第十話 フラーウムの夢
「お主が勇者コータか」白い魔法使いは言った。
青髪のオールバックの少年は、真っ白い死に装束のローブを着た少年は、俺のほうを向いて一言呟いた。
「あなたが悪魔の言っていた、『白の魔王』ですか?」俺はかしこまって訊ねた。
「そうじゃ」彼はあっさり肯定した。
「あなたはいい魔法使いだと聞きました。あなたは『黒の魔王』に対抗する存在だと。あなたなら、あるいは、全ての魂を奪い返すことができるのではないですか?」
「無理じゃ」白い魔法使いは言った。
「残念じゃが、デーモンは皆の願いを叶えて行った。皆が夢の中で、それぞれの願いが叶った世界を、自由自在に生きておる。一体誰が引き戻すことができようか?」
「そんな!」俺は悲しんだ。
「そもそも、もとをただせばお主が悪いのじゃ。いきなりこの世界に現れて、いきなり伝説の武具を引き抜き、いきなりファイアドレイクを倒しおった。おかげで儂の予定が滅茶苦茶じゃ。責任を取れ!」
「他に何も方法は無いんですか? 俺はそのためになら何だってします」俺は言った。
「『何だってする』と言ったな。確かに聞いたぞ、小僧!」
その声は悪魔のそれにも勝るとも劣らぬ厳しい声だった。
「ここに都合良く『夢の中に入れる魔法の薬』がある。儂自身が試したわけではないが、そういう効果がある事になっておる。これを使えば、まあ、二三人の魂はなんとか取り戻せるかもしれん」
「全員を助けたいんです」俺は言った。
「俺のせいで皆が犠牲になったというなら、その全員を助けたい」
「お主、『覆水盆に返らず』という諺を知っておるか?」白い魔法使いは言った。
「『無理が通れば道理引っ込む』という諺なら知っている!」俺はきっぱり言った。
青髪の少年は、思いっきり馬鹿を見るような顔をした。そして笑った。
「では、まずこの薬でフラーウムの夢の中に入り、フラーウムを叩き起こせ。さすれば、儂がお主に秘策を与えよう。上手くいくかは賭けじゃが、万事上手くいけば、全ての魂を取り戻せよう」白い魔法使いはそう約束した。
俺は階段を駆け上がり、フラーウムの部屋に行き、剣を片手にその薬を飲んだ。すると俺の見ていた板張りの宿屋の風景がどろどろに溶けて砕け、俺はフラーウムの夢の世界へと入っていった。
フラーウムは、ダンスを踊っていた。皆が皆、ダンスを踊っていた。ここは舞踏会の会場だ。フラーウムは少しばかり成長し、年の頃はいまや十六歳になろうかとしていた。豪華絢爛な会場で、百花繚乱の黄色いドレスを着て、いまや彼女は誰にも引けを取らぬ立派な女性になっていた。俺はフラーウムが踊り疲れるまで、息を潜めた。そして彼女が休憩するや否や、フラーウムに声を掛けた。
「おい! フラーウム!」「コータ?」
「フラーウム! ここは本当にお前の望んだ世界なのか?」
「ええ、そうよ。私は有力貴族。あなたは平民。今すぐここから出て行ってちょうだい。平民の息で空気が汚れるわ」
「じゃあお前の相手は、何処とも知れぬ馬の骨ってわけだな」
「馬の骨? 何言っているの。私はこの国の王子様と結ばれるのよ」
「どんな王子だ。名は? 歳は? 特長は? 全部言ってみろ」
「それは――」
フラーウムは言葉に詰まった。
「自分が一体誰の妻になって、一体誰の子供を産んで、どんな風に子育てするつもりだ? お前の死に際を看取ってくれる者はいるのか? お前の死を悲しんでくれる者はいるのか?」
「大勢の家来が私を看取るわ! 大勢の家来が私の死を悲しんでくれるわ!」
「友達は?」
「恋人は?」
フラーウムは再び言葉に詰まった。
「戦友は?」
「コータ! 私を放っておいてちょうだい! 誰か! 誰かこの者を摘み出して! 誰か!」
「誰も来やしない」と俺は言った。
「俺を消し去って完結するくだらない御伽噺なんかに、お前が満足するはずが無い」
俺はフラーウムに数歩近付いて、その唇を奪った。
魔法のように深いキスが、フラーウムの周囲の景色を塗り替えた。そこはいつもの宿屋だった。いつものフラーウムの部屋だった。いつものベッドだった。いつもの。いつもの。いつもの。そこは夢幻ではなく、ただの現実だった。
「嘘よ。私はこんなの望んでなんかいない」
「だったらどうしてお前はそんなにちびすけなんだい」俺はそう言って背の低くなったフラーウムの金髪を撫でた。
「私は、本当は十二歳なの」フラーウムは真相を告白した。
「だから本当は、キスもまだ早いのよ。責任取りなさいよね、コータ」
俺とフラーウムは互いに熱い抱擁を交わした。そこで、夢が終わった。
「馬鹿! 馬鹿! ド変態! この馬鹿!」
現実の俺はフラーウムに馬乗りにされ、顔を殴られていた。夢の中とはいえ、いきなり唇を奪ったのは不味かったらしい。しかも「本心ではこれを望んでたんだろう?」的なキザな台詞まで吐いてしまった。やりすぎた。反省している。
だから殴るのをやめてくれよ、フラーウム。痛くて涙が出るじゃないか。