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第八話 女盗賊エフト

 俺とフラーウム、ヴォルフガングは普段着に着替え、屋台やたいに来ていた。店の前にはテーブルと椅子がたくさん置かれ、カフェテラスのようになっている。はしを使う文化は、この世界には無い。スープ用のスプーンはあるが、ほとんどの料理はパン同様、手で食うものらしかった。

 幸いにも、この世界にも肉があった。鶏と豚という家畜がいた。しかし牛は野生のものしかいないらしい。それで牛肉は食えないことが確定した。

 まあとにかく、肉である。俺はこの世界アールの肉料理に舌鼓したづつみを打った。ちょっと肉汁が抜けてパサパサしているし、ほとんど岩塩の味しかしないが、日本の和食と比較してこの世界の料理に文句を言うのは筋違いというものだろう。目の前の料理を見る限り、お茶や香辛料なんかもあまり発達していないに違いない。

 

 さて、俺の目的は食事であって、それ以上のことではない。話を聞くと、剣の鞘を作るには武器屋を通じて武器職人に頼まねばならないらしい。寸法を取るために、剣もしばらく預ける必要がある。それは非常にお金と時間がかかるので、いまの手持ちではとても賄えない。つまり結局、鞘を作るのは無理だということだ。俺は凹んだ。

 

 宿屋一階の酒場で「あなた、他に何かやりたいことは無いの?」とフラーウムにまじまじと見つめられた。俺が「観光したい」と言うと呆れられた。そんなのお金がなくてもできるじゃないの、と言わんばかりだった。あとは暇つぶしにゲームをしたかったが、皆、酒場で酒を飲むばかりでゲームをしていない。きっと何らかの理由で、ゲームは流行っていないのだろう。

 

 そんなわけで、俺は泣きながら久しぶりの肉料理を食った。子供みたいでみっともないとフラーウムに言われたが、武士は食わねば戦はできぬ。ここで食えるだけ食っておいた。


 問題は支払いだが、それはヴォルフガングの役目だ。

 俺は間抜けではなかった。人ごみの中といえば、スリやひったくりに注意しなければならない。スリに遭わないように、俺は必要最低限だけ銀貨を持ち出し、その銀貨も全てヴォルフガングに預けてあった。仮に俺に誰かがぶつかってきたとしても、取られて困るようなものは何も無い。

 あれだけの冒険をして、ちょっとした額の報酬を貰っておきながら、事実上の無一文状態である。フラーウムが呆れるのも少しは分かる気がする。

 

 そんなことを思っていると、誰かが「重いいいいいいい!」と叫んでいる。何が起きたのだろうと振り向くと、茶髪の女の子の手が俺の剣の柄に押し潰されようとしていた。おおかた剣を盗もうとしたのだろう。だが、あいにくこの剣は俺専用だった。俺以外の者が持つと、途端にこの剣はありえないほど重くなるのだ。俺はひょいと剣の柄を掴み、持ち上げてやった。それで茶髪の女の子は助かった。

 

「な、なんだよ! 私は『助けてくれ』なんて一言も頼んでないぞ!」

 

「名前と年齢は?」「エフト、十四歳」言ってしまってから、しまったという顔をしている。

 

「フラーウムと同い年の女盗賊か。残念だが銀貨なら持って無いぞ。それとも俺の剣を盗みに来たのか?」

 

 しばらく逡巡しゅんじゅんしたあと、エフトは言った。

 

「上のほうから、お前を調べろと指示を受けている。詳しく調べれば調べるほど、報酬が出るんだ。だから話を聞かせろ」

 

「そうか」俺は了解した。

 

「ヴォルフガング、このエフトとかいう盗賊にも何か食い物を恵んでやってくれ」

 

 この料理は元をただせば全て俺の金である。ヴォルフガングは言われたとおりに、料理をエフトの前に差し出した。フラーウムはその後ろでぶつぶつと文句を言っていた。「この女たらし」とか「刺されて死ね」とか聞き取れたが、そのへんは後でフォローしておこうと思った。

 

「俺の名は関口せきぐちコータ。別の世界から来たんだ。出身はアール大陸じゃなくて、日本にほんという名前の島国だ」俺は語った。

「その世界ではマグタイトは無かったけれど、石油と電気というものがあった。石油ってのは黒い油だ。これを精製すると重油や軽油やガソリンが作れて、くるまはガソリンで走る。全ての道は恐ろしいくらいに整備されていて、車はどんなところまでも走っていける」

 

「全ての道を整備するとは、その島国はよほどの大国なんだろうな」ヴォルフガングが興味深そうに言った。

 

「加工貿易っていって、原材料を加工して売るのが上手い島国だったんだ。材料さえあれば、家、家具、車、船、工場、何でも作った。それでお金を儲けて、道路や建物、学校を整備したんだ」

 

「お前さんも学校で勉強したのかね?」ヴォルフガングが聞いた。

「ああ、小学校、中学校と進んで、今は高校一年生だ。そこでこの世界に呼ばれちゃったけれど、もっと上に大学というのもある」

 

「そこでは魔法も教えているのか?」エフトが訊いた。

「そうだね。大学ではほとんど魔法と区別がつかない技術を教えているよ。科学っていうやつだ」俺は誇らしく答えて言った。

 

 そこで一つの疑問が浮かんだ。この世界に神様や魔法使いはいるのだろうか。

 

「この国に神様はいるのかい?」


「いない」そこで、きっぱりとした拒絶の言葉が返ってきた。その点だけは譲れないとでもいうように。


「じゃあ、この国に魔法はあるのかい?」

 

「ある。『オールエー』という特権階級の魔術院があって、マグタイトと魔法についての研究をしている」エフトは答えた。

 

「俺は魔法を使えるかな?」

 

「無理だと思う。魔法は魔法使いの血統が無いと学べない。白い魔法使いとか、薬草の魔女とか、いくつか例外もあるけれど」エフトは答えた。

 

 俺はがっかりした。せっかく異世界に来たのに、魔法が使えないだなんて、ありえない。ファンタジーの主人公は、少なくともその仲間は、普通魔法を使えるものだろうに。俺はうらめしそうに自分の剣を見た。俺の剣は、魔法など知ったことかと小さく囁いていた。

 

「この剣は?」エフトは訊ねた。

「なんでも伝説の武具『祝福と呪いの剣』らしい。俺が持つときだけ羽のように軽くなる」俺は答えた。

 

 伝説の武具、ねえ。女盗賊のエフトはそう言ったきり、武器については聞いてこなかった。たぶん傭兵のヴォルフガングほど武器に詳しくはないのだろう。エフトは「今日はここまで」と言って立ち去った。

 

 そんなわけで、俺は肉料理を満喫して席を立った。俺自身が使うことはできないが、この世界に魔法自体はあるらしい。その事実が俺の心を軽くした。

 俺を呼んだのが神様だか精霊だかは知らないが、理屈は簡単だった。お金を貯めて、魔法を使って、日本に帰る。懐かしい故郷に帰るのだ。俺はそれがどれほど難しいことなのかを予感していながら、最後まで希望を捨てきれずにいた。

 

 帰り道、金髪のフラーウムは俺の顔を掴んで「私のほうを見なさい」と言った。「あの女じゃなくて、私のほうを見るの。これは命令よ」俺はフラーウムに、それは嫉妬と言う感情なのだと教えようとして、思いとどまった。なるほどフラーウムの顔も、よくよく見れば可愛らしかった。

 俺がその感想を素直に口にしたら「死ね女たらし!」とビンタされた。波打つ黒髪のヴォルフガングが、それを見て大笑いした。頬をさすりながら横目で見ると、うつむいたフラーウムの顔は真っ赤になっていた。

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