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水面の月  作者: 霞シンイ
第一部
6/41

繁劇の十六夜 1

 満月の次の日はどこの店も休みと決まっているらしい。朝餉の席で伊月はそう告げられた。まだ、夜のことが脳裏に残っていた伊月は生返事だった。

「吾郎太は分かっていると思うけど、伊月、あんたは初めてだからね。今日一日は、失せ物がないかの確認作業をするのが慣わしよ。だから、町中がお休みなの」

「じゃあ、今日は私もその確認作業をすればいいんですね。任せてください」

 慌てて自分の作った茄子の味噌汁を床に置いて頷くと、お美代は違うのよと首を横に振った。

「伊月には、町の『(あらた)め衆』の方に行ってもらうわ」

「え!? 伊月に行かせるのか?おれも行く! いつもおれだったから今回もいいだろ」

 お美代が笑って言うと、吾郎太が食いついてきた。『検め衆』が何かわからないが、吾郎太も一緒なら心強い。

「いつもあんたが行っているから、今日は伊月だけに行ってもらいます」

 だけ、を強調してお美代がぴしゃりと言った。その言葉に吾郎太はあからさまに膨れっ面になり、伊月も肩を落とした。不安げな伊月の様子にお美代は優しく話しかける。

「大丈夫よ。難しいことはしないわ。ちょっと町の見回りであちこち歩き回るだけだもの。吾郎太にだってできるんだから、あんたなら楽勝よ」

 ぱちん、と伊月に向かってウインクをして「ねぇ、父ちゃん」と今度は大吾に振った。大吾はうむ、と頷いてかぼちゃの煮つけに箸をのばした。それでも吾郎太は胡瓜の漬物をバリバリ齧りながら、

「でも、いろんなやつが来るだろ。まだ、伊月はあんまり外に出たことないじゃないか。父ちゃんも母ちゃんも心配じゃないのかよ」

と、不満をならした。相変わらず、吾郎太にとって伊月はまだまだ妹分のポジションにいるらしい。だが、さすがにここまで言われれば伊月も年上としてのプライドに火がつく。

「大吾さん、お美代さん、その『検め衆』、一人で、しっかり参加してきます。吾郎太くんは、私の心配なんかしないで吾郎太くんの仕事をしてね」

「そうよ、伊月。若い子がいつまでも家の中引き篭もっているなんて、不健康だもの。町に慣れてないならなおさらよ。丁度いいから行っておいで」

 力強く言い切った伊月を、お美代が後押ししてくれる。まだ何か言いたげな吾郎太に大吾が、

「おまえも店の中を全て調べなおしたことはなかっただろう。いい機会だ。やれ」

の一言で口を閉ざした。


 朝餉の後は、皆それぞれの仕事に移った。お美代が家の中のことをやってくれるらしい。これから中庭で洗濯をするのだろう。彼女の持つ大きなたらいには、二日分の洗濯物が入っている。すでに、井戸の周りでは長屋から何人か出てきており、おしゃべりの声が聞こえてくる。大吾と吾郎太は店と家の中の確認だ。『影映り』で無くなったものを探す。何かあれば紙に記載し、町の役場に届けに行く。それは、どんなに小さなものでも書かなくてはならないらしく、たとえ箸の一本でも無くなれば届け出るのが町民の義務になっている。そして、伊月は『検め衆』に参加すべく町の西門へ向かっていた。


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