第七話 貴族たちの密談
ここは王都の貴族の館。フレイズマル家の最奥の広間である。足に彫刻を施された長いテーブルの上に、白い布が敷かれていた。そこに燭台と蝋燭が並べられ、昼間のように煌々と部屋を照らし出している。
それぞれの貴族たちの前には豪華なディナーがあった。それを口にしながら、四人の有力貴族たちの密談が行われていた。
「第二次ファイアドレイク討伐は成功した」若くして白髪頭のフレイズマル卿が苦々しげに言った。
「なんと!」茶色の髭をたくわえたファフニール卿が驚いた。
「ファイアドレイクを……」肉を切っていたオッテル卿が絶句した。
「確かな情報か?」最年長の、計算高い眼鏡のレギン卿は疑った。
「百人が百人、雁首揃えて嘘を吐くとは考えにくい。勇者コータ。こいつがファイアドレイクを斬った。斬ってしまった。確かな情報だ」フレイズマル卿が似顔絵を指し示し、断言した。
それでその場は深とした。
「予定ではファイアドレイクの元に傭兵を小出しに派兵し、主だった戦力を口減らしするという計画だった」茶色髭のファフニール卿が嘆息した。
「それがザッフランド王国との和平の条件の一つだったな」オッテル卿が切った肉をほおばった。
「だが計画は崩れた。我々はザッフランドとの協定を違え、魔王軍に刃向かったことになる」眼鏡のレギン卿は言った。
「そうだ。あの馬鹿が、コータというガキが得意絶頂にファイアドレイクを殺したことで、我々はザッフランドと共に魔王軍を敵に回した」
「いやザッフランドのほうは口先で誤魔化せばなんとかなる。問題は魔王軍だ。西だか南だかのほうで暴れ回っていた魔王が、いずれこの国にやって来る。先の戦争で我々の軍備は底を尽きた。いま戦争をして、魔王に勝てるわけがない」
白髪頭を掻き毟ってフレイズマル卿が言った。
「魔術院『オールエー』のほうは何か言ってきているのか?」ファフニール卿が訊ねた。
「まさか。奴らは院にこもって永久に出てこないだろう」オッテル卿が答えた。
「で、どうするんだ? フレイズマルよ」眼鏡を光らせ、レギン卿が訊ねた。
「勇者コータは女商人ドプレクスの傭兵だ。ドプレクスにコータのことを調べるように依頼した。何か秘密があるはずだ。びっくりするような秘密が! そうでないならファイアドレイクを討ち取れるはずがない!」フレイズマルは大きな声で主張した。
「小五月蠅いナターシャ王女の御機嫌をうかがったかと思えば、今度の敵は魔王か。せわしないことだな」ファフニール卿が茶色髭を撫でた。
「魔王の配下には四天王が、まだ、デーモン、ヴァンパイア、人狼がいると聞く」オッテル卿は食べながら言った。
「デーモンは欲望を、ヴァンパイアは暗黒を、人狼は欺瞞を司るという。勇者コータは、彼らに勝てるかね?」レギン卿が眼鏡を磨きながら解説し、疑問を呈した。
「勝ってもらわねば困る」白髪頭のフレイズマル卿は立ち上がって言った。
「我々には、アール大陸には、アーランド王国には、神はいない。神は遠い昔に、何処かへ去ってしまった。あるのは昔から続く、効き目の無い信仰と、マグタイトだけだ」
フレイズマル卿は歯軋りをした。フレイズマル卿に両親はいない。助けを求める子に手を差し伸ばす心優しい父は、この大陸にはもういない。
まるで寒い風が吹いているかのようだった。何の盾も無しに、子供は風の中で一人泣いていた。子供の名はアーランドという。アールという祖父を持ち、かつてこの大陸を制覇しようと試みたこともあるやんちゃな子供だった。だが不可能だった。マグタイト駆動の物品と技術は流出し、子供は周りから叩かれて大陸の真ん中に追いやられた。
ラヴィッシュ帝国との不毛な縄張り争い、西方連合諸国と南方連合諸国の戦争への介入。ザッフランドとの無益なマグタイト戦争。子供は泣いていた。このままでは泣き疲れて死んでしまうだろう。
「勇者コータには神話になってもらう」フレイズマル卿はコータの似顔絵に手をついて顔を上げ、きっぱりと言った。
「神話になって、その後に、勇者コータは英雄として死ぬのだ」
ドプレクス会計事務所。その仕事場で、黒く美しい肌を持つドプレクスは、貴族からの依頼を持て余していた。商売が忙しかったのだ。それに税をしつこく取り立てるフレイズマル卿のことは嫌いである。はっきり言って乗り気がしなかった。コータの調査、断ろうかしら。そう考えて、再び思い直す。
エフトという名の女盗賊がいる。孤児だ。この子に調査を依頼するというのはどうだろう。それも悪くはないかもしれない。いずれにせよ、ファイアドレイクを倒したコータの、昇給を考えねばなるまい。これまで月に銀貨十枚だったが、銀貨十五……いや十二枚ということにしよう。
今やコータはファイアドレイク討伐の報酬である銀貨をもらい、小金持ちである。そして、文句無しの勇者だ。だが、だからこそ、これからも私の手駒として活躍してもらわねばならない。銀貨十五枚を与えるのは、次の試練を乗り越えてからにしておこう。
ドプレクスはそんな結論を出し、使いの者に女盗賊エフトへの依頼書を持たせ、走らせる。
ファイアドレイクを打ち倒した男。フレイズマル卿が気にかけるほどの男。コータとは一体どんな存在なのだろう。調査の結果を楽しみにしながら、ドプレクスは帳簿に再び目を通した。間違いは一つも見つからなかった。