第五話 第二次ファイアドレイク討伐 前
「私は反対よ」と酒場の奥の席でフラーウムは言った。だが俺に下されたドプレクスの指示は「第二次ファイアドレイク討伐に参加せよ」との内容だった。
女商人ドプレクスは俺を遊ばせておくということは考えていないようで、第二次ファイアドレイク討伐、前金ありという話が出ると、すぐにそれに参加せよと指示してきた。衣食住を保障されている傭兵の身であるので、前金とは言っても、俺の取り分は半分だけ。銀貨二枚のうち、一枚だけである。これでは上等なサンダルも買えない。まあ上を見ればキリがないのは、どこの世界でも一緒だが。
「第一次ファイアドレイク討伐は無残に失敗したわ。なのに、戦力を小出しにした、ほぼ同じ規模での遠征計画。こんなの死ににいくようなものよ。別にドプレクスの傭兵を辞めたっていいじゃない。戦争でいっぱい人が死んだんだから、別の働き口くらいあるわよ」
「戦争?」
「そうよ。一年半くらい前の、ザッフランド王国との間の『マグタイト戦争』で、いっぱい兵士が死んだの。だから今は人手が足りない。本当はファイアドレイク討伐なんてしている暇は無いのよ」
俺はよく分からなかったので、ヴォルフガングに説明をお願いした。
国境付近の山脈で見つかったマグタイトの鉱脈。これの採掘権を巡って、アーランド王国とザッフランド王国は無益な戦争をしたらしい。そのために王位継承者であるアレク王子とサンドリア王子は死に、戦争を収めるためにナターシャ王女の尽力で「ナターシャ条約」が結ばれた。その後、ナターシャ王女は国王の孫フェリス様を産んだ。国王はその孫に後を譲って死んだ。というのである。
「じゃあ今の国王陛下は赤ん坊のフェリス様で、ナターシャ様が実質的な支配者なのか?」
「前半の『赤子王』は正しいけど、後半は間違いよ。ナターシャ様は確かに人気があるけど、実際は有力貴族たちが組んで独裁をしているの。現国王陛下が成長すると権力を奪われるから、国王の実の父が何処にいるのか、貴族たちはあぶり出そうと必死になってる。この遠征も、貴族の都合で考えられたことで、きっとナターシャ様は関係ないはずよ。だから参加する必要なんてないのよ」
フラーウムは没落したとはいえ貴族なので、様々な情報が入ってくるのだろう。確かに参加しないというのも一つの手ではありそうだった。しかしその場合、俺は失職することになる。次の職が見つかる保証はない。
「そうは言っても指示は指示だしなあ」俺は呟いた。
「俺も参加するぞ!」ヴォルフガングは大きな声で言った。
「マグタイト駆動のこの銃の試し撃ちだ。ファイアドレイクなんか蜂の巣にしてやる!」
銃! この世界には銃があるのか。俺は驚いたが、それを隠した。ということは、戦争では大量の銃が使われたに違いない。そのお下がりの銃が、傭兵の間にも流通しているのだろう。マグタイト駆動ということは、火薬の類は一切使わないのかもしれない。
「ヴォルフガング!」フラーウムは嘆いた。
「あなたまで参加するんじゃ、私も参加しないわけにはいかないじゃない! 女子供だからって銃後に残るのは、鉱夫たちだけよ!」
鉱夫たち! マグタイトという鉱石を掘り出すために、採掘と精錬を行う職業があるのだと俺は気付いた。この世界に奴隷はいないようだが、鉱夫たちが事実上の奴隷扱いをされているのかもしれない。だとすれば、この国のマグタイト文明は、予想以上に暗い闇を抱えていることになる。
思案の末、俺は言った。
「これからファイアドレイクについて、俺が知っていることを言う。もし間違っていたら言ってくれ」
「ファイアドレイクは山の洞窟などに住み着く火の化身ということで知られる。その姿はドラゴンに似ているが、口から火を吐くためにドラゴンとは明白に区別されている。秘められた財宝を守っており、雷撃でその敵を打ち倒す。暗雲の合間に光が走るのは、ファイアドレイクが飛んでいるから」
「これは驚いた。どこの賢者様から聞いた話だ?」「なんであんたそんなにファイアドレイクに詳しいのよ!」
期待していた二人からのツッコミは無かった。俺が元いた世界では幻想であったその獣が、この世界には当たり前に生息している。その事実に、俺はひどく驚いた。
「ファイアドレイクの雷撃はいちばん高いところ、尖っているところに落ちる。頭を下げ、背を低くして進めば恐くは無い」俺は元の世界での常識を、雷の特性を語った。
返ってきたのは二人の限りない尊敬の眼差しだった。
第二次ファイアドレイク討伐のために、百名の古強者が募られた。俺は前金の銀貨一枚を持って商店街に行き、自分の足に合ったサンダルを買った。たぶんぼったくられているのだろうが、目的のものが手に入れば別にかまうまい。ヴォルフガングは銀貨で銃弾を買った。フラーウムは実家に銀貨を仕送りしたらしかった。
俺は「ファイアドレイクに勝つ秘策」という情報を銀貨半分で売りに出した。内容は二人に語ったのと同じもの。雷に関する常識だ。たちまち俺の前には行列ができ、あっという間に銀貨十枚が集まった。俺の商才を見て、フラーウムは目の色を変えた。
「あなたもしかして商売の天才?」
「……俺たちの勝ち目を少しでも増やしたいだけだよ」
そう。参加するからには勝たねばならない。ファイアドレイクに勝って凱旋して、それで始めて、俺の立場が定まるのだ。俺は部屋に戻り、羽のように軽い剣を両手で握り構えた。この世界の吐いた嘘。ありうべからざる伝説の「祝福と呪いの剣」。
きっと、最後にはこいつのお世話になることだろう。