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『大飢万征』の悪意

(リョウ君にどう言い訳しましょうか……)



 翼を広げ空を飛ぶエルは戦いの後のことを考えていた。認識阻害の効果は正しく効いているはず。だがそれは彼を蔑ろにしていい理由にはならない。彼女としてはこの後の上級悪魔との戦いなどただのゴミ処理であり、それ以上に大切なのが幼い頃から想っていた少年のことだ。

 無論、『大飢万征(たいきばんせい)』のことを舐めているわけではない。危険過ぎるという悪評が天使及び天界組織にも広まっているくらいには厄介だ。だがその上で彼女は自分が勝てるということを疑ってはいなかった。

 自分を疑うということはこの“愛”を与えてくれている少年を疑うことに繋がるのだから。


 既に多くの建築物が壊されている場所。何もなくなった場所もあり、その中心に立つ『大飢万征』ドルザルクの目の前に降り立つ。目の前に足を付けたエルを見下ろしながら3mある巨体に比例して大きい口。それを頬が裂けるという表現を実際にするレベルで口角を上げる。



「よぉ、来たかよ」


「ええ。最後の平穏な時間は楽しめましたか?今からあの世に行ってもらいますが寂しくはないでしょう。貴方のお仲間もすぐにそちらに送りますので」


「あァ?下級悪魔の連中か?アイツらは道具であってそれ以上じゃねぇぞ?」



 心底不思議そうな、重力が上から下へ向かうのと同じくらい当然という態度に、リョウの目の前では絶対しない表情でエルは舌打ちする。この手の悪魔と会話するといつも怒りが湧いてくる。他者を見下し、自分が作った物を蔑ろにし、己の“欲”のみを延々と追及する悪魔をエルは唾棄する。



「んな事よりこれ見てもらおうか。お前の末路だ」


「見たくなどありませんね。貴方のような悪魔の趣味嗜好など知りたくもない」


「そう言うな、っと。“解放(リリース)”」



 懐から出したのは小さいクローゼットのような物。いや、それは確かにクローゼットなのだろう。ドルザルクの力を込めた言葉と同時に小型化されていたそれは元の大きさに戻る。



(大きくさせるだけではなく、小さくさせることも出来る。無機物はほぼ一瞬で大小を変化させられる。ただし生物に使うのにはそれ相応の時間が必須。抵抗できる天使ならば10分以上はかかりますね)



 これまでに戦ってきた情報と、それまでこの上級悪魔が各地で起こした被害情報。それが目の前の悪魔の能力(ちから)の分析を完璧なまでに済ませている。天使の能力は画一的なものが多い。例外もあれど大抵は分かりやすく単純だ。

 エルの能力は光に物的威力を持たせ、尚且つそれを武装化する。シルフィであれば風を操るなど。だが悪魔は違う。個人主義の塊である悪魔の能力はそれぞれが独立しており、分類する事自体は出来てもどんな能力なのか想像できないことも多い。


 その能力の多彩さと急襲性が悪魔を厄介にさせている大きな部分を占めている。だからこそ今この場でドルザルクを討つ大きなチャンスだ。二つの厄介な部分、それをこの上級悪魔は捨てているのだから。



「――――俺ァよぉ、下級悪魔なんぞよりよっぽど人間を評価してんだ。そりゃアイツらはゴミだぜ?力もないしこうして俺らが暴れてることも知れない憐れな燃料みたいなもんだ」


「…………それは0より1を評価している、というだけでしょう。貴方は人命に何の価値も見出していない」


「ああ、それは否定できねぇ。だが、だが一点だけ俺は人間共に感謝してんだ。人形(ドール)って文化を作った人間をよ」



 言いながらドルザルクはクローゼットの扉を開ける。距離もあり中身が何なのか見えないエルは視力を強化することでその中身を見て、それを後悔した。



「たすけて」「ころして」「ここから出せクソ野郎!!」「ゆるしてください」「ごめんなさい」「もうさからいません」「そとにだして」「変態が!!これがそんなに楽しいかよ!!!「ころして」「しにたい」「もうやだ」「うるさい」「私を解放しろぉ!!!」「だまって」「どるざるくさま」「かえりたい」「ころして」「ころして」「ころして」「ころして」「ころして」

「ころして」「ころして」「ころして」「ころして」「ころして」「ころして」「ころして」


《font:102》「だれか、わたしたちをころして」《/font》



「コレクション。こんな物、前の世界じゃ俺は思いつきもしなかった。ただ殺して犯して好き放題してその場限りの欲望を満たすだけ。下らないことこの上ないと思わねぇか?」



 絶句するエルを前にドルザルクは陶酔したかのように頬を赤らめて空を見上げる。その目からは透明な水が流れ出し、どれほど自分が感動しているのかをエルに語り掛ける。



「だが、人間共は違う。そんなちゃちな“欲”じゃねぇ。多種多様な“欲望”を持ち、俺達悪魔はそれを知って自分達の愚かさを知った。嗚呼、なんて浅はかだったんだろう。こいつらは弱いが、新たな価値観を俺達に与えたという一点において何よりも価値があると断言出来る」



 クローゼットの中にしまわれていたのは40に満たない、ドルザルクの手で掴めるくらいに小さくされた人間と天使、そして悪魔だった。そのどれもが久しぶりに見た外の光景に、チャンスとばかりに叫び続ける。エルに殺してほしいと願う悪魔や人間達。反抗する天使もいるが、逆にドルザルクに媚びる天使もいる。そのどれもが見た目麗しい少女で。



「もう分かっただろ?《《次はお前だ》》」



 エルは初めてこの上級悪魔に恐怖を抱く。この悪魔は、ただそれだけの為にこの場を用意したのだ。一ヵ月間何度も暴れてその脅威を教え、今日他の誰も来れないよう細工をし、自分を殺せるチャンスをエルに与えることで一対一にまで持ち込んだ。

 全ては、エルを彼女達のように人形のように小型化してコレクションする為に。



「そんな、下らない事の為に彼女達を……?」


「おい、俺のコレクションを馬鹿にすんじゃねぇよ。思わず殺したくなるだろうが」



 本気の怒りがドルザルクから放たれる。悪魔と自分達では価値観が違うとエルも理解していたがここまでそれを見せつけられるのは初めての経験だった。

 和解などありえない。コイツはここで殺さなくてはいけない。使命感が殺意となってエルを戦闘態勢に移行させる。

 クローゼットの中から一体の小型化した悪魔を掴む。最早何の反応をもしないそれは死体と変わらない。ドルザルクはそれを放り投げて捨てる。もういらないと言わんばかりに。



「俺はこの中に常に生きてる奴を常に40にしておきたいんだ。世話してるから早々死なねぇし、天使はかなり弱らせてるがそれでも肉体的に人間より遥かに頑丈だ。コレクションにはこれ以上ないくらい最適なんだ」



 クローゼットを再び小型化して懐にしまい込む。扉を閉める時、中にいる者達はこれ以上ないくらいの大声で叫び喚くも、扉が閉められ小型化されたことでその声ももう外には届かなくなった。

 そんな彼女達の叫びを心地いいものとして受け入れているドルザルクもまた自分の拳を巨大化させて戦闘態勢に入る。



「見た目が綺麗なら猶更いい。俺がこんなに気に入るなんてあんまないんだぜ?」


「死ね」



 その一言と共に放たれた光により初手はエルが制した。

 ドルザルクの周囲を囲むように光の矢を出現させそれを放つ。逃げ場のない圧倒的なまでの光の奔流がその場を満たし土埃を巻き上げる。



「“巨大化(ビッグ)”!!!」


「ッ!!!」



 その土埃の中から小さい瓦礫が投げ飛ばされてくる。同時にドルザルクの声が響きエルは即座に翼を広げその場から飛び立つ。一瞬後、エルが立っていた場所を巨大化した瓦礫が押し潰す。

 エルは上空から下を見下ろしドルザルクがどこに隠れたかを探す。土埃は光の矢によるものではなく、自分の姿を隠す為にドルザルクによって巻き起こされた物だと判断し次の展開を予測する。



「下にゃいねぇよ」



 声が上空から聞こえてくると同時にエルを圧し潰すように剛腕がその身体を捉えた。瓦礫を投げたのはただの目くらまし。土埃の中から上空に投げたもう一つの瓦礫に小さくなった自分が載ることで即座に離脱したのだとエルは理解する。

 咄嗟に振り返り腕を重ねることで防御するエルだが、巨大な質量にその翼は力が足りずに地面にそのまま叩きつけられ小さなクレーターを作る結果になった。



「おいおい、こんなもんじゃ」


「“光鎖”」



 地面と巨拳にサンドイッチされたエルは焦ることなく光の鎖を周囲に生成しドルザルクの身体を捕まえ、そのまま振り回し誰もいなくなっているビルに叩きつける。反撃を許さないように止めることはない。



「““光矢””」



 同時に叩きつけるドルザルクに対して光の矢による追撃を仕掛ける。エルの光は悪魔に対して特効威力を持つが、それでも上級悪魔を瞬時に殺せるほどではない。その上ドルザルクは今まで多くの天使を倒し、その手に収めた。油断など一切なく主導権を握り続け殺すことを躊躇う事はない。



「“解放”」



 それでもエルはまだ甘かったと言わざるをえない。ドルザルクの小さく呟かれた力ある言葉にエルの足元が一気に膨れ上がりその場を巻き込んで爆発する。



(これは、小型化していたビル……!?)



 何もない荒野を作り出したのはただの見栄えだと思っていたが、それは違った。この3時間という時間で天使達が人間が近付かないように避難させている間もドルザルクは大きな音を立てて破壊行為をしていたと仲間の天使から聞いていた。



(違った!!ただ破壊していただけじゃなく、それは陽動!!全てを破壊するのではなく幾つかを小型化して地面に仕込んでいた!!!)



 天使が自分を見張っていることなど百も承知。だがこんな細工をするとは天使達は思いもしなかった。それは油断ではなく、ドルザルクの策略によるもの。一ヵ月に渡る戦いで豪快かつ、真っ向勝負を好むという印象を天使に植え付けてきた。


 ビルが唐突に下から生えてきたエルはそのまま空中に投げ出される。急激に戻されたビルによる質量攻撃は意識していなかったという点を差し引いてもエルに小さくないダメージを与えていた。



「よぉ、さっきは痛かったぜ?」


「ッ!!」



 そのダメージはドルザルクを縛っていた鎖を緩ませるのは十分に過ぎた。緩むと同時に肉体を巨大化することで光の鎖を破壊しすぐに空中へ投げ出されて回転し視界による把握も困難なエルの元に跳ぶ。



「“巨大化”」


「“光槍”!!!」



 何とか体勢を立て直し光の槍で防御した部分に巨腕を叩き込む。今までの比ではない力を込められた巨腕を振り抜き、エルはビルに叩きつけられ、それを越えて地面に突っ込む。下級天使であるならばこれで既に3回は死んだであろう攻撃。



「“光鎖”」


「チッ!!」



 ドルザルクは満足そうにしていた笑顔をすぐさま引っ込めその場から離れようとし、その判断の遅さにより上から振り下ろされたビルの残骸によって地面に叩き落される。

 エルはビルに突っ込みながらも即座に鎖を生成し、その残骸を意識外の上から叩きつけたのだ。



「今日が貴方の命日だと言ったはずです。地獄の最下層でこれまでの行いを懺悔しろ」


「悪魔に欲望を我慢しろなんて無茶言うんじゃねぇよ。本能なんだぜこれはよぉ」



 頭から血を流しながらもエルの戦意は一切衰えていない。予想していた以上に狡猾だとドルザルクの危険度を引き上げながらも負けるつもりなど毛頭ない。

 そしてそれはドルザルクもまた同じ。目の前の天使を屈させ、好き放題弄ぶ未来を想像して口角を上げる。


 光天使と『大飢万征』の戦いは始まったばかりだった。


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