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挿話 ヴォルフガングと生きる石 前

 魔鉱山の奥深く。

 ドワーフの部屋と呼ばれる、そこかしこに彫刻の施された空間があった。

 そこに石でできたいくつかの円柱、すなわち丸椅子があり、赤い髪の毛に髭を蓄えた、背丈の低い、太った男が座っていた。人間ではない。ドワーフだ。

 

「この俺に会いにきたってことは」とそのドワーフは言った。

「お前さんは大きな――少なくとも自分にとっては大きな――悩み事を抱えているってことだろう」そのドワーフはドーリンと名乗った。傭兵ヴォルフガングの親戚にあたる存在らしい。

 

「はじめまして、ドーリン。俺はコータ」俺は挨拶をする。

「勇者の噂は十分に聞いている。話さなくてもいい」ドーリンは俺の言葉を遮った。

 

「まさか、会えるとは思っていなかった。これまで何度も足を運んだというのに、なぜ今日に限って会えるというんだ?」波打つ黒髪のヴォルフガングは目を見張った。

 

「お前さんが運命に向き合っているからだよ。ヴォルフガング」とドーリンは優しく言った。

 

「ただの故郷を懐かしむような心情だけで俺に会おうとしても、俺たちは現れないんだよ。だが本当に困難に向き合い、それを打ち負かそうとしているなら、その手助けをしてやらんこともない。なにしろお前には――ドワーフの血が流れているんだから」

 

 俺とヴォルフガングは黙ってドーリンの話の続きを待った。

 

「で、どうせアレだろ? 森に入りたいんだろう?」

 

 ドーリンは言った。ヴォルフガングは強く頷いた。

 

「ドワーフとエルフの協定。ドワーフは森に、エルフは山に入れないという協定が結ばれたのは、千年ほど昔のことだ。その頃には、この大陸にはまだ神々がいた。協定を違えれば罪と罰が降った時代だ」


「ドワーフとエルフは、互いに約束をよく守ることで知られる。神々が居なくなっても、俺たちはいつでも協定を守ってきた。だがハーフやクォーターをどう扱うかまでは、協定にはない……」ドーリンは少し考え込んでいたようだった。

 

「歌を歌え」ドーリンは言った。言われたので、ヴォルフガングはそうした。

 

「ドワーフの業の巧みなこと――それは生きる石を彫る――翼を持った鳥のように――大地を駆ける獣のように――」ヴォルフガングはそこで歌を止めた。そこまでしか覚えていなかったのだ。

 

「その歌には続きがある」ドーリンは歌った。

 

「エルフの歌の巧みなこと――それは誰にも真似できぬ――御伽噺を目の前に――神代の話を永遠に――」

 

 ヴォルフガングは驚いていた。てっきりドワーフだけを称える歌だと思っていたのだろう。それがよもやドワーフとエルフを共に、一緒に称える歌だったとは。

 

「確かノルドールというハーフエルフがいたな。そいつを使えばなんとかなるかもしれんぞ、ヴォルフガングよ。だが最初に断っておくが、お前は森の中の全てを眼に焼き付ける覚悟があるか?」

 

「ある」ヴォルフガングはきっぱりと言った。

 

「そうか。ならばお前はこの歌の通り、『生きる石』を彫る定めになるだろう。それは一生を賭けた大事業だ。それは、お前の思うのよりもよほど辛く、厳しい道になるに違いない。それでもいいか」ドーリンは問うた。

 

「ああ。森の中の小道を歩けるなら、そのための労苦は喜んで支払おう。だが『生きる石』とは?」ヴォルフガングは訊ねた。

 

「残念だが、『生きる石』の伝承は、それを彫る技術は、我々ドワーフにはもはや無い」ドーリンは素直に認めた。

 

「つまりこの長い長いドワーフの歴史の中で、我々ドワーフの一族にも成しえない『生きる石』を彫れるかどうかは、まったくお前さんの腕次第ということなんだよ、ヴォルフガング」ドーリンは笑った。

 

「あの――」俺は声を挟んだ。

 

「勇者コータ。もし全てが上手くいったら、俺がその鞘に合う剣を鍛えてやろう。鞘に合う剣! なるほど普通とは順序があべこべだが、天地を逆さにするほど、魔王を打ち倒すほど難しいことではない。俺たちにもまだそれだけの技術が残っている。安心して任せてくれ。それで、計画はこうだ――」

 

 俺とヴォルフガングは、ドーリンの台詞に耳を傾けた。

 

 

 

 

 銀の長髪を持つノルドールはその話を聞いて青ざめた。「そんなことをすれば私は殺されてしまう」と言った。だが俺たちの意思は固かった。

 

「『生きる石』なんてものが実在するはずがない。誰もが知るとおり、石は生き物ではないのだ。そのくらいのことはエルフたちも承知しているはずだ。私がエルフをたばかって、それで何になる」ノルドールは言った。

 

「お前さんはハーフエルフだそうだが」とヴォルフガングは言った。

「エルフに会ったことは何度ある?」

 

「片手で数えられるほどしか会ってはいない」

 

「なら最初から無理だって決めつけるのは良くないな」俺は言った。

「やるだけやってみよう。それから無理かどうか判断しよう」

 

 ノルドールはやけっぱちになったようだった。ヴォルフガングを自分の小屋に待たせ、ノルドールと俺は森の中に入っていった。

 

「いと偉大なる眼窓オクルスよ。どうか私たちを先に進ませておくれ。我々に悪意は無いのだから」ノルドールは歩みながら、たびたび空を見つめ、何かに怯えるように言った。

 

 森の突き当たりの湖の横に、弓に矢をつがえたエルフたちがいた。緑の髪をして、緑がかった迷彩色の服を着ていた。小さな者もいたし、大きな者もいた。皆が皆、耳をピンと立てて、僅かな物音を捕らえようとしているようだった。

 

「会話は不要だ。私たちはお前たちの思考を読んだ。確かに『生きる石』の伝承は私たちの中にも残っている」エルフたちは囁いた。

 

「だが本当に可能なのか? エルフとドワーフの間の協定以前、千年前に失われた『生きる石』。ドワーフの腕がいくら巧みだからといって、鳥や獣の彫刻に生を与えるなど叶わぬことではないか? 我らがその小さな望みに賭けて、協定を破ることに応じるとでも?」

 

「作るのはドワーフじゃない。クォータードワーフだ。ドーリンには、協定にはクォーターまでは入っていないと聞いた。彼にはその権利があるはずだ。人間として森に入り、ドワーフとして『生きる石』を作り出す権利が。かつて失われたものを取り戻す権利があるはずだ」俺は言った。

 

 俺に剣は無かった。俺に盾は無かった。殺そうと思えばエルフたちは俺を、ノルドールを、無造作に矢で殺せるはずだった。しばらく無言の時間が流れた。それでエルフたちが長考していることが分かった。俺は結論が出るまで待った。

 

 

 

 

「ただ一度だけだ」エルフたちは弓を下ろし、囁いた。

 

「ただ一度だけ、その者が森に入ることを許そう。ただ一度だけの観察で、『生きる石』を作ってみるがいい。それを私たちが見て、できそこないで、見込みがなければ、すべてを諦めろ」

 

 俺は喜んだ。それを隠して――隠せていないのかもしれないが――俺は言った。

「ではその者に、ヴォルフガングに、一度で一生分の森の秘宝を眼に収めるよう、よく言っておこう」

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