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幸せな人生

作者: みるくてぃ





私には、前世の記憶というものがある。

こんなことを言うと頭がどっかおかしいのでは?と、思われそうだが、残念なことに真実だ。

実をいうと、小さい頃は前世の記憶を持って当たり前と、アリエナイ勘違いをしていた私。

だから、同世代から浮いた浮いた。一人、浮き上がってたわ。

そんで、気味悪がった両親からは捨てられ、施設に入れられるし。

あ、前世ってみんな覚えてないもんなの?と理解した時には、ほとんどの人が私の周りからいなくなっていた。

まぁ、私の性格上、あるものは仕方がない。で、終わってしまった。残念なことだ。



そんなオンリーの寂しい人生を送ってきた私だが、今、なぜか結婚を申し込まれていた。しかも、初めてあった男に。

目の前には花束。

そして、キラキラしている初対面の男。

どうすればいいのやら、私は暫し悩んでしまった。

しかし、悩んでいるのも面倒くさくなった私は、別にいいよ。と軽い感じで答えた。

男、大喜び。

そして私と男は付き合う過程をすっ飛ばして婚約者という間柄になった。



そして一か月後。

結婚式を挙げた。素早い男だね、と、感心せずにはいられない。

なんでも、プロポーズをするずっと前から式場をおさえたりと、コツコツと下準備をやっていたそうな。

まぁ、そんなことはどうでもいいが。

そんでいよいよ誓いのチューだ。そして言っておくが、これが私の初チューだ。

男は絶対幸せにするからね!と、意気揚々に笑っていた。

私が返した言葉は、がんばれ。



そして1年がたった。

子供が生まれた。男の子だ。

自分が子供を持てるなんて吃驚だ。

男はとてもいつも優しい目で息子と私を見ている。

男は私が息子を生んだとき、涙を流しながらありがとう。と、言っていた。

まぁ、いい。別に私がこの子を愛さなくとも、男が愛してくれるだろう。



あれから、10年がたった。

もう、10年だ。

息子は立派に小学生となり、私のような前世の記憶もなく普通の子に育っている。

まともだ。吃驚するほど、まともに育っている。

まぁ、私が育てたのではないけどな。ほとんどは男が面倒を見ていた。

息子はもちろん男になついている。私には、どこか距離を置いているみたいだ。まぁ、それも仕方がない。




そして20年。

息子も無事成人し、結婚もして、子供もいる。吃驚だ。

そして私はもうすぐ死ぬ。

末期癌だった。

それを男に告げた時、男は泣き叫んだ。

なんでなんでなんでなんでなんでなんで。と。

私は泣くな。と、一言。そして、仕方がない。とも言った。

男はその言葉に初めて怒った。

君はいつもそうだ。仕方がない。仕方がない。そういってばかり!

僕と結婚したのも仕方がない。息子に好かれないのも仕方がない。あげく死ぬのも仕方がない!

君はなんでそう、初めからなんでも諦めているんだ!僕は諦めていない!息子もあきらめていなかった!

君だ!君だけが、すべてをはじめから諦めている!

それで人生は楽しいか!全てを諦めている人生は楽しいのか!幸せなのか!?

と、男はおいおい泣きながら怒った。

吃驚した。

男に怒られたのも吃驚したが、何より、私が諦めていることに気づいていることに吃驚した。

だって、男はいつもニコニコ幸せそうに笑っていたから。

何も悩みがないように、私が、私を、そんな風に思っていたなんて。

私は男がわからなかった。そして同時に、ぽつりと言葉がこぼれた。

ごめんなさい。

ごめんなさい―――それは、どういう時に使う言葉だっただろうか?





私の人生は私が思うよりも、きっと、人から見れば悲惨でつらいものだったのだろう。

それを仕方がないで諦めた私は、それ以上傷つきなくなかったからかもしれない。

幸せの中にいても、それが容易く壊れてしまうことを恐れて、一歩を踏み出せなかった。

でも、夫に怒られて泣かれたあの日。ほんの少し勇気を出してみようと思った。

まず、夫とはじめてデートをした。

もちろん、体の自由があまりきかないので近くの公園で、だけど。

夫はいつもと変わらない優しい目をしながら、私を優しく気遣った。

そこで初めて夫と手をつないだのだ。

夫の手は私の代わりに家事をしているので、カサカサとしていた。

そこで私は初めて、結婚してから夫に一度も料理を作ったことも、洗濯をしたことも、掃除もしたことがないことに気付いた。いや、違う。どうでもいいと思っていた。だから、やらなかった。

私はなんだが申し訳なくなって、ごめんなさい。と、つぶやいた。

夫は訳が分からないという風に首をかしげていた。

私は数日後、医師から許可をもらい自宅に帰り、今までしてこなかったことをしてみることにした。

夫が会社から帰り、息子夫婦が家に訪ねてきた。

私の作った歪な料理は、とてもおいしいとはいえないものだっただろう。

けれど、夫は、息子は、息子の嫁は、おいしいおいしいと言って食べてくれた。

空になった皿をみて私はまた、ポツリ。―――ありがとう。

皿を洗っていると、息子の嫁がきて手伝ってくれた。

そういえば、嫁をこうして正面から見るのは初めてかもしれない。嫁はとても笑顔の素敵な人だった。

嫁は私をお義母さんと呼んだ。私は、私は―――嫁をなんと呼んでいたのだろう。名前すら覚えていないことに、私は吃驚した。

息子夫婦が帰宅する際、私は二人を呼び止めた。

―――2人ともきてくれて、ありがとう。笑子さん、どうかこれからも、息子を支えてやってください。お願いします。

2人は一瞬、吃驚したように固まって、それから、涙を流した。

お母さん。お義母さん。料理とてもおいしかったよ。また、一緒に食べようね。

そう、二人が泣き笑いを浮かべながら、言った。

私は、わかった。約束ね。と、言い、さようならと手を振った。

夫は、また優しく笑っていた。



いよいよ私が体を起こせなくなって、夫はつきっきりで面倒を見るようになった。

会社はどうしたの?と、つぶやくと。

夫は有給を消化しているんだよ。と、笑いながらいった。

ごめんね。というと。

大丈夫だよ。といった。

全然大丈夫じゃないくせに、大丈夫という夫に私は少し笑ってしまった。

夫は私の微笑んでいる姿を見て、驚き、そして泣いていた。

ああ、そうか。わたしは、これまで夫に微笑みかけたこともなかったのか。

ごめんね。ごめんなさい。あなたは、私にいつも笑っていてくれたのに、ああ、ああ、ああ。

私は貴方に何もしてこなかった。

私は、貴方からもらうばかりで、してもらうばかりで。

ごめんなさい。ごめんなさい。

私はそこで初めて泣いた。わんわんと、泣き声を上げた。

病室の壁は薄くて、たぶん、私の泣き声は隣にも聞こえていたみたいだけど、誰も怒らなかった。

それよりも、大丈夫?と気遣ってくれた看護婦さん。心配げに見つめるのは、少し前まで同室だった人たち。そしてお見舞いに来てくれた息子夫婦。

ああ、ああ、ああ。

私は幸せです。神様。

何もない人生なんかではなかった。怖いことも、苦しいことも、うれしいことも、楽しいこともあったのはずなのに、私は何も見てこなかった。ただ、それだけ。

諦めていると見せかけていた人生は、それは、私がただ臆病だっただけ。

ごめんなさい。あなた。

謝る私を許してくれた貴方は、私に愛しているといってくれた。

はい、私もあなたを愛しています。

やっと返せた愛に、貴方は微笑んでくれました。

愛しています。

ああ、そうか。これが、愛なのか。



―――数日後、私は静かに息を引き取った。




私が思うにきっと私の人生は苦しいのも、楽しいのも全部含めて、結果的に幸せだったのだ。

だから、私は今、貴方に問いたい―――今、貴方の人生は幸せですか?

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