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リメイク。  作者: 山南朱夏
第二章 「リアクティブ」
8/11

「なんでさっきからそんなに機嫌悪いんだ?」





-3-





 放課後になり、今日も一日授業という呪縛から開放されたあと、廊下を歩く明良の足取りはどこか不自然でぎこちなかった。




真剣な面持ちで歩きながら唾を飲み込めば、ごくりと喉が鳴る。




いつもなら嬉々とした様子で足早に下校するのだが、今日はまだ帰路にはつかず、ある場所へと向かっている。




昨日まではずっと行くのを躊躇っていた場所――そう、文芸部の部室だ。




昼休みに彩弥香の話を聞いて文芸部のメンバーの実力の高さを知った明良は、居ても立ってもいられなくなり




やがてはいきなり文芸部に参加する不安よりも、そんなメンバー達に是非とも会ってみたいと思う




好奇心の方が勝り始めていた。そのことを彩弥香に話してみると、




「じゃあ今日部室に行ってみる? 今日なら鷹取君以外のメンバーはたぶん全員いると思うし。




鷹取君も含めたメンバー全員が揃ってから挨拶するのを待ってたら、いつまで経っても部室に行けないだろうしね。




もし行くんだったら先輩達に伝えておくけど……」




 という彼女の意見にのることにしたのだ。




 そのときは勢いで返事をしてしまったが、やはりいざ向かうとなると緊張せずにはいられなかった。




明良の手のひらは汗でじっとりと湿っており、息苦しさを感じてネクタイを緩めるがそれでも苦しいのは変わらなかった。




「……とうとう来ちゃったな」




 文芸部の部室のドアを前にして、重々しい口調でそう呟いた。緊張のせいか、下腹のあたりがゆるくなっている感じがする。




彩弥香が一緒にいればこの緊張の程度も少しは軽くなったのだろうが、生憎彼女は掃除当番のため、来るのが遅くなるらしく




「明良君だけで先に行っておいて」




 と言われた。まったく、肝心なときに役に立たないやつだ、と明良は心の中で毒づいた。




決して彩弥香に罪はないのだが……。




この極度なまでの緊張を誰かのせいにしなければやってられなかった。




 とりあえず明良は気持ちを落ち着かせるために両手を大きく広げて深呼吸する。




それを二回、三回と繰り返すうちにペースを乱して脈打っていた心臓がいつもの落ち着きを取り戻すと同時に




明良もまたいつもの調子へと戻ってきた気がした。




「……よし!」




 改めて決意を口に出して自分を奮い立たせる。




力強い目線でドアの取っ手を見つめ、そこへ勢いよく手をかける……がその瞬間、明良の意思ではなく




何故か勝手に扉が開いた。




突然の不可解な現象に呆然と少しだけ口が開いたまま立ち尽くすが、次第にその表情は怪訝の色に染まる。




ドアは開いたままなのだが、中は真っ暗で何も見えない。




真っ暗で誰もいないと思われる部屋。独りでに開いたドア。この状況証拠から導き出される答えとは……一つしかないだろう。




「……まさかな」




 だってまだ昼間だぜ、と冗談めいたことを考える。起きてくるのにはまだ時間が早いのではないだろうか。




それにそんな幽霊なんているわけないだろばかばかしい、と無理やり自分に言い聞かせて




内心ではかなり恐怖しながらも明良は部屋の中へと入り込んだ。




すると今度はドアが勢いよく閉まる音が部屋中に響き渡った。反射的にその音に反応してドアの方へと振り返り、ドアに飛びつく。




何度も何度も力強く取っ手を引っ張るのだが全く開きそうな気配がしない。




無駄だと分かりながらもドアを開けようとすることを止めないことから、自分が相当焦っていることに気が付いた。




加えて目の利かない暗闇が明良の恐怖心をさらに煽る。




そうして恐怖と焦りで支離滅裂になりながら、しばらくの間開かないドアと格闘していると




不意に自分の背中を、誰かの手がトントンと叩いたのが分かった。




なんだ、やっぱり誰か人がいたのか。全く、性質の悪い冗談を仕掛けてくれる。




そう思って油断したのが致命的な判断ミスとなった。




明良は叩かれた肩越しに振り向くと、そこに……血まみれになった男の顔があった。




ポタポタと溢れだす血を滴らせながら、やすりが擦れ合うような呻き声を漏らして明良の腕にしがみついてくる。




「うっぎゃぁぁああああっ!?」




 情けない叫び声が文芸部の部室であろう部屋に響きわたる。




――男のくせに、何をそんなにビビッているんだ。




そう思うかもしれないが、これは本当にやばい。逆にこの状況で怖がらないやつなんていないだろう。




明良は絡みつく男の腕を振り払い、必死に逃げ惑おうとするが、恐怖で腰が抜け、さらに膝までも笑っている。




根性のない腰に必死に力を入れてなんとか立ち上がるも、足が絡まってうまく走れない。




加えて足が絡まった拍子に転んでしまい、目の前にあった机の角でしたたかに頭を打ちつけた。




いい加減夢から醒めてくれ……鼻の奥が熱くなるのを感じているとそこで突然、部屋を覆っていた闇が晴れ




部屋中に明るい蛍光灯の光が満ちた。




すると目の前に立つ、頭から血を流している男が、急に甲高い哄笑を響かせた。




「はははははっ。おいおい、まさか泣くとは思ってなかったぞ。




でも、ナイスリアクションだった!新入部員君!」




 そう言って男は顔を血で染めながら、親指を立ててサムズアップを向けてきた。




さっきまで明良に恐怖を与えていた男が、いきなり笑い出すという




こんなシュールな光景が突然視覚情報として頭に飛び込んできたのだから、明良はもう夢なのか現実なのか分からなくなっていた。




だが、次に聞こえてきた声が、これが夢じゃないことを証明してくれた。




「『ナイスリアクションだった!』じゃないよ、シン、、。やりすぎっ。この子、本気で怖がってるじゃない。




目に涙まで浮かべてるし……」




「あ……」




 そういえばさっきこけたとき、鼻の奥が熱くなるのを感じたが、やはり自分は泣きかけだったらしい。




しかし今は先ほどまでの恐怖など、すでにどこかへ飛んでいってしまっていて




泣き顔を見られた恥ずかしさでみるみるうちに顔の温度が上がっていくのが分かった。




無駄だと分かりながらも、明良は目の端に溜まった塩っ辛い水分を懸命に制服の袖で拭った。




男はそんな明良の様子を恍惚の表情で、たいそう満足げに眺めていた。




「いやいや、やはりこれぐらいやらなければ、ドッキリの意味がないじゃないか。




人が恐怖を覚える顔を見た瞬間にだけ、僕は生きていると感じられるんだ」




「ドッキリ?」




「あぁ。君はまさか、本当に頭から血を流した男がこんな学校の教室の中にいるとでも思ったのかい?




ずいぶんバカ正直なやつなんだな」




そう言うと男はケタケタと嗤った。だが、その血まみれの顔で笑われても、気味が悪いだけだから止めてほしい。




「……相変わらずサイッテーに腐った性格してるよね」




 そう言った女の人は、ジト目になりながら汚いものを見るように、血まみれの男を見た。




今まで至福の笑みを浮かべていた男だったが、バツが悪そうにぷいっと顔を背ける。




「ふんっ……この快感が分からないとは、朝日川あさひかわもまだまだ子供だな」




「……逆にそんなことが大人になるってことなんだったら、私はずっと子供のままでもいいもん」




 女の人は両手を持ち上げて分からないといった風に、左右に首を振った。




とはいったものの、彼女もこの部屋にいるということはおそらくこのドッキリに加担したということは間違いなさそうだ。




血まみれの男の言葉を否定しながらも、なんだかんだで彼女もこういういたずらが好きなのではないだろうか。




混乱状態から立ち直り、ようやく状況を把握し始めた明良は、そんなことまで考える余裕が出来ていた。




 ドッキリ首謀者の二人が、"大人になること"という概念について議論し始めたとき、ガラガラとドアが開く音がした。




「あ、あややだ」




「やぁ彩弥香。ずいぶん来るのが遅かったね。あやうく君の友達は失神してしまうところだったよ?」




 二人の先輩が同時にそう言った。ちなみに男はまだ血まみれだ。




彩弥香はドアを後ろ手で閉めると、部屋の状況を怪訝そうな顔で観察し始めた。




だが、部屋の中では女の人(さっき朝日川と呼ばれていた)とその女の人に、"シン"と呼ばれていた血まみれの男




(今になって気付いたがおそらく特殊メイクだろう)が腰を抜かした僕を見下ろしている。




途端に彩弥香の顔はきょとんとした顔つきへと変わった。




「えっと……三人ともなにやってるの?」




 ――このとき、初めて彩弥香がまともな人間だと思えた。









-4-





 明良がトラウマになるほどひどい目に遭わされた後、そんな精神的ダメージを与えた二人は何事もなかったように




明良を部屋にあるソファへ座るよう促した。




ここでようやく一息吐くことができた明良は、ゆっくりと首を回して部屋の構造を確かめた。




 広さは教室よりやや狭いくらいだろうか。こんな中で、さっき暴れまわっていたらきっと怪我をしていただろう。




壁際は、さすがに"文芸部"というだけあって、すべて本棚で埋め尽くされている。




部屋の真ん中にはダイニングテーブルが置かれていて、本棚に混じってティーセットが納められた食器棚もあることに気付いた。




ダイニングテーブルの上にはパソコンや、原稿用紙があることから、おそらく作業用に使われているのだろう。




逆にいま明良が座っているソファはテーブルを挟むように二つ向かい合って置かれていることから




こちらは本を読んだり、雑談をしたりする際に使うのだろうと察しがついた。




「どう?結構凄いでしょー。この本、全部私んちから持って来たんだよ」




 明良の目の前に座っている女の人は、自慢げに胸を張った。そんなことしたら豊満な彼女の胸が強調されて目に毒だ。




明良は慌てて視線を胸から顔へと移すと、さっきまではじっくり顔を見る余裕がなかったせいで気付かなかったが




改めてその顔立ちを見ると、十分に"可愛い"に分類される顔立ちをしていた。




 快活で活発そうな、どちらかというと"綺麗"に分類される凛々しい彩弥香とは違い、こちらの女の人は穏やかで




柔らかい雰囲気をまとった愛らしい、可愛い系の顔立ちをしている。




そう思わせるのは、髪の毛の上の部分だけを後ろで結び、下の髪はそのまま垂らした髪型。




いわゆる「ハーフアップ」と呼ばれる髪型のせいかもしれない。




だがそんな上品な雰囲気の中に、彼女の顔立ちが幼いせいか、どことなく子供っぽそうな印象を受ける。




 気がつくとまじまじと観察してしまっていたようで、目の前に座った彼女は小首を傾げてこちらを見ていた。




「どうした?ぼーっとして。……あっ、さては私に見惚れてたのかーっ?」




 覗きこむように明良を見つめ返してきた彼女から慌てて視線を逸らすと、今度は彩弥香と目が合った。




心なしか彼女は、侮蔑のこもった眼差しで明良を貫いているような気がした。




その目にはいつものような力強い光は宿っておらず、絶対零度までに凍り付いている。




「なんだよ」




「べっつにー?なんでもないですよーっだ」




(私のことはそんな目で見てたこと一度もないのに……)




 そう言って彼女は「べっ」と舌を出して、明良の傍から離れていってしまった。




なんだか尖った氷みたいに機嫌が悪いようだったが、どうして彼女がご機嫌なのかは分からなかった。




「あらら。あややはご機嫌斜めみたいだね。……っと、やっと帰ってきたか」




 さっきまで傍に立っていた彩弥香と入れ違いに、特殊メイクを落としたさっきの男が帰ってきたのだが




その容貌は先ほどまでの血まみれの顔ではなく、文字通り甘いマスクを着飾っていたのだ。




ふんわりとワックスでボリュームアップされた髪型が、彼の可愛らしい顔立ちを引き立てている。




あまりにもそのギャップが大きすぎて、一瞬誰だか分からなかった。




彼は無言で目の前の女性の横に座ると




テーブルに置かれた彩弥香がさっき淹れてくれたコーヒーを一口飲んで、「ふぅ」と息を吐いた。




そこで目の前の女の人は「さて」と一拍置いて、沈黙が満ちていた部屋の空気を切り裂いた。




この部を仕切っているのは誰と言うわけではないようだが、こういうとき会話の口火を切るのは彼女のようだ。




「それじゃ全員揃ったところで、あややに聞いたみたいだけど改めて自己紹介するね。




私は朝日川 紫衣あさひかわ しえ、三年だよ。お父さんが衝撃文庫の編集者で私も一応編集者をやらせてもらってるの。




といっても実際はお父さんの仕事のお手伝い、ってところだけどね。あ、呼び方は紫衣先輩でいいよ。




『朝日川』だと長いからね」




 そう言って申し訳なさそうに、彼女は乾いた笑いを漏らした。




おそらく、彩弥香がやや話を誇張して話したことを勘付いているのだろう。




彼女の仕草が意味するところはたぶん、「予想以上に期待させちゃってごめんね」といったところか。




だが、明良としては例えお手伝いと言えど、その年で編集の仕事に形はどうあれ携われるのはすごいと思った。




さらに彼女は続ける。




「で、こっちは同じ三年の『シン』こと岸 慎也きし しんやだよ。




さっきの言動聞けば分かるだろうけど、可愛い顔してるくせにちょー性格が悪くって文芸部一の変人なんだ。




普段、クラスじゃ真面目ぶってるけど、それは自分の悪事がばれないようにするための隠れ蓑で




本当は心の中真っ黒なんだ」




「……ちょっと待て朝日川。それじゃ僕が偽善者みたいじゃないか」




「え?違うの?」




「いや、間違ってはいないが」




 間違ってないのかよ、と明良は内心でつっこんだ。じゃあなぜ紫衣の言葉に反論したのかが分からない。




慎也は「シン先輩と呼んでくれ」と言って手を差し出してきたので、明良も一言「よろしくお願いします」と言ってその手を握った。




 その後明良も簡単に自己紹介を終えると、予想していたよりもずいぶん軽い感じでお互いの自己紹介が済んでしまった。




明良は、もっと重苦しく、緊張感を持って挨拶をすることになるのかと想像していたのだが




紫衣が上手く誘導してくれたおかげか、気楽にお互いを知ることができた。









-5-





 自己紹介を終えて、明良は紫衣、慎也とメールアドレスを交換した。




そこで明良は彩弥香のアドレスを知らないことに気付き、三人が和気藹々としながらメアド交換をしている最中も




ずっと不機嫌そうに離れたところでその光景を眺めていた彩弥香のもとへと近づいていった。




「なぁ、真宮もアドレス教えてくれよ」




 明良は自分のスマートフォンを目の前に持ち上げて彩弥香に聞いたが、彼女の返事は一向に返ってこない。




彩弥香は苦虫を噛み潰した顔をしながら、小さな声で何かを呟いた。




「……ない」




「は?」




「だからっ!携帯なんて持ってないの!!」




彩弥香は両手で拳を握り、目を潤ませて口をへの字に曲げていた。




しかもかなり語気は荒く、彼女の不機嫌度は最高にまでなりつつあるようだ。




「なぁ、なんでさっきからそんなに機嫌悪いんだ?」




「知らないっ!」




 明良はただ純粋に疑問を口にしただけなのだが、それが余計に彩弥香の不機嫌度をアップさせた。




彩弥香の逆鱗に触れたのか、彼女はもう明良とは口を利きたくないオーラ全開だった。




「うわぁ……アッキー女の子の扱い方へったくそだねぇ」




 紫衣が呟く。というか、いつの間にかあだ名は『アッキー』に決定していたようだ。




紫衣はどうやら文芸部の人間をあだ名で呼ぶようだが、正直アッキーは止めてほしい……




「というか、下手くそ以前のレベルだな、あれは。もはやバカとしか言いようがない」




「だねー」




 紫衣と慎也は、ソファでコーヒーを飲みながらどんどん不機嫌になる彩弥香と




機嫌を取ろうとしてどんどん墓穴を掘る明良をぼんやりと見ていた。




だが次の瞬間に慎也がはっと目を見開くと、その眼光が鋭く光る。




「……っ!そうか……バカとハサミは使いよう……」




 小声でそう言うと口元を吊り上げて、ニヒルな笑顔を浮かべると、またずずっとコーヒーを啜った。




そんな慎也の表情を見た紫衣は「またなんか企んでるなこいつ」と直感した。




 一応紫衣と慎也は三年間この文芸部でやってきた仲なので、相手の癖や思考パターンはとっくに把握している。




慎也は口に含んだ苦い液体を嚥下すると、おもむろに立ち上がった。




「どうしたの?」




 そう紫衣が尋ねると、再び慎也は口元を吊り上げて笑った。




「いや、どうにも可愛い後輩が困ってるみたいだからね。ちょっと助け舟を出してやろうと思って」




「ふーん……」




(どうせ"助け舟"じゃなくて"泥舟"だろ)




それを分かっていながらも、紫衣はよからぬことを考えているであろう慎也を見て見ぬ振りした。







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