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光天使と一緒に

 家についたとリルナに言われ影から抜け出す。途中から歩いていたが障害物も何もない空間を真っ直ぐ歩けばいいだけなので当然エルより早く辿り着いた。

 それからエルに不審に思われないように手際よく料理を作っていく。あの戦いを見た後では手間のかかる料理を作るというのは中々に疲れるが、そんなもの実際に戦い傷ついたエルに比べれば遥かにマシだと思えば自然と身体に力が入る。



「今日はカレー……リルナ、これ辛いけど舌大丈夫?」


『甘めの奴とかないかな、お兄さん……?』


「材料とかコンロとかそっちに持って行けるなら甘めのカレーかハヤシライス作るんだけどなぁ。ちょっと試してみようか」


『いやいや、そこまでしてもらうのは悪いって。こっちは味覚共有だけでもかなり刺激的なのに』


「共犯者なんだし、それくらいいいんじゃないかな。一時間も使わないし」



 それに現状ではこちら側が彼女に貰っている物が多すぎる。これは僕の精神的負担も考えた時やった方が互いの為にもなると考える。

 ちなみに我が家のカレーにはジャガイモもニンジンも入れない。入れるのはブロック状に切り分けた豚肉と玉ねぎだ。二人分だからそこそこ量は多いが作り置きできるというのが強みだろう。


 豚肉の塊を一口大の大きさに、玉ねぎを半分に切りその後3つに切って準備は完了。まずは厚底鍋に油を垂らして火をつけて熱する。豚肉を投入して全てが焼けるまでそれをかき混ぜていく。焼き跡がつき肉の焼けるいい匂いが周囲に漂ってきたところで玉ねぎを投入し全体がバラバラになるようにこれまたかき混ぜる。

 終わればカレールーに示された水を適量、この場合は1000ml入れ、再び煮込む。ブイヨンペーストと隠し味にコンソメスープの素を一つ入れてまた混ぜる。沸騰するまで煮込み灰汁を取り、最後にカレールーを投入すれば食欲を刺激するカレーの匂いがキッチン内を包み込む。



『お兄さん、ごめんさっき言ったこと取り消していい?この匂いは最早犯罪的だよ、お腹空いて来たよ』


「カレーは日本の誇る最高料理の一つだからね、仕方ないね。よっしゃ、じゃあ後でそっちにつくりに行けるか試してみよう!!成功すれば色々と出来るだろうし!!」


『悪用を思いついたいい顔だね!!アタシも仕様の裏をかくのは大好きさ!!!』



 二人して笑っている所にエルからの連絡が来る。もうすぐ家に着きますという簡素なメールは今思えば彼女の性格というより機械に不慣れなのだというのがしっくり来る。

 家でもスマートフォンを操作してる時人差し指でピッピッとゆっくり入力したり操作してる姿がよく見れる。逆に僕が自由に軽やかに操作してるとなんでそんなこと出来るんですかと言わんばかりにこちらを凝視してくるのだ。



「あれだけ不自然な姿見れば少しは勘づいてもいいと思うんだけど……それだけ認識阻害は強いってことかな」


『そりゃ天使と悪魔なんて存在が世間にバレたらどうなるかなんてわかんないしねぇー。特に天使連中なんて“愛”が力の源なのに、下手にバレて敵意持たれたらその時点で悪魔に敗北することが確定するし』


「正体を隠さないといけないって言うのも大変なんだな……」



 エルが僕に正体を明かさなかったのは恐らく戦う為の力を保つため、というのが大きいのだろう。実際僕が今なお彼女のことを好いているのは相当なイレギュラーだと分かっている。僕のように家庭に潜り込まれた人間がこのことを知ればまず間違いなく嫌悪するだろうし家から追い出すと思う。だって不審者そのものだし、心操られてるようなもんだし。

 我ながら不器用というか惚れっぽいというか。可愛い女の子と四六時中一緒にいたらそりゃ好きになるだろと弁解したくもなる。



『その理屈で言ったらアタシにも惚れるのかにゃ~?』


「そうだね。ぶっちゃけもうかなり好きだよ?」


『んにゃっ!?』



 カウンターで沈めたリルナの姿は武士の情けで見ないでおこう。カレーが出来上がり、ご飯が炊きあがる。と同時にドアの鍵が開けられる音が聞こえたので玄関まで行けばいつもより疲れた様子のエルがいた。



「お帰りエル。大変だったみたいだね」


「ただいまですリョウ君。確かに今日は面倒くさい悪m……お客さんが来たので」



 凄いね認識阻害!!ここまでボロ出しても多分前の僕だったら気付いてなかったよ!!

 そんなことを内心で思いながらそれをおくびにも出さずに彼女の荷物を受け取り彼女の部屋まで一緒に行く。いつもは流石にしないし女子の部屋に入るのもどうかと思うが、同居を一ヵ月もしていれば大分慣れる。



「それよりリョウ君、今日はカレーのようですね。いい匂いが外にまで漂ってきました」


「うん。ご飯も今炊きあがったばかりだよ。多めに作ったから明日も食べれるね」


「素晴らしい、本当に素晴らしいですよリョウ君。私は幼馴染を誇りに思います」



 表情はあまり変わっていないがそれでも機嫌が上昇しまくっているのを見れば分かる。彼女の舌は何というか、そのクールそうな見た目と相反する子供舌だ。カレーが大好きだしハンバーグが大好きだしグラタンが大好きだし、作れば物凄く嬉しそうにする。



「それじゃあ早く食べようか。お風呂はいつも通り後でいいでしょ?」


「はいっ!!大盛りにしてくださいねリョウ君!!」



 苦笑しつつキッチンに戻り彼女の要望通り大盛りにする。当然ゴロゴロと肉の塊も多めに入れてだ。零れないよう気を付けて机に置いておけば二階から目を輝かせた美少女が現われる。カレーを食べるとなったからか、学校の制服を脱いで簡素な私服に着替えている。



「いただきますっ」


「じゃあ僕も、いただきます」



 無言でカレーを食べる。二人でスプーンでカレーを掬い口に運ぶ。無言だけど心地の良い空間。僕はこの時間が好きだし、エルもまた同じだと思っている。同じ時間を、同じように過ごしているということがどれほど尊いのか今日改めて理解した。

 あんな上級悪魔なんていう化け物と天使達が戦ってくれているから僕達はこうして平和な時間を過ごせる。リルナが言っていた通り、先程アプリからのお知らせで事故が起きたという情報が流れてきたが死傷者は0だという。

 今までの事故も同じくだ。怪我人こそいるが、死人はいない。あの光景を見てそれが可能かといえば断言できるが不可能だ。


 ならば死人を隠しているだけだろうか?いいや、そんなことすれば認識阻害をしていても大切な人がいなくなったことによりニュースにでもなるだろう。僅かな違和感を無視させることはできるが、それ以上のことは無理だろうと体感したからこそ分かる。


 では何故死人がいないか、そんなもの天使達が蘇生しているからに決まっている。リルナも言っていた通りに。それにどれだけの力を使うか僕にはわからない。だけど人を生き返らせるということが大変でない訳がない。


 エルが戦いを終えてから帰ってくるまでに時間がかかるのも、それに時間をかけているからだろう。もし、この想像が本当だとしたら彼女の背負っている物は僕なんかが肩代わり出来るようなものじゃない。こうして食事を作るしか出来ない自分を情けなく思う。



「リョウ君、どうかしましたか?」


「えっ、なにが?」


「いえ、何か思いつめたような顔をしていたので」



 率直に言って、かなり驚く。エルが僕の顔色を見て判断するということに、失礼かもしれないがそれでも僕にとってこれはかなり驚愕の事態だ。

 そんなにわかりやすかっただろうと口元に触れる。いつも上がっている口角が下がっていることを自覚する。どうやら僕は自分が思っている以上に色々と考えていたようだ。



「ごめん、ちょっと色々とあって」


「謝らないでください。悩むことが悪いことみたいに言わないで欲しいです」



 カレーを口に運ぶことをやめてこちらを真っ直ぐ見つめる彼女の目と視線を合わせることが難しい。僕は知っている、彼女がドルザルクに逃げられて掌から血が出る程拳を握り締めていたことを。あの戦いの中で恐怖しない訳がない。きっと僕には想像出来ないくらいに色々と思い詰めているだろうに、そんなことをまるで外には出さない。



「悩むことは悪いことではありません。しっかり未来を考えている証拠です。ちゃんと考えているからこそ人は目の前にある選択肢を選ぶことを躊躇するのですから」


「でも悩んで時間をかけ過ぎたらそれこそ本末転倒じゃないかな?いつまでも時間は待ってくれやしないんだから」


「そうかもしれませんね。でも納得できない答えを選ぶよりはいいと思います。もし悩み続けて結局選べなかったとしたら、それはきっと選ばないということを選んだだけです」


「選ばないことを、選んだだけ……」


「はい。そして選ばないことを選択するという事は人が一番多くする選択です。だからそれを恥じる必要なんてないんです。それで後悔するような出来事がリョウ君に降りかかった時は」


「降りかかった時は……?」


「近くにいる人に助けてもらいましょう。一人じゃないんですから。私に縋りついて泣いてもいいんですよ?」



 想像する。彼女の柔らかい肢体に抱き着いて泣いている自分自身の姿を。

 うん、恐らくだが間違いなくそれだけであらゆる悩みが吹き飛ぶだろう。同時に欲望を抑えつける自信がないので決してそうならないように気を付けなければならないとも誓う。



「それは……少しというか大分恥ずかしいな」


「そうですか?私はいいと思いますが……」



 首をコテンと傾げるエルは可愛いが、それはそれとして男としてのプライドがズタボロになっていく。この反応はよくある天然気味な反応なのか、それとも男として全く見られていないかのどちらかだろう。前者ならいいが後者だった場合僕は夜、枕を涙で濡らす自信がある。



「何を悩んでいてもいいです。どんなになっても、私はリョウ君の味方ですよ」



 やはり、彼女はずるい。僕の欲しい言葉をすらっと言い出す。そんなんだから僕は騙されていることを理解しつつ、エル・ライトガーデンという少女を好きになってしまった。

 きっと彼女のことを知れば知るほど僕は好きになっていくだろう。アリ地獄に嵌ったアリみたいなもんだ。その運命は変えることはできない。

 そして変えるつもりもないし、なんなら自ら飛び込む所存である。


 そこまで想ってなお、リルナとの契約に踏み込む為にはあと一歩……いや、あと半歩たりない。覚悟を決める必要がある。戦う覚悟ではなく、エルに嫌われるかもしれないという可能性を許容する覚悟を。悪魔と共に戦うということを彼女が許せるとは思えない。きっとバレればエルに嫌われ、二度とこんな風に一緒に食事をするなんてことは叶わなくなるだろう。

 だからその危険を知ってなお踏み込むために今必要なことをする。



「そういえばエル、思ったんだけど私服少ないよね。休みの日はあまり外に出ないし」


「そうですね。勉強や読書をして家で過ごすのが好きですから。リョウ君もそうでしょう?」


「まぁそうだけど、流石に女の子が私服少ないって言うのは問題だと思うし。今度の日曜日、一緒に買い物に行こう」


「えっ」


「デートしようよ。楽しい外出の時間だね」



 その時の彼女の表情は、今までにないほどに真っ赤だった。

 まるで熟したリンゴのようで非常に可愛らしかった。


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