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いずれ神成る恋物語  作者: アーックス
歌と病のラプソディ
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歌にて幕を引く病の舞台


「エル様!!こちら暴徒により第二ゲートが突破されそうです!!!」


「第三ゲートも同じく!!これ以上は持ちません!!能力の使用の許可を!!!」



 『病孤涙苦』により暴徒と化した人間達を身体を張って止めようとしている下級天使達は人間達の波によって押し流されそうになっていた。無論抵抗し抑え込むことは可能だったがそれをすれば間違いなく相手を傷つけてしまう。下級、中級天使の多くは人間に紛れ生活している為その決断を下すことが出来なかった。

 能力を使えば記憶処理の際に問題が起きる可能性が上がる以上それも好ましくはない。だがエルの集めた100人程度の天使達ではこの暴走全てを無傷で止めることは不可能。



「くっ……!!」



 『病孤涙苦』を倒し、ドッペルを捕らえる為に集めた人手が暴徒達を止めようとしてそれすら難しい現状する歯噛みするエルは空高くから全体を見まわし判断を迷う。

 暴徒達は『病孤涙苦』によって暴走させられているだけの被害者。それを傷つけることは人に害する悪魔を倒す為に存在する天使達にとって存在否定にもなりかねない。

 なにより前例を作った場合、人的被害を軽視する天使達の行動の歯止めが効かなくなる可能性すらある。将来有望の人間寄りである上級天使であるエル・ライトガーデンですらやったのだからという言い訳を作った場合将来的に何が起こるかは想像すらしたくない。



『エル先輩!!結界で押しとめてるっすけどこれ以上は不味いっす!!外に出ようとしてる連中が出られないことにストレスを受けてるのか感染者同士で殴り合いを始めてるっす!!!』


「ッ~~~~~~~~~~~!!!!!!」



 だが状況は待ってくれない。人工島から本島に感染者が行かないように結界を張っているアリナからの報告ですぐにでも判断を下さなければならない、これ以上時間をかけることが出来ないと考えたエルは即座に指示を出す。



「全体に指示を出します。この先能力の使用を許可、ただし可能な限り怪我人を出さないように拘束にとどめるように。アリナ、感染者以外の人達を中央に誘導して――――」



 

“聞いてください。私の歌を”




「シルフィ……?」



 その判断を全体に伝えようとした瞬間、エルの耳を刺激したのは親友の声。いつも聞いているのとは違うステージに立っている時のアイドルとしての声。

 軽快なリズムと共に音楽が流れ始め、銀鈴のような声が人工島全てに届く。シルフィの風を操る力で歌を劣化させずに全ての人間、天使に直に届けている。




“あなたを想って あなたに想われて それでもまだ足りない”




 その歌は暴徒達にも届く。何も聞こえず暴走している頭を覚ますように強制的に耳に届かせる。そして一人、また一人と振り上げていた手を下ろし始めた。



『これ、は……暴走が、止まってる……!?』



 全体を把握しているアリナが驚愕で声を震わせている。エルもまた驚愕している。それは暴徒達の暴走を止めたことにではなく、その能力範囲と操作性に。

 人工島にいる全ての存在に歌を聞かせる。スピーカーが壊されている可能性を考えれば風を操る、空気の流れを操る能力を使うのが確実かもしれない。だがそれが出来るか出来ないかで言えばありえない程の能力の緻密な操作が必要になる。

 それはエルにすら出来ない事で、神業に一手指をかけているに等しい。




“一緒に踊って 一緒に歌って 一緒に過ごして それでも私をまだ見て欲しい”




 その神業が天使の歌声を届かせる。イオラの唯一の欠点、いや本来であれば『病孤涙苦』が自ら利用する為に作られた穴である何かに集中している間、その症状が止まるという特性。

 暴徒も被害者も、天使達ですらその歌に聞き入ってしまい歌に意識を集中させてしまう。誰もが耳元に届くその歌に集中してしまう。

 私を見ろ、私の歌を聞けというシルフィの命令にも等しい強烈な音の流れが人工島全ての動きを止める。



「ああ……やっぱり……!!」



 幼い頃、初めて彼女と会った時からエルはずっと思っていたことを思い出す。一度だけ伝えたけれど、きっとシルフィは忘れてしまっているであろう思い出。

 ドッペルが戦っている。仲間達に指示を出さなければならない。リョウがどこかで被害を受けているかもしれない。エルにとって重要な全てを押し出してしまう程にその歌は強く優しく、美しかった。



「私は、貴女の歌が好きですよ。ずっと、ずっと、初めて聞いた時から」



 天使も暴徒も歌に魅了されていた。






「なんだ!?なんだこの歌は!?耳を塞いでも響いてくる!!やめろ、歌うなァ!!!!!」


(この、歌は……!!)



 呼吸することも出来ず倒れていたドッペルと、追い詰めていた『病孤涙苦』の耳にもその歌は届く。意識を失いかけていたドッペルはその歌を聞き、その歌に集中することでイオラの症状を緩和し激しく咳ごみ酸素を肺に取り込む。



『お兄さんっ!!!『病孤涙苦』の力が弱まってる!!!アイツに集まってる“負の感情”が減ってる!!!今なら動けるはずだよ!!!!』



 リルナの叫びに反応し即座にその場から跳びはねるように下がり『病孤涙苦』から距離をとる。だが突然動いたドッペルに対して『病孤涙苦』は何の反応も示さない。いや、ドッペルが動いた以上に歌が耳に入ってくる現状に困惑しているようだった。



「く、そぉ!!動けジャネット!!!お前の意思は私が殺しただろうがッ!!!残りカスもない分際で私の邪魔をするな!!!歌が好きなどという戯言を、これ以上私に影響させるな!!!!」


(ああ、そうか……)



 『病孤涙苦』が耳を、頭を押さえて叫ぶ。肉体が上手く動かないことに苛立ち、既に死んでいるはずの自分の餌に対して怒りを叫ぶ。



(アンタも、この歌が好きなんだな。ジャネット・シック)



 死んだはずの心をも呼び覚ますほどの歌。歌姫とうたわれたジャネットの身体がシルフィの歌に反応している。

 彼女がいつ『病孤涙苦』に身体を奪われたのかは分からないけれど、歌姫と称される程の努力をして来たのはジャネット本人だ。そうなれるように努力していたのは彼女だったはずだ。根拠はなくともドッペルはそうだと考えた。



「もう、終わらせる。じゃあな、ジャネット。本当のアンタの歌も聞いてみたかった」



“ありがとう”



 悶え苦しむ『病孤涙苦』の姿に一瞬ジャネットの本物の笑顔を見た気がした。それはイオラのせいで見た幻なのか、それとも本当に一瞬だけ彼女が自我を取り戻したのかドッペルには判断がつかない。だけどそれが本物なんだと信じることにした。



『お兄さんッ!!!!』


「応ッ!!!!」



 リョウの“我欲”がこれまで以上に発揮され影が爆発するように膨れ上がった。リルナがその影を完璧にコントロールし『病孤涙苦』の周囲を取り囲む。



「なッ!?」


「“影牢(かげろう)”」



 『病孤涙苦』が気付いた時にはもう遅かった。次の瞬間その視界は影に覆われて黒に染まる。光を一切通さない影の球体に包まれたそこでは一寸先どころか自分の手を視認する事すら出来ない。

 『病孤涙苦』を中心に半径十メートルを取り囲んだ影はドッペルの技の中で最高の硬度を誇る。それを打ち破ることは単純な力だけならば『病孤涙苦』を超える『大飢万征』も出来なかった。



「チェックメイトだ、クソ野郎」


「こんな物で私を閉じ込めた気か!!!脱出する隙くらいいくらでもあるだろう!!!」



 “影牢”に閉じ込められた『病孤涙苦』はそれでもまだ敗北していないと冷静に考える。確かにこの状況は不味い。天使達と合流されればそれだけで止めを刺されかねない。



(だが!!だがこの球体がある限り外からの攻撃も届かない!!!攻撃の為には穴をあける必要がある!!!)



 『病孤涙苦』にとっては酷く業腹なのは確かだがこの時点でジャネットの身体を捨てることを覚悟させた。細菌レベルにまで本体を分解すれば僅かな隙間からでも逃げることが出来る。

 ただし細菌の大きさで居続けることは危険性も高い。そのままでいれば遠くない未来に自我を保てなくなることは分かっている。だがそれも適当な人間に寄生することで回避することが出来る。細菌の大きさで居続けられる時間は短いが逃げるくらいならば可能だとこれまでの経験から自分の限界を理解していた。



「言ったはずだ。これでチェックメイトだってな」


「そうか、好きにすればいい。私は必ずここから逃げ」


「断熱圧縮って、知ってるか」


「――――は?」



 思いもよらない単語に『病孤涙苦』の思考が止まる。だがすぐにその危険性を理解する。この状況がまさしくチェックメイトをかけられている事実に今更ながら気付き焦る。



「(まさか、コイツ)ッ~~~~~~~!!!!“病槍”ッ!!!!」


「簡単に言えば熱が変動する要素がない状態で気体が急激に圧縮された時に起こる現象だ」



 ドッペルに説明されなくとも『病孤涙苦』は知っていた。何故ならばそれは自分を滅ぼしうる数少ない弱点だったからだ。そう、熱という細菌を殺す最適な攻撃。



「クソッ!!“病幻体”ッ!!!出ろ!!!この空間にも土くらいあるだろうがァ!!!!!!」


『一度見せられた手札、対策とるくらい当然でしょ』



 リルナの完璧な操作により“影牢”内に『病孤涙苦』が利用できる物質は残っていない。脱出する為に巨体を作り出そうとしても素材のない空間ではそれすら不可能。



「お前を物理的に殺すのは難しい。どれだけ追い詰めても、細菌レベルの大きさになって逃げて適当な人間に寄生して生き延びる。“影牢”を小さくして圧し潰そうとしてもお前は絶対に生き残る。だけど、熱だけはどうにもできないだろ」


「クソがッ!!私が!!私がこんな形でッ!!!出せぇ!!!ここから今すぐにッ!!!!!」


「10倍の圧力で押し潰せば、今の気温なら3000度くらいいくだろうよ。菌を殺すには、十分すぎると思わないか?」



 “影牢”の中から暴れる音が響く。だが一切傷をつけることも出来ない。今のリョウは「もっとシルフィの歌を聞きたい」という“欲望”が膨れ上がっている。

 それが『病孤涙苦』の抵抗を一切許さない強固な檻を作り出していた。



「こ、の、クソカスがああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


「あばよ病原体。あの世で利用して弄んできた人全員に詫び続けろ」



 ドッペルが手を握り締めるのと同時に一気に“影牢”が小さくなる。内部から『病孤涙苦』の叫び声が聞こえてくるも、それも10秒ももたずに消えていった。

 生きている限り逃げることのできない病。その大本の最後は誰にも見られず人知れず消えていくものだった。




“一生一緒に ずっと笑って 私のことだけを見ててね”




 “影牢”を再び元の大きさに広げて温度の調整をしたドッペルは技を解除してその場に大の字に倒れて空を見上げる。戦闘によって照明ライトが壊されたせいか夜空に広がる星が良く見える。



「ああ……やっぱり最高だな、この歌は……」



 星を見上げて新たな歌姫の歌を聞いて、ドッペルの姿から戻ったリョウはしみじみとそう呟いた。



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