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天使達と夕食


「ただいまー」


「おかえりなさい。遅かった、です、ね……?」


「お邪魔しまーす」



 今日は色々とあったなぁと思い返しながら鍵を開けて我が家に帰宅する。ガチャガチャという音と僕のただいまの声に反応してリビングの方から足音が聞こえてきた。足音の正体はもちろんエル、いつもとは逆の構図ではあるがそれについては何もおかしくない。


 彼女の言葉が途切れ途切れになった原因は僕の隣にいるエルの親友であるエアロードさんだろう。その証拠にエルは段々と状況を理解して来たのかエアロードさんに対する目つきが鋭くなっている。といってもそれは普段彼女と多く接している人間だから分かる程度の変化だが。



「シルフィ、何故あなたがリョウ君と一緒にいるのですか。なんでリョウ君が買い物に行く時に使用するマイバックを持っているんですか。答えなさい」


「いや沢渡君のバイト先が私が今度出演するCMのスポンサーだっただけよ。そこで会って色々と話したりして、それで遅くなったから今日お夕飯を家でもどうですかって言われたもんでこうしてお邪魔したわけ。それでこのマイバックは沢渡君と買い物行った時に持つって言ったから持ってるだけ。一人に持たせるとか最低だと思わない?」


「なるほど、つまりリョウ君と買い物デートしたというわけですね」


「アンタは最後しか聞いてないのか」



 エルはグルグル目をしながらエアロードさんの話を聞いていた。多分彼女にとって重要な所しか聞いてない。しかし夕食の材料を一緒に買いに行くだけでこうなるとは予想外だ。あれだろうか、仲がいいと思っていたペットが親友にすぐさま懐いた時の感覚みたいなものだろうか?



『そういうところだよお兄さん』


『ツッコミを放棄して今の今まで寝てたリルナ君、一体何がそういうところなんだ』



 脳内悪魔が目を覚まして早々意味の分からない事を言っている。彼女は時たま呆れたようにこういうことを言うのだが、不可解なので聞き返してもこれまた全然答えてはくれない。

 それに関してはもう気にするだけ無駄だと思うので威嚇しているエルに対してその機嫌を治す最高の一手を放つことにする。



「それよりエル、今日はメンチカツだよ!!」


「っ!!それは本当ですかリョウ君!!普段作るのが面倒だって言って私も一ヵ月前に食べただけの幻の!!!」


「一ヵ月程度で幻扱いなのね……」



 実際メンチカツは作るのが結構面倒なのだ。玉ねぎとキャベツをみじん切りにするのも、挽肉に混ぜてこね回すのも、肉種を作るのも、それを揚げるのも非常に手間がかかる。一時間程度で作れるとはいえこの作業を一人でやるのは面倒で、エルがいなかった時なんかはどうしても食べたくなった時以外は作るのを避けていたくらいだ。お店のメンチカツはなんか違うんだよなぁ。



「というわけで作ろうと思うので手伝ってください。一人だと大変だから」


「良いでしょう。シルフィはお客さんなのでリビングでテレビでもどうぞ。ここから先は私とリョウ君二人の共同作業という奴です」


「別にいいけど……縄張り争いし始める寸前の猫みたいね、アンタ」



 確かに今のエルに猫耳と尻尾をつけたら逆立ててそうだ。全身の毛を逆立ててる猫耳美少女のエル……是非見たいがその機会がないのがざんねんすぎる。いつかチャンスがあればそういう格好もお願いしたいものだ。いやでもそれを他人に見られるのは酷く腹立つな……?


 なんてことを考えながら手洗いうがいをしてキッチンに向かう。生肉や野菜を触る以上ここら辺はきちんとしなくてはならない。自分だけならともかく他の人に食べてもらうのであれば猶更だ。



「ではこれより調理を開始しまーす」


「おー、です」



 我が家のキッチンは中々に広いので二人で作業していても問題なかったりする。今日のメニューはメンチカツと味噌汁、それにいつもの主食である白米だ。今回は二人がかりなので役割分担で手早く作っていく。



「エル、メンチカツの種作っておいてくれる?その間ご飯炊いて味噌汁作っちゃうから」


「分かりました。玉ねぎは古い奴から使っちゃいますね」



 すぐに鍋に水を入れて火をかける。そのまま流れるように白米を炊飯器に入れて炊く。無洗米はこういう時非常に楽で助かる。

 鍋の中の水が沸騰する前に豆腐を入れてだしの素を入れる。味噌を多く入れるより個人的にはだしの素を多めにして味を濃くする方が好きだ。そのまま沸騰するまで火をかけて、乾燥ワカメを投入。この乾燥ワカメ、小さいからって多めに入れると一気に鍋の中身がワカメだらけで大変になるので気を付けるように。



「っと、味噌が冷蔵庫にないな」


「買い置きの奴がありますよ。リョウ君の好きな赤みそです」


「あっ、ありがとうエル」



 玉ねぎをみじん切りにして涙目のエルから味噌を受け取りお玉の三分の一程度になるくらいに掬って菜箸でお湯の中で溶かす。この時気持ち少なめの方が良いかもしれない。後で増やすことは出来るけど減らすことは出来ないからね。

 溶かし終わったら一口だけスプーンで掬い飲む。まぁ作り慣れているので大体これくらいでいいやという感覚でやっているが最初の時は料理本を見た方が良いだろう。おすすめのやり方は切る材料は先に全部切っておくことだ。鍋に火をかけている間にやろうとすると慣れてないとどうしても慌ててしまう。水が沸騰するまで火にかけてたら不味いと慌てるなんてことは多々あることだ。



「リョウ君、お肉の準備が出来ました」


「じゃあ油を準備しておこうか。種は一緒にやろうか」


「ええ、そうですね」



 味噌汁の入った鍋を使わないコンロの上に置き、メンチカツを揚げるための鍋を二つ用意し油を入れて火をかける。この時油が3cmくらいのプールになるように気を付ける。

 その後、薄力粉溶き卵パン粉の順番でつけれるようにボウルに入れて準備。肉種が出来たら順番通りにつけて、油の中に投入する。この時先にパン粉を入れて反応を見ると良いかもしれない。油が十分に熱されていればパン粉が揚げられている様子が見えるはずだ。



「っと、油はやっぱ跳ねるなぁ。エルは大丈夫?」


「大丈夫ですよ。リョウ君も気を付けてくださいね」



 隣り合って作業をしていると十分な広さのあるキッチンと言えど少し手狭に感じる。だが別にそれが嫌というわけでもない。こういう日常こそが僕が求める物で、エルもまた同じなのだと思う。



『い、いい匂いがして来た……』


『今日の晩御飯だから待ってな。でも熱いからいきなり齧りついたら火傷するからね?』



 脳内で腹ペコ悪魔がお腹を抑えている。日常においてこういう時リルナは僕と五感を同じくしているのでこの食欲を直撃する匂いをこの時間に食らうのはキツいのだろう。最初の頃は食べなくても大丈夫みたいなこと言っていたが今や待ちわびているのだから人も悪魔も、あるいは天使さえも変わらないものなどないのだと思う。


 しかし相変わらず彼女が着ているボロ布が気になる。髪の方はある程度僕がケアしているし、リルナも気に入ったのか髪留めを着けてくれているが服はどうしようもない。僕の物だと認識しない限り中に持っていくことが出来ないが、何の理由も準備せずにリルナ用の服を買ったりしたら間違いなくエルにバレる。その時の言い訳が全く思いつかないのでどうしようもない。僕とリルナの身長が同じくらいであれば最悪女装とか言い訳できたかもしれないけど。



「っと、こんなもんか」


「二つに切りましたけど、うん。中身もちゃんと火が通ってますね」



 メンチカツを4分ほど揚げて油を切り、油切り用のキッチンペーパーを敷いた皿に盛り付ける。一緒にちゃんと口直し用の千切りキャベツも乗せておく。

 ちなみにちゃんと途中でメンチカツの上下を入れ替えたりしないと火がちゃんと通らないので注意だ。我が家では中身まで火が通っているかの確認をする為に半分に切って盛り付ける。大きめに作っているので半分でもかなり食べ応えはある。



「お待たせ―」


「リョウ君特性のソースをつけて食べていいですよ。絶品なので腰を抜かさないでくださいね」



 味噌汁とご飯、そしてメインのメンチカツを年中使っているこたつ机に持っていく。我が家では椅子ではなく座布団を使用している。エアロードさんはお行儀よく用意されていた座布団の上でこちらを呆れたような目で見ていた。



「なんですかその目は。リョウ君のメンチカツに何かしらの問題があるとでも?」


「いや、そっちは凄く美味しそうなんだけど……。ああやって隣り合って作業してるの見てると本当に夫婦みたいな感じだなって思って」


「夫婦っ!?!!?」



 その感想にエルの顔に一気に血が上って赤くなる。そんな表情されると僕の方もまた反応して赤くなってしまうが、まぁエルが可愛いので良しとする。こういう時、反応をすると弄られるというのは何となくわかっているので敢えて構わない。



「はいはい。それじゃあリビングで待っていたエアロードさんは子供ってところかな」


「私を子ども扱いするな殴るぞ」


「ご、ごめんなさい」


「リョウ君、シルフィは自分が小柄なのでそこらへんを突かれると怒るんですよ」



 びっくりした。滅茶苦茶食い気味に宣言された。小柄だから子ども扱いされることが多いのだろうか。まぁ普段のストレートな髪型の時はともかく、アイドル時のツインテールは子供っぽさが増していることは言わない方が良いだろう。



「それじゃあ準備も出来たし、いただきます」


「「いただきます」」



 早速メンチカツを口に運ぶ。揚げたてほやほやのそれは熱くて火傷しそうだが、それゆえの美味しさを持っていた。ソースをつけてご飯と一緒に食べればジューシーな肉汁が溢れる。それだけではなくみじん切りにされた玉ねぎとキャベツのシャキシャキさが良い歯ごたえとなり非常に美味といえるだろう。これならいくらでも食べれると自信を持って言える。

 だが流石にそれを続けていては口が慣れてしまうので味噌汁と千切りキャベツを合間合間に挟んで食べる。



「わっ……。美味しいわね、これ」


「リョウ君の料理はいつだって絶品ですよ」


「嬉しいこと言ってくれるなぁ」



 エルとエアロードさんの反応も悪くはない。というよりいいんだろう。他に手料理を振る舞う人なんていないのでこの反応がいいのか悪いかの判断はつかないが、彼女達の表情を見る限り気に入ってくれたのだろう。



「これは、沢渡君が作ってくれるって言う毎日のお弁当にも期待が持てそうね」


「リョウ君???」


「いやだって、二人分が三人分になってもそこまで手間じゃないし……」


「そういう事ではありません。リョウ君はちょっとシルフィに甘いと思います」


「そうかなぁ……?」



 そんなつもりは欠片もなかったのだが。だが思い返せば少しそうかもしれない。他の人にはここまでしないだろうと思うし。

 ただ、天使とアイドル、そして学生まで頑張っているエアロードさんを応援したいという気持ちは確かにあるので自覚なしに甘くしてしまっているのかも。


 自覚のない行動というのは厄介だなと思いつつ、膨れているエルを宥めることを僕は頑張った。


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