立待月に語る 2
元気のいい掛け声があがって後ろを振り向くと、子供たちがちゃんばらごっこをしているようだった。五、六歳くらいの男の子たちは、皆手頃な棒を持って追いかけあったり、鍔迫り合いの真似事をしている。その様子を見て、伊月は巴の態度が少し軟化したことを思い出し、笑みを零した。同じ歳頃の女の子と話すのはいい刺激になる、とお美代は言ったが本当だ。今日は、肩の力が抜けて楽な気がする。別に、山本家の人たちに囲まれることが疲れるわけじゃないが、巴には大分言いたいことを言っていたように思う。『饅饅』のおキヨとは挨拶すらできなかったが、また落ち着いたら巴と会いに行こう。三人でおしゃべりしたら、きっと楽しいに違いない。
そんなことを考えていると、人の声が風に乗って伊月の耳に届いた。うまく聞き取れないのに確かに届いたと感じるそれは、いつかの謎の呼び声の時と似ている。一応周りを見渡してみたが、遠くで子どもたちが遊んでいるだけで、誰かが喋っている気配はない。
(満月は過ぎたのに……。『影映り』なのかな。吾郎太くんは聞いちゃだめって言ってたけど)
『影映り』で思い出すのは、あの眼鏡の男の人だ。もう一度会いたい気持ちが勝って耳を澄ましてみる。
「――――るか?」
聞こえた。間違いなく誰かがこちらに呼びかけている。もう一度、今度は聞き逃さないようにさらに集中すると、よりはっきり聞こえた。
「――れか、いるか?」
声は正面の池から聞こえてくるようだ。水面をじっと見ていると、不自然に揺れて自分以外の影が映っている。満月の夜と同じ現象だ。気がつくと、伊月は池の縁に手をついて影に向かって呼びかけていた。
「いるよ! ここにいるよ!」
伊月の声に応えるように、ゆらり、大きく水面が揺れて影が形を成した。
現れたのは男だ。髪が短くて、緑色のフレームの眼鏡を掛けている。
伊月も驚いたが、向こうも驚いたようだ。刹那の間。そして、男は微笑んだ。
「誰か、いますか?」
「はい、ここにいます」




