第十八話 汝は人狼なりや
夜が来て、朝が来た。俺が思っていた通り、人狼は傭兵たちに紛れていた。右肩を怪我している傭兵こそが人狼だった。それは確かだった。だが。
怪我人は大勢いた。
夜のうちに、狼の群れが襲ってきて、それぞれが皆の右肩に噛み付いたのだ。
傷口は包帯のために隠され、誰が人狼なのかは分からなくなってしまっていた。それでも俺たちは朝の集いを開き、人狼が現れたことを、そして肩を撃ち抜いたことを語らざるをえなかった。傭兵たちは肩に包帯を巻いた者達を遠ざけた。それで全員の連帯と士気は最低まで落ち込んだ。
人狼は欺瞞を司る。
それは切実な問題でありながら、現実離れしてもいた。まるで人狼を探し出すゲームのようだった。茶色のぼろぼろのローブを着た、一人の女占い師が現れて、言った。
「一人ひとりに傷口を見せてもらうわけにはいかないかしら」
「全ての人を確認するだけの時間は無いけれど」
「一日に数人、勇者コータの示した者の傷口だけを見て、人狼かどうか試しましょう」
「もし人狼でないと言うのなら、それで己の身の潔白を証明できるのだから」
俺は正直気が進まなかった。人を疑うということは、逆に自分も疑われるということだ。ただでさえ低くなった士気をさらに落とし、傭兵の連中を陰謀と裏切りの渦巻く集団にするというのは、あまりにも馬鹿げた作戦だった。あるいは、それこそが人狼が作り出した罠なのかもしれない。
「俺はこの中の誰も疑わない」と俺は占い師に言った。占い師は唖然とした様子だった。
「もし真夜中に襲いたければ襲うがいい。俺はそれをヴォルフガングの銀弾と共に迎え撃とう」
「いや、待てよ。ヴォルフガングが誰を護衛するのかも分からないほうがいい。ヴォルフガングの護衛はランダムに、サイコロを振ってでたらめに付けることにする。そうすれば人狼は偶然の遭遇を嫌って、皆を襲うのを躊躇うだろう」
その提案に、皆が頷いた。
このまま内部分裂をするよりはよっぽど分のいい賭けだったからだ。
女占い師は俺のそばに駆け寄った。
「ただ傷口を見れば潔白は証明できるのよ」と占い師は言った。「潔白な者同士を集めて寝れば決して襲われることなんてない。なのにどうしてそれが分からないの?」と。
「そのために俺たちの間にある、見えない結束を犠牲にするのか? そのために俺たちは互いに欺瞞のあるか無しかを疑わねばならないのか? それこそ人狼の思う壺だ。それこそあまりにも愚かというものだ」
すると茶色いローブを纏った占い師は怒って言った。
「ただ右肩を見れば人狼かどうかが分かるのよ。たったそれだけの話なのよ。なのになぜそんな簡単なことをしないというの!」
そこで俺は冗談めかしてカマを掛けた。
「おかしいな。人狼は左肩を撃ち抜かれたはずだけれど」
「右肩よ!」そう叫んだ占い師は、嗚呼しまったという顔をした。
衆目の中で、もはや誰が人狼なのかは明らかだった。
その女占い師の口はたちまち耳まで裂けた。顔の真ん中には犬の鼻があり、その両隣には相手を射抜くような小さく鋭い眼があった。ツギハギの、茶色いぼろぼろのローブを引き千切って、毛むくじゃらの怪物が、巨大な黒い黒い狼が現れ、後ろ足で立ち上がって周囲を威嚇していた。手練れの傭兵たちが、弓に矢をつがえ、人狼のあちこちを射った。だがそれを受けても、狼男は決して倒れなかった。獣は刺さった矢を振り落とすために、一度ぶるっと震えた。
「よくも俺の正体を見抜いたな!」
「よくも俺の計略を台無しにしてくれたな!」
「よくも人を欺瞞と猜疑の間に落としいれ、笑いながら寝首をかく、その無上の楽しみを奪ってくれたな!」
「よくもよくも全ての策略を御破算にしてくれたな!」
「勇者コータ! お前は殺す! お前だけは! お前だけは必ず殺す!」
魔獣の顎がぱっくりと開かれ、槍衾のように並んだ牙があった。それが今まさに俺の頭を飲み込もうとしていた。金髪のフラーウムは動けなかった。銀の長髪のノルドールも固まっていた。アーサーも、エフトも、見ていることしかできなかった。
しかし俺は信じていた。必ずや狼男は打ち倒されると。夜明けは早められ、悪しきものは滅ぼされると。
巨大な人狼の背後を取ったヴォルフガングがその心臓を狙い、銃弾を、銀の弾丸を連射した。今度は狙い誤ることなく、銀弾は狼男の心臓の壁を次々と突き破り、その身体の中を延々と跳ね回った。
人狼は真っ赤な血を吐いた。巨大な体躯が、音を立ててどうと倒れた。何処をどう見ても狼男は死んでいた。俺たちは狼男を殺した。いやヴォルフガングが殺したのだ。皆が皆、ヴォルフガングを称えて歌った。
「雄鶏が鳴き、夜が明ける。夜明けは早められ、悪しきものは滅ぼされる。狼男いずこにありや。銀の弾丸いずこにありや。それはここに、ここにある。悪は暴かれ、殺された。狼男は、殺された!」
そして当然のように宴会が始まった。皆が黒パンを食い、ワインを飲んだ。
酔ったフラーウムが俺の元に来て、猫のように圧し掛かった。難なく押し倒された俺は、フラーウムの金髪を撫でてやった。そして頬にキスをした。酔ったフラーウムは幸せそうに笑った。
一応断っておくと、どこの世界でもそうであるように、酔いが醒めてから「やっぱりあれは無し! ノーカウント!」と言うのは反則だった。フラーウムは今日のことを一生覚えていて、クッションに顔をうずめてじたばたもだえるに違いなかった。
「四天王が滅んだか」黒の魔王は城砦の上で、一人呟いた。
「西方討伐……我を討とうとする愚か者がまだこれほど居ようとはな……」
黒の魔王は己の身を巨竜のそれへと変じ、高く高く舞い上がった。たちまち暗雲が巻き起こり、雷が鳴り、暴風が吹いた。黒の魔王、そのまたの名を、暴風の王という。




