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いずれ神成る恋物語  作者: アーックス
歌と病のラプソディ
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影法師と『病孤涙苦』 ⑧


 “影爪(えいそう)”を下から掬い上げるように振り上げるドッペルに迎撃するように『病孤涙苦』は病の槍を振り下ろす。ギャリギャリと不快な金属音が周囲に鳴り響き火花を散らす。自身の無限と言える“欲望”によって強化されたドッペルの身体は既に上級悪魔の中でも上位に位置する『病孤涙苦』にすら匹敵、あるいは凌駕し始めていた。

 影の爪と病の槍は移動しながら周囲を破壊してもなお止まることなく何度もぶつかり合って互いの命を貫こうとしていた。

 やがて身体能力の差によってドッペルが『病孤涙苦』の体勢を崩すことに成功し、その隙を突こうと足を踏み込み一気に加速した。

 それが作られた隙だと考えられずに。



「力と速度だけで勝てるとでも?」


「チッ!!」



 千年の時を生き続けてきた悪魔は人間の技術体系を自身の糧として取り込んでいる。『大飢万征』のように自身の能力を過信しそれ以外を見下しているのは変わらない。だが人間を“欲望”を手に入れる為の餌としてだけではなく、熟成させることを重視する『病孤涙苦』は長年培ってきたその技術を身に着けることに一切の躊躇いはない。

 人間に紛れ込み、希望と絶望を喰らいつくしてきた病は身体を何度も代えながらその時々により最適な戦術を選んできた。

 だからドッペルの“影爪”を受け流し、完全に無防備になった胴体を狙うことも容易に出来る。



『“突影(とかげ)”!!』



 無防備になった隙を埋めることのできる相棒が居なければここで戦いは終わっていただろう。リルナが独断で発動した“突影”がドッペルの足元から伸びて『病孤涙苦』の槍を叩き落した。



「オ、ラァ!!!」



 狙いを外し地面に向かった槍を思いきり踏みしめて固定する。地面に突き刺さった槍を『病孤涙苦』は手放すことをしない。それをチャンスと捉えるか作られた隙だと考えるかは分かれるだろう。ドッペルは前者を取り踏み込んだ勢いで“影爪”を振りかぶった。



『お兄さん!!足どけて!!!』


「ッ!!!」



 だがそれを振り下ろす前にリルナの声が響き咄嗟に大きく飛び下がる。相棒の声に一切の疑いを持っていないリョウにとってその危険察知能力は頼れる物だった。そして槍が突き刺さっている部分を見てリルナの判断が間違いではなかったことは証明されていた。



「地面が溶けてやがる……!!」


『影で覆ってなかった靴の方も結構溶けてるよ。影で受けてたから今までは溶けてなかったんだと思う』



 槍が突き刺さった地面が紫の煙を上げてグズグズに溶けている。槍を抑えつける為に踏んだ時に触れていた靴も溶け始めており、その毒性の強さを証明していた。人体に突き刺さればその瞬間どうなるかなど想像したくもない光景。



「病を操る、ってよりは菌を操るのがテメェの能力(ちから)の本質だな。直接戦闘にも使えて面倒くさいことこの上ない」


「面倒なのはこちらも同じことですね。天使共と違い大した経験もないでしょうに……」



 言葉は軽いが『病孤涙苦』はこれ以上なく目の前の敵対者を警戒していた。ドッペルとはリョウとリルナという人間と悪魔が一緒になった姿。互いが居なければ戦うことも出来ない二人の強さは時間が経つごとに加速度的に上がっていき『病孤涙苦』にすら手を届けかけている。

 今はまだ経験不足が目立つ上戦いの技術自体が低いということで付け入る隙があるも、それもこの先上級悪魔と戦い続けて行けばやがてその危険度は魔王にも手が届きかねない。



(今ならば逃げられる、がここで逃げた場合将来的に本物の化け物になりかねない)



 『病孤涙苦』を逃がさないと言っているが今のドッペル一人が相手ならば逃げる方法自体は幾らでもある。その手数の多さもまた『病孤涙苦』の強さの一つなのだから。だが逃げた場合、近い未来で必ず目の前の化け物は再び自分の前に立つだろう。悪魔と契約した人間の寿命が通常通りだとは思えない。百年二百年を“欲望”を少しずつ満たすことで我慢するくらいならば出来るだろうがそれが永続になった場合など自分ですらどうなるか分からない。

 天使達にその正体を暴露したとしても、逃げに徹したドッペルを殺せるとは思えない。特にエルやシルフィが抵抗しかねない以上それを期待するのは希望的観測という奴だろう。



(かといって他の上級悪魔と連携をとる、など不可能。可能だとしてもそれをすれば悪魔の行動利点を一つ失うことになる)



 その性質上悪魔は上に上がるほど個人主義が強まる特徴がある。三大魔王の下にいるという名目はあれど組織的な動きなどとれるはずもない。それが出来た魔王は既に討伐されている『傲慢』暗いだろう。『強欲』は『病孤涙苦』を始めとした配下を多く持っているが基本的に自由にさせている。『憤怒』は自身を含めた全ての生物、世界を憎み常に怒っている為その近くに配下など用意できない。『怠惰』に至ってはその姿自体を見たことがある者がいないので本当に存在しているかも不明だ。



(悪魔が組織的な活動をしている天使に対して優勢なのは神出鬼没さが理由の一つでもある。ドッペルという目的が出来たのならば上級悪魔を釣る為の餌にするでしょうね)



 仮に我の強い上級悪魔をまとめてドッペルにぶつけることが出来たのならば間違いなく勝てるだろう。だがそれを天使達に察知された場合間違いなく最大戦力を全て動員してでも殲滅しに来る。そうなれば流石に認識阻害も出来なくなるはずだが上級悪魔を多く狩ることが出来るのならば天界組織、最上級天使は躊躇う事はないだろう。



(私が言うのもなんですが、今の世代の上級天使に比べれば人間味が欠けてますからねアイツら。目的の為ならば自身さえ駒として使い自爆特攻してくるでしょうし)



 千年を生きて来れば今の最上級天使とも面識が出来る。人間達と多く関わってきた『病孤涙苦』は血生臭い関係ではあるが面識を持つ最上級天使の本性を見抜いていた。あれらは悪魔を狩る為に作られた機構のようなものだと。それに比べれば今の天使達はかなり人間臭い。人を見下す者も多いが、その反応自体が最上級天使と比較すれば人間味になるのだ。



(やはりここで殺しておくべきですね。脅威ではあるが今ならばまだやりようは幾らでもある。死の恐怖に慣れていないであろう今がコイツを殺せる最大のチャンス)



 ここで生かしておけば間違いなく後々厄介になる。結論付けた『病孤涙苦』はその“病槍(びょうそう)”を構え直し嗤う。本来のジャネット・シックならば絶対にしないその禍々しい顔は見ている者の背筋を凍らせ行動することを躊躇わせることだろう。そして『病孤涙苦』はそれを自覚して行っている。



「嗤ってんじゃねぇよ」



 だがドッペルに対しそれは火に油を注ぐ行為に他ならない。自身以外を嘲笑うその姿はドッペルの踏み込みを更に深くした。

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