「分かりきってるみたいに言ってんじゃねーよ」
-4-
「そっか……そんなことがあったんだね……」
明良の過去を全て聞き終えた後、彩弥香が一番に発した言葉がそれだった。
そこにはもう悲しみの色はなく、ただ言葉の調子から納得したということだけは感じ取れた。
明良はバスケットボールを弄りながら言った。
「俺は仲間を信頼してるつもりだった。けど、実際信頼なんてしてなかったんだよ。
大事な場面では絶対味方にパスは出さずに、俺が決めてたし。
それにあの試合に負けた後、たまたま聞いたんだよ。仲間あいつらが『やっと日向から開放される』って言ってたの。
まぁ今思えば、初めはみんな俺に負けまいと必死に練習してたけど、だんだん俺についてきてくれるやつはいなくなっていった。
最後には誰も試合に"勝ちたい"なんて思ってなかったんだよ。
俺が勝ちたいがために巻き込まれてたチームメイトは、"早く負けて日向の我侭から開放されたい"って思ってたんだろうな。
あの言葉がその証拠だ」
そう言って最後に自嘲気味の「ははっ」という乾いた笑いを漏らした。
「ま、そんな感じでバスケは辞めた。たぶん、もう二度とプレイヤーとしてコートに立つことはない」
最後にそれだけ言って、明良は拾い上げたボールを投げて、彩弥香にパスした。
快活そうな彼女は見た目通り運動神経がいいのだろう。男子の投げたボールを彩弥香は難なくキャッチした。
これが最初で最後の、日向 明良の仲間へのパスだ。
もう十分だった。彩弥香に話を聞いてもらって、一年半溜め込んだ気持ちも全部吐き出した。
明良は踵を返して彩弥香に背を向けると、出入り口に向かって歩き出した。
「ねぇ」
去り際に彩弥香言葉が投げかけられた。
明良は振り返らずに、立ち止まって返事だけした。
「なんだ?」
「文芸部に入らない?」
「…………」
「本。好きなんでしょ?」
明良は何も言わなかった。それを肯定と受け取った彩弥香は言葉を続ける。
「きっと日向君は、バスケの代わりに"結果を残せるもの"を探してるから、打ち込めるものが見つからないんだよ。
そんな簡単に結果が残せるものが見つかるんだったら、人はみんな結果を残せるじゃない。
そうじゃなくて、純粋に今君がしてみたいことをとにかくやってみればいいんじゃないかな」
自分が今、してみたいこと……。
「ま、気が向いたら私に話して。いつでも待ってるから」
そう言って彩弥香は3ポイントライン手前からボールを放った。
ボールは綺麗な弧を描いてゴールのネットをくぐった。
「やった!」
ゴールが決まると、彩弥香はぴょんっと飛んで喜んでいた。
そんな彼女を見て少しだけ元気を貰ったのは内緒。
「ったく……人のこと分かりきってるみたいに言ってんじゃねーよ」
彩弥香に聞こえないぐらいの声量で捨て台詞を吐いて、明良は体育館をあとにした。