第1章〜一体いつから───幼なじみが正統派ヒロインと錯覚していた?〜第5話~
その作品、『りんご100%』は、連載終了から、二十年近く経過している作品ではあるが、日本で最大の発行部数を誇る少年マンガ誌に掲載されていた作品だけに、タイトルを聞いたことがあるヒトも多いかも知れない。
学校の屋上で出会ったリンゴのパンツを履いた少女を巡るラブコメ作品で、少年誌らしくセクシー描写が多めという点は、小学生の自分にとって、少々、刺激が強かったのだが……。
それでも、女性作者ならではの細かな心理描写や恋愛の駆け引きには、見るべきものが多かった。
ストーリー全体のオチを知っているためか、物語を読み進めている途中で、ワカ姉は、
「宗重、アンタは、東郷と西田、どっち派なのよ?」
と、ニヤニヤしながら聞いてきた。
文学少女で地味な印象の東郷亜矢と、中学生時代から活発な性格で誰もが振り向く程の美少女・西田つばさ。
自分としては、明るい髪色のショートカットで積極的な性格の西田派だと伝えたが、それは、あくまで個人的な好みの問題で、物語の最初の設定から、主人公は、控えめな性格ながら一途に彼を想う東郷と最後に結ばれるものだと予想していた。オレが、西田を推していたのは、
(まあ、最後は主人公と東郷が結ばれるのが自然な展開だろうから……自分は、西田を応援しておこう)
と、考えていたからでもある。
なかでも、バレンタインのエピソードで、西田が手作りチョコの一つに、ふざけてものすごく苦いチョコを入れ、それを食べた主人公に、
「あたし苦いチョコ甘くする方法知ってるよ」
と言ってキスをする場面では、作者の川下水樹先生に対して、
「どんな人生を送っていれば、こんなシーンが思いつくんですか!? 最高かよ!」
と、声を上げそうになった。
「でも、結局、主人公は、東郷と付き合うことになるんだよね?」
そんなことをワカ姉に伝えたのだが……。
しかし―――。
小学生だった自分の予測は見事にハズレ、物語のラストで主人公と結ばれたのは、オレの推しキャラである西田の方だった。
「いや、そりゃ、オレ自身は西田の方が魅力だと思うよ? けど、この展開じゃ、東郷があまりにも可哀想じゃないか!?」
子供心に理不尽さを感じたストーリー展開に関する見解を述べたところ、ワカ姉は、
「でも、東郷ちゃんは、『ハチシロ』の玉田と違って他のオトコになびかなかったでしょ? 男性読者が望むとおりの結果じゃないの?」
と、あらかじめ用意していたかのように返答を寄越してきた。
ワカ姉の言うとおり、『りんご100%』は、少年誌に掲載されていた作品のため、負けヒロインの東郷亜矢が主人公以外のキャラクターと結ばれるようなストーリー展開になっていたら、ネットを中心に作品は大炎上していたかも知れない(と言っても、二十年前のインターネット事情は、自分には良くわからないが……)。
ただ、自分の推しキャラではなかったものの、自身の予想に反して、東郷が物語における恋愛面で日の目を見ることがなかった、というのは、当時のオレに少なからぬショックを与えた。
(もしかして、ラブコメマンガやアニメに登場する想いが報われないキャラクターは、不幸を回避することはできないのか?)
小学生の自分でも結論にたどり着いたように、ストーリーが一本道である以上、ヒロインレースに敗れる敗者というものは必ず存在することになる(注:いわゆるハーレムエンドをのぞく)。
もう、こんなに不幸なキャラクターを見るのはゴメンだ―――。
ということで、中学生になる頃には、必然的に自分が楽しむメディアは、複数のルート選択が可能なゲームに移っていった。
残念ながら、オレが、この道に目覚めたころには、いわゆるギャルゲー文化も、とっくに衰退期に入っていて、次々と話題の新作が発売されるような状況ではなかったが……。
それでも、数十年に渡って培われた文化の遺産は偉大なもので、過去に評判になったゲームをプレイするだけでも、十分にこのジャンルを楽しむことが出来ている。
すでに中学時代の数年の間に、スマホや持ち運び可能な運天堂ウイッチでプレイできる移植ゲームは、あらかたプレイし尽くした。
高校に入学する頃、ワカ姉が使わなくなったプレイ・フォーメーション・ポータブルとプレイ・フォーメーションBETAを譲り受けると、オレのゲームライフは、さらに充実するようになっていた。
「乙女ゲー専用機だった、私のPFPとBETAちゃんが、ギャルゲー専用機になっちゃうなんて……」
と、ワカ姉はゲーム機との別れを惜しんでいたが、負けヒロインに関するトラウマを植え付けた張本人として、ここは、責任を取ってもらいたい、とオレは考えている。
そんな訳で、
「誰ひとり取り残さない」
という、小中学校で大いに学んだSDGsにも通じるスローガンを胸に、オレは日々、ゲームの世界に耽溺している。
今日の夕方のように、リアルな世界でのイザコザに巻き込まれるなんて、まっぴらだし、ヨネダ珈琲にいた幼なじみ同士の委員長コンビとも、今後は大して関わり合いになることはないだろう―――。
正直なところ、食い逃げならぬ、飲み逃げ同然で店を出て行った久々知大成には、ラノベ1冊分の対価を請求したいところではあるが、わざわざ、そのためにコミュニケーションを取りに行くのも面倒だ。
明日からは、また教室内で無害な空気キャラとして過ごそう―――。
そんなことを考えつつも、自分のクラスの二人の委員長のことを思いながら、オレは、いつの間にか、幼なじみという関係性について、想いを巡らせていた。