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影法師と『炎天渇奪』 ④


『姉さん、なんでここにッ!!!』


「死んでおくれ、ドッペル」



 リルナの叫びはリョウの中でこだまして外には響かない。それ故に『盗炎結偽』の青い炎は止まらずにドッペルの周囲を囲む。炎と炎が繋がりドッペルの周囲を円として囲んだ瞬間に透明な壁が出現する。



「空間系統の能力か……!!」


「“炎円収奪”」



 その能力を瞬時に理解したドッペルを見ながら金髪を短くした悪魔は手のひらを握り締める。同時に炎の壁がドッペルに高速で迫る。待ち構えていれば圧し潰されると判断したドッペルは影の能力を使おうとし失敗する。



「ッ!!リルナ!!!」


『えっ、あっ!?』



 相棒に声を掛けるも一瞬遅れた能力行使ではこの壁に対抗するのは間に合わない。即座に判断したドッペルは躊躇いなく屋上を殴り壊し下の階へと逃げ込む。それとほぼ同時に燃え上がる炎がドッペルのいた場所を燃やした。



『ご、ごめんリョウちゃん!!』


「気にすんな!!それよりも次が来るぞ!!!」



 謝るリルナの声に返事をしながらドッペルはそのまま走りだした。一拍遅れて赤と青の炎が追撃してくる。触れた物を燃やし奪う赤と、触れた物を閉じ込め青。二色の炎はドッペルの行く手を阻むように次々と上から投げ込まれる。



「リルナ!!“影形”はどうなってる!!」


『ごめん壊されてる!!!それよりこの空間変だよ!!!さっき来た時より明らかに狭くなってる!!!』


「青い炎の仕業だろうな。大方炎で囲んだ内側の空間の操作ってところか……!!」


『ベル姉さん、なんであんな奴に!!』


「リルナには悪いが、一度ぶっ倒す!!話しはその後にしてくれ!!!」


『ッ、分かってる、分かってるよ!!今のベル姉は敵だ、倒しちゃって!!!』



 姉が敵になっているという事実を認めざるをえないリルナは決断する。天秤にかけることすら拒否する愛しい者同士が戦わざるをえない現状から目を逸らしたくなるも、それをすれば片方は死に、もう片方は今後も憎い相手にいいように使われる。そんな未来図を認めるなんてことは許せなかった。先程まで手放していた影の操作を再び握り締め使用する。



「まずは上に!!!」


『了解ッ!!!』



 ドッペルを乗せた“突影”が壁を破壊して再び屋上に躍り出る。その登場を予期していたのか『炎天渇奪』アドラメレクと『盗炎結偽』ベルサシエは合流し肩を並べて待ち構えている。影の上から見下ろして見た二人の姿は髪の長さと服装以外はよく似ている。



(リルナと違うのは、目の色くらいか。いや胸の大きさとかも違うな)


『リョウちゃん今余計なこと考えなかった?』


「カンガエテナイヨ」



 冷たい声が耳を撫でるように聞こえてきて反射的に返事をする。魂の契約により互いの感情をダイレクトに受け取るからか機嫌が悪くなっているのが分かる。だがそれでも先程のような動揺した状態よりはマシだ。戦うのであれば影の能力は必須であり、能力の制御をドッペルはリルナに一任しているのだから。



(とはいえ、上級悪魔二体を相手に一人じゃキツイな。やってやれない事はないだろうが片方を殺さないようにとなると途端に厳しくなる)



 先程の連携を見る限りこの二人は仲違いを起こすことはないだろうと判断できる。互いに邪魔にならないように、その上でドッペルを殺しに来るその炎は脅威だ。青い炎による結界はドッペルでも破壊することは難しい。そこに赤い炎が襲って来ればいくらドッペルといえどひとたまりもない。それを二人の悪魔は理解しているからこそ動かない。時間は自分達の味方だと理解しているからだ。



(用意周到な『炎天渇奪』の仕込みがこれだけとは思えない。何を仕掛けているか、どのタイミングでそれが動くか分からない以上戦いの主導権だけでも握りたいところだが)


『ベル姉の能力が邪魔だね。単独なら何とでもなるけど組まれるとこうもやり辛い。せめて戦力がもう一人いれば――――来るよっ!!!!』



 考え込んでいるその姿を隙ととらえたのか青い炎が襲い掛かる。青い炎に囲まれれば結界が張られる。それしか分かっていない現状触れるのは得策ではないと影から飛び降りたドッペルは走り出し一気に二人の悪魔に接近する。



「“奪炎鎌”」


「おっとぉ!!!!」



 アドラメレクの手に再び大鎌が現われ振るわれる。それを地面を滑るようにギリギリで避けたドッペルは勢いのまま『盗炎結偽』に蹴りを放つ。交差した両腕で受け止めるも今のドッペルの身体能力は並の上級悪魔以上。肉体特化ではないベルサシエは踏ん張ることも出来ずに蹴り飛ばされ屋上から弾き出された。



「“影爪”!!!」


「チッ」



 再び一対一の形に持ち込んだドッペルは影で出来た爪でアドラメレクに迫る。大鎌で受けとめながら自分も巻き込もうと周囲から炎を噴出させる。ドッペルが床を殴り壊し下に逃げようとするのを鎌を振って防ぐ。その行動を囮にしドッペルは拳を途中で止めてアクロバティックな動きでアドラメレクの肩に足を乗せる。前後逆の肩車の体勢になったドッペルは肘でアドラメレクの頭部を強打して地面に叩きつけた。



「これで赤の炎は消え」


『リョウちゃんうしろっ!!!』



 床に罅を入れながらめり込ませたアドラメレクに止めを刺そうとするもリルナの焦り声に即座に離れる。その動きを読んでいたかのようにベルサシエはドッペルの懐に入り込み胸元を掴みその場に固定する。



「逃がさないよドッペル。僕達の為にッ!!アドラメレク様ッ!!!」


「お前ッ」



 ベルサシエの懐から先程も見た蛍の光のような赤い炎が現われる。味方にまで仕込まれていたそれは光り輝き、さっきよりも大きい。恐らくはこれが本命なのだと本能で悟るも流石ドッペルでも反応が遅れた。



「“爆略炎”ッ!!!」



 次の瞬間ベルサシエを巻き込みながら膨れ上がった炎が爆発した。二人を飲み込んだ赤い炎は屋上の一角を燃やし尽くすような火柱となり周囲も焦がす。どれほどの“欲望”を込めたのか、アドラメレクの本命の一つは確かにドッペルを焼く。



「ああ、これがお前の“欲望”……!!これが、これを手に入れればッ!!!」



 赤い炎を伝って流れ込んでくる“欲望”はこれまでどんな人間や悪魔を焼いても手に入らない程上質な物。終わりの見えない程の“欲望”が確かな方向性を持って強く求め焦がれている。その感情を手にアドラメレクは狂喜する。



「これさえあれば私は本当の私にッ!!!!」


「なれねぇよ。それは俺のだ、さっさと返せ」



 ドッペルから奪った“欲望”のひとかけらがアドラメレクの理性を焼き隙を生み出す。火柱の中から影を膨れ上げて弾いたドッペルはそのまま影をぶつけ壁に叩きつける。炎はたちまち消え、その場にドッペルが膝をつく。



『リョウちゃん、大丈夫?』


「大丈夫とは、言えねぇな……!!」



 炎に焼かれ“欲望”の一部を持ってかれるも能力の行使にはまるで問題ない。“我欲”に目覚めているドッペル、沢渡リョウにとって“欲望”などいくらでも湧き上がるものでしかないのだから。だから問題はもう一つ。



「右目の視力を持ってかれた……!!」



 ドッペルの右目は白く濁り、その視界は白に染まっていた。更には右腕の触覚の一部も奪われたらしく二の腕を触ってもそれを感じることが出来なくなっていた。



「アドラメレク様の炎は全てを奪う。それは“欲望”も、五感も変わらないんだよドッペル。君はこれから全ての感覚を奪われてアドラメレク様に飼われることになるんだ」


「…………そんな未来はありえねぇよ。それより、テメェはなんだってあの女に従ってんだ?アイツに仕える価値なんざねぇだろ。あれは、自分以外道具だと思ってるぞ」


「それでも、悪魔である以上契約は絶対だ。僕はあの方と契約した。従い続ければ妹を蘇らせると。そして君を捕らえるのが最後の仕事になる。だからドッペル、もう一度言っておく」



 両手に青い炎を纏わせ膝をつくドッペルに一歩ずつ近づく。影による迎撃を警戒し距離を急いで詰めることはしない。壁に叩きつけられ瓦礫の下にいるアドラメレクもあの程度では仕留められてはいない。



「許しは請わないよ。一生恨んでくれていい」



 時間をかければ必ずアドラメレクが戻ってくる。そうなればドッペルは詰みになる。ベルサシエはそう判断し――――上空から音もなく振り下ろされた竜巻により下の階に叩きつけられた。



「――――随分と苦戦してるわね、ドッペル」


「『病孤涙苦』の時のお前ほどじゃねぇよ、エアロード」



 この街に常駐している上級風天使シルフィ・エアロードが戦場に到着した。

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