第6章 日常生活
家に帰ると、妻は食器を洗っていた。
「ただいま」
妻は食器を洗う動きをやめ、こちらを見た。
「おかえり、あなた」
水を止め、玄関へと向かう。
「早かったわね。どうしたの?忘れ物?」
「いや、もう仕事は終わったんだ。ほら、ジアスも変わっただろ?」
妻はトムのすぐ後ろから入ってきた娘を見て、その豹変振りにただ驚く事しかできなかった。
「本当に、ジアスなの?」
「そうよ、お母さん。私が、ジアスなのよ」
「でも、ここを出てから2時間も経たない内にこんなに成長する事って…」
「ジアスは、もう体は高校生に近い。いや、もうそろそろ17歳になると考えても構わない。向こう側で7年弱過ごしていたからな。唯一、神が定めた時間にそぐわない場所なんだ。この空間自体が」
「どういう事?いいえ、もう、何にも驚かないわ。さあ、話して」
妻は、トムとジアスを、今のソファーに座らせ、事の顛末を全て聞いた。
トムとジアスが話し終わると、少しゆるくなった蛇口から落ちる音だけが、家を満たしていた。
「…つまり簡単に要約すると、あなた達はこの空間から出て、別の空間にいたと言うこと?」
「そう言う事だな。そして、そこで7年弱もいたんだ」
「なるほどね。その間に娘はこんなに成長したと、そう言う事ね」
「ええ、その通りなの」
妻は立ち上がり、言った。
「あなた達の話は、確かに面白い。信じられない話ね。でもあなたの話よ。きっと、全部真実なんでしょうね」
そう言って、妻は時計を見た。午後3時。まだ日は高かった。
「とりあえず、今日は会社も学校も休んで、ゆっくりしなさい。ジアスの体の件は学校側に連絡を取っておくわ」
翌日、トムは妻とジアスに見送られて、出勤した。何にも変わらない見送りだった。変わったことと言えば、娘の身長が昨日よりも30cm以上も伸びた事をあげるしかないだろう。
会社に行っても、何も変わらない世界だった。トムは、この世界が非現実だとは到底思えなかった。何もかもが、全てが自らの五感を刺激しているこの世界こそが、本物の世界だと、そう思っていた昨日までとは違い、複数の層状になった宇宙の一部だと言う事がはっきり分かった今、何もかもが真実と思えなくなっていた。しかし、そんな中でも、この社会の歯車の一部であるトム自身、この世界の矛盾を背負って生きてかなければならない事も、同じようにわかっていた。
真実、それこそ、人類が幾世代、幾宇宙にまたがって追求していた真理であり、ホムンクルス神を筆頭とする、全ての神々ですら分からなかったことであった。トム自身、真理も真実も見出すことはできなかったが、何かを、つかめたと考えていた。