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第二十二話 精霊の門

 その日の夕暮れ、巨石の最後の部分に彫られている内容が解読された。それは精霊の門の開き方だった。魔術院「オールエー」の一同はこの発見に沸いた。

 翌日の朝を待って、「オールエー」の全面協力の下、巨石に予言されていた通りに、精霊の門が開かれた。それは例の巨石の一番下の空白部分に開かれた。白い光に縁取られた、虹色に輝く門だった。

 

「じゃあ、俺は元の世界に帰る。後はよろしく!」


 俺は青髪のアーサーに手を振った。ヴォルフガングとフラーウムには今日のことは知らせていない。彼らはまだ王都の酒場にいるはずだ。そのはずだった。そのはずだったのだが。ものすごい勢いでマグタイト駆動の馬車が走ってきて、門の前で止まった。

 

「コータ! 私のことを傷物にしておいて、いまさら逃げるっていうのはどういうことよ!」ヴォルフガングの制止を振り切って、怒り心頭、顔を赤くした金髪のフラーウムがいた。黄色の上等なドレスを着て、馬車から降りて、こちらにずんずんと歩いて来ていた。

 

「すまんコータ。酔った勢いでつい喋ってしまってな」強く波打つ黒髪のヴォルフガングが言い訳した。

 

「私もあなたの世界に連れて行きなさいよ。そこでいっぱい子供を産んで、幸せな家庭を作るのよ!」金髪のフラーウムには、まだだいぶ酔いが残っているようだった。

 

「まさか、このまま門を閉じてハイ終わりってことにするつもりじゃないでしょうね」馬車から、黒く美しい肌に縮れた長髪を持つ、いくつものネックレスをつけた、女商人ドプレクスがぬるりと現れて言った。


「そんなことは決して許されないわよ、勇者コータ。あなたの世界との交易で、自治区に倉をあと十個は建てる計画なんだから」





 そんなやりとりがあった後、俺とフラーウムは精霊の門をくぐった。

 

 その先は、あろうことか、見知った俺の部屋だった。ノートパソコンがあり、ゲーム機があった。乱暴に破り取られた壁掛けのカレンダーは、俺が異世界に召喚されてから、数ヵ月の時が過ぎたことを示していた。俺は置き時計を見る。時刻は早朝である。

 

 簡単に言おう。精霊の門は、俺の部屋の壁に固定されていた。そしてぜんぜん閉じてくれる気配がなかった。

 

 俺はとりあえずフラーウムを連れて、そろりそろりと実家の道場に顔を出した。そこには朝の空気がぴんと張り詰め、ただ黙々と竹刀を振る親父がいた。髪を後ろに縛り、無精ひげが生えている。俺はそれをじっと見つめていた。フラーウムも同じく見つめていた。

 唐突に、親父と俺の目が合った。そして親父は隣の、黄色いドレスを着たフラーウムを見た。俺たちの洋風の格好に親父は驚いたらしく、しばらく声が出なかったようだった。

 

「コータ。その格好は何だ。その子はどうした。まるで騎士とお姫様じゃないか」

 

「私はフラーウムよ」それはアーランド語だったが、親父はフラーウムという名前の部分だけは聞き取れたようだった。


「……まさか連絡も入れずに遊び回った挙句、外国人の彼女まで作ってくるとはな!」


 親父は俺に竹刀を投げてよこした。久しぶりの竹刀に、俺は感極まりながらそれを手に取った。そして親父はもう一本の竹刀を持ってきて、構えて言った。


「どうだ。遊び疲れて剣の腕がなまっていないか、腕試しだ。もし俺から一本取れれば、今回の無断外泊の件は不問とする」

 

 そう言われちゃ相手するしかないよな。俺は竹刀を構えた。

 

 数回のつばぜり合いの後、「面!」という、懐かしく、そしてすがすがしい声が、道場の中に響いた。

 

 

 

 

 結局、貴族フラーウムは帰ってくれなかった。むしろ最近では、積極的に日本語を覚え始めていた。

 

「コータ! おやつ!」

 

 毎日午後三時におやつを食べるという風習を、金髪のフラーウムは事のほか気に入ったようだった。今日は緑茶と羊羹だ。いいかげんにしないと太るぞ。

 

 俺は親父に事情を詳しく説明し、実際に精霊の門を見せた。それがいけなかった。

 

「俺は異世界に武者修行に行くぞ!」と張り切る親父を引き止めるために、俺はかなり根気強く説得を続けねばならなくなった。

 

 黒い肌のドプレクスは、柔らかく発酵した白パンを食べて感動した。そしてついに、この世界の最大の特長である胡椒こしょうを振った肉の味を知った。それで、ドプレクスは自分の持つ黄金全てと引き換えにしてでも、パン酵母とスパイスを、そしてもちろんそのスパイスの種もみや苗を、手に入れようと躍起やっきになった。

 

 そういうわけで、俺の部屋は、完全に貿易専用の倉庫に成り下がった。思春期の男の子にとっては、自分の部屋が無くなることほど受け入れがたい話は無い。俺は親父と、そしてじーちゃんと交渉して、死んだばーちゃんが使っていた部屋を自分が使うために譲り受けた。だが、フラーウムがいつも俺の布団を占領しているのはどういうわけだろう。

 

 一つ悲しい知らせがある。アーランド王国のナターシャ王女が流行り病でくなったという話だ。鉱夫たちの立場の向上のために尽力していたナターシャ王女が死んだことで、『赤子王』は苦況に立たされた。おそらく、アーランド王国の鉱夫の待遇改善運動は十年遅れるだろう。

 ただ生きているうちに指名手配が解除され、ナターシャ王女が鉱夫ゴーシュと再会できたことだけが、せめてもの慰めだった。

 

 

 

 

 繰り返すが、門は閉じなかった。だからこの話は、実際のところ、まだまだ終わりが見えないのである。

 今では俺は十七歳になり、再び高校に通い始めた。フラーウムは自称十五歳、実年齢十三歳になった。アーランド王国との交易で稼いだ膨大ぼうだいな利益とじーちゃんのコネを使って、本当はいけないことなのだが、フラーウムは日本国籍を手に入れた。それでフラーウムも学校に通い始めた。

 全てを書き始めるときりがないので、巨石に書かれていた文句を引用して、この話は一旦ここで終わる。

 

 願わくば、たとえ彼らに苦難の道があろうとも、その先に偉大なる意味と幸福があらんことを。

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