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風天使と魅力

「今日は話せて楽しかったわ。一緒の舞台に上がる日を楽しみにしています」


「いえ、こちらこそ。音楽フェス、楽しみにしてるわ」



 ジャネット・シックとエアロードさんが握手して別れを惜しんでいる。今日は互いに日常や歌、振り付けなどについて話し合った《《ことになっている》》。

 ジャネットの後ろに立っている『病孤涙苦』がそういうことにしたと認識させているのだ。当然、僕にも同じことをしているのだろう。それこそ意識を覚醒させた瞬間はそう思わされていたのだから。リルナと契約していなければ、きっと僕もジャネットと同じく奴の人形のように今日会って話したことを現実だと思わされていたままだったろう。



「付き人さんも、楽しい人だったわ。声もいいし……歌手にならない?」


「残念ながらそこまで歌うことに興味持てなくて……。僕、私は歌っている人達を見ている方が好きですから。頑張っている人が好きなので」


「そう。残念ですけど本人が嫌がっているのに無理強いするのはいけない事ね」



 彼女は、どれくらいの期間を今回のように捻じ曲げられているのだろう。彼女の努力はどこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろう。彼女に熱狂している人達は本当にいるのだろうか。そんなことが頭をよぎって仕方ない。

 それをおくびにも出さないように笑顔で対応する。『病孤涙苦』の一番の被害者は彼女だが、それを知らせることはただの自己満足になると自分を戒める。

 彼女は知らず知らずのうちに囮にされている。餌にされている。その事実は僕の胸の奥にしまっておく。同時に『病孤涙苦』への殺意を抑え込むのに非常に苦労するが。



「ジャネット。そろそろ時間ですよ」


「楽しい時間は早いものね。シルフィさん、次はフェスで会いましょう」


「ええ。私も楽しみにしてる」



 いつもであればもっと言葉を尽くして別れを惜しむだろうエアロードさんは、しかしその言葉に力はない。やはり『病孤涙苦』に言われたことが効いているのだろうか。

 その後二人は握手をして別れた。僕も当然エアロードさんについていく。去り際にマネージャーに扮した『病孤涙苦』は「待っていますよ」と口だけを動かしていた。


 そのままスメラギ社長が用意した車に乗り込み帰路につく。その間互いに会話はなかった。不自然だとは思うが何を話していいのか分からなかった。

 認識改変、記憶改変を受けている前提の話。リルナのことやドッペルのことを隠さなくてはいけない以上ノーリアクションはあまりに不自然だ。

 何を話せばいいか悩むが黙っていても仕方ない。もうこうなったらノープランで口に任せていくしかないと決意した。



「「ねぇ……」」


「えっ」


「あっ」



 被ってしまった。困った、こういう時の対処法とかまるで分らない。何せ僕は口から生まれてきたと言われるくらいには多弁な人間だ。無音な空間とか映画館とかそういうのしかないからこういう時の対処法がまるで分からなない。



「えっと、そっちからでいいよ?」


「いや悪いわよ。そっちの話題で話せばいいわ」


「大したことでもないし……」


「私の方も大したことないのよね……」


「「……………………」」



 互いに譲り合ってきかない。だって僕の方とか本当に話題なくてもう全部勢い任せで行こうとしてたわけで。

 エアロードさんが話してくれるのならばそちらの方が助かるくらいだ。お願いだからあちらから話してくれないだろうか。

 いや、ここで男が引いてどうする。『病孤涙苦』によってあんな風に追い込まれたエアロードさんにまた気を遣わせるのか?それは最早最低という言葉すら生温く感じる。

 勇気を出せ!!僕ならば出来るはずだ!!!



「「ねぇ!!!」」



 また被ってしまった。何なのだろうこれは。最早コントと言えるんじゃないか?

 話の起点を潰されて頭を抱えていると隣で笑う声が聞こえてきた。隣を見ればエアロードさんが静かに笑っている。不思議そうに見ているのが分かったのだろうか。彼女は笑うのをやめて恥ずかし気に顔を赤らめてこちらから顔を背けた。



「コホン。何度も被るのも嫌だし私から言うわ」


「う、うん。そうしてくれた方が僕としても助かるよ」


「……今日は、ありがとね」



 こちらを見ないままだけどエアロードさんはそう言った。何故お礼など言われるのか全く分からない。だってそうだろう?僕は何もしていないどころか、彼女に助けられた立場だ。

 未だに『病孤涙苦』の能力は僕の身体を蝕んでいる。恐らく奴がその気になれば今にでもあの脱力感を与えることが出来るだろう。それに対抗する事は出来るが、それにも“欲望”を使うしリルナもまた苦労する事になる。

 今こうして普通に過ごせているのはただ単に彼女のおかげなのだ。こちらがお礼を言うのは当然でもエアロードさんがお礼を言う必要がどこにあるのか分からない。



「私、アイドルになって2年くらいになるのよ。地下アイドルからやってきて、ここまで大きくなれたのはただ運が良かっただけだと思ってる」


「実力があったから、じゃないの?」


「実力はあって当然。それは大前提の上で、チャンスが来るって運があったからよ。それに後ろ盾もあったからそこも他より良かったんだと思う。それでも私は私なりに頑張ってきたわ。他にも色々とあったけどアイドルにだって全力で挑んできた」



 疑問を持っていたのが顔に出たのかエアロードさんはそのまま理由を話してくれる。信頼されているのか、それとも別の理由なのか。

 どちらにしてもこの言葉を遮ってはいけない。直感でそう思った僕はただただ黙って聞くことにした。誰にだって弱音を吐きたくなる日はあるだろう。



「でも一番になりたかった分野では絶対に勝てない人がいた。それが敵だったらただ憎むだけでよかった。だけどその子は私の親友で、とっても優しい子で、私を助けてくれた人だった」


「…………」


「その子に私は勝てない。持っているものが違い過ぎる。それに一途にただ一つだけを求め続けてきたあの子に勝てる気がしない。それにあの子には、報われて欲しい。それだけの境遇だったし、私だったら耐えられなかっただろうことも耐えてきたから」



 エルの事だろうと分かったが、そこに触れるのは認識改変の影響下にあると思われている以上してはいけない。ただ、彼女達の過去の一端に触れることが出来て少しだけ嬉しかった。



「それでも私は私を見てくれる人が欲しかった。一人や二人じゃ満足できない。誰からも愛されたいし、求められたい。認めて欲しい。だから、沢渡君にはお礼を言いたかった」


「何故?僕は何もしてないよ」


「来る時にずっと褒めてくれたでしょ。あれだけの言葉で、熱意で伝えられたのは初めてだった。アイドルとしてだけじゃなくてシルフィ・エアロード個人を見てくれているのが分かった。だから、私は今日耐えられた。だからありがとう」



 『病孤涙苦』に勧誘されて、今日返事をしなかった。彼女にとってきっとあの誘いはとても魅力的だったのだろう。それこそ倫理観をドロドロに溶かすくらいに甘い言葉だったのだろう。それを耐えられた理由が僕の言葉だというならこれ以上はない。

 ただ、彼女に伝えたいことが出来た。



「……何のことかは分からないけどどういたしまして。ただ、一つだけ言うなら」


「なに?」


「君の価値は、どうしたって他人が決めるものだと思う。誰だってそうだ。自分がどう思ったって評価を下すのはいつだって他人だ。自分の最高傑作が他人にとっては何の価値もないってことはよくあることだ」



 小説や音楽をサイト等に載せた時、それを評価するのは自分ではない。読んだり聞いたりしてくれてる人だ。どうしたって自分が求める評価を得られない事があるだろう。そんなものが人生の大半を占めている。



「そんな中でこうしてアイドルとして評価されている君は、絶対に、間違いなく凄い人だ。それはアイドルとしての君を愛しているファン達全員が保証する。彼らの目が、耳が、心が君を凄い人だって分かっている」


「そう、なのかしら」


「そうだよ。君が誰かと自分を比べて自分は凄くないと思っててもそれは君の感想で君の価値じゃない。君の価値は今君を待ち望んでいる人達が決めている。そして何より」


「…………」


「僕が君の歌を聞きたい。CD越しじゃない、サイト越しじゃない君の本物を見たいし聞きたい。僕がそう思う君の魅力は誰にも否定させない。それが例えエルだろうと、君自身だろうと」



 例え好きな人が否定しても、僕は僕の心を裏切らない。ありえないと断言出来るがもしも仮にエルがエアロードさんのことを否定したとしてもそれだけは認めない。逆にエアロードさんが僕のエルに対する恋心を否定しても認めないけれど。



「だからこれからも歌い続けて欲しい。君が満足するまで、僕達に魅せ続けて欲しい。エアロードさんだけが出せる魅力を。それは絶対ジャネット・シックにも負けないはずだから」


「大きく出たわね。でも」



 それまでずっと背けていた顔をこちらに見せる。その目には先程までの弱々しい光はなく燃え滾るような闘志があった。

 顔が夕日で照らされて赤くなっているが、それにも負けないくらいの強い意志があった。



「いいわ。特等席で見せてあげる。だから私から目を逸らさない事ね」


「僕が目を逸らせないくらいの姿を魅せてくれたら当然そうなるはずだよ。そして君なら出来ると信じてる」



 音楽フェス、決戦の日はすぐそこだった。

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