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兄は魔王、妹は女王。原因はハム。

作者: 禍福
掲載日:2026/08/01

 ラノベ好きの兄妹がいた。

 兄は社会人、妹は高校生だ。


 好奇心旺盛な妹は、ご贈答用のハムを見て思ふ。

 ああ、なぜあなたは紐で縛られているの?


 妹はロープを手にし、風邪で寝込んでいる一人暮らしの兄を尋ねた。


「これで私を縛って」

「帰れ、てかお前は何に目覚めようとしてんだ?」


 口は悪いが、兄は常識人である。


「だってだってぇ、吊るされたハムの気持ちに興味が湧いたんだもん……ああでも、吊るす側の気持ちを理解しておいた方がより理解を深められるかも」

「妹よ、何を言ってるんだい?」

「うふふっ」


 兄は吊るされた。

 自分でも何が起こっているのかわからなかった。

 風邪のせいにしたかった。

 否、妹の方が強く、力で逆らえないのを認めたくない兄であったが、案外縛られても痛くないのに驚いていた。ビックリである。


「お前さ、もしかして変な才能もってない?」

「そんな事よりそろそろ交代してくれない? 次は私が吊るされたいんだけど」

「俺がお願いしたみたいに言うなやぁああ!」

「もぉ声が大きいぞ。それってご近所迷惑なんだぞ」

「ふがっ」


 妹はタオルをねじり、兄の口を縛った。猿ぐつわである。


「お兄ちゃん、凄い、なんて言うか、これ芸術よ!」


 鼻息荒く暴れ、ロープが食い込んだ兄の姿に、妹はうっとり。


「……うん。勿体ないや、解くのやぁ~めたっと」


 もはや兄はグロッキー。

 妹は「私もやてみよぉ」と軽いタッチで自らを縛ろうとしたが、ドジった。


「ぐぇ!」


 足を滑らせ、絡まったロープで自分の首を吊ってしまった。

 自害である。じゃなくて事故である。


 取り残されたのは、芸術的な兄。

 助けを呼べず、呼吸もままならず、風邪の悪化も重なって、兄もこの世を去った。亀甲縛りのまま。


 事故か、自害か、殺害か。

 混迷を極めた謎を、世間はハム事件として騒ぎ立てた。

 注目の末、真相が明らかにされたふたりの死因。


 それは成熟された特殊なハムプレイ!


 色んな意味で目を背けたくなるような非業の死。

 これはさすがに酷いと憐れんだ神様は、次こそは望みの人生歩めるようにと、今はやりのチャンスを与える。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 兄と妹が真っ白い世界で目覚める。

 足元には何冊かの本。

 そこに人の姿はない。ただ、光が語りかけてきた。


「君たちはこれから異なる世界で人生を歩む。

 そこにある書物には、新たな人生が記されています。

 好きなのを選びなさい。

 それを道しるべにすれば、次こそは望みの人生が過ごせるでしょう」


 そんなありがたいお言葉を残し、光は消え去った。

 余計なことは言わない。同情を禁じ得ない神様は、ハム事件の真相は胸の内にそっとしまっておいた。ぷぷっと思い出し笑いしながら。



 さて、好奇心旺盛な妹がまず最初に手にた本のタイトルは――。







【貧乏令嬢だけど、スキルS女王様を持っていたのでダメ元で王子様にお見合いお願いしたらハッピーエンドになった件】


「あのさ、これどう思う?」

「はやりの『悪役令嬢系』っぽいな」

「だよね! ってことはやっぱりわたしがヒロイン!? やっふぅうう!!」

「てかお前、この状況に適応するの早くね? サイコパスじゃね? 兄ちゃん悲しいぞ?」


 遠まわしだが、俺はお前に殺されたんだぞと伝えたかった。

 しかし興奮冷めやらない妹の耳に都合の悪い話は入らない。


「いやだって、もうこれしかないよ! タイトル見たっしょ、超幸せじゃん!」

「兄ちゃんは悲しいぞ?」

「ハッピーエンドじゃん!」


 責任追及したかった兄は押し切られた。

 何だかんだで妹に甘い兄……そんな訳ない!

 単なる自己防衛反応。現実逃避!

 兄は自らの、屈辱的な死因を忘れ去りたいのだ!


「わぁったよ。でもちょっと待てって。『スキルS女王様』ってなんだよ? やっぱ微妙に『悪役令嬢』とは違うんじゃね?」

「どっちも似たようなもんっしょ! 貧乏から駆け上がってのハッピーエンド! Sランクのスキルで女王様になれんのよん!」

「つうかさ、そもそもお前は国のトップ。女王様とか向いてないだろ」

「そこはあれよ! Sランクのスキルが上手く働いて、ハッピーエンド的なヤツ」

「…………」

「…………」

「とりあえず読んでみるか」

「そだね」


 ふたりはペラペラっと読み進める。

 すると兄がキレた。


「なんだァア!このくそな世界ッ!」

「そうかな?」

「ちゃんと読んだか!?

 変態ラインキングでダントツトップだった奴が王様で、王子がドM!

 特に、令嬢と王子の変態プレイを目撃した敵役の悪役大臣がクソだ!

 なんで混ざりたがるんだよ! 弱みを握って脅すのがこいつの役目だろうがいッ!」

「でも悪役大臣も王子様も、イケメン設定だったよ」

「目を覚ませェエエエエ!!」

「押絵にあった王子様のバック、花が咲いてたし」

「あアア、咲いてたなッ! 栗の花だったなァアアアッ!」


 兄が「そぉい!」っとその本を投げた。


「ああんっ!なにすんのぉぉ!」

「しっかりしろ、あの世界は真人間だと魔人間。だから魔族! 意味不明な世界だぞ!」

「でも王子さまは純粋過ぎるくらいの優しい心を持ってるんだと思う」

「混じりっ気のない純粋な欲望垂れ流しっ……おい、涎垂れてる」

「えへ、えへへへ、じゅるり。……実はどっちに転んでも私的にはハッピーエンドだったり」


 ドMが好物になってしまった妹。

 兄は妹を魔人間、じゃなくって真人間にしたい!


「とりあえず、とりあえずだ。コレ、次はコレ読も? な?」

「え~嫌だぁ~何このタイトル『聖女系』って! 意味わかんな~い!」

「清く正しい女の子、清楚だよ、清純だよ、清い心だよ!」

「無理! 絶対無理! わたしのキャラじゃない!」


 兄は思った。知っている!

 誰よりも知っている!


「お前の女王様もちげえからなっ、頼むから聖女になって拝まれようなっ、な!」

「私、拝まれて頭を下げられたら、踏んづけたくなっちゃうかも」

「そっちの女王様は忘れてくれぇえええ!」


 兄は内心思った。ピッタリだと!

 絶望しそうなくらいピッタリだと!


「あ~はいはい。お兄ちゃんってばその程度でへこまないで。一応は読んでから考えるからさ」

「そ、そうか。じゃ俺が朗読してやるからな、なっ読むぞ、な、なっ!」

「そんなに必死にならなくても……」


 ペラペラペラっと読んでいる途中で。

 今度は妹がキレた。


「いやぁああああ!! なにこの展開!? なんでいきなり戦争起きてんの!? 魔王軍の襲撃って、そんな血の気が濃いんなら献血して薄めれば平和的に収まるんじゃないの!」

「収まるか! てか大抵の場合、主人公は聖女だしチートとか持っているだろ!」


 記されているのはあらましだけ。詳細も無いので具体的な先は見えてこない。

 それでも、兄にはこっちの方が変態世界よりも健全に思えた。


「うぅ、そうかもだけどぉ……。野蛮な戦いに巻き込まれるなんて嫌だよぉ」

「だから大丈夫だって! お前ならなんとかなる!」


 だってお前めっちゃ強いし!野蛮だし!

 俺、一瞬で縛られたし!

 お前もしかして生前から女王様のスキル持ってね?

 とは思っていても、口に出せない弱い兄であった。


「おっと、どうやら悪役大臣が隠し持っている聖具がチー、ンン!?」


 ここにも押絵があった。

 悪役大臣が手にしていたチートな聖具は……。


「お兄ちゃん今チン〇って言いかけた?」

「ちげえよッ! 聖具がチートだよ!」

「わぁおぉぉ! チートクラスの性具ぅ!」


 涎を垂らす妹。

 形は大人のおもちゃ的で卑猥だ。

 苛立った兄が頭を掻きむしる。


「ダァアアッ!! なンなンだよッこれぇえええええ!!」

「あっ私わかったよ、この人っ」


 妹が言い終えるまえに、兄は本をパンッと閉じた。


「こいつ!最初の本にいた悪役大臣じゃねえかッ!」


 円盤投げ。

 兄は「そぉぉぉぉい!」っと綺麗なフォームで遠投した。


「私のちょいワル系の大臣様ぁあああああん!」

「犬みてえに拾いに行くんじゃねぇええ!」


 妹の首根っこを引っ掴む兄。


「だってだって、せっかく性女系にも興味がわいた来たのにぃいいいいい!」

「聖女つってんだろが!」

「まあ、別にいっかぁ。ここにある本って、あたし好みの世界が多そうだし、他のも見てみよぉっと」

「くっ」


 切替えの早い妹は楽しく、兄は血眼で読んでいく。

 二人はほぼ同時にすべて読み終えたが、兄は必死だった。


「お兄ちゃん、まだ?」

「待て、どれがマシか考えさせろ」

「私、お兄ちゃんと違って放置プレイには興味ないんだけど」

「俺もねえわッ! てかお前が先にくたばっちまったせいで俺がどんだけ放置されたと」

「はいはい、だからドMの世界に目覚めちゃったんだよね」

「目覚めねえわッ! 寧ろ永眠しちまったわッ!」


 妹が「うまい、うまい」とパチパチ拍手する。嬉しくねえわッ!


「でもさ、紐で縛られてた時って、ちょっと楽しそうにしてたじゃん」

「うっ、あっあれはだなぁ、風邪で朦朧としてたし、変なスイッチ入ったというか」

「だよねだよね! 私も新しい世界の扉が開いたの!」

「まあ異世界の扉も開いちまったけどな」

「うん、これから新しい異世界生活だもんね。……けどさ、あたしね、どんな世界でも、お兄ちゃんと一緒なら楽しめると思うの」

「おっおまえ」


 心温まる、兄と妹の絆。と、思わせてからの。


「ここにある本って全部、世界も時代も同じなんだよッちくしょうがッ!」


 二人は離れられない。一蓮托生であった。






 ――斯くして、妹の願いは叶った。

 希望した通り、王子様とのSMプレイ。

 ときどき悪い大臣を縛り。

 ところにより元王様と変態ランキングのトップを競い合ったりと、なんやかんやで充実した日々を過ごしましたとさ。


 一方の兄は、「こんな世界は滅ぼしてやる」と息巻いて魔王となり、真人間を率いましたとさ。


 めでたし、めでたし?





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 神の書物に、一冊の新刊が加わった。

 タイトルは、【変態と誤解された魔王様、魔王軍から追放されたけど、

今更戻れと言われても放置プレイに目覚めたので暫くそっとして欲しい】




 おしまい。

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