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第三話 傭兵ヴォルフガング

「まったく、そいつは惜しいことをしたな。フラーウム」

「そうなのよ! 信じられない! コータは、私の目の前で金貨二枚をふいにしたのよ!」

 

 宿屋のベッド。フラーウムの金切り声で目覚めると、一人の強く波打つ黒髪の男が椅子に座っていた。肌は褐色をしている。フラーウムは白かったし、女商人ドプレクスは黒かった。思うに、この国では肌の色による人種差別は無いらしい。良い知らせだ。

 

「はじめまして、コータ。俺の名は傭兵のヴォルフガングという。十六歳だ」

「はじめましてヴォルフガング。俺と同い年ですね」


 ベッドに座る俺を、椅子に座るヴォルフガングが勝手に品定めする。


「もしよければ、お前さんの家族と故郷について話してくれんか」


 そこで俺は隠さずに語った。

 

「俺には父と祖父がいる。母と祖母は死んだ。俺は十六歳で、二歳年上の兄がいる。彼女や婚約者はいない。故郷は島国で、こことはかなり離れている」


「島国? あの島じゃないとすると、どこの島だ? どのくらい離れてるんだ。何リーデだ?」ヴォルフガングは興味を持ったようだった。俺は言った。


「こっちから先に質問させてくれ。この世界の名前は何だ? この国の名前は何だ? 文明はどのくらい進んでいる?」


 その言葉に、ヴォルフガングは面食らったようだった。


「この世界の名は、『アール』という。この大陸を造った魔法使いの名だ。この国はアール大陸の国。つまり『アーランド王国』だ。国王は『赤子王』と呼ばれていて、まだ生まれたばかりだ。で、『文明』というのは何だ?」


「この大陸の、この国の特長のことだ」俺は言った。


魔鉱石マグタイトのことか? まさかお前さん、マグタイトのことすら知らんのか?」


「知らん」


 ヴォルフガングは絶句した。

 

「マグタイトだぞ? あの武具に使われて、馬車に使われて、船に使われて、空さえ飛ぶ、あのマグタイトのことも知らんのか? 自分が命を賭けて守った輸送品のことさえ知らんというのか?」


「石炭みたいなものか?」


「は! 石炭だと! マグタイトはそんな古臭いしろものじゃない。何度でも繰り返し使えて、一切煤も出ない。魔法使いどもに言わせればまさしく賢者の石だ!」


 そこまで言ってから、自分が喋りすぎたことにヴォルフガングは気付いたようだった。


「それで一体、お前さんは、どれだけ遠くから来たんだ?」


「別の世界からだ。信じろとは言わない。神様だか精霊だか知らんが、そういうのになんか呼ばれたらしい」


 ヴォルフガングはフラーウムを見て、手の施しようが無い、とでもいうような顔をした。

 

「こんな狂人をどうして拾って来たんだ!」


「命を助けられたのよ! しかたがなかったの! コータは、剣の腕だけはいいんだから!」


 そう言われて、ヴォルフガングはベッドに立て掛けられた俺の剣を見た。俺も剣を見た。そこには小さく文字が彫られていた。

 

「何て彫られてるんだろう」俺は気さくに訊ねた。


 ヴォルフガングは俺のほうを振り向いた。その表情は青ざめ、目玉はきょろきょろしていた。俺にはよくわからない、何らかの畏怖に囚われている様子だった。


「いいか、よく聞け、コータ」ヴォルフガングは慎重に言葉を選んだ。


「この世には神々が作ったと言われる、いくつかの『伝説の武具』があると言われている。それは世界の吐いた嘘。およそありえぬ願い事が形を成したものだ。それら全ての武具に、古い言葉で銘が刻まれている。『我こそ伝説』と」


 我こそ伝説。俺はその話がどう自分に繋がるのか分からなかった。


「そのうちの一つが、『豪華絢爛の飾り銃』だ。これは銀の弾丸を撃ち、この世界の夜明けを早めたと言われている。そして他のいくつかの武具の一つが、『祝福と呪いの剣』だ。たぶん、おそらくだが、お前さんが持っているその剣がそれだ」


 そこまで言って、ヴォルフガングは震える手でテーブルのコップを手に取り、その中身を飲み干した。


「その剣は触れた者が不適格者ならば、永遠に、死ぬまで掴んで離さないと言われている。しかし適格者が持つならば、その剣は羽のように軽く、全てを! まさしく全てを軽々と切り裂くと言われている」


「コータ。お前はその剣の周囲で何を見た? 剣を引き抜こうとして果たせなかった者たちが、夢破れた多くの死体が、骸骨が転がっていたのではないのか?」

 

「別に何もなかったよ」俺は嘘をついた。

「ただ、サンダルをちょっと借りて――」

 

「コータ! すぐにそのサンダルを脱ぐんだ。すぐに!」ヴォルフガングは命じた。


「不浄なものは必ず聖水で清めねばならん。もし呪われていたりしたなら、一大事だ。サンダルは俺が新しい、きちんと祝福されたものを買ってやる。だからああ、死人が身に着けていたそれを、こんなところに持ち込まんでくれ!」

 

 それをいうなら俺の装備だって全部死人のなんだけど。という言葉を飲み込んで、俺はサンダルを脱いだ。ヴォルフガングは慎重にそれをゴミ箱に捨て、祈りの言葉をぼそぼそと呟いた。

 再び椅子に座りなおして、ヴォルフガングは言った。


「しかし、マグタイトが無い世界など想像もつかん……どんな野蛮な世界なんだ。ええ?」


「まあ、マグタイト無しでもなんとかやっていたんです」俺はそう言うことしかできなかった。咄嗟には、他にどう説明することもできなかったからだ。

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