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リメイク。  作者: 山南朱夏
第一章 「リスタート」
6/11

「恥ずかしくて呼べるかバーカ!」

-7-





 気が付くと明良は何から何まで話していた。




明良の中学時代の話だけではなく、先日の彩弥香との体育館での一件。




さすがに名前を出すわけにはいかないのでそこは伏せたものの、どういうやつなのかだけは話した。




全て話し終えた後、彼女は顎に手を当てて何かを考え込むような仕草を見せた。




さすがに大人の女性なだけあってクラスの女子たちとは違い、話をしていても彼女にはどこか余裕があるように見えた。




儚げな雰囲気をもった彼女が何かを考え込む姿というのはなかなか絵になっている。




……がしばらく待っても一向に彼女は何も会話を切り出さず、ずっと黙って何かを考え込んでいる。




そんな空気に明良はついに耐えられなくなった。




「あのー……」




「……はっ、すいませんっ。お腹が空いたので、今日の夕飯のことを考えていました」




「…………」




なんだろう……今、明良の彼女に対するイメージを崩壊させるのに十分な発言を聞いた気がするんだが……




「私って、お腹が空くとご飯のこと以外考えられなくなるんです」




「いえ、聞いてないですけど……?」




いきなり突拍子のない発言。やはりこの人、どこか彩弥香に似ていた。




とてつもなく美しい容姿をしているのに、ちょっぴり残念な要素があるところとか。




彩弥香は変な癖があるうえに常時ハイテンションだし、この女性に至ってはまさかの腹ペコキャラだった。




「冗談です。まぁ、お腹が空いているのは本当ですけど」




なぜだかこの言葉には『早く帰ってご飯食べたいからとっとと自分で解決しろ』みたいな意味が含まれている気がした。




人に「話してみたらどうですか」とかいいながら、お腹が空いたから全部丸投げして退散というまさかの傍若無人ぶりですか。




「えぇと、じゃあまず貴方は何をしたいと思ってるんですか? 」




「それは……」




前々から漠然としながらも明良の考えにあったことがある。




バスケを辞めて、それまで好きだったものを失った。――けど、好きなものはバスケ以外にもあった。




"本"だ。バスケを辞めてから、毎日欠かさずやっていたランニングも、シュート練習も辞めたのに




本だけは読むことを止めずに読み続けていた。




きっと彩弥香も明良との会話でそのことに気付いたから、文芸部に誘ったんだろう。




本当に彼女には全て見透かされているような気がする。




「たぶん……自分は……小説家になりたいんだ……と思います」




明良は考えてはいたけれど、口には出すことのなかった自分の、まだぼやけてはっきり見えないけど、新しい"目標"を初めて人に話した。




「けど、俺はまた失敗するのが怖い――もしこれで失敗したら、小説を嫌いになったら俺にはもう何もなくなるから」




新学期最初の日。明良は「目標なんてただのつまらない毎日の暇つぶし」と言ったが、あれは今思うと自分への言い訳だったんだと思う。




本心では新しい目標を作って、毎日を生きていかないといけないことを分かっているのに




また好きなものを嫌いになって今度こそ生きる活力を失うことを避けるための逃げ道を作っていたのだ。




つくづく自分が情けなくなる。女々しいと思う。




しかし、目の前の女性は明良のそんな言葉をばっさりと切って捨てた。




「嫌いになるのが怖い……その気持ちは誰にでもあるし、一度失望のどん底に落ちた貴方が同じ経験をしたくないのは分かります。




でも進まなければなにも変わらない。でも進んで失敗するのは怖い……なら答えは一つしかありません。




――"成功"すればいいじゃないですか」




彼女が導き出した答えは、恐ろしく単純だった。




けれど、単純だからこそそれはまた真理なのかもしれない。




「そうですね……とりあえずどこかの出版社の新人賞にでも作品を応募して大賞を取るとか。




そうすれば嫌でも毎日小説を書き続けられます。まぁ、プロになったらなったで自分のペースで書けなかったり




締め切りに遅れたら大変なことになるのがあれですけど」




それは彼女自身のことを言っている気がした。もしかして彼女は作家なのだろうか。




「あの……もしかして……」




明良が疑問を口にしようとした瞬間に、彼女が次の言葉を紡ぎ出したせいで声が重なり質問を口にすることは出来なかった。




「それに大丈夫です。貴方にはきっと才能があります」




そう言って彼女はにっこり笑った。愛想笑いだろうけど、その笑みが自分のために向けられていることに、明良は満足感があった。




「……バーナム効果ってやつですか? その言葉」




笑顔を向けられたことに対する照れ隠しに、そんな可愛くないことを明良は口に出していた。




『バーナム効果』とは、誰にでも当てはまる一般的なことを言われたとき、それが自分についての正確な診断だと感じてしまう




心理現象の一つである。




「む……人の励ましを屁理屈で捕らえるのは、可愛げがないですよ」




彼女は頬を膨らませて拗ねたように言った。




お腹が空いているせいか、今の彼女はどこか子供っぽかった。




「だけどまぁ、バーナム効果でもなんでも貴方がやる気になってくれれば結果オーライなので構いません。




大丈夫、貴方ならやれます!」




……そう言われると本当に出来そうな気がしてくるから不思議だ。




けどそれはバーナム効果じゃなくて、美女に言われたことによるところが大きい。




やはり男というものは自分も含めて女性の励ましに弱い、単純な生き物なんだなぁと思った。









-8-





 謎の美女と出会った日の翌日。




明良はいつもよりも早く登校して、いつものように自分の席で本を読んでいた。




だけどいつもと違うのは読んでいる本が、小説ではなく『ライトノベルの書き方』という本であることだ。




例の美女と別れたあと、明良はそのまま本屋に寄って、自分が覚悟を決めた証としてこの本を買った。




もう逃げないと決めた。必ず今の目標のないつまらない日々を変えてみせると。




そのためにまず、例の美女が言った『新人賞に応募すること』を目指してみようと思う。




確かに出版社の新人賞は受賞するのはものすごく難しい狭き門だが、明良には希望がある。




それは自分の好きな作家、『涼ヶ谷 美雪』だ。彼女は自分と同じ年で受賞しているのだから




自分にだって出来ないことはない。彼女の存在が明良にそう思わせてくれている。




それに賞が取れなかったら取れなかったで、今度は取れるまで書き続けると思う。




 どちらにせよ、明良はもう小説を書き続ける覚悟は出来ていた。




今日明良がいつもよりも早く登校したのは、少しでも早く、自分を動かすきっかけをくれた彩弥香に




今の自分の思いを話したかったからだ。




それになんでだかは分からないが、例の美女に「小説家になりたい」と言ってからどうにも気分が高揚しているのだ。




そう、この気持ちを明良は知っている。……県大会の決勝戦、全国行きへの切符を賭けた試合前の興奮に似ていた。




一歩踏み出すまではあんなにビビッていたことに、一歩踏み込んでみたらなんてことはない。




とことんまで挑戦してみたい気持ちになっていた。




そんな気持ちで彩弥香がくるのをそわそわしながら待っていると、始業五分前にようやく彼女がやってきた。




いつものように彼女は明良に声をかけてくる。




「おはよう!日向君」




「おう」




そして素っ気無く挨拶を返すのもいつものことだ。




だが、いつもはここから彩弥香が話題を切り出すのに、今日は初めて明良から話題を出した。




「なぁ真宮……その、なんだ。この前の体育館でのことなんだけど……さ」




「……返事は決まった?」




「あぁ」




明良は自分の鼓動が高鳴るのが分かった。




どうしてだろう。指先が震えて、運動もしてないのに息がし辛い。視界がぼんやりと霞んでいる。




明良は深く息を吸って、たっぷり間をとってから一字一字、確かめるように発音した。




「俺は小説家になりたい。……だから……その…文芸部、入ろうと思う……って、うおっ!」




そう言い切ると同時に彩弥香が机を挟んで明良を抱きしめた。




「ちょっ、おまっ、なにしてんのっ!?」




まずい。これは非っ常にまずい!




頭がぐらんぐらんする。鼻からは彩弥香の柑橘系の香水の香りが入ってくるし、その……女性特有の柔らかさとか




特に……あれ、そう、胸とかが当たっててやばいんですけど!




そう思ってとにかく理性が崩壊する前にどうにか彩弥香から離れようと試みるのだが、これが彩弥香は思ったより力があって




なかなか離れられない。




「だーっ、くそっ、離れろっ!!」




そうやってようやく彩弥香の拘束から離れたのはいいものの、胸の感触がまだ腕に残っているせいで




彩弥香の顔をまともに見ることが出来そうにない。




しかしパニックに陥る明良とは違って、彩弥香は不思議そうに明良を見ていた。




「どうしたの日向君? 運動してないのに汗びっしょりだよ?」




「おっ前のせいだよっ!!」




あまりにも無防備というか、彩弥香の男女意識の低さに思わず明良はキレた。




これから毎日、こんな風に彩弥香の性別の意識のない行動にドギマギさせられるのかと思うと




正直気が滅入りそうだ……。




先のことが思いやられて、明良は俯いてため息を吐いた。




すると床しか写ってなかったはずが、突然手首に白いシュシュをつけた手首が現れた。




顔を上げると、笑顔で彩弥香が手を差し出している。




「これからよろしくね! 明良、、君!」




 正直、彩弥香は苦手だ。




こんな風に自分が女だってことを気にせずこれからもこんなことされ続けたら、理性が持ちそうにない。




けど今までの毎日よりも、そんな彩弥香に振り回される毎日の方がマシかもしれない。そう思ってる自分もいた。




もしかすると初めて彩弥香に会った時点で、もうすでに明良のペースは彩弥香に握られてたのかもしれない。




明良は諦めたように苦笑いするしかなかった。




曖昧な笑顔を浮かべながら、明良は差し出された手を握り返した。




「こっちこそよろしく。真宮」




「ちょっとぉ! 私は明良君って呼んだのに、どうして私のことは彩弥香って呼んでくれないの? いじわる?」




「恥ずかしくて呼べるかバーカ!」




けどとりあえずやっぱり……小説家とかよりまず彩弥香をどうにかするほうが先かもしれない。








 ……こうして日向 明良の新学期は、少し遅れて始まったんだと思う。




他の生徒たちよりかなり出遅れたけど……まぁ、小説家になろうって思うまで散々目標とかバカじゃねーのと思ってたから




その罰としてはちょうどよかったのかもしれない。












第一章/「リスタート」 -完-















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