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第十五話 貴族たちの狂笑

 再び王都の貴族の館。フレイズマル家の最奥の広間である。長いテーブルの上に、白い布が敷かれていた。そこに燭台しょくだい蝋燭ろうそくが並べられ、昼間のように煌々と部屋を照らし出している。

 それぞれの貴族たちの前には、今度は魚と野菜だけから成る、質素なディナーがあった。昔から続く、特別な週なのだ。この週には、肉食が禁じられていた。野菜料理をつつきながら、四人の有力貴族たちの密談が行われていた。

 

「デーモンとヴァンパイアが死んだ。確かな情報だ」


 若くして白髪頭のフレイズマル卿が言った。自分でそう言っておきながら、その情報がまったく信じられないようだった。実際、フレイズマル卿は「黒の魔王」の内通者との間で、何度も何度も確認を繰り返した。

 

 四人の嘆息が重なった。

 

「本当に勝ってしまったのか?」茶色髭のファフニール卿が疑問を口にした。

「闇の力が最も強くなる新月を乗り切ったのか……」魚をくわえたオッテル卿が驚愕した。

「いよいよもって英雄だな」眼鏡のレギン卿が例えた。

 

「だがまだだ。まだ人狼と魔王がいる。特に魔王は駄目だ。あれは鉄の嵐だ。終わらぬ悪夢だ。まともにぶつかれば王都が滅びる。最終闘争に移る前に、コータたちには王都を離れてもらわねばならん」フレイズマル卿が断言した。

 

「そうだな。それがいい」ファフニール卿が同意した。

「魔王のいるという、西のほうに行ってもらおう」オッテル卿が提案した。

「ドプレクスへの調査依頼はどうなった?」レギン卿が訊ねた。

 

「調査結果は返ってきた。コータは異なる世界から来た異邦人と名乗っている。そしてあの曰くつきの『祝福と呪いの剣』を持っている。忘れ去られた神代の武具を持って、彼はいまや伝説の英雄になろうとしている!」フレイズマル卿が苦い言葉を吐いた。

 

「失われた神々の加護を受けているというのか」ファフニール卿がうなった。

「異世界召喚など前代未聞だ」オッテル卿が言った。

「確か、『雄鶏が鳴き、夜が明ける。夜明けは早められ、悪しきものは滅ぼされる』だったか」レギン卿が眼鏡を外して、言葉を続けた。

 

「この大陸から神が居なくなって、ずいぶん経つ。西方だか南方だかに『黒の魔王』が現れ、暴れ回り、それに対抗するかのように、アーランド王国には『白の魔王』が現れた。白い魔法使いは王宮にも出入りしたが、魔術院『オールエー』は何もしなかった。我々貴族も、何もしなかった。ただ泣いていただけだ。赤子のように」

 

「何が言いたい?」白髪頭のフレイズマル卿はその先を求めた。

 

「フレイズマルよ。お前は少し前に彼を『神話にする』と言った。この世に神代の物語を生み出そうと言ったのだぞ。だとしたら、我々は少しばかり彼を手助けするべきなんじゃあないか?」

 

「手助けだと!」フレイズマル卿は愕然とした。計算高いレギン卿がそんなことを言うとは思っても見なかったようだった。

 

「鉱夫たちにしてもそうだ」鉱山を管理するファフニール卿が言った。

「思うに、王女ナターシャ様の言い分にも一理あるかもしれない。我々はマグタイトの産出に頼りすぎた。鉱夫たち女子供たちを、しいたげ、いじめ抜きすぎた」

 

「そうだ。鉱夫たちの組織、『ラッダイト』は先の『マグタイト戦争』を収めるために表舞台に出てきて働いた。命を賭けて守りに徹した。だが我々貴族は何もしなかった。賃上げ交渉すらしなかった。意固地で強欲な我利我利爺がりがりじじいのふりをするのはもう沢山だ」貿易を取り仕切るオッテル卿が言った。

 

「何だ。貴様ら何を言っている。我々は貴族だ。雑巾から水を絞るように搾取するのが我々の仕事だ!」フレイズマル卿は叫んだ。

 

 広間に長い沈黙が落ちた。

 

 レギン卿は再び眼鏡をかけて、皆と自分に言い聞かせるように言った。

 

「勇者コータには、魔王のいるという、西のほうに行ってもらう。だが我々に残された僅かな軍備も、全てそれに付随させる。我々は勇者コータを筆頭に西方討伐を仕掛けるのだ」

 

「『ラッダイト』との交渉は俺が受け持とう」ファフニール卿が言った。

「『オールエー』からの技術提供は私が担当しよう」オッテル卿が言った。

「『義勇兵』はわしの名で募る。準備が出来次第、それと気付かれぬように、我々は勇者コータを最大限援護する。それで決まりだな」レギン卿が言った。

 

 フレイズマル卿は何も言えなかった。言うべき言葉をもたなかった。

 いまや誰も彼もが、最も新しい神話を、勇者コータの伝説を信じ始めていた。

 

 ばからしい。と言いたかった。あほらしい。と言いたかった。フレイズマル卿は己の父をラヴィッシュ帝国との国境紛争でくしていた。母は病死していた。神の加護などというものはどこにも無かった。いまさらそんなものを聞きたくはなかった。

 だったらなぜあのとき、父が戦いにおもむいたとき、神は微笑まなかったのか? なぜ母が病床にいるとき、自分の祈りが通じなかったのか?

 

 フレイズマル卿はそれきり神をまったく信じていなかった。全ては愚者たちを騙すための方便だと決めつけていた。だがコータは、勇者コータは、彼だけは違うとでもいうのか。彼だけが祝福され、彼だけが神に愛されているとでもいうのか。自分と皆は例外で、異邦人だけが一人神に愛されているとでもいうのだろうか。

 

 ばからしい。まったくもってばからしい。そのとき、喉の奥のつかえがようやく取れたように、フレイズマル卿は心の奥底で笑った。全ては自分自身の嫉妬だった。確かにばからしい。まったくもってばからしい。口の端を吊り上げて、ひどく凶悪な形相ぎょうそうになって、フレイズマル卿は言った。

 

「いいだろう。雄鶏が鳴き、夜が明ける。いいだろう。夜明けは早められ、悪しきものは滅ぼされる。いいだろう。父上も母上も皆揃っておっんだ。どこにもいない神様のために戦い、祈り、見捨てられて死んだ。いいだろう。醜い嫉妬はもうやめだ。やめだ! やめだ! せまくるしいプライドも、やりばのない復讐心も、全て投げ打ってやる!」


 白髪頭のフレイズマル卿の豹変ひょうへんに、その狂笑きょうしょうに皆がざわめいた。


「分かってはいたのだ。呼べど答えぬ神を信じるのは愚か者がすることだ。信じられるのは『今』だけだ。『今このとき』だけが信仰の対象なのだ。これより我らは全身全霊を賭けてこのアーランド王国に神話を作る。勇者コータは魔王を打ち倒し、全てはめでたしめでたしで終わる。忘れ去られた神代の伝説が繰り返されるのだ。我ら貴族もその話に一枚乗ろうではないか」

 

「そうして全てが終わったとき、コータは神に呼ばれたその場所に立って、むごたらしく死ぬ。それだけは譲れぬ。コータは死して神話となる。以上。解散!」

 

 会議は終わった。かくしてデーモンの言った通り、コータの死は運命付けられたかに見えた。だが。

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