテンダーがこの光景を見たら、殴りかかるのではないかと思う。
だが、俺はダンディ。このくらいワイルドな方が良い。
「つまみがまだだぞ、千秋」
「まあ、そう急かすなっての。さっきも言っただろ?オレは酒を振舞っただけだ」
紫煙を燻らせながら、びしょ濡れの男が語る。
「それだけで、あんなに怒るわきゃないだろ」
「それだけで、あんなに怒ったんだよ、これが」
テーブルにまで飛び散った酒は白く、甘い匂いがする。女性向けの酒であることは間違いないだろう。
「じゃあ、何出したんだよ。甘ったるい、女の好きそうな酒だってぇのは判るが」
「ああ、コレが嫌いな女なんざぁいないはずなんだがなぁ……」
不敵な笑みを浮かべつつ、そう語った千秋はおもむろに棚から、いくつかの瓶を俺の前に並べ始めた。
「アイリッシュ・クリーム 20ml」
ドン、と黒いボトルが置かれる。
「カルーア 同量」ドン。
「ディサローノ・アマレット 15ml」ドン。
「こいつらに生クリームと牛乳を15mlずつ入れてシェークしたカクテル」
その名は『オーガズム』――
「愛の絶頂だ」
そう言って、びしょ濡れの男はガハハと笑った。
『Barもみじ』
サイテーなバーテンダーが経営する、くたびれた店。
常連客は、この俺を含めても数名しかおらず、評判はサイテー。
店名は、バーテンダーがよく初見の女性客にビンタをもらうことに由来する。
呆れかえる俺を尻目に、しばらくバーテンダーは笑い続けた。