表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

第十一話 ヴォルフガングの夢

 彼は森の中の道を歩いていた。誰にも非難されることなく、誰にも邪魔されることなく。それがヴォルフガングの夢だった。それだけがヴォルフガングの夢だった。

 

「やはり来たか、コータ」ヴォルフガングは最初から観念していた。

 

「ここは、夢だ。それは分かっている。だが、一度だけ歩いてみたかった。森の中の道を」

 

「それにしては静かな森だな」コータは疑問を口にした。

 

「やはりそう思うか、コータ」ヴォルフガングは悲しい目をして言った。

「この森には生き物たちがいない。それは、よく分かっとる」

 

「俺はドワーフの血を引いている。祖父がドワーフだった。穢れた血だ。呪われた血だ。だから俺は、決して森には入れん。エルフの奴らが矢を射て追い返す」

「だから、一度だけ歩いてみたかった。リスが暮らし、小鳥が歌う森を。だが叶わなかった。この森には生き物たちがいない。笑わんでくれ。俺の頭に描く森は、こんなに見事に貧相な場所なんだ」

 

 ヴォルフガングを引き留めようと、一人の女性が現れた。かつて自分が恋した女性だった。自らがドワーフの血を引いていることを明かせずに、ついに永久に失ってしまった女性だった。

 彼は、ヴォルフガングは目を閉じた。そして言った。

 

「ここでも、『願い』は叶わなかった」

 

 森が、女性が、ガラスのように砕けて崩れ落ちた。それらは奈落の底まで落ちていった。漆黒の背景の中で、ヴォルフガングはコータを見た。

 

「俺が森のエルフを説得する」コータは言った。

「必ず説得してみせる。武士の名誉に誓って、ヴォルフガングに森の道を歩かせて、そこがどんなに豊かで美しいか、見せてやる」

 

 ヴォルフガングは子供のようにぼろぼろと泣いた。そして、夢が終わった。

 

「手間を掛けたな、コータ」ヴォルフガングは涙を拭って言った。

 

「なに、仲間なら当然のことをしたまでだ」

 

 コータは背を向けて立っていた。いつか必ず約束を果たすと決めた男がそうするように、コータは何も言わずに戸口から出ていった。

 

 

 

 

 再び真夜中が来た。悪魔デーモンが来た。俺は白い魔法使いから秘策を授かっていた。チャンスは一度、ただ一度きり。

 

「願い事は用意できたか、勇者コータ」

 

 もはや人間の姿を取ることすら諦めた、黒いぐちゃぐちゃの怪物が、その口を開いて俺に問いを発した。

 俺は言った。

 

「願いを言う前に『確認したいこと』がある」

 

 その言葉を、悪魔は全く予想していなかったようだった。

 

「お前は『本当に願いを叶えた』のか?」

 

 それは悪魔の本質をえぐる台詞だった。あまりにも鋭利な質問だった。悪魔はたじろいだ。

 

「叶えたさ! 叶えたとも! 皆幸福(ハッピー)になった! 皆俺にお礼を言うに違いない!」

 

「ならば、全ての夢をあらためる。その夢叶って幸福か、いまここで、皆々の夢を検分させてもらう」

 

 かくして三千世界への夢の扉が開かれた。

 

 ある者は金持ちになった。だが友人に裏切られた。

 ある者は王様になった。だが謀られて殺された。

 ある者は子供になった。だが遣り直せずに自殺した。

 ある者は教祖になった。だが神に会えずに果てた。

 ある者は死んだ。ある者は失った。ある者は苦しんだ。ある者は泣いた。

 ある者はある者はある者はある者はある者は。

 

「誰も願いを叶えてもらってなんかいない。お前はただ夢を見せただけだ。全てがペテンだ。お前は公正な取引をするつもりで、皆を騙した。騙してきた!」

 

「俺の願いはこうだ!」

 

「全ての悪魔デーモンを滅ぼせ。自ら消え失せて罪を償え!」

 

 デーモンは恐るべき、まこと恐るるべき類いの悲鳴を上げた。重低音から高音へと続く、その声はだんだんと音色を変えて移り変わり、ついにその振動で酒場のグラスが全て音を立てて割れ砕けた。

 それでも声無き絶叫は続いていた。そうして夜明けが来て滅ぶまで、デーモンは叫ぶことを止めなかった。

 

 朝が来た。誰もが起き出し、昨日見た変な夢の話をした。どれも決まって、いい夢かと思っていたら、途中から悪夢に変わる話だった。あやうく悪魔に騙されるところだったと、皆が言った。誰も俺の活躍のことなど覚えていなかった。

 

 俺は急いで酒場を探したが、白い魔法使いは何処にも居なかった。俺はまるで、もう用事は済んだから、後は適当に、よろしくやっておいてくれと言われたような気がした。

 

 フラーウムとヴォルフガングが起き出してきた。また一日が始まる。また黒パンを食べ、またくだらない話をするのだ。俺はその日常がただただ嬉しくて、二人のもとへと急いで駆けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ