第二話 女商人ドプレクス
約半数の傭兵と商人たちが死んでいた。俺が助けた商隊は、狼に襲われ、あわや全滅という憂き目に遭っていた。だが半数は生き延びた。彼らは俺に丁寧に礼を言った。その後、あの金髪の少女が現れて言った。
「私の名はフラーウム。たまたま傭兵をやっているけど、れっきとした貴族よ。異邦人にしては、なかなか良い剣士のようね。礼を言うわ」
「ガキにお礼言われても嬉しくない」
「ガ、ガキですって! これでも私は十四歳よ!」
「ガキじゃねーか。俺は十六だぞ」
「二歳しか離れてないじゃないの! そういや、あなた異邦人のくせにびっくりするくらい流暢にアーランド語を喋るわね」
「俺も驚いてる」実際、俺は驚いていた。
商隊の連中の服装を見るに、ここはあきらかに異国である。そのはずなのに、言葉が通じるのである。一瞬、自分と相手が日本語を喋っているのではないかと考えたが、どう考えても違う。フラーウムの言う通り、俺は流暢なアーランド語を喋っていた。
この世界に、アーランドに神様がいたとして、俺を召喚するにあたって、事前に言語教育をしてくれたのだろうか。あるいは――この羽のように軽い剣に触れたからか。
「俺は腹が減った。あと、一緒に街に連れてってくれ。無一文なんだ」
「異邦人で、こんな僻地で、しかもパンもお金も持ってないとか……ありえないわ」
フラーウムはぶつくさ言っていたが、まあ命の恩人の頼みである。断りきれずに、黒いパンを持ってきてくれた。俺はそれを食う。「固くて不味い。もっと発酵させろ」「発酵? なによそれ」俺は驚いた。パンの発酵という技術自体が存在していないのだろうか。
フラーウムは俺を荷馬車へと案内した。
「あなたは荷馬車の特等席。この藁の上に座りなさい」
「屋根つきの馬車は?」
「あいにく満席よ。ホントは空いてるけど、ガキって言った罰。乗せてあげない」
「まあいいや。俺も飢え死にするところを助けてもらったようなもんだしな」
「ねえ、コータ。あなたあれだけの剣の腕がありながら、本当に無職なの?」
「そうだよ」
なにせ、神様精霊様に召喚されたばっかりだからな。その言葉は、口に出さずに飲み込んだ。異邦人ということで済ませられるのなら、そのほうがいい。なにしろこちとら、身分証など一切持たない浮浪者の身分である。厄介者と思われれば即死である。
俺は藁の上で眠った。なるほど荷馬車は揺れるが、藁がクッションになってくれていた。こういうものだと思えば気にならない。俺は寝た。藁のおかげで、甲と籠手を着たままでも、そんなに身体は痛くなかった。
「コータ、起きてコータ! いまがチャンスよ。ほら起きて!」目を開けると、フラーウムが叫んでいる。
「あなたが商隊を救った英雄さん?」黒人の、縮れた長髪の女性が俺に話しかけていた。
いつのまにか馬車は目的地である王都に着き、荷解きの最中であるようだった。
俺は目覚めと共に目に入ったその女性が、上等なネックレスをしていることに気付いた。なんか偉い人らしい。
「お美しい黒い肌をお持ちですね。そうです。俺が商隊を救いました。名をコータといいます」
「私が美しいのは当然のことよ。でも問題は商隊を助けたその対価。あなたは何を求めるの? お金? 衣服? 食事? 住居? それとも女?」
「別にそういうつもりではなかったんですが」
本当にそういうつもりではなかった。あのときはそう、ただ無我夢中だったのだ。
「『タダより高いものは無い』。あなたの国にもそういう諺があるのじゃなくて? 私は女商人ドプレクス。『無償の奉仕』なんてものは信じないの。『借り』は作りたくないのよ。今すぐあなたにお礼をして、全てを清算したいの。言っている意味、分かるかしら?」
フラーウムがドプレクスの後ろで、大げさなジェスチャーで何か伝えようとしている。きっと気が変わらないうちにふんだくれるだけふんだくれと言いたいのだろう。
「欲しいのは衣食住全てです。今の俺には何も無いんです。できることなら、俺を雇ってください」俺は言った。
フラーウムは地団太を踏んだ。俺の要求が少なすぎるのだろう。だがまあ、ここは一歩譲っておくべき時だ。
「なるほど……あなたは異邦人。欲しいのは傭兵という仮の立場というわけね。あなたの腕がどれほどなのかは知らないけれど、確かに最低賃金で雇ってあげることはできるわ」
「あと、もしできることならばですが、少しは『借り』を残しておきたい。今すぐ全ての要求を言っても、あなたは断るでしょうから」
「ふむ。私が断りたくなるほどの大きな要求があるというわけね。言うじゃないの小僧。まあいいわ。あなたは今日から私の傭兵。あなたのその変な防具の変わりに、今回死んだ傭兵がつけていた、お古の装備をあげる。つべこべ言わず装備しなさい」
フラーウムが積み上げられた装備の中から、一番上等な防具を見繕って、俺のほうに投げてよこした。胸当てと、籠手と、すね当てと、そして盾だ。剣道に盾は要らないのだが。俺は剣道の甲と籠手を外し、もらった防具を装備する。全部装備すると、俺は剣を手に持って言った。
「まず、働いた金でこの剣に鞘を造ってやらなくちゃな」
その言葉に、ドプレクスは笑った。傭兵がまず最初に鞘の心配をするなど、思ってもみなかったのだろう。「面白い男ね。気に入ったわ」そう言ってドプレクスは去った。
そうして俺は傭兵になった。フラーウムは「私が交渉すれば金貨二枚は堅かったのに!」と延々愚痴を言った。俺はこう言ってなだめた。「俺には大きな目的があるんだ。金じゃあそれは買えない」「金で買えないものなんて何があるのよ!」フラーウムは反論した。だから俺は言ってやった。
「家族と故郷だ」
フラーウムはそれきり黙った。