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影悪魔とこれから

 周囲一帯はここだけ大地震が起きたかのような有様だった。いや、日本の建物の耐震性を考えれば震度7の地震が起きたとしてもここまで壊滅的な崩壊を迎えることはないだろう。この被害を個人を出したとすればそれは最早災害というべき存在だ。



『今回はデモンストレーションって言ってたねぇ。次はどこで何が起きるか分からないけど、これ以上の何かを起こすつもりなんだろうね』


「何の為に……なんて聞くだけ無駄なんだろうね」


『アタシも上級悪魔の考えることは分かんないからねぇ。下級悪魔なんてアイツらからしたら使い捨てのただの道具……いや、それ以下だし』



 リルナは嫌悪感を剥き出しにして吐き捨てる。何があったのかを具体的に聞くことなど出来はしない。僕達の関係は昨日始まったばかりなのだから。知りたいのであれば信頼関係を築く為に愚直に動くしかないだろう。


 それに、言い方は悪いが今はそれ以上に気になることがある。



「リルナは、こういう破壊行為に関係したことは」


『信じられないかもしれないけどないよ。下級悪魔は“欲望”を集めて上級悪魔に献上するのが役目。それ以外には上級天使共と戦う時の露払いに使う連中がいるくらいだね。アタシは知っての通り前者の仕事を始めようとして、お兄さんに地面に埋められたり腹パン喰らってたりしてたから』


「えっ、でも僕と同じ状況になったら誰もが同じことをすると思うよ」


『うん、人間についてあんまり詳しくないけどそれでも言わせてもらうね。何かおかしいと思ったネックレスをその容れ物ごと庭に埋めて漬物石置くような人間がそうそういてたまるか』



 まるで僕が普通ではないかのように言われた。こんなことに巻き込まれるまではごくごく普通のどこにでもいる男子高校生をやっていたはずなんだけどなぁ……。

 いや、まず気にすべき点はそこではなくリルナがこういう行為に関わっていない事だ。もしももうやってしまっていたとしたら僕と一緒にどう償うかを考える所から始めなくてはいけなかったから良しとしよう。



『なぁんで昨日であったばかりの怪しい悪魔の罪を一緒に背負おうとするかねぇ……』


「そりゃ一蓮托生って一度言ったからだよ。僕は自分の言葉を嘘にするのが嫌いなんだ」



 リルナと会話をしながら影の中に隠れながら外の様子を伺う。戦っていたエルとエアロードさんはいつの間にか集まっていた羽根の小さい天使達に囲まれて治療されている。

 他の場所ではこれまた似たような天使達が手を光らせて瓦礫を元の建物の形に直している。時間はかかるし完璧ではないんだろうが、それでも可能な限りの修復をしてくれてるのだろう。


 恐らくだがこの修復行為が終わり次第アプリにより辻褄合わせの情報が出回ることになる。それによって認識阻害が効いている人間は違和感なく納得することになるのだろう。

 よく出来ている、このシステムを作った存在は人間というものをよく理解してると言わざるをえない。出来ればエル達の味方であってほしいが、その情報を集める手段は今の僕達にはない。



「……リルナ、家に帰るから先導よろしく」


『いいけど、最後まで見て行かなくてもいいの?』


「見つかるわけにはいかないし、エルより遅く帰って不信感を与えるなんてことしたくないから」



 それに今もなお消えたドルザルクがいた場所を睨みつけるエルの顔をこれ以上見るわけにはいかないと思った。恐らく、ただの勘だけどあの顔を彼女は僕には見られたくないと思ってるはずだから。


 影の中に入り込みリルナの先導通りに歩き続ける。エルは家に着く前に必ず連絡してくる。認識阻害があるとはいえ家の前まで空を飛んでくるとは思えないので急ぐ理由は特にはない。

 だから今見た光景を反芻しながら何を出来るかを考える。あの上級悪魔と戦うエルの為に、エアロードさんの為に何が出来るかを。



「人間も悪魔の存在を知ってるならなんで攻撃しないんだろうって思ったけど、あれは無理だね。いつどんな方法で逃げられるか分からないし、どこに発生するかも分からない。自衛隊を出動させるにしても個人である悪魔、それも災害みたいなこと出来る奴相手に出したら犠牲者がどれだけ出るかも分からない」


『そもそも現代兵器は効かないだろうからねぇ。アタシでさえ銃に撃たれても無傷で済むし』


「待って???それ僕聞いてないんだけど???」



 というかリルナと初対面の時僕はボディーブローを叩き込んだが、その時はしっかり聞いて膝をついていたはずなのだがあれは幻だったのだろうか。

 いや、同時にORZになった彼女に腰かけた記憶があるからそれはないと思うのだが……。



『未だにお兄さんのパンチがお腹に響いてる感じがするのがアタシなんだよね』


「それに関しては非常に悪いと思ってるんだ。でも不審者を目の前にしたらつい、ね……。ほら、分かるだろ?」


『お兄さん、アタシが言う事じゃないけど初対面の不審者相手に初手暴力はやめた方が良いよ?やり返される可能性考えると危険だから』



 こんなボディーブローして更にはその背中に腰かけた男を心配してくれるなんてリルナはなんていい子なんだろうか。悪魔だけど。

 僕の心は罪悪感に塗れこれから彼女を甘やかさなければならないと決意した。まずはあのぼさぼさに伸びている金髪を少し切り揃えて彼女が望むなら髪型を変えるためにリボンを渡したりしよう。



『話を戻すけどさ、悪魔は基本的に純粋な物理攻撃は効かないんだよね。攻撃を通す方法は主に二つ。一つは天使共の攻撃。あれは悪魔と相反する力だから一番有効的な攻撃になる。ドルザルクに何本も光の矢が突き刺さってたでしょ?アタシだったらアレ一本で死んでる』


「見てるだけで分かるくらいには凄かったしね……。エルの光の武器もエアロードさんの風による攻撃も。そのどれもあのドルザルクって名前の筋肉ダルマには効いてなかったけど。それはただ単純にアイツの防御力が高かったからなのか」


『そうだね。あれだけの攻撃浴びてケロッとしてられるのは上級悪魔でもそうはいない……はず。アタシもかなり世間知らずで悪魔界隈の事あんまり知らないんだよね。そのアタシでも知ってるアイツはかなりの化け物だよ。前の世界でも暴れまわってるって話だし』



 ここら辺に関してはいずれどこかで情報を集めないとまずい気がする。初見殺しとかにあったらどうしようもなく死ぬことになるだろう。戦う力もないのに何故相対するつもりになっているかと言われたら……好きな子が命懸けの戦いをしてるのに何も出来ていない自分が死ぬほど嫌だから。



「もう一つの攻撃を通す方法は?」


『天使の攻撃よりかなり通りにくいけど同じ悪魔や人間の“欲望”の籠った攻撃。同質の攻撃でも削ることはできるよ。上級悪魔同士で殺しあいしてるって話もよく聞いたしね』


「頼むから元の世界で勝手にやって勝手に滅んでくれねぇかなぁ……。リルナみたいな悪魔の流儀に染まってない子だけ置いていって帰ってくれればいいのに」


『そこでアタシをこっちに置いてくれるつもりのお兄さんは甘すぎると思うよ。嫌いじゃないんだけどね』



 極論を言えばリルナや僕の素手による攻撃は通じるという事だろう。銃や兵器では悪魔の神秘バリアを突破出来ないというのも納得できた。そりゃそんな相手だったら人間のお偉いさんだって天使にお願いするしかないわ。

 むしろ良くアプリ導入とかして国民を安全圏まで逃がそうとしてると思う。並々ならぬ努力を感じるし、これからはちゃんとニュースとか確認して大人になったらちゃんと選挙に行き清き一票を投じるつもりだ。



「ただ僕が殴っても意味ないんだよな。神秘バリアは突破で来てもその先にある物理的な防御力はどうにもならないし」


『あれを見て殴りかかることを考えられるお兄さんは無謀というかなんというか。蛮族の家系だったりする?』


「失礼だなぁ。僕はちゃんと殴っていい相手は選んでるよ。エルとか普通の人とか絶対殴らないし。あっ、今はその中にリルナも入ってるから安心してね!!」


『うん、それ聞いて本気で嬉しいよ。あのお腹への一撃は本当にきつかったからね……。あと例外としては天使や悪魔の力によって干渉された物体ならダメージは入るかな』


「あーーー、エアロードさんの竜巻によって巻き上がった瓦礫とかに当たれば悪魔でもダメージを受けるってことかな」


『そうそう。後は悪魔が物を投げつけたり、引っ張って叩き落したりすればそれも痛いし痕は残るはずだよ』



 だがあくまでそれは例外なのだという。ならば一番早いのは物理攻撃だが、あの3mくらいの高身長の筋肉ダルマを殴ったとしてもこちらの拳が痛むだけ。かと言って普通の攻撃なんてアイツには何の意味もない。やはり悪魔との戦いに関して僕に出来ることはないと言わざるを得ない。


 その事実に悔しく思い強くこぶしを握り締める。だけど爪が少し食い込むだけでエルのように血は流れ出てこない。それだけで僕と彼女の間には途轍もない力の差があるのだと分かってしまう。それが更に僕の心を締め付ける。頑張ってる彼女達に、エルに何もしてあげられてないという事実に腹が立つ。



『何もしてあげられない、なんてことはないと思うけどね。ただ単にアタシの直感だけど』


「……なんでそう思えるのかな?」


『言ったでしょ。天使の力の源は“愛”だって。アイツらがあんなに高威力の技を使えるなんてアタシも思ってなかったもん。風の天使の方はまだわかるよ?アイドルだっけ、それで大勢から“愛”を集めてるんだと思うから』



 確かにあの局地的ハリケーンはあのドルザルクを抑え込むくらいには凄かった。アイドルをやっているのは本人の志向もあるんだろうけど戦うために必要な力を集めるという目的を一番達しやすいからだろう。



『風の方は分かる。でも光の天使はどう考えても明らかにおかしいでしょ?だってドルザルクを貫けるレベルの攻撃を平気な顔して乱発してるんだもん。いくら優秀な上級天使だってあそこまでやったら絶対にエネルギー不足になるはずなのにまだ平気な顔して継戦しようとしてたし』


「えっ、じゃあおかしくない?僕から見てもエルが無理してるようには見えなかったけど」


『そりゃ、貰ってる“愛”が風の方と遜色ないからでしょ。そんな“愛”を与えてる存在なんてアタシが思うにお兄さん以外いないはずだよ。どう見ても人付き合い苦手そうだし、あの天使』



 世間知らずの悪魔にまで人付き合いの苦手さがバレているとは。やはりエルには友達が必要だと言わざるをえない。僕とだけ関わるのは不健康的だし。それはそれで僕としては嬉しいんだけど彼女のこれからを考えるのならば唇をかみしめて我慢すべきだろう。



『要するにあの出力を支えてるのはお兄さんだよ。お兄さんがただあの天使を想ってるだけでアイツはあんなに強くなれる』


「…………それは、素直に嬉しいと思うよ。だけど僕はもっと寄り添いあいたい。酸いも甘いも一緒に嚙み分けたい。我儘だって分かってるんだけどね」


『それがお兄さんの“欲望”なんだね』



 そう、これは愛なんて上等なものではなく僕の我儘だ。置いて行かれたくないし、一人にさせたくない。傷つくなら守りたいし、それでも傷つくなら一緒に痛い思いをしたい。

 僕はエル・ライトガーデンを守りたい。それが僕の欲望だ。



『その方法があるよ。お兄さんが戦うことが出来る方法が。おすすめは出来ないけど、ね』



 そのリルナの言葉は彼女の種族を表すように僕にとっては甘い蜜のようだった。


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