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リメイク。  作者: 山南朱夏
第二章 「リアクティブ」
9/11

「何度も言わせんな」

-6-





 初めて文芸部へと出向いた週末の土曜日、なぜか明良は私服姿で神戸学館高校の最寄駅から電車で二駅の「氷室」駅前にいた。




駅構内は朝の通勤ラッシュの時間帯を過ぎて、改札を抜けていく人々の足取りはゆったりとし始めていた。




スーツを着ている社会人の数は減っていく一方で、いまはめかし込んだ女性の姿が多く見受けられる。




そんな中、明良は改札から人が吐き出される度に、待ち人の姿を探しては見つからずを繰り返す。




 そもそも、どうして普段学校に行くのと変わらない時間に起きて、こんなところにいるのかというと




それは先日の彩弥香の機嫌が悪かった、あの文芸部へ初めて出向いた日まで遡る……。








 あの日、彩弥香の機嫌を気付かぬうちに損ねたらしい明良は、どうにか彼女のご機嫌を取ろうとするものの




それがかえって逆効果になるばかりだった。




そこへそれまでソファに腰掛け、ゆったりとコーヒーを飲んでいた慎也がやってきたのである。




 慎也は、必死に彩弥香に話かける明良の肩を叩くと「ここは僕に任せろ」と言ってきたので




正直お手上げ状態だった明良は、黙って彩弥香の前から退いた。




すると慎也は彩弥香と部屋の隅のほうへと移動して、明良の方をちらちらと見ながら、なにやら彩弥香にこそこそと耳打ちしている。




そんな二人を明良は脇目に見ていると、初めは眉間に皺を寄せて口を真一文字に結んでいた彩弥香の顔が




途端にバフッと音を立てたかのように真っ赤に染まった。




そうしてもじもじと体を動かしながら、慎也となにやら話しているようだった。




 しばらくして二人は会話を終えると、慎也は再び明良の元へと戻ってきた。彩弥香の頬は、未だにほんのり朱に染まっている。




慎也は口元を吊り上げて、明良の肩にポンと手を置いた。




「なぁ明良。彩弥香が携帯買いたいらしいから、今週の土曜、アイツに付き合ってやれ」




「はぁ!?嫌ですよそんなの! 第一なんで俺がそんなこと……」




「おいおい、君は彩弥香の機嫌を直したいんじゃなかったのか。




だったらこういうときは一緒にどこかへ出かけて食事でも奢ってやるといい。




ついでになにかプレゼントでも買ってやるとなおよし」




 慎也の言葉には、妙な説得力があった。




見た目は一応、モデル並みにいい慎也のことだから、今まで彼女がいたことだって普通にあるはずだ。




おそらく自分の経験をもとに明良にアドバイスをくれたのだろう。




 それに明良にはそれ以外に彩弥香の機嫌を取る方法を思いつかなかったというのもある。




 そういうわけで、翌日改めて彩弥香に本当に行くのか確認して、待ち合わせ場所と時間を決めた。




そのときの彩弥香は、不機嫌などころかむしろ上機嫌で、どこか浮かれているように見えた。








 こうして彩弥香とのデートが決まったわけなのだが、それまでは「機嫌を取るために仕方なく」と




割り切っていたはずのデートなのに、前日の夜になると「可愛い子とデートをする」という意識が強まり




急に緊張してきて、寝つけたのは二時を過ぎた頃だった。




緊張は今もほぐれることはなく、そのせいで三十分も早く待ち合わせ場所に来てしまった。




 待ち合わせ場所の「氷室」は、大手ブランドメーカーの支店やショッピングモール、映画館やデパートまである




この地方の中枢都市で、この辺りに住む人達は、買い物するには必ずこの「氷室」を訪れる。




休みの日には多くの人がこの氷室に遊びに出かけたり、買い物にきたりするので




人が混む前に携帯を買ってしまおうということで、待ち合わせを少し早めにしたのだ。




 そうして、何度か改札を抜けてくる人の中から彩弥香を探していると、明良が乗ってきた電車の五本あとに




ようやく彩弥香の姿を見つけることが出来た。




明良は携帯で時間を確認すると、待ち合わせよりも数分時間が過ぎている。




とはいっても、ものの三、四分だし、この程度なら許容範囲だろう。




「真宮」




 少々大きめの声で、改札を出てすぐのところで辺りをきょろきょろと見渡す彩弥香を呼ぶと




彼女はすぐに明良に気付いて駆け寄ってきた。




「ごめんね。少し待たせちゃったかな?」




 下から顔を覗きこむようにして、上目遣いで彩弥香が訊いてくる。




だが、その攻撃的な仕草に対応するべく、明良の脳の演算処理はオーバーヒートしていて、頭の中は真っ白だった。




「あ、うん。まあ、ちょっとだけ待った」




 ここはお約束どおり「俺も今来たところだから大丈夫」と答えるところのはずだが、頭が回っていない明良は




思わず本音のところを口からうっかり零してしまっていた。




「そっか、ごめん。ちょっと準備に手間取っちゃって……」




「準備?」




「うん。その……ね、やっぱり二人で人通りの多い氷室に行くわけだし……もしかしたら知り合いに会うかもしれないから




一応ちゃんとした格好しとかなきゃと思って……。




でも普段はあんまりきちんとした格好しないし、こういうところに出かけたりしないから




久しぶりにメイクとかすると時間かかっちゃって……」




 そう言って彼女は可愛らしく舌を出した。




そしていつものように、明良に一歩詰め寄って話を続ける。




そうすることで飛び込んでくる、いつもと同じ柑橘系の香りが、あっという間に明良の頭の中は




彩弥香という存在に支配された。




「で、どうかな?」




「……どうって?」




「私の格好だよっ。変じゃない? ちゃんとしてる?」




 彩弥香が口調を弾ませると共に、顔をぐいっと明良の顔へと近づける。




『久しぶりにメイクした』と言ってたが、どうやらホントのようだった。




改めて言われるまで気付かないほどのナチュラルなメイクで、目立つほどではないが、それが逆に




彼女本来の綺麗な顔立ちを違和感なく引き立てている。




それに今日の彩弥香は制服ではない。




白いカットソーに薄いベージュ色のカーディガンを羽織って、それに合わせた色のミニスカートを穿いている。




全体的にナチュラルな印象が与えられていて、綺麗な彼女の顔立ちとよく合っていた。




それのせいで、なるべく意識しないよう心がけていたはずの「デート」という意識を再認識させられた。




 彼女のいつもの癖にはもう慣れたつもりでいたが、いつもと雰囲気が違うせいで、妙にドキドキさせられる。




「に、似合ってる!すっげーいいと思うだから離れてくれっ」




 ドキドキしたせいで思わず本音でものを言っていた。




相変わらず彩弥香に詰め寄られると、誤魔化すことが許されず、必ず本音を吐かざるを得なくなる。




彩弥香は黙って明良から離れてくれはしたが、訴えかけるような目でじっと明良を見ていた。




「……ホントに似合ってると思ってる?」




 頬を膨らませた彩弥香は横目に明良を見ながら再確認してきた。




腕を組んで、眉根を寄せて明良を見ている彼女の様子から察するに、ここで答えを間違えれば




また先日の二の舞になるに違いない。




だが、さっきは勢いでなんとか本音を言うことができたが、素で言うとなるとやはり恥ずかしい。




目を瞑り、心の中で言うか言うまいかの葛藤が繰り広げられる。




ただ、しばらく考えてはみたが、どうするのがいいのかはやはり分かりきっていた。




明良は観念したように肩をすぼめて、鼻からふぅ、と息を吐き出した。




「他の人間はなんて言うか知らないけど、少なくとも俺はすごくいいと思う」




「……ホント? 嘘じゃない?」




 彩弥香は心配そうに聞いてきた。




「う、嘘じゃない。何度も言わせんな、バカ」




 恥ずかしくて、顔から火が出そうなほど赤くなっている明良を見て、彩弥香は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。




「じゃあ、頑張った甲斐があったかなっ」




 後ろで手を組みながら、少し首を傾けて笑顔でそう言った彩弥香は、とても眩しくて直視できなかった。









-7-





「あっ、今度はクレープ食べようよ!」




 彩弥香は繁華街の広場に店を出しているクレープ屋を見つけるやいなや、とっとと走り出して




後ろを歩いている明良の方へと振り返った。




彩弥香はぴょんぴょん飛び跳ねながら、こっちこっち、と明良を手招きしている。




短いスカートを穿いているのにそうやって跳ぶものだから、今にもめくれ上がって中身が見えそうだ。




まったく、どうしてちょっと女の子っぽい仕草を見せたと思ったら、すぐこうして女性意識の低い行動を取るのだか。




明良は心の中で嘆息して、仕方なく小走りで彩弥香のもとへと向かった。




 さっきから彩弥香はずっとこんな調子だった。




すぐに携帯を買いにいくのかと合流したときに聞いたのだが、「どうせならちょっと遊んでいかない?」という意見がでたので




確かに携帯を買ってすぐ帰るだけというのも味気ないと思った明良もそれに同意した。




せっかく氷室まで来たのだから、やはり自分も遊びたい気持ちがあったのだ。




それからというもの、彩弥香は常時ハイテンションで、先日の不機嫌さが彼女の底辺だとすると




今日の彼女のそれは最高にいいと言っても過言ではないと思う。




ちょこちょこと動き回って気になる店を見つけては、かれこれ二時間ほど明良を振り回していた。




そんな彼女に呆れながらも、おかげで「デート」という意識は次第に薄れていき、まるで友達と遊んでいるのと変わらない感覚だった。








 明良は二人分のクレープを買って、彩弥香の待っているはずのベンチへと戻ると、そこに彼女の姿はなかった。




「……ったくあのバカ! どこいったんだ」




 彼女がいなくなったのは今日これで何度目だろうか。




さすがにそろそろ、堪忍袋の緒が切れてもおかしくない。




 辺りを見渡すと、ベンチの向こう側になにやら小さな屋台が出ていて、そこにベージュのカーディガンを着た背中を見つけた。




一体彼女はなんの店を見てるんだろうか。




ここからでは遠すぎて、目を細めて見るも、なんの店か見分けるのは非常に困難だった。




仕方なく明良は両手にクレープを持ったまま、彩弥香と思しき人物のほうへと近づいていく。




見ると、それはどうやらアクセサリーを売っている屋台のようだった。




「真宮?」




 隣に立って、彼女の横顔を見ると、ぼーっと一点をじっと見ていた。




視線の先にあったのは彼女がいつも手首につけているシュシュ。




今は手首にはつけておらず、髪につけてポニーテールにしている。




彼女が見ているそれは深紅の綺麗な色合いをしていた。他のアクセには目もくれず、それだけをじっと見ているということは




おそらく一目惚れしたのだろう。ずいぶん気に入っているようだった。




「気に入ったのか?」




 そう訊くと彩弥香は、相変わらずぼーっとシュシュを見たまま、こくりと頷いた。




思えば、こんな彩弥香を見るのは初めてかもしれない。




そんな風に熱心に視線を送り続ける彩弥香を見ていると、なんだか自分がそれを買ってやりたくなった。




ここで、明良は慎也の言葉を思い出す。




『君は彩弥香の機嫌を直したいんじゃなかったのか。




だったらこういうときは一緒にどこかへ出かけて食事でも奢ってやるといい。




ついでになにかプレゼントでも買ってやるとなおよし、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、』




無意識のうちに明良の口は動いていた。




「だったら買ってやろうか?」




 それを聞いた彩弥香の目はキラキラと輝き、大きなえくぼを作ったが、すぐにしょんぼりとした顔つきに変わった。




「気持ちは嬉しいけど……申し訳ないし、自分で買うよ」




「ふーん。でもお前、もう散々いろいろ食ってるし、ほとんどお金残ってないんじゃないのか?」




 彩弥香はぎくりと表情を引きつらせる。どうやら図星のようだ。




「真宮さん? 今日はなんのためにわざわざ氷室にやってきたのかな?」




 彩弥香はむぐぐ、と唸ってバツが悪そうに下を向いていたが、やがて自分の分が悪いことを理解したようだった。




しばらくして諦めたように明良に「……じゃあ、お言葉に甘えて」と悔しそうに言ってきた。




明良はそんな彩弥香とは裏腹に、なんだか勝ち誇った気分だった。




深紅のシュシュを手に取り、屋台の主であるおじさんに渡して代金を支払い、シュシュを受け取る。




「ほらよ」




 ぶっきらぼうにそう言って、乱暴に彩弥香の手にシュシュを握らせた。




彩弥香は、欲しいおもちゃを買ってもらった子供みたいに、大事そうにシュシュを握って顔を綻ばせていた。











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