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リメイク。  作者: 山南朱夏
第二章 「リアクティブ」
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番外編/「間違えました」




* * * * *





 一日が終わって放課後になると、彩弥香は文芸部の部室に向かうことなくそのまま足早に帰路についていた。




電車通学の彩弥香は駅へ向かって一人で歩いていたのだが、その道中にある繁華街を通る際、




度々足を止めて店を覗いていると彩弥香の足取りは緩やかに変わっていった。




 その繁華街は明良と二人で携帯を買いに行った「氷室」ほどではないものの、それなりに店舗数や店の種類は豊富で




古臭く、時代に取り残されたような商店街とは違い、当世風のおしゃれなレンガ造りの町並みをしている。




 中にはファーストフード店や、カラオケ店などの遊び場も多くあるため、神戸学館生がよく帰り道に寄り道をしていて




いまも多くの神戸学館生が見受けられ、道すがら何人もすれ違った。




 友達や仲間と笑い合いながら歩く生徒がほとんどで、彩弥香のように一人でこの繁華街を回っているものはおらず




一人で歩いているものの大半は、真っ直ぐ駅を目指して一本道になっている繁華街を通り抜けていった。




 そんな彼らを横目に見ながら、彩弥香は誰にも分からない程度に頬の筋肉を緩めていた。




 彩弥香は彼らのように友達と下校途中に寄り道したり、ファーストフード店でくだらない話で盛り上がったりといったことを




どうにか高校ではしてみたいものだと、ずっと憧れていた。




中学時代、自分のテンションにだれもついてこれず友達のいなかった彩弥香は、その願望を「小説」という




彼女自身の空想世界でしか叶えることができなかったが、いまはようやくその空想が現実になりつつあった。




文芸部に入ってからは、紫衣や慎也と何度も放課後に寄り道したりしているし、先日には明良と氷室で一日を満喫できた。




彩弥香はこうやって少しづつ、自分の願いが叶えばいいなと思っている。




 夕方の繁華街は買い物時で、レジ袋を大量に抱えたおばさんや、必死に客を呼び込もうとする肉屋のおじさん、




夜のために仕込みをしている寿司屋からは酢飯の匂いが漂ってくる。




人ごみの中にいろんな匂いが混ざり合っていて気分が悪い。おしゃれな街らしい雰囲気を損ねてしまっている。




だけど、活気ある街のほうが無駄におしゃれぶっているだけの街よりも、街自体が生きている感じがしていいのかもしれない。




誰もが忙しなく動き回り、普段の倍ぐらい早送りで目的のために活動していた。




 そんな中、彩弥香だけは周りとは剥離された世界にいるように動きが緩慢だった。




 ふいに彩弥香は立ち止まって、服屋のガラス越しに展示されている、露出度が高めの白いホルターネックのキャミソールをじっと凝視していた。




道行く人々は彩弥香の存在など気にも留めず、ただ自分の行くべき場所を目指して足早に歩いてゆく。




そんな人の気配を背中で感じながら、彩弥香は先日、明良に言われた言葉を反芻していた。




『真宮みたいに女性意識低いやつとデートなんてしたら、絶対疲れるだろうからな』




 そう。




 彩弥香は明良から"女っぽくない"と思われていると勘違いしていた。




「そんなに私って、女っぽくないのかな……」




 今日一日、そればかり考えていた。




自分が"姉"と慕っている人物からも、常日頃から「貴方はもう少し女の子ということを自覚しなさい」と言われる度に




適当に聞き流していたことを今更ながらに後悔していた。




 だが、この前久しぶりにした化粧は、思いのほか彼に対して効果があったように思える。




自分の予想に反して、彼は自分を「すごくいい」と褒めてくれたし、そのときの彼の様子は、嘘を吐いている風ではなかった。




 ならばどこがだめだというのか。




それは、このキャミソールを見ていて分かった気がした。




 先日、彩弥香と明良がデートするきっかけとなる出来事が起こった日、明良が紫衣の豊かな胸の膨らみを凝視していたのを思い出す。




ついでにそのときの明良のだらしなく緩んだ顔も思い出して、その顔を殴りたい衝動を抑えきれず無意識にショーウィンドウを殴っていた。




そんなに大きいのが好きなのか。どうして男というものは豊満な胸に惹かれるのだろうまったくもって不潔だ。




 あの日のことを思い出すとそのときのイライラまでもフィードバックしてきて、彩弥香は眉根を寄せると、ぎしりという歯軋りの音がした。




「なによ、デレデレしちゃって」




 皮肉を吐き出してみるも、誰かがそれを拾い上げてどこかに捨ててくれることもなかった。




結局苛立ちは消化されず、彩弥香の中にわだかまっているだけだ。




 けど、彩弥香とてそんなに胸が小さい方ではなかった。




確かに豊満な紫衣と比べれば見劣りはするが、一般女性の平均値ぐらいはあったはずだ、ということを自負している。




それを明良に証明できれば……彩弥香がれっきとした女だと認めさせられるのでは?と思った。




 ただそうなってくると問題なのは、どうやって明良にそれを証明するか、だ。




 まさか直接揉んでもらって確認してもらうわけにもいかないわけだし。




一瞬でもそんなことを考えた彩弥香は、自己嫌悪と羞恥心でいっぱいになり、両手で頭を抱えた。




 そして今日一日熟考して思いついたのが、こういう露出度が高めの服を着てみることだった。




彩弥香の雰囲気と好みから、こういう服は合わないだろうと思い今まであまり着たことはなかったのだが




案外着てみるとギャップでいけるのではないのか、と淡い期待をもってみることにした。




 こうして放課後に服屋でキャミソールを見て回って、自分に似合いそうな種類も見つかった。




 しかし、問題は他にもあった。彩弥香にはそれを買うお金がなかったのだ。




 先日、氷室に行って携帯を買った上に、散々買い食いや買い物をした挙句お金がなくなり、




いま自分の手首につけているシュシュに限っては、そのときに明良に買ってもらったものだ。




そんな訳で彩弥香はいま、無一文なのである。




 お小遣いが無くなったのは自業自得だし、母親に頼んで来月分のお小遣いを前借りするわけにもいかない。




 名残惜しかったけれども、しぶしぶ彩弥香はショーウィンドウから離れて歩きだす。




 どう足掻いても買えないのだから、仕方なく諦めるしかなかった。









* * * * *





 翌日、彩弥香は文芸部の作業用の机で今度の衝撃文庫の新人賞に応募するための作品の原稿を書いていた。




前回は見事に最終選考まで残ったものの、惜しくも落選となってしまった。




やはり悔しかったが、いまは次こそは大賞を取ってみせると燃えている。




 今日部室に来ているのは彩弥香と紫衣の二人だけだった。




 明良はどうやら今日は本屋へ行くらしく、昨日の彩弥香の様にチャイムがなると同時に教室から出て行った。




真司はいつものごとく不登校、慎也はさっき廊下ですれ違ったのだが、意味深な笑みを浮かべながら、




「今日はすることがあるんだ」




 と言うなり、颯爽と廊下を歩いていった。たぶん、またろくでもないことを考えているのだろう。




彩弥香は、どうか自分が標的ではないことを願った。




 前回の携帯事件の首謀者はやはり慎也で、よくあれだけのくだらないことに執心できるなぁと感心すると同時に




そんなことをわざわざ知り合いを使ってやらないで欲しいと思った。




やるんだったらそういうのが好きな人同士でやりあってほしい。




 一方で紫衣はというと、彼女は編集者である父親の仕事を手伝っているようで、どうやら今度デビューする作家さんの原稿を




彩弥香の座っている作業用の机とは別に設えられたソファに座ってチェックしているようだ。




 部室には彩弥香のペンが机を叩く音と、時々居住まいを正す紫衣の制服がソファの皮と擦れる音しかしない。




彩弥香はペンを走らせながら、昨日のキャミソールのことを考えていた。




 あのとき諦めたはずのなのに、家に帰ってからもずっと頭からあのキャミソールが離れなかった。




夕飯のときも、お風呂のときも、寝る前も、考えるのはそのことばかり。




けれど悩んだところでそれが手に入る訳ではなく、ましてお金が増える訳でもない。




 彩弥香は昨日から何度目から分からない溜め息を吐くと、静かな部屋では思いのほかそれはよく聞こえた。




ダメだ、集中できていない。このままじゃいくら書いても同じだ。




少し休憩しようかとペンを置いて頭の上で腕を組んで伸びをすると、コキコキと関節が鳴った。




「どうしたの。溜め息なんてあややらしくないね。幸せが逃げるよ?」




 それまで原稿を読んでいた紫衣が顔を上げて訊いてくる。




「いえ、ちょっと悩みごとです」




「それが珍しいね。いっつも無神経で、何にも考えてなさそうで、悩みなんてなさそうなあややが――」




「……あの、微妙にバカにしてませんか?」




 紫衣の言葉を遮り、紫衣の方へと体を向けて、ジト目で彼女を睨む。




紫衣はそんな彩弥香を見ると、意地が悪そうな笑みを浮かべた。




「まぁまぁ。冗談だよ冗談。それで、悩みがあるのなら聞くよ」




 紫衣の表情から冗談ではないことは明白だったが、とりあえずここは話を聞いてくれるらしいので




彩弥香は一通りの事情を紫衣に話した。




もちろん、明良の意識を変えるためという目的は上手く誤魔化したが。




 こうして全てを話し終えたのだが、そうするなり紫衣がとんでもないことを言い出した。




「そんなに困ってるなら明日土曜日だし、うちで家政婦のバイトしない?」




 なんの突拍子も無い発言に彩弥香は面食らって、豆鉄砲食らった鳩のように目を丸くさせた。




突然の提案に思考が追いつかずしばらく呆けていたが、やがて意識が鮮明になるにつれてどうしていいのか分からなかった。




紫衣の家が他の家庭に比べて多少裕福であることは知ってはいたが、家政婦までいるというのは初耳だった。




紫衣の提案もそうだが、その事実が彩弥香の驚きを大きくさせ、狼狽させる。




「えっ、だって、いいんですかそんなの」




 ようやく搾り出した言葉は、無意識に飛び出ていたものだった。




普通なら断るのが常識なのだろうが、いまはお金が欲しいという誘惑が、彩弥香の常識など霞ませてしまっていた。




このときふと麻薬中毒に陥る人ってこんな感じなんだろうなぁ、と漠然と感じた。




だとしたら自分も危ない。気をつけなくては。そんな現実離れしたどうでもいいことを考える。




その反面、紫衣はまるでこれが普通であるかのように言うものだから、余計に彩弥香を戸惑わせた。




「むしろ来てくれたほうが助かるんだよー。実はうちの家政婦さん、いま風邪で寝込んじゃっててね。




明後日には回復すると思うって言ってたんだけど今日明日はいなくて困っててさ。




だからとりあえず明日一日だけでいいからやらない?」




 紫衣はそう言ってはいるが本当にいいのだろうか。常識的に。




それにこれは紫衣の独断で決められるような問題ではないだろう。彼女の両親にも相談する必要がある問題だ。




 本来なら二つ返事で快諾したいところだが、そうはいかない。




だけど、そんな常識を上回って、あのキャミソールを欲しいと思う欲望が彩弥香を支配していた。




「えっと、本当にいいんですか? それに、先輩のお父さんやお母さんはなんて言うか……」




「あー、それなら大丈夫! うちいま二人とも出張でいないし。だからその間だけ家政婦さん雇ったんだからね。




けど風邪で寝込んじゃったからそれで困ってるんだよ。私一人じゃ生活できないし」




 そう言うと、紫衣はえへへと笑って「これじゃあお嫁にいけないね」と自嘲するように呟いた。




 それならまぁ、なんとか言い分がつくだろう。




ようやく彩弥香は意を決して、「それじゃあお願いします」と頭を下げた。




 だがしかし、ここで自分の常識に従わなかったことを彩弥香は後に後悔することになるとは思ってもいなかった……。









* * * * *





 土曜日。




彩弥香は指定された時刻に紫衣の家に向かった。




 彼女の家は高級住宅街に建てられた三階建ての一軒家で、レンガ造りのおしゃれな外装だった。




このご時勢にも関わらずインターホンはついておらず、玄関まで上がって扉を直接ノックすることでしか




中の住人を呼び出せない仕組みになっている。こんなことでセキュリティは大丈夫なのだろうかと少し不安になった。




 彩弥香の住んでいる普通の民家にすら、カメラ付きのインターホンが設置されているというのに




これだけお金持ちの家にはそれがないことに妙な違和感を感じずにはいられない。




ただ、いまは一旦その違和感を忘れることにして、彩弥香は門扉をくぐった。




「お、時間通りだねあやや! ようこそ朝日川さんちのお宅へっ」




 彩弥香がドアをノックするなり中から紫衣が出てきて妙なテンションで出迎えられると、早速ある部屋へと通された。




 だがそこにはクローゼットだけが壁に沿って隙間無く置かれていて、他にあるものといえば姿見ぐらいだった。




ただ広さは結構ある。十五畳はあるだろうか、さすがはお金持ちだ。




しかし、いきなりこんなところに連れ込んで、紫衣は一体なにをするつもりなのだろうか。




疑問を消化しきれずに悶々としていると、紫衣はクローゼットを漁りはじめ、次から次へとフリルとエプロンの付いた




黒色のドレスを引っ張り出してくる。




「あの、紫衣先輩? これはなんなんですか?」




「なにって……エプロンドレスだよ」




 見れば分かるでしょ、と言わんばかりの即答ぶりだった。




確かに見れば分かるが、彩弥香が訊いたのはそういうことではない。




「いえ、先輩、そういうことじゃなくて、これをどうするつもりですか?」




「あややが着るに決まってるじゃない。やっぱり家政婦さんといえば、とりあえずメイド服でしょ。メイド服」




「とりあえずってなんですか、とりあえずって!」




 居酒屋入ったらまず「とりあえずビールね」って言うみたいな感覚でメイド服着せるのはやめてほしいのだが。




だけど、口では否定しながらも、彩弥香の本心は、「ちょっと着てみたいかもー……」思ったりしていた。




「だって、家政婦さんならやっぱりこれは着ないと……あっ、ちなみにウチの家政婦さんがいつも着てるのはこれね」




 そう言って紫衣が彩弥香の足元に投げたエプロンドレスは、フリフリのたくさんついた、ちょーミニスカのエプロンドレス。




膝上二十センチぐらいだろうか。掃除機かけるだけで中身が見えそうなほど短い。




……そもそも、いつもの家政婦さんはこんなものを着て毎日仕事しているのだろうか。




色々と大丈夫だろうか、この家の住人と家政婦は。




「やっぱり無理です! 私には着れません!」




「ほらほらぁ~。そんなこと言っちゃってるけど、体は正直だぞぅ?」




「ちょっ、女の子がなに変態みたいなこと言ってるんですかっ」




「うるさいっ、つべこべ言うんじゃないぞあややっ! 女は度胸だっ! さぁこれを着てっ」




「絶っっっっっっ対にいーやーでーすーっ!!!!」




「なら力ずくで着せるまでだっ」




 そう言うなり紫衣は彩弥香に跳びかかると、彩弥香の服を引き剥がそうとしてくるため、彩弥香は必死に抵抗した。




 お互いの主張を一歩も譲らず格闘すること十五分。




終わりの見えない戦いにお互い疲れてきたのか、どちらからでもなく戦うのをやめた。




彩弥香は涙目になりながら覆うように自分自身を腕で抱きしめ、部屋の壁にもたれていた。




久しぶりに結構激しい運動をしたせいで、部屋中にハァハァと浅い呼吸の音が満ちている。




「そんなに着るの嫌なの?」




「嫌です。出来ることなら着たくはないのでそろそろ諦めてはくれませんか?」




「えーっ、そんなぁ……あややなら絶対似合うのにー……」




 紫衣はがっくりと肩落としてうな垂れていた。




さっきまでの覇気はどこかへ飛んでいってしまって、いまは重苦しいオーラが彼女の周りを取り巻いている。




さすがにそこまで落ち込まれると、なんだか自分が悪いことをしたような気持ちになってしまう。




何故か彩弥香は申し訳ない気持ちになっていた。




「だって……私にはそんな服似合わないですし……」




 誰にでもなく呟いた言葉は虚空に消えた。




そう思ったが紫衣の耳にはきちんと届いていたようだった。




「そんなことないと思うよ。だってあややは可愛い、、、もん」




 途端に彩弥香の弱気な気持ちは吹き飛んで、一気に嬉しい気持ちが舞い込んできた。




それと同時に、恥ずかしい気持ちも芽吹くと、瞬時にそれはすくすくと成長した。




彩弥香は片手で自分の二の腕を抱きながら、もじもじとしおらしい態度を取った。




「か……可愛い……? 私が……?」




 中学時代に一人も友達のいなかった彩弥香にとって、同姓に可愛いと言われたのはこれが初めてだった。




 中学時代、その空気の読めなさとハイテンションぶりで周囲から疎まれていた彩弥香にとって




「ウザい」とか「目障り」とか言われることは日常茶飯時だったけれど、その逆の可愛いなんて言葉には縁がなかったものだから




こうして面と向かって可愛いと言われることに対して免疫がついていない。




そのせいで彩弥香はどうしていいのかも分からず、ただ縮こまって照れることしかできなかった。




 だが、とにかくそう言われたことで、「着たくない」と思う気持ちはとっくに消えていた。




「じゃ……じゃあ少しだけ着てみ……ます……」




 彩弥香がそう言うと、紫衣はぱあっと笑顔の花を満面に咲かせていた。




「ほんとっ!? じゃあ私、部屋の外に出てるから着替え終わったら言ってね」




 ウインクを一つ残すなり、紫衣はとっとと部屋から出ていってしまった。









* * * * *





 彩弥香はエプロンドレスに着替え終わるなり、早速姿見で自分の格好を確認してみたがやはりとんでもない姿をしていた。




明良に買ってもらったシュシュはいまはポニーテールにしてくくってあって、そのうえにフリル付のカチューシャをしている。




スカートの丈はやはり短く、試しに一度くるりと回ってみたが、やはりちらちらと水色のパンツが覗いていた。




その事実に彩弥香はかーっと顔を赤く染めて、いまにも沸騰しそうな勢いだった。




「やばいよこれ……こんなカッコ人には見せられないよ……」




 特に明良には絶対見せられない。そう思った。




 けれど、もしこの姿を見たら、明良はなんと思うのだろう。




自分で言うのもおかしいが、いまの格好はかなり扇情的だと思うし、こういうメイドさんに男の子はぐっとくると聞いたことがある。




彼もやっぱりこういうのは好きなのだろうか。




いや、逆に引かれるという可能性の方が高い。さすがにこれだけ短いと……度が過ぎている。




 でも、これで明良の自分に対する意識を変えることができたら。そう考えもしたがやはりだめだ。




こんな格好見られたら恥ずかし過ぎて、二度と明良とは目を合わせられなくなる。




 明良にこの格好を見られたときのことを想像すると、途端に自分の格好がとてつもなく恥ずかしくなってきたので




やはり脱ごうと決めたそのとき、玄関のドアが二回、コンコンと甲高い音を立てた。




 おそらく来客だろう。




「紫衣先ぱーい? すみません、いま取り込み中なので出てもらえますかー?」




 ドアの隙間からちょっとだけ顔を出して、部屋の外にいるであろう紫衣に呼びかけたが、返事がない。




怪訝そうに眉をひそめてから彩弥香はもう少しだけドアを開き、首から上だけを出して廊下を見渡すが誰もいなかった。




「紫衣先輩?」




 誰もいないことが分かって部屋から出ると、今度はさっきよりも大きな声で紫衣を呼んだがやはり返事はなかった。




そんなことをしているうちに再びドアがノックされる音が聞こえた。




これ以上お客さんを待たせるわけにはいかない。




「まったく……」




 そう言って嘆息すると、彩弥香は玄関に向かった。




紫衣が出ないから仕方なく自分が出ることにしたのだ。仮にもいまは一応、彩弥香は朝日川家の家政婦なのだから。




……が、迂闊なことに、彩弥香がいま自分がどんな姿なのかを、訪問者の対応に気を取られすっかり忘れていた。




「はーい、どちらさまですかー?」




 愛想のいい声で返事をしてドアを開けると、そこに立っていたのは……――明良だった。




「あ……あっ、あやっ……ああああ彩弥香!?」




 慌てふためく二人。だが、同じ慌てるにしても種類が違う。




 彩弥香はおろおろと必死に言い訳を考えていて、明良は顎が外れるのではないかと思うほど口を開けて、




人差し指をわなわなと震わせながら、彩弥香を指差している。




「あ……そのっ、明良君違うのこれには深いわけがあってね――」




 とっさの言い訳も思いつかず、とにかく彩弥香は誤魔化そうとした。




一方の明良は、彩弥香とは逆に次第に落ち着いて、目を瞑って深呼吸している。




 深く吸って、深く吐いてを両手をつけて大袈裟に繰り返す。




それを数度繰り返してようやくいつもの表情に戻っていった。いや、逆に滅多に見られない満面の笑みを浮かべている。




そして、このわけの分からぬ状況に対して、ある結論に明良は辿り着いた。




「……すみません間違えました」




 明良は何も見なかったことにして、素早くドアを閉めて、足早にその場から遠ざかっていく。




しばらく呆然と硬直し、立ち尽くしていた彩弥香だったが、ふいに魂が戻ったかのように体が勝手に明良を追いかけていた。




勢いよくドアを開けてその格好のまま、、、、、、、外へ飛び出した。




「いやぁぁぁぁぁぁっっ!! だから違うんだってばぁぁぁっ」




 泣き叫びながら明良を追いかけるメイド、彩弥香の後ろ姿を紫衣は口元を吊り上げながらじっと見ていた。












番外編1/「間違えました」 -完-








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