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マグタイトクロニクル2

国王フェリスは、母の情報を得るため、王宮を出ることを決意する。立ち塞がるのは、女暗殺者ライカと兵士たち。フェリスは仲間となったライカと共に困難を乗り越え――

■薔薇園の密会


「生まれる前に名前を決めたの。男でも女でも、フェリスにしようって」


 王宮の薔薇園に似合わぬ、屈強な黒髪の鉱夫が一人立っていた。粗末な灰色の作業服に、遮光ゴーグルを被っている。その隣に軽いドレスを着た金髪の王女と、すやすやと眠る赤子王が居る。

 

 ひどく不自然な組み合わせだった。鉱夫といえば、居場所は魔鉱山の地下と相場が決まっている。とはいえ、その不自然さは事実でもあった。反体制組織ラッダイトのリーダーである鉱夫ゴーシュと王女ナターシャは、共に夫婦の誓いを立て、一人の男の子を授かったのだ。

 

 勇者コータの陳情のおかげで鉱夫ゴーシュの指名手配は解かれた。しかし本来、卑しき鉱夫などが王宮に入れるはずもない。これは白い魔法使いウォレスが手配した、わずかな時間の、魔法の密会であった。


「こりゃ小さいな。そして軽い。……この子は俺たちの住む世界を『幸せ』に変えてくれるかな?」

「変わるわよきっと。賭けてもいいわ」

「じゃあこの子ともう一度会ったときには、『母さんはお前に賭けてたぞ』って伝えておこう」

「そっか、鉱夫は賭け事(ギャンブル)はしないんだっけ」

「ああ、ラッダイトはギャンブルはしない。ただ支配に反発するだけだ。だが俺は、この子の未来に、幸せあれよと願うよ」

「それで十分よ。それだけで十分。私たちはきっと幸せ者ね」


 薔薇の香りに包まれて、ナターシャは気丈に笑った。自分が産んだ子に、愛しいゴーシュが幸せを願ってくれている。彼女には、それだけで十分だった。



■議会


 数年後。民衆に人気のあった王女ナターシャは流行り病で死んだ。

 

 赤子王の後ろ盾は唐突に何も無くなったかに見えた。貴族同士で政争が起き、アーランド王国は事実上終焉するはずだった。だが。

 

 異世界より現れ、黒の魔王を倒し、巨大な名声を持った勇者コータが。異世界との交易で莫大な富を築いた女商人ドプレクスが。そして院に引きこもって出てこないことで知られる魔術院オールエーが。赤子王を強力に支持した。

 

「法案の全てを多数決で決めるだと!? そんなふざけた制度がうまくいくはずはない!」


 宮殿の広間で騒ぎ立てる若くして白髪頭のフレイズマル卿らに、勇者コータは決断を迫った。

 無敵の『祝福と呪いの剣』を失った後、コータはドワーフの手による一振りの剣を得ていた。『全ての民草の剣』と呼ばれるその業物は、鋭利な切っ先をまっすぐ貴族の喉首に向けていた。反対すれば全員叩き斬る。コータの目にはその覚悟があった。

 しかしふと気を抜いて、コータは剣を鞘に収めて言った。

 

「うちの世界じゃあこれで百年やってきたんだ。たぶんしばらくは――国王が育つまでは――持つだろう。どこの貴族であっても、名門貴族と対等の発言権が約束される。悪い話じゃないはずだが?」

 

 その言葉が決め手となった。雪崩を打つように広間に集められた泡沫貴族が賛成に傾き、ついに名門貴族の意見は脇に押しやられた。国王フェリスが育つまでの間の、暫定措置としての、貴族たちの合議制。いわゆる議会の導入である。

 

「認めん! 俺はこんな制度断じて認めんぞ!」

「まあまあ、そう言わずに、お茶でも飲んで」


 言われて、フレイズマル卿は凍りつく。勇者コータの妻にして、新興貴族のフラーウムが場を取り成した。この世界でただ一人、勇者コータの頬をビンタしても許されるのがフラーウムである。その機嫌を損ねることは、異世界交易に税を課す名門貴族にとって死を意味する。

 

「わ、分かった。善処しよう」

 

 ぎこちなく答えるその唇は怒りで震えている。それを見て、フラーウムは笑った。

 

「ありがとう。お礼に、後で長寿のお茶をお送りするわ」

 

 お茶。その風習は、あっという間に広まった。茶葉に沸かしたお湯を注いだもの――お茶――を飲む者は齢八十を生きるという噂、もっといえば伝説が広まったためだ。

 フレイズマル卿はその噂を信じていなかったが、その茶葉には市場価格で黄金と同じほどの価値があるのは事実だった。要するに、名門貴族は巨大なカネの力に屈したのである。

 

「今に見ていろ……異世界の言語を全て翻訳した暁には……」

 

 フレイズマル卿は呟く。だが、まだ紙の辞書すら普及していないこの世界アールにおいて、その翻訳計画には十年以上の時間が掛かるだろう。そして、それで十分なのだった。

 


■十年後。母の噂


 十年の時は過ぎ。金髪のフェリスの呼び名は、赤子王から少年王となった。

 

「このたび王宮にお仕えできなくなること、まことに残念に思います」

「うむ。これまで余によく仕えてくれた」

 

 四人の正装の男が玉座に座るフェリスに向かってひざまずいた。四人とも、三十を越す、この世界では老人と呼ばれる者たちである。彼らはフェリス国王専属の執事であり、護衛隊でもあった。

 だが議会によって、その任が解かれた。後任はまだ決まっていない。今この瞬間、国王陛下を守っていた薄いベールは全て剥がされていた。

 

「後任には、誰を当てるつもりでございますか」

「当面は余一人でよい。今は、少し考える時間が欲しいのだ。あの噂は聞いておろう?」


 その噂こそが執事たちの最も気に病むところであった。


「王女ナターシャ様がまだ生きておられるという噂でございますか」

「もしそうであれば、差し出がましい意見とは存じますが、ありえませぬ」

「私どもも、国葬の様子は見ておりました」

「ナターシャ様が流行り病にお倒れになったこと、疑う余地はございません」


「ふむ。余もそう思っておる。風の噂に踊らされるようなことはない。下がってよいぞ」


 しかし言葉の反面、フェリスは静かに王宮を抜け出す決意を固めていた。

 これを期に、外の世界のことも知らねばならない。もし白い魔法使いのあのホラ話が本当なら――自分は、鉱夫ゴーシュの息子なのだから。



■暗殺者ライカ


 噴水のある広場。遊んでいた子供たちの一人がフェリスに声を掛けた。


「おい、お前。ずいぶん上等な服を着てるじゃないか!」

「ああ。特注品だからな」

「お前は貴族か?」

「いや」

「お前は平民か?」

「いや」

「ならお前は鉱夫の子だ! 鉱夫には泥だらけの服がお似合いだ!」


 綺麗に足払いを決められ、あっけなく倒されるフェリス。空が広く、青い。宮殿の外はこんなにも広かったのか。子供たちは笑いながらその横を通り過ぎて行く。

 青空を見て呆けていると、飛ぶ鳥がついと横切った。王族の前を横切るなど、無礼千万である。フェリスは死刑を宣告しようとして、鳥には人の法は通じぬのだと知る。



「どうやら、余は驚くほど物知らずのようだ――」


 起き上がり、埃を払うと、フェリスはライカのほうを振り向いて言った。


 緋色の髪と瞳を持ち、黒い服を着た女暗殺者のライカは、自らの視線に気付いた国王の力量を見定めようとしていた。だが、動けなかった。

 一言でいうと美形なのである。タイプなのである。好みの顔なのである。そんな理由で暗殺を止めるというのは完全に暗殺者失格なのであるが、ライカはもう負けを悟っていた。高鳴る胸。収まらぬ動悸。間違いない。一目惚れである。


「――どうか、案内の者が一人欲しい。だめか?」


 陛下は自分には殺せない。かといって、放置すれば別の暗殺者に殺される。殺さないなら選択肢は一つしかない。今の依頼を断って、全力で守り通す。それしかない。


「よろこんで!」


 ライカは快諾した。その声は弾んでいた。周囲に展開した別の暗殺者からの殺意のこもった視線を感じ取る。だが問題ない。魔術師だった兄アーサーから教わった、日に一度しか使えぬ奥の手がある。

 

 ライカは自分とフェリスに『透明化』の呪文を掛ける。たちまち、二人の姿が見えなくなった。

 

「陛下。では、どこへ行きますか」

「余はどこへでも行こう。だがまず噂を集める必要がある。そしてその前に食事をしなくては」

「では市場に果物でもつまみに参りましょう。噂は人ごみの中に集まるものです」

 

 ライカは知っている。その噂が嘘の情報であることを。国王フェリスを誘き出すための、ただの餌に過ぎないことを。それでも陛下は、母が生きている可能性を僅かなりとも信じているのだ。ライカの胸がちくりと痛んだ。

 


■酒場


 酒場のカウンター。傭兵たちが集まり、安酒を片手に噂話に興じている。


「最近、貴族たちの多数決による、護衛隊の突然の解任があった。その後、行方不明らしい」

「行方不明? 陛下がか?」

「誰にも話すなよ。何かの計画が進行してるのかもしれん」

「まさか暗殺されたのか?」

「噂じゃアーランド中の暗殺者が総動員されてるって話しだが……おっと、貴族の紋章のおでましだ。今の話は忘れろよ」

「ああ」


 頭の先からつま先まで完全武装した、偉そうな兵士たち――ここでは貴族の雇う傭兵という意味だ――がやってきて、一人の肩をぐいと掴んだ。


「四人分の椅子を空けろ」

「ああ、すまない。ちょっと酔っていて気付かなかった。いま席を空けるよ」


「……このクソ兵士が」


 小さく吐き捨てて、男は席から離れる。

 

 しばらくして四人の面子がそろい、小さな会議が始まった。


「それで……フェリス様はもうお隠れになったのか」

「いや、まだだ。暗殺部隊がフェリス様を見失った。一人消えている」

「裏切り者か?」

「分からん。死体は無い」

「フェリス様が王宮に居れば話は簡単だった。なぜ逃がした?」

「逃がしてなんかいない。自分から出て行ったんだろう」

「一人でか? ならすぐ見つかっているだろう。誰か手引をする者がいるはずだ」

「やはり裏切り者がいるのか」

「あるいは鉱夫たちが……いや、それは考えにくい……」


 その四人の会話を、密かに盗聴している者がいた。


「で、何が考えにくいんだい?」

「だから鉱夫がフェリス様を守……!?」


 いつのまにか賑やかだった酒場はしんとなり、客は去っていた。灰色の作業服に身を包み、ハンマーとスコップを担いだ屈強な鉱夫たちが兵士たちを取り囲んでいる。酒場のマスターは皿磨きに夢中で、自分は何も見ていないと言い張るつもりのようだった。

 

「お前らの計画は全部吐いてもらう。あるいは、かわりに内臓を吐くか?」


 ラッダイト流のジョークを合図に、兵士たちは腰に差した剣を抜き、戦いの姿勢を取った。だがワンテンポ遅れていた。振り回されたハンマーは兵士のわき腹に激突し、鎧を変形させて肋骨を折った。打ち下ろされたスコップは肩を切り裂いた。剣を振るうはずの手は鉄底の靴の蹴りをくらって砕けた。カシャン。剣が地に落ちた。傷口に手をやり、激痛に兵士たちはうめく。

 


■鉱夫たち

 

「フェリスが王宮を出て、暗殺者と兵士に狙われているだと?」


 王都のラッダイト支部。一人の男が、その話を聞いてソファから立ち上がった。遮光ゴーグルを掛け、ひときわ汚れた灰色の服を着て、ぼさぼさの黒髪をしたその男は口元を歪めた。

 

「そりゃあ面白い。あの貴族どもが心底嫌がるっていうなら、いっそ内戦でも起こしてやろうじゃねえか」

「ゴーシュ。それは賢い判断とは言えない。王族は敵だ。殺せるなら殺すべきだ」


 長い黒髪をしたひょろりと細い男が、ラッダイトの教義を口にする。


「カダス。殺して、その後どうする? 貴族どもは健在だ。議会は続く。今までと何が違う? 何が変わるというんだ?」

「ゴーシュ! この十年、ラッダイトが何をした? テロの実行数は減り、勇者コータの入れ知恵で『ストライキ』とかいう非暴力、不服従主義を貫いて――」

「だが賃金は倍増した! そうだろうがよ!」

「そ、それはそうだが……。王族はお前の親のかたきではなかったのか?」

「ああ、仇だよ。だからどうした。計算できない私情に流されてどうする。いまフェリスを殺して他国の介入を招いてみろ。アーランド王国は、せっかく生まれた国を跨ぐ鉱夫たちの繋がりは、全部御仕舞いだ」


 だが気持ちが高ぶったラッダイトのサブリーダー、カダスは反論する。


「ゴーシュ! お前こそ私情に流されているのではないか? フェリスが自分の息子だから、目に入れても痛くないと、守ってやりたいとでも思っているんじゃないか!?」


 パン。ゴーシュの平手を受けて、カダスの鼻に血が垂れる。

 

「フェリスは十才の時に、もう真実を知ってる。自分が誰の子かということも。母が既に死んでいるということも。貴族たちが自分を抹殺したがっていることも。いつまでも誰かが守ってくれるわけではないことも。全て了解している」


 別の男が、疑問を口にする。


「だったらなぜ、フェリス様は王宮を出たんだ」

「決まってるだろう。あいつも男だ。自分で自分を試したくなったのさ」


 ゴーシュは大胆不敵に笑う。日は天頂を過ぎ去った。出撃の刻だ。



■パンの対価


「ライカ。人の物を取る時には、対価を支払うべきだ」

「陛下、今は非常時です。やむをえないことなんです」


 ライカはフェリスを説得していた。たかが、市場に積まれたパンの一つを取るのにこの有様である。いったい国王陛下はどこまで本気で言っているのか。

 

「陛下は今狙われています。それにお金を持っていないのでしょう? 支払いはできません」

「この上着の、金のボタンを取って渡せばいい」

「そのボタンは大きすぎます。どう見ても支払いすぎです。今はツケにしておいて、あとで支払えばいいではないですか」

「くどい。分からぬのか。余が支払うと言ったら支払うのだ」


 『透明化』しているフェリスは、ボタンを引き千切るとずんずんと歩いていって、会計の皿の上に落とす。

 チン、と音が鳴った。そして、周囲の者の目線がそこに集中した。


「ん……こりゃ、ゴールドのボタン?」「そこに誰かが居るぞ!」「いるのは誰だ!」

 

 悪い予感がしてライカが近付くと、そこでフェリスは声高に宣言していた。


「アーランド国王の名において、余はここにパンの対価を支払う」


「国王……国王陛下!?」「そ、そこにいるのは陛下なのですか」「そんなバカな!」


 ヤバイ。『透明化』が解けかかっている。ライカは全力でフェリスの手を掴み、引っ張って走り去る。噂は風の速さで広まる。市場はもう安全な場所ではない。暗殺者や兵士たちに見つかる前に、逃げねばならない。


「……なぜ逃げるのだ?」

「フェリス陛下は悪目立ちしすぎです! 物証を残してしまったのですから、すぐに追手がやってきますよ!」

「そうか。戦って勝てるか?」

「無理! 絶対無理です! ナイフで銃には勝てません! 一人で十人には勝てません!」

 

 『透明化』はもう解けている。ライカは家の裏路地を駆け抜け、裏道へと出ようとする。しかしそこには先回りした者達がいた。

 


■アーランド非正規兵


「よう嬢ちゃん。そんな子供を連れてどこに行くんだい?」


 迂闊。暗殺者ともあろうものが、すれ違いざまに肩を叩かれた。ライカは反射的に腰を捻ってナイフを引き抜き、突き出す。が、腕ごと叩き落され、別の兵士に羽交い絞めにされる。もがくが抜け出せない。だめだ。肉弾戦では暗殺者は兵士に敵わない。

 

「フェリス坊ちゃま。あんまり遅いので、あの世からお迎えに上がりましたよ」


 ジョークに笑う下卑た兵士たち。自分たちが国王陛下を見つけたことで、得られる報酬を計算して皆が皆笑っている。そこに、一人が崩れ落ちる。

 

「おい。お前何して……」


 拳を顔に叩き込まれ、背負っていた銃を奪われた。その事実に兵士たちは唖然とした。チャンスを逃さず、フェリスは銃を構え、安全装置を外し、ピンポイントに射撃していく。パン。パン。パン。撃たれ倒れる兵士たち。動揺する兵士の腹に肘打ちを当てて、ライカは羽交い絞めから抜け出した。

 

「ひ、ひい……」

 

 逃げる兵士に、パン。パン。パン。と追撃の弾を撃ち込む。最後の兵士が倒れる。


「陛下! お怪我は!」


 ライカが駆け寄ると、フェリスは言った。


「怪我は無い。銃のことは良く学んだ。学べばいつか父上に会えると、白い魔法使いに言われたからな。それが役に立つことになった」

「陛下の父上は健在なのですか?」

「そのはずだが……やれやれ……果たして会ってくれるかどうか」


「余は少し休む」

 

 そう言って、フェリスは疲労のため、ライカの胸の中に倒れ込んだ。

 

 

■銃撃戦


「B地区の裏道で発砲音!」

 

 極秘装備のマグタイト共振管から、鉱夫の声が流れ出る。

 

「こちらゴーシュ。距離が近い。カダスのチームと合流し、そちらに向かう」


 距離がある装置と装置との間で、相互の会話を可能にするこの最新装備は、勇者コータの発案で魔術院オールエーが作り出したものだ。まだ鋼鉄のハンマーのように重いが、いずれ小型化されるだろう。まったく、便利な時代になったものだ。おかげで今では、ラッダイトのスパイ網は王都中に張り巡らされている。


 もっとも、それは貴族たちの雇った暗殺者や兵士も同じことだ。最近のテロや戦争は戦闘員の数だけではなく、一箇所に数を集中させるための機動力の勝負になってきている。その点、鉱夫たちは志を同じくしているだけあって、順応が早かった。

 

「すぐに兵士たちも異常に気付くはずだ。その前に到着し、対象を保護する」

「殺さないんですか?」


 若い鉱夫が当然の疑問を口に出す。

 

「もし貴族どもが殺したがってるなら、その反対に生かすまでだ。いくぞ!」

 

 ゴーシュたちがB地区の裏道に到着すると、そこには銃で撃たれ倒れた兵士たちと、ライカに膝枕してもらっている気絶中のフェリスが居た。

 

「暗殺者。お前がフェリスを守ったのか」


 突然の鉱夫たちの来訪に、コクコクと頷く緋色の髪と目をしたライカ。

 まったく、フェリスの野郎、若いくせに一人前に女をたぶらかしやがって。そんな視線がライカを値踏みする。

 

「よし! 塹壕ざんごうを掘る! 持ってきた土嚢どのう袋でバリケードを作れ! この細い裏道で兵士たちを迎え撃つ!」


 ゴーシュは命令を発する。即座に陣形が組まれ、地面にスコップが振るわれる。鉱夫たちの標準装備である土嚢袋に掘った土が入れられ、積み上げられて、たちまちバリケードが設置された。これで伏せている間は、銃の射線から隠れられる。

 

 半半刻後、兵士たちが連れ立ってやって来たときには、立派な塹壕が完成していた。鉱夫たちは準備万端だった。「撃て!」の号令で、バリケードから半身を乗り出し、鉱夫らは一斉に射撃する。ようやく罠に誘い込まれたことを兵士が理解したときには、彼らは蜂の巣になっていた。

 

「こちらは大人数、敵は少数だ! う、撃て! とにかく撃て!」


 だが裏道は狭く、盾を持つ兵士たち、銃を持つ兵士たちは陣形が作れない。固い守りのバリケードから顔を半分だけ出した鉱夫が、定期的に一斉射撃を浴びせてくる。その度に、死体が増える、増える。まだ数では勝っているというのに、どんどん士気が失われていく。

 

「どうした? もう終わりか? 兵士ども」


 たまりかねて、味方の巻き添え覚悟で手榴弾を投げる兵士。それを、ゴーシュは片手に持ったスコップでカキーンと打ち返す。兵士たちの前方に、予期せぬ手榴弾が浮く。顔が青ざめる間もなく、爆風は裏道の兵士たちを飲み込んで荒れ狂った。

 

 その音に、金髪のフェリスが目覚める。視界には鉱夫たちの姿があった。

 


■裏切り


 そこで唐突に、黒長髪のカダスがフェリスの首にナイフをあてて、立ち上がった。


「私は認めない。裏切るぞゴーシュ! 我々ラッダイトの歴史は王族との敵対の歴史だ! いまこそ王族を打ち倒し、この国を真の民草のものに、鉱夫たちのものにするのだ!」


 ゴーシュは状況を把握する。この場の鉱夫の約半数を占めるカダスのチームは、あらかじめ裏切りを命じられていたのだ。王族の殺害はラッダイトの悲願である。予想してしかるべきだった。だが。


「余を裏切りたい者は裏切れ」


 フェリスはよく通る声で言った。それを聞いて、カダスは目を見開いた。


「王族は貴族たちを通じ、これまで鉱夫たちに無理難題を強いてきた。いずれその罪は償わねばならん。それが今だというのなら、容赦無く裏切れ」

「余が鉱夫の待遇改善を謳う、口先だけの約束をする軟弱者だと思うなら。ラッダイトのリーダーである鉱夫ゴーシュの息子に値しないというのなら、今すぐ裏切れ」

「裏切りたい者は裏切れ。余が許す」


 なんというか、間が悪かった。カダスに続いて裏切るはずだった者たちは、完全にタイミングを外されてしまった。そして暗殺者ライカの後ろからの手刀の一撃で、カダスはナイフを取り落として倒れる。

 

「ぷっ……はははは……」

 

 鉱夫たちは笑みを浮かべた。笑みが広がっていった。この国王はただの言葉だけで窮地を乗り切った。こんなものを、こんな人間を、貴族が御しきれるはずはない。いずれこの国王陛下は階級を、制度を、国家を、いや世界をも変えるだろう。

 ゴーシュは叫ぶ。


「馬鹿か手前! お前が良くても、こっちは良くねーんだよ! その行き当たりばったりの性格はいったい誰に似たんだ? ええ?」

「父上でなければ、母上に似たのでしょう」


 フェリスは塹壕にどっかりと腰を落として言った。


「お久しぶりです、父上。鉱夫ゴーシュ。私の父上」

「お前、最初から俺に会うのが目的で――」

「もし会いたければ遮光ゴーグルが目印だと、母上から図解付きで遺言がありました」

「チッ。ナターシャの奴。余計なことを」


 幾度かの銃撃戦の間に日は傾いた。


「兵士はあらかた片付いた。これから夜闇に紛れてCルートで撤収する」

「了解した」


 ゴーシュはマグタイト共振管に告げ、撤収の準備を始める。



■最後の質問


「ところで、母上はどんな人でしたか、父上」


 フェリスは去り際の父に、勇気と声を振り絞って問う。その質問に、鉱夫ゴーシュは答えた。


「あいつは――」


 女暗殺者のライカは、その先のやり取りをよく覚えていない。

 ただただ、息を飲むほどにかっこいいやり取りだった。それだけは間違いなく言える。自分はアーランドの歴史に立ち会ったのだ。そのことだけで胸が張り裂けそうで、込みあがってくるものがあって、ライカは知らずに涙をこぼしていた。


「あいつは軽かったよ。軽すぎて殺すのを忘れた。そして柔らかかった。か弱かった。優しかった。馬鹿だった。しかし心は誰よりも強かった」


 ゴーシュは昔を懐かしむように言った。それを、その台詞を、フェリスは一字一句忘れまいと胸に刻んだ。


「父上。あなたは、また地下へと潜るのですか」

「ああ潜るさ。ラッダイトは深く深く潜る。種は撒かれ、いずれ芽が出て、花が咲くまで」

「では、きっと花を咲かせてみせます。その時まで、お元気で!」

「死ぬなよ、フェリス。母さんはお前に賭けてたぞ」

「はい!」


 そこで思い出したように、振り向かずにゴーシュは言った。


「あーそうだ。その女暗殺者は次の護衛として雇ってやれ。人脈もありそうだし、だいぶ優秀そうだからな」

「へ?」


 ライカはすっとんきょうな声をあげた。

 

 だからこれは若き国王が父と出会い、今は亡き母の情報を得る。ただそれだけの、本当の話。

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