第四話
しばらくの間、隣の部屋からは、ガシャン、という音や、パリーン、という音が聞こえていたが、やがて静かになった。
そして、最後にバタン! という扉を閉める音がし、また再び、隣の部屋が静かになった。
「……やまと、だいじょうぶかな……」
琥珀の言葉にしばらく返事をせず、目を閉じて何かに集中をしていた翠だが、やがて眼を開けた。
「とりあえず、誰も怪我はしていないようだ。御主人はまた、出て行ったようだが」
「ほんと? ……よかった」
心の傷までは私には感知はできんがな、と翠は心中で呟く。
「ねえ、どうしてやまとのお父さんは、せっかくかえってきたのに、仲良くみんなで夕ごはん、たべないんだろうね。みんなでたべたらおいしいのに」
「そうだな」
「お父さん、せっかくいるのにね……」
「琥珀……」
302号室では、大和が母親と共に床に散らかったガラスや茶碗、カップの欠片等を拾い集めていた。
「いたっ!」
大和の小さな人差し指から血のしずくがぽたりと落ちた。
「おかあさん、ばんそうこう……」
「……なければ……」
「おかあさん?」
大和はブツブツと小さく呟いている母親の声を聞き取ろうと、背中から近づいた。
「……大和さえいなければとっくに離婚してるのに……」
「……!」
大和は母親に気付かれないように、そろそろと後ずさりしながら、自分の部屋へと入って行った。
それから二時間ほどたった頃。
ピンポーン。
翠が琥珀を寝かしつけていると、303号室のインターホンが鳴った。
「何だ、こんな時間に」
非常識な、と思いつつ、翠は琥珀の部屋をでると、インターホンで来訪者を確かめることもせず、真っ直ぐに玄関へと向かう。
来訪者が誰かは、分かっているのだ。
ドアノブに手をかけ、躊躇なく翠が扉を開いた先に、黒のライダースーツを着た、背の高い男が立っていた。
「こんなに遅く、何の用だ、黒曜」
「何って、つれないねえ。新しい情報が入ったから来たっていうのに」
「緊急性はあるのか?」
「いや、まあ、それほどでもない……かな?」
黒曜と呼ばれたその男は少し斜め上に視線をそらしながら、頬のあたりを人差し指でポリポリと掻きながら言った。
「そうか、では、今夜はもう遅いから、明日、出直してこい」
翠は、これまた何の迷いも無く、すっ、と扉を閉めようとした。
「わわわわ! まてまてまて! あります! 緊急性、あります!」
黒曜は、もう閉まりかけた扉の端っこを手で押さえながら、慌てた様子で言った。
「嘘をつけ」
「隣の男の子!」
ぴた。と、翠の扉を閉める手が止まる。
「隣の、隣の家の子と今日、琥珀、遊んでたろ! それに関して、情報がちょっとあるんだよ!」
翠はじろり、と黒曜を一瞬睨みつけたが、ため息を一つすると『仕方ない』という態度で黒曜を扉の中に入ることを許可し、中へと招き入れた。