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水面の月  作者: 霞シンイ
第一部
20/41

合わない半月 3

 町の人間がほとんどに眠りについた頃。揺ら揺らと浮遊する微かな炎が、子どもの頭ほどの高さで滑る様に移動している。たまたま起きて外を見た人がいたら、火の玉が出たと驚くかもしれない。実際は、伊月が灯明皿を持って歩いているだけなのだが。月の出が随分と遅くなったので、夜道を照らすのは星明りしかないのだ。伊月は火の点いた皿を引っくり返さない様十分に注意しながら、池のある空き地へと向かっていた。

 いつもの場所で満尋を待っていると水面が揺らめいた。しかし、揺蕩う水面に中々満尋の影は現れない。「満尋?」と声をかけると、ややあって漸く姿を現した。

「……ちょっとおかしくない?」

 開口一番、伊月は首をひねって疑問を口にした。今日の『影映り』はなんだか変である。少しぼやけているというか、要するに「画質が悪い」。おまけにノイズがはしるように、影がぶつぶつ途切れるのだ。満尋の方も同じ状況のようだが、すぐに原因を思いついたようだ。「ああー」と気の抜けた声を出した。

「月の所為じゃないか?」

「月?」

「『影映り』は満月の日が一番起こりやすいらしい。ってことは、新月に向かって欠け始めたら、反対に起こりにくくなるってことだろ?」

 なるほど、それなら納得がいく。月の満ち欠けが影響しているのかと、伊月は空を仰ぎ見るが、残念ながら月はまだお休み中らしい。その様子を向こう側で見ていたのか、満尋は頬を緩めると、

「今日は確か半月だったな。帰る頃には見えるんじゃないか?」

と言った。伊月はその顔を見てほっと安心した。この間見せた暗い表情は消えて、すっきりしたような顔つきだ。きっと、その不安の種は解決したか乗り越えるかしたのだろう。ただ、その顔が「画質が悪い」ばっかりに良く見えないのが残念だ。

「そういえば、『影移り』で物が無くなったりするのは満月の日だけだね」

「ん? そうみたいだな」

「やっぱりそれって、そっちとこっちを行き来してるのかな?」

 こうして『月下辺(かすかべ)』と影を映しあっているのなら、そう考えるのが自然だろう。ここの人たちも同じように考えているようだし、『月下辺』とここは『影映り』によって繋がっているのだ、と伊月は確信していた。伊月の疑問に満尋は「そうなんじゃないか?」と、至極どうでも良さそうに答えると「ややこしいな」と呟いた。

 何がややこしいのかというと、「こっち」とか「あっち」とか「そっち」とか、呼び名のことらしい。確かに、いつもこそあど言葉ばっかりだ。伊月が向こうのことを『月下辺』と呼んでいると言ったら、満尋は伊月のいる方を『やました』と呼んでいると伝えた。

「月夜の里で『月夜里(やました)』というらしい。月が関係しているのは間違いなさそうだな」

「ほんとだ。『かすかべ』も月の下の辺り、だしね。『月下辺』の人も『月夜里』の人も同じ事考えてたんだ」

 そう思うとなんだか可笑しい。なんでみんな『影映り』を怖がるのかと不思議がっていると、伊月はふと思い出したことがあった。そういえば、大吾は満月の日にしか『影映り』はできない、といったような話し振りではなかったか。実際は満月が過ぎてもこうして『影映り』ができるのだから、自分の記憶違いか、もしくは彼の思い違いだろうが。

「そうだ。同じ部屋のやつが昔『影移り』で大事な櫛を失くしたと言ってたな」

「大事なものだと見つからないのはショックだよね」

 『影移り』で無くなるのは、永遠に見つからないのと同じだ。誰かからの貰い物であったり、思い入れのある物であればさぞや悲しいだろう。

「そうだ。じゃあ、満尋の物が無くなったら私が預かっておくよ!」

 名案とばかりに口にすると、水面の向こうで満尋は力が抜けたようだった。

「……それは返してもらえるのか?」

「あ」

 満尋はやれやれと肩を竦めると、「もっと考えてから口に出せよ」と溜息と共に吐き出した。

「う……じゃあ、帰ってから、返す」

 苦し紛れに言葉を絞り出すと、それにも首を振られた。

「――だから! どうやってここに来たか伊月は知っているのか? 俺は突然だったから、原因とか何も分からない。だから、帰り方も分からない。そもそも帰る方法なんてあるのかすら分からない。それでどうやって帰ってから返すんだ」

 一息に言った満尋はどこか苦しそうだ。この世界へどうやって来たのか、知らないのは伊月も同じだ。帰り方だって分からないけれど、それでも帰れると、希望を持っていた方がいいじゃないか。

「帰れるよ! 来れたんだもん、絶対方法はある……と思う。……無いかどうかは探してから考えようよ」

「……無いことの証明は不可能だぞ」

 黙って俯く伊月に満尋はがしがしと頭を掻いて「悪い」と言った。

 満尋は帰りたくないのだろうか。今はまだ山本家にお世話になりっぱなしだけれど、いつかはちゃんと恩返しして、元の世界へ帰る方法を探すつもりでいたのに。満尋は違うのだろうか。

 俯いてしまった顔を上げることができないので、満尋の表情が見えない。

「……明日も早いから、今日はもう終わりにしていいか?」

「うん」

「次は三日後の、同じ時間でいいか?」

「うん」

「悪かった」

「……うん」

 何も言葉が出てこないのは、動揺している所為なのか。

 結局、帰り道に月が出ているかを確認することはできなかった。


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