第2章 変わりゆく日常
10時5分前に、受付にトムと部長は呼ばれた。1階に行くと、彼は窓に一番近くて外から見えにくいという場所のソファーに座って、トム達が来るのを待っていた。彼がいち早くトムを見つけると、向こう側からこちらへと近づき挨拶をした。
「久しぶりだな。トム・クロンパス」
「本当だな。俺達が大学を出て以来だから、もう10年ぐらい会ってなかったな」
「で、今日は何の用なんだ?」
再び同じソファーに座り、トムに対して言った。
「ああ、実はな。お前が起業した会社、あっただろ?」
「あの会社か。あれから、相当大きくなったからな」
「確か、お前の会社はネット網を独自で構築していたな」
「そうだ。それが、我が社の自慢だ」
「そのネット網を貸して欲しい」
「…どういう事だ?」
「言ったとおりだ」
ここに来て、初めて部長が話した。
「我が社の方も、経営難に陥っている。世界最初の慶事郵便サービスは、瞬く間に、他社に喰らい尽された。遺されたのは、別の会社と提携をして、生き残る事だけだ」
「この世界は厳しい。生き残れないものは、常に排除される。そんな厳しい社会なんだよ。この資本主義経済と言うのは、ね」
「だからって、提携を結ぶ事の自由も保障されているのが、資本主義経済だと思うけど?」
トムが、友人に話した。
「それもそうか…」
部長が、もって来ていたかばんから書類を彼に差し出した。
「と言う事で、提携を結ぶならここにサインを」
「…もしも、断ると言ったら?」
「その時はこの紙を引っ込めるだけですが、あなたは友人を裏切ったと言う、その責めを一生負う事になるでしょう」
「…分かりました。では、サインをしましょう」
彼はすぐに彼が着ていた背広の右内ポケットから万年筆を取り出し、差し出された書類の必要な場所にサインをしていった。そして、別れ際になって彼はトムに対して言った。
「これは、貸しだからな」
「はいはい。そう言って、大学時代にいつも定期テスト直前にノート見せた仲だろ?」
彼はにやりと笑い、そのまま、タクシーに乗って帰っていった。
その夜、彼は家に帰ると、家族が既に寝ているのを見た。
「ああ、もう寝ているのか…」
しかし、夜食の準備をしていると、子供が起きてきた。
「あれ?お父さん、帰ってたの?」
「ああ、たった今な。どうしたんだ?こんな夜中に」
トムは時計を見た。ちょうど、深夜12時になるところだった。
「ちょっと、トイレに…」
そのまま、娘はふらふらとあらぬ方向に進もうとした。
「こら、そっちはトイレの方向じゃなくて、庭の方向だろ」
トムは娘をちゃんとトイレにつれて行ってから、もう一度テーブルに置いてある夜食を見た。カップ焼そば、乾燥スープ、自家製麦茶コップ一杯。(結局、ここ最近は、この時間に帰ることが多いからな。やっぱり、妻は眠ってるし…)しかし、後ろを見ると、妻が立っていた。
「あ、悪い。起こしたか…」
トムは、朝の時の妻の様子と違うことに気がついた。
「どうした…」
妻は、低い声でこう言った。
「気を付けよ!お前は選ばれた!気を付けよ!」
「どういう…?」
「まもなく、お達しが下るだろう。詔来し時、お前は、ファーザートムの元へ行き、試験を受ける。お前に定められた運命だ!何者にも代える事はできぬ!」
その時、娘が来た。
「…お母さん?」
「気を付けよ!お前は、選ばれたのだ!」
それだけ言うと、再び眠りについたようだ。急に倒れこむのを、トムは、両手で受け止めた。
「なんなんだ?さっきのは…」
「ねえ、お父さん。ファーザートムって、あの、この世界の全てのことを統治している人の事?」
「ああ、そうだよ。でも大丈夫。お父さんが、どうにかしてあげるからね。ほら、もう今日は寝なさい」
「はーい」
そうして、妻の横の布団にもぐりこんで言った。
「お休みなさい」
「ああ、おやすみ」