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リメイク。  作者: 山南朱夏
第二章 「リアクティブ」
10/11

「約束する」

-8-





 彩弥香と明良はシュシュを買って、すぐに携帯を買いにショップへと向かった。




彩弥香選んだキャリアは明良の使っている携帯と同じもので、国内で一番シェアされているキャリアだ。




ショップに入ってずらりと並ぶ携帯を前にして、興奮しっぱなしの彩弥香を見た明良は、選ぶのにかなり時間がかかると思いきや




彩弥香は明良の使っている携帯の機種を聞くやいなや、すぐにそれと同じものに決めて、とっとと買い物を済ませてしまった。




 明良のスマートフォンは、高校入学と同時に買ったもので、かなり型落ちしていてお値段もお手ごろだった。




明良は何度も自分の古い機種より、新しいもののほうがいいと勧めたが、彩弥香は耳を貸さなかった。




 こうして携帯を買ったあと、二人は今、遅い昼食を摂るため彩弥香のオススメというパスタ屋さんに来ている。




午前中もいろいろと買い食いしたが、歩きながらだったので、全部消化されてしまったようだった。




それに遅い昼食、と言ったが時刻はすでに三時を回っていて、昼食と呼ぶにはあまりにも遅すぎる時間になっている。




 頼んだパスタが来るまでの間、彩弥香はテーブルの上に置いた深紅のシュシュと、




二つ並んだ明良と自分の携帯を交互に眺めて、終始嬉しそうに微笑んでいた。




そんな彩弥香を見ていると、なんだか自分まで嬉しくなってきた。




改めて、今日の買い物に来た甲斐があったな、と思える。彩弥香の機嫌も、すっかり戻ったみたいだった。




「ねぇ、明良君」




「なんだ?」




彩弥香は両肘をテーブルについて手を組んだ上に顎を乗せながら、相変わらず笑顔でこちらを見ている。




「今日は楽しかったね」




「…………あぁ、そうだな。俺も楽しかった……と思う」




「あのね、私思ったんだ。もし私に彼氏がいたら、こんな風にデートするのかな、って」




「はははっ、それはねーわ。真宮みたいに女性意識低いやつとデートなんてしたら、絶対疲れるだろうからな」




そう言うと、彩弥香はむうっと唇を尖らせた。予想通りの反応過ぎて、なんだか可笑しかった。




思えば今日一日で、いろんな彩弥香の表情を見た気がする。




「もうっ。つくづく口が減らないんだからっ」




 だが、今の会話で今日一日忘れていた意識を無理やりにでも思い出さされた。




その気持ちを見ないように蓋をして、堅く閉ざされた心の金庫に押し込んだはずなのに、彩弥香の言葉によって




それが強引にこじ開けられようとしている。




けれども、今となってはもうそれを隠す必要はない気がしてきた。だって、明良も彩弥香と同じ気持ちだったから。




「でも、俺も思ったよ。彼女がいたら、こんな感じなのかなって」




「明良君は、誰かと付き合ったことある?」




「いや、一度もない。中学時代はずっとバスケしかしてなかったからな」




 告白されることは稀にあったが、明良は全て断った。




当時はバスケ以上に好きになれそうなものなんて想像もつかなかったし、




仮に好きな子がいたとしても練習ばかりでデートする暇も無かっただろう。




同じ部内で彼女がいるやつは何人かいたけれど、どいつもこいつも練習でなかなか会えなくて、愛想尽かされた




という理由で別れたやつらばかりだった。




しかし、そういう彩弥香はどうなのだろうか。なんせこれだけの容姿で、多少癖はあるものの、女としては




かなりレベルは高いのだから、彼氏の一人や二人、いてもおかしくはないはずなのだが。




「そういう真宮はどうなんだ? 普通に告白とかされてそうじゃん」




 彩弥香は気まずそうに目を伏せた。二人の間に、不穏な空気が流れる。




やがて彩弥香は言い出し辛そうにしながら言葉を紡ぎだした。




「……一度もないよ、告白なんて。それに私、中学時代は恋人どころか友達すらいなかったし。




ほら、私って空気読めないから仲間はずれにされることが多くって」




「…………」




 何も言えなかった。正確にはなんと言ったらいいのか分からなかったのかもしれない。




「ちゃんと空気読めない自覚あったのか」と茶化して、気まずくなった雰囲気を和らげることもできず




黙って話を聞くしかなかった。




ただ、嫌なことを思い出させてしまった、と申し訳なさそうな顔をした明良を見て、彩弥香は無理にでも笑おうと努めた。




「えへへっ、だからいつも一人ぼっちでね。なんにもすることも、したいこともなかったんだ」




 一人ぼっちでなんにもすることも、したいこともない。




刹那、明良の脳裏に先日までの自分が思い浮かんだ。あることがきっかけで誰も信頼できなくなり、




することもしたいことも失って無気力に過ごしていた自分。




そんな自分と、その頃の彩弥香の姿が重なる。




 教室の席に座っていても、頬杖をついて授業をただ聞き流すだけ。早く学校が終わらないかと心の中で願いながらも




それが終わったところで家ですることなんてなにもない、つまらない毎日。




ただ、明良にはまだ放課後を共に過ごす友人というものが少なからずいたのだが、彩弥香にはそれがなかった。




それだけでも、何もしてない時間というものは倍以上に長く、退屈に感じられただろう。




「でも、あるとき私はある人に小説の書き方を教わったの。そして、その日から私の世界は色が変わった。




いや、元々色なんて無かったから、ようやく世界が彩られ始めたって言うほうが正しいのかもしれない」




 面白い表現だ、と明良は思った。




元々バスケに打ち込んでいた明良は、あの事件でバスケを嫌いになり、打ち込むものを失ってしまった。




逆に彩弥香は、元々が打ち込むもの、目標のなかったなかである日突然それが見つかった。




そういう意味では明良と彩弥香は完全に対極にある。




「その人に私は教わったんだ。『小説は自分の思い描く世界を素直に書けばいい』って。




それでね、そうやって私の思い描く世界には――いつもたくさんの仲間がいるの」




「……それで、今もまだ真宮は想像の世界に住んでいるのか?」




そう尋ねると、彩弥香は静かに首を横に振った。




「今はもう、理想は現実だよ! 紫衣先輩に勧誘されて文芸部に入って、そこでシン先輩と鷹取君と知り合ったとき




やっと私は"一人じゃないんだ"と思えた。




これまでは私と関わると、空気が読めないから、って仲間外れにしてきた人たちはたくさんいたけど




文芸部の人たちは仲間外れにするどころか、逆にそれを私の個性として認めてくれた。




それどころか文芸部は、私以上に個性的だったの!」




 確かに、あのメンバーの中だけで見れば、彩弥香はかなりまともな部類に入るだろう。




人が恐怖を感じている顔を見る瞬間にだけ、生きていると感じられるという慎也。




その慎也とグルになっていたずらを楽しむ紫衣。まだ会ったことはないが、絵を描くために学校へすら来ずに




自宅に引きこもって仕事をしている真司。




それぞれが個性的で、普通の人間とは感性がずれているがゆえに"常識という枠組み"から追い出されようとする。




だが、常識外れという言葉を言い換えれば、それは"普通じゃない"ってことなんだ。




以前明良が神戸の森で出会った、あの女性はこう言っていた。




『ここに来れば、人間という何十億もの集合の中に紛れることなく、確かに"私"という存在があるんだということが確認できます』と。




それは明良も同じで、彼女と同じことを考えていたからこそ、明良のあの女性は出会ったのだと確信している。




文芸部はあれだけの"普通じゃない"人間が集まっているからこそ、"普通じゃない"人間にとってはたまらなく心地いい場所に違いない。




「それに今はこうして遊びに出かける友達まで出来たんだ」




 それは、自分のことを言っているのだと気付くまで、明良はしばらく時間がかかった。




「だからありがとう、明良君。私と友達になってくれて、、、、、、、、、。」




「……礼を言わなきゃいけないのは俺のほうだ」




「え?どうして? 私は明良君になにもしてないよ」




 なにもしてないことあるもんか。




軽く笑う彩弥香とは裏腹に、明良の表情は張り詰めていて、真剣そのものだった。




今の明良の世界を作ったのは他の誰でもない、彩弥香なのだ。




バスケを辞めてから初めて明良の心の奥に干渉してきて、自分自身で閉ざした心の金庫の鍵の開け方を忘れてしまった明良の代わりに




彩弥香がそれを開けてくれたうえに、明良に新しい目標と居場所を与えてくれた。




 明良にとって彩弥香は太陽の光のように暖かい存在だ。




日陰にいて凍えきった体を、ひとたび日向に出ればじわじわと、ゆっくりと溶かしていってくれる。




そうやって時間をかけて、体だけでなく心までも温かく溶かしてくれた。




「もし真宮がいなかったら、俺はずっとあのままだったのかもしれない。




真宮でいうなら、真宮は俺にとって、お前に小説を教えた人と同じ存在なんだ」




明良はそう言ったが、彩弥香は首を左右に揺すった。




「そんな……私はそんな大袈裟なものじゃないし、誰かに感謝されるほどのこともしてないよ。




私はただ、仲間と一緒になにかを作りたいんだ。思い出でも、なにか『もの』でもいい。




中学の時は音楽コンクールでも文化祭でも私が入ると一人でつっぱしちゃったから」




「そうか……」




 二人の間に沈黙が降りる。




だが、彩弥香がまさかそんな中学時代を送っていたとは夢にも思わなかった。




彼女は明良よりも遥かに長い間、目標も、好きなものもないまま一人で過ごしていたのだ。




初めは打ち込めるものがあった明良とは違う。




彩弥香はゼロから全てを自分で作り上げたのだ。今の自分の居場所も、目標も。




そんな彩弥香が今度は、一人で何かを作るのではなく、誰かと一緒に何かを作りたいと言っている。




なら、自分の居場所を作ってくれた彩弥香にせめてもの感謝を示すのなら。明良がすることはすでに決まっている。




「じゃあ、俺もお前と一緒に何かを作る。それがお前にする、俺からの恩返しだ。




だから約束する。"俺は絶対にお前の傍にいる"」




 次の瞬間、彩弥香の顔は真っ赤に染まった。




「う…うん…その、よろしく」




 明良が自分が言った言葉の意味を本当の意味で理解したのは、もっと後になってからのことである。




これが彩弥香と過ごした一日の、最後の出来事となった。









-9-





 彩弥香と一緒に氷室へと出かけた日から二日経った月曜日。




いつものように朝早く学校へ来ては小説の勉強をしていた明良のもとへ、これまたいつものようなハイテンションで彩弥香がやってきた。




だが、今日の彼女はただテンションが高いわけではないようだ。




表情から狼狽している様子が窺うことができ、とにかく焦っているようだった。




明良の机のバンと勢いよく手を叩きつけるなり、「大変だよ明良君っ」と言って、顔を近づけてくる。




それを予測していた明良は、すっと首を後ろへ引いて彼女と距離を取った。




「なんだ? 朝からそんなに慌てて」




「なんか携帯にすっごい変なメールが届くんだよっ。『死』とか『呪』とかいっぱい書かれたメール!」




「……ちょっと携帯見せてみ」




 そう言って彩弥香が差し出した、明良と同じ機種の携帯を受け取った。




今はサイレントマナーにしているおかげで、携帯がなることはなかったが、確かに何百通ものメールが届いている。




これでは携帯はひっきりなしに鳴っているだろう。




「これってもしかして、私に呪いがかかって死ぬってことなのかな?」




「アホ。んなわけねーだろ」




 彩弥香のバカな妄想に耳を傾けながら明良は携帯を操作して、届いたメールを確認すると、やはり彩弥香の言う通り




『死』やら『呪』やらでびっしり埋め尽くされたメールが届いている。




まさかアダルト系のサイトでも見たのだろうかと疑ったが、彩弥香がそんなものを見るとは考えたくなかった。




たいして効果はないだろうが、とりあえず送信者を着信拒否にしてやろうと思い送信アドレスのところに目をやったところで




そのアドレスに見覚えがあるような気がする。




 明良は自分の携帯を取り出し、そのアドレスが自分のアドレス帳にないかを確認したところそれはやはり最近目にしたものだった。




明良の携帯の画面には、『岸 慎也』と表示されていた。




 初めて携帯を手にして、いきなり迷惑メールが届くと不安になる。その不安になっている彩弥香の顔を見るために




慎也がこんないたずらをしているのだとすれば。




――慎也は、明良に彩弥香の機嫌を取らせる方法を教えたわけではなく、ただ上手く明良を使って彩弥香に携帯を買わせ




このいたずらを仕組むために二人で携帯を買いに行くよう仕向けたのではないだろうか。




「……まさかな」




 だが、慎也ならやりかねないかもしれないと明良は思った。








 その日の放課後、慎也に尋ねてみるとやはりすべて慎也のいたずらだったことが判明した。








第二章/「リアクティブ」-完-







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