~Opening~
残り6秒。88対89のワンゴール差。パスを受け取りそのまま俺は相手ゴールに向かって走る。
不意を突いたカウンターに相手は誰一人として反応しておらず、俺を追いかける人の気配は感じない。
残り3秒。無人の相手コートへ一気に侵入し、フリーでのレイアップ。そんなものを外すわけがなかった。
体のバネを使って跳躍し、そのままボールを放した。
勝った…………はずだった。
会場が爆発的に揺れている。歓声が、怒号が、もうなにがなんだか分からないくらいぐちゃぐちゃに混じっていた。
その中で、掠れるくらいの大きさでブザーがなるのを、いくら脳が拒絶しようとも無理矢理にねじ込まれた。
相手チームは歓喜に沸き、チームメイト全員が喜びを体で表現している。
そんな彼らとは違い、俺の時間は完全に止まってしまっていた。呆然と立ち尽くし、何をするでもなく天井を仰いだ。
いや、今思うとそれは少し違ってたのかもしれない。
俺は心のどこかで早く仲間に「お前のせいで負けたんだ」って責めて欲しかったんだと思う。
もちろん悔しさや、悲しさも当然心の中に巣食っていたけれど、そんなものより仲間への贖罪の気持ちの方が何倍も強かった。
早く責めて、立ち上がれないくらい罵声を叩きつけて、この気持ちから解放させて欲しかった。
けれど……俺が望んだ結果は、いつまで経っても来なかった。
これが日向 明良ひゅうが あきらの人生で、一番苦かった15歳の夏の出来事だ。
後になって気が付いたことがある。本当は、もっと最初に気付いておかなくてはならなかったことだけれど、
俺はそれを受け入れたくなくて、意図的に目を背けていたのかもしれない。
しかし試合に負けて、それを否が応にも現実として押し付けられた。
『俺はチームで浮いている』ってことを。
始めは純粋にバスケを楽しんでいた。ただ"好き"という気持ちだけが突っ走って、それがバスケをやる原動力、
また言い換えると衝動になってたのかもしれない。
けど好きだから猛練習して、好きだから負けたくない気持ちが強くなっていくうちに、その気持ちと同じくらい
深くて、大きな溝が仲間とのあいだに出来ていた。
そうなると、もう溝は広がる一方だった。
県の最優秀選手に選ばれても、全国大会に出ても、溝は縮まるどころか広がるだけだった。
この時にはもうすでに、俺と仲間は別の方向に向かって進んでいたんだと今になって気付いた。
圧倒的な才能は、敵だけでなく仲間をも退けてしまっていた。
そして、俺は誰も『信頼』しなくなった……。
こうした経緯で、俺はバスケを辞めた。
誰も信頼することが出来ずにバスケをしても、結局同じ出来事を繰り返す気がしたからだ。
俺はいくつも来ていたバスケ名門校からの誘いを断わり、家から割りと近い"私立神戸学館かんべがっかん高校"へ進学した。
けれどバスケを辞めたところで、試合の後から残る虚無感が満たされることはなかった。
むしろそれまで以上に虚無感が増すばかりで、日に日に毎日がつまらなく、どうでもいいように思えてきた。
今まで熱中していたものがなくなり、目標や毎日の楽しみも全てなくなってしまったから。
RPGゲームとかと同じだ。クリアするまで――"ラスボスを倒す"という"目標"を果たすまではゲームにのめり込んで
その目標を達成すべくゲームをとことんやりこむが、一度倒してしまえばなんてことはない。
一気になんだかつまらないものになって、飽きてしまったことがある人はいくらでもいるだろう。
そうして目標もなにもないまま、ただ無気力に一年と半年が経った。
その頃になると俺も、わずかに胸に秘めていた"新たな目標を見つかるかも"という一縷の希も消え去り
もうこのまま一生、なにもしないでダラダラと無駄な時間を浪費するのだろうと思ってたとき。
俺は、一人の少女と出会う。
思えばあの時、かすかに聞こえたブザー音は二重に聞こえた気がしないでもない。
1つは、俺の1つの目標が終わった合図。
そしてもう1つは、新しい試合開始ティップ・オフを告げる合図だったのかもしれない。
いや、「かもしれない」じゃない。そうに「違いない」。
彼女と、その仲間と過ごした一年半こそ、そう思わせるのに充分な証拠なのだから。